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チャーリー・トリオ
――プロローグ
ゴッドファーザーであるマフィア三人兄弟の大ボスは頭を抱えていた。
目の前には三人のジャイアンこと体力バカ、ラリーこと小金持ち、ロビンこと弱虫の異名を取るアホ兄弟がくだらないいがみ合いをしていた。この三人を一つの場所に集めると、大抵ロビンいじめがはじまる。それからラリーはジャイアンに金をかつあげされる。
レッド・マフィアは今非常にまずい状態だった。跡取り息子が決まらない上、そのゴタゴタが響いて組織としての結託が弱くなっているのだ。このときを狙った敵対組織達が、総攻撃をかけてくる可能性も高い。
このゴタゴタを手っ取り早く解消させる為に、ゴットファーザーは三人のうち秀でた者を跡取りにすると発表した。
今は親子喧嘩をしている場合でも、兄弟喧嘩をしている場合でもないのだ。
ジャイアンサイド。
如月・麗子はマニキュアのベースコートを塗っていた。ジャイアンはビルから外をチラチラ見て、怪訝そうな顔をする。金を払った用心棒は、どうにものんびりと構えすぎているような気がしていた。
「俺はゴッドファーザーになれるんだろうな」
「やだ、麗子さんがなれるって言ったらなれるわよ。だってあっちは」
麗子は逡巡して西の方角を見やった。
ラリーサイド。
深町・加門は四人の組員と手合わせをしていた。突っ込んできた一人を片手を添えて軽く避け、左右からの二人を後ろへ下がって回避する。そして後ろへ回っていた最後の一人の膝を後ろ足で蹴り、振り向きざまに殴りつけた。
大金を叩いて雇った賞金稼ぎは、子分を痛めつけるばかりで有益なことはしてくれない。
まるで相手にならない訓練を見ていたラリーが不安そうに言う。
「俺はゴットファーザーになれるんだろうな」
「バカくせえ、俺はあの女にゃ山ほど貸しがあるからな」
加門は鼻で笑った。
ロビンサイド。
ロビンは瓶底メガネをかけた、いかにも弱々しい男だった。
「ねえ、僕だってゴッドファーザーになりたいよぉ」
泣き出しそうな声で言う。
無償で用心棒を買って出てくれた用心棒は、とても頼りなさそうな男だった。
――エピソード
空港を走るマイクロバスから降りて、深町・加門はチャーターの飛行機を見上げていた。
イタリアから直行で来たらしい。ジェット機とは言わないまでも、それなりの大きさだった。飛行機をチャーターすることで、いくらかかるんだか加門は知らない。だが、今回の仕事の報酬がたしかなことだけは保証されたようだ。
飛行機に階段が取り付けられているのを見ながら、加門は足元へ煙草を捨てた。
隣に立っている如月・麗子が加門を横目にしている。
「今回ばっかりは、協力できないわよ」
「いつお前が俺に協力したことがある」
麗子は冗談じゃないと手を振った。
マイクロバスから、神宮寺・夕日と冠城・琉人が出てくる。麗子が二人を見てから、呆れたように言った。
「……刑事さんつれてマフィアの用心棒?」
「うるせぇ、俺だって好きで連れてきたわけじゃねえよ」
賞金稼ぎとして、犯罪者に加担するのは規律違反である。夕日はどこで聞きつけたかキャンピングカーへやってきて、仲間に入れなければ捕獲部へ訴え出てやると脅したのだ。そうでなければ、誰が刑事など仲間に入れるものか。
「まあまあ麗子さん。ラリーさんとジャイアンさんもご一緒されているようですから、我々の間も休戦といきましょう」
「イヤよ。せっかくいい機会だから、私とあんたの歴然の差を思い知るといいわ」
琉人に答えながらも、麗子は加門を睨んでいる。加門はぼりぼりと頭をかいて、ふわぁと一つ欠伸をした。
「ほえづらかくなよ」
眠そうな目を開けて彼は言った。
マイクロバスの出入り口に、リオン・ベルティーニが出てくる。
「ジャイアンがついたようですね」
「リーオン、お前がまさか金につられるとはな」
加門は間延びした調子で言いながらリオンを振り返った。
階段を黒服の男達が降りてくる。
「まさか、あんたじゃないんだからはした金で動く俺じゃないよ」
「金持ちは言うことが違わぁ」
おそらくジャイアンであろう男と、ラリーが飛行機から登場した。加門は胸ポケットから煙草を取り出そうとして、やめた。さすがに雇い主と対面するときぐらいは、くわえ煙草はやめた方がいいだろう。
「ジャイアンはイタリア時代の知り合いなんだ」
「いいお知り合いがいらっしゃいますねえ」
ニコニコと笑いながら琉人が屈託なく言う。リオンは琉人の方向を見て、胡散臭そうに顔を歪めた。
「嫌味に聞こえるぜ」
「嫌味だからな」
加門が嘆息する。
「くだらねえマフィアの抗争も、飯の種じゃしょうがねえ」
「だいたい加門さん拳銃も使えないのによくもまあ、こんな仕事受ける気になりましたね」
リオンがやれやれと両手を広げて言ったので、加門はその横顔をちらりと睨んだ。
「この場でボコボコにされたいか」
「いーえ、遠慮します。俺は暴力は嫌いなんでね」
琉人が加門の背を叩く。
「きますよ、ちょっとは格好をしゃんとさせてください。信用されませんよ」
夕日が加門の前に立って、襟元を正させる。
「ああ、これぐらいじゃ焼け石に水だわ。着替えさせてくるんだった。どうしてこう小汚いのかしら」
小汚いと称された自分の格好を加門はあちこち見つめた。
「そうか?」
「自覚もないんですねえ」
琉人が気の毒そうに口を押さえる。
「そうだ、いいこと考えた」
服装のことを気にかけるのをやめ、加門はぽんと手を打った。
ジャイアンとラリーが近付いてくる。麗子とリオンが前に進み出た。
ジャイアンが二人を見つけ、豪快に笑った。そしてラリーが訝しげに加門達に近寄ってくる。加門はラリーの隣をすり抜けた。ラリーが呆気に取られて加門を振り返る。
「ラリーさん、たとえばこの場で、ここにいる全員を締めちまえばお話は終わりですよね」
琉人がはぁと深く溜め息をついた。
「今のこの距離なら、全員が銃を抜く前に全部終わりますよ」
加門が琉人を振り返る。一応琉人も、準備なのか手袋をはめなおしていた。動き出していた加門に、ラリーが襲い掛かる。
「おい、お前っ」
「はい?」
「状況見ててわからんのか、俺と兄貴は今は共同戦線を張っているんだ。……それになあ、叩きのめせばハイ終わりなんていう単純なものじゃないんだよ。いいか、俺がいいというまでお前等は兄貴にヘコヘコしてりゃいいんだ、絶対逆らうんじゃないぞ」
「は、はあ?」
どちらかというとジャイアン体質の加門にはまったくわからない理屈だった。
ハテナマークを浮かべている加門を夕日が連れ帰る。琉人が二人にしか聞こえない声で言った。
「マフィアにしては、肝が小さいというか狡い方ですね」
「あんたもそういうこと言わないのっ」
麗子の肩に手を回したジャイアンが大声でラリーを呼んだ。
「ラリー、この後はどこへ行くんだ」
「お兄さんの行きたがってた六本木にでもくりだしましょうよ」
ラリーは加門に言った通り、ジャイアンにヘコヘコしている。夕日と加門は半眼でそのさまを眺めていた。
「さっきのでかいこと言った兄ちゃん、後でケチョンケチョンにしてやるからな」
「ええもう、お兄さんの好きなように」
夕日と琉人が加門を見る。加門はその視線に気がついて、にやりと笑ってみせた。
「望むところだぜ」
ラリーがジャイアンの元から駆けて来て、加門の首根っこを捕まえて言った。
「兄貴に反撃したらお前なんかクビだからな」
「クビ……ですか」
「今クビにしないだけありがたいと思え」
ジャイアンが麗子を連れてマイクロバスに乗り込む。呆れ顔でリオンも入っていった。ラリーが乗り込んだので、加門達も中に入った。
「悲惨ですねえ、あんなデカブツにケチョンケチョンにやられなくちゃならないとは」
琉人がヒソヒソ声で言う。夕日もうんうんと小刻みにうなずいた。
その頃、貨物機から二人の男が警備員に追いかけられながら逃げ出してきた。
一人は瓶底メガネをかけたみすぼらしい男、ロビンだった。そしてもう一人、ロビンがイタリアで見つけた親友が一緒だった。背は高く白い髪を上に立てているその男は、ロビンを引きずりながら空港内をものすごい逃げ足で駆けていた。
ジャス・ラックシータスの帰還である。
この密入国の案を出したのもジャスだった。ロビンには元来そんな度胸は持ち合わせていないので、ジャスに強引に押し切られての日本上陸だ。
「大丈夫だよ、日本にはいい友達がいっぱいいるから、きっと協力してくれるよ」
ジャスは溢れんばかりの笑顔でそう言っていた。
そして慣れた調子の逃走劇を繰り広げ、そこら辺に停めてあったバイクを「ごめんね」と謝って失敬したジャスは、泣き叫ぶロビンを背中に乗せて、猛スピードで我が家であるキャンピングカーへひた走った。
インターネットを経由して、一部の知人には連絡を出しておいたので、誰か一人ぐらいはキャンピングカーに集まってくれているだろう。
バイクを公園の外に停めて懐かしの我が家へ帰ったジャスは、ロビンをほっぽり出して、懐かしさに目を潤ませながらキャンピングカーのドアを開けた。
「カモーン、タダイマー!」
しかし、キャンピングカーの中は暗い。
「カモンったら」
電気をつけて寝床を覗き込むも、そこには誰もいなかった。
「……せっかく帰って来たのにぃ……」
今日着くことは麗子にもメールで知らせておいてあったので、まさかいないとは考えていなかった。
しょんぼりして外へ出ると、ガサリと音がした。
「カモン?」
「残念ハズレ。お久し振りジャスさん、エジプトはどうだった?」
「シュライン」
シュラインの後ろから小さな身体がひょっこりと現れる。
「よお、ジャス」
「雛っち」
ジャスは目に涙を溜めながら二人に近付き、両手を握手に差し出した。
「カモンがいないんだよ」
シュラインはハンドバックからハンドタオルを取り出して、ジャスに渡す。ジャスはありがたく受け取って、目を拭った。
「今雛太くんとも話してたんだけどね、深町さんはどうやらマフィアの用心棒になったらしいのよ」
ジャスは大袈裟に驚いた。
「嘘っ、そんな、カモンが悪いことするわけないよっ」
「……悪いことって、そりゃないよ、ジャス……」
キャンピングカーの影から瓶底メガネのロビンが出てくる。ジャスはようやく存在を思い出して、ロビンを振り返った。
「ごめんごめん、ロビン。そういえば、君もマフィアだったっけ」
「こいつがマフィアぁ?」
雛太が胡散臭そうに顎に手を当てて、ロビンを仰ぎ見た。
「ぼく、ロビン……」
「ジャイアン、ラリー、ロビン。あのおじさんの言ってたこと、本当だったのね」
「なんでその名前を知ってるの、シュライン」
シュラインは顎に指を当てながら、ジャスを見た。
「私、こないだ人間ドックに入ったの。それで、待ち時間に外人のおじさんと話をしたんだけど……。ジャイアン、ラリー、ロビンっていう名前の跡取り息子が、どれもこれも頼りなくて困ってるって話だったのよ。色々込み入った事情があるみたいで、大変ですねえとだけ相づちは打っておいたんだけどね」
「パーパ! 日本に来てるの」
「まだ続きがあるの。こないだ、麗子さんと飲みに行ったのよ」
「えーっ、なんで俺も誘ってくれねえの」
雛太が大声をあげる。シュラインは困ったように雛太を見た。
「あなた、当日のお昼まで興信所のソファーで長くなってたじゃない。誘えないわよ」
「麗子、麗子は元気にしてるの」
ジャスが目を輝かせる。
「元気よ。ジャイアンの用心棒に雇われたって言ってたわ。しかも、相手はラリーでその用心棒が深町さんだって、日頃の怨みつらみを晴らさないでかって管巻いてたわ。相当やる気だったわねえ……」
草叢からからからと明るい笑い声がした。
「そういうわけか。それで、ロビン君もマフィアの一人。用心棒は賞金稼ぎのジャス・ラックシータスね」
少年らしい声だった。彼はすいっとジャス達の視界の中へ進み出てきた。
「こんばんは、ジャスさん。メールをどうも」
「えーと? すいません、どちらさまですか」
少年は屈託なく笑った。注意深く見ていたシュラインが、「あら」と明るい声をあげる。
「真雄くん、十里楠・真雄くんね」
「お久し振り。間違いメールだったみたいだけど、面白そうだから来てみたんだ。書いてあった差出人の名前は、大口賞金首にして賞金稼ぎのジャス・ラックシータスだったしね。なかなか刺激がありそうだったから」
遠くでバイクのエンジン音がして、落ち葉を踏みしめる足音が響いてきた。
「きっと……CASLLさんね」
シュラインが言うと同時に、CASLLの怖い顔がぬっと現れた。
「遅れてすみません、ジャスさん、皆さんお久し振りです」
「つーかこんなに人集めて、本当にマフィアの抗争に手ぇ貸すのか」
雛太が困ったように頭をかいた。
「私としては……ロビンさんの人格更正をちょっとした方がいいと思うわ」
「マフィアですって?」
CASLLが驚いている。ジャスは影と一体化してまるで存在感のなかったロビンを指して、CASLLに紹介した。
「レッド・マフィアの三男のロビンだよ」
ロビンはCASLLの顔のあまりの怖さに逃げ腰である。
「こここ、このおっそろしい人もジャスの知り合いなのかい」
ジャスの後ろに隠れながらロビンは言った。ジャスは嬉しそうに笑って、こくりと頭をうなずかせる。
「えーと、皆、実はロビンを立派なマフィアにするのが、僕の目的なんだ」
「違うだろーっ、僕を、パーパみたいなゴッドファーザーにしてくれるって言ったじゃないか」
ロビンがジャスの背をポコポコ殴った。ジャスは困ったように首を傾けている。
「だから、立派なマフィアにならなくちゃだよねえ」
「ジャスさんとロビンさんとの考え方の間には大きな隔たりがあるみたいだね」
真雄が笑顔をみせる。
雛太もつられて笑いながら、頭をかいた。
「違いねえ」
「立派なマフィアになる……悪にも悪なりの美学がありますからね。いい心がけです。私も悪役俳優のいい勉強になりますし、できる限り協力させていただきます」
CASLLは神妙な面持ちで、ロビンの手を取って言った。ロビンは手だけを伸ばした状態で、CASLLから身体は一メートルは離れている。
「カモンは帰ってこないのかなあ。ロビンの性根を叩き直すのに、カモンのやり方がいいと思ったんだけどなあ」
「性根ってっ! そんなジャス、だって君はラリーとジャイアンをやっつけてくれるんだろ」
またジャスの背中をロビンがポコポコ叩いている。
「あのおっさん、眠たいかやる気がないかどっちかじゃねえのか、普段」
雛太がジャスに聞く。ジャスはぶんぶん首を振った。
「毎朝二時間ぐらい型つけたりジョギングしたりね、色々するの。その後機嫌がよければ、相手もしてくれるから、カモンに喧嘩を習うと敵なしだしね。実践訓練だから、気合抜くとすぐボコボコなんだ。やらないとやられる感じ」
「そ、そんなあ……」
CASLLも深くうなずいた。
「そうですね、加門さんにお手合わせを願うと、ジャスさんの五倍ぐらい酷い目に遭います。未熟だからですが……」
「ひぃいっ」
ロビンがじたばたと喘いでいる。
「でもいないんじゃしょうがないから、僕達のやり方でやるしかないなあ……」
「そ、そんな人がラリーの用心棒に? ジャス大丈夫なの、ぼく達」
ロビンが顔を青くして言う。
「カモンは弱いものイジメはしないもん、平気だよ。問題は麗子かなあ……。君みたいな、軟弱っぽい男嫌いだからね、麗子は」
「軟弱は究極的に嫌いだな、麗子さんは」
雛太が深く同意した。CASLLがきょとんとしてシュラインへ視線を向ける。
「そうなんですか?」
「そうだと、思うわよ。麗子さんだもの」
真雄はパンと両手を叩いた。
「それじゃあボクは、ジャイアンサイドに潜入捜査でもしようかな」
シュラインはキャンピングカーに上がりながら言った。
「じゃあ、ロビンさんの更正スケジュールを練りましょう。ジャスさん、中に紙とボールペンぐらいあるでしょ」
ハイハイとジャスがキャンピングカーに入っていく。
「そんなあ、ジャス。ぼくは、君があいつらをぶっ潰してくれるっていうから、ついてきたのに」
「お前なあ、なんでも人頼みですむと思ってんじゃねえよ」
雛太がロビンの肩を殴った。ロビンは自分よりも小さな雛太に萎縮して、小さくなっている。
「そういう根性が気にいらねえんだよ」
雛太は面白いおもちゃを見つけたように、ロビンに突っかかっていった。
「うう、日本にもぼくをいじめる奴がいるなんてぇ」
「そういうところがいじめられるんだよ」
「ジャースーっ」
CASLLが慌てて止めに入った。
「雛太さん、ロビンさん泣いてますからっ」
「泣くなっ、こんなことぐらいで男なら!」
ジャスはロビンをただ勝たせるほど、甘い男ではなかったようだ。
クラブを巡ったジャイアン達は、上機嫌だった。しかし……、麗子の額にかすかに青筋が立っている。リオンはそれを発見して、一人戦慄していた。
「リオンお前も飲め、まあ俺の出世祝いってとこだぜ」
麗子の肩に手を回したまま、ジャイアンは陽気に酔っている。リオンは旧友であるジャイアンに困った顔で微笑んでみせ、注がれたウィスキーを飲み干した。
「ジャイアンさん、あのクソ生意気なラリーの手下伸してきたらいかがです?」
麗子は水割りを舐めながらそう言った。
ジャイアンは言われてはじめて気がついたような顔をして、辺りを見回す。加門と琉人そして夕日はカウンタに座っていた。
「ラリー」
「はい、なんです、お兄さん」
「お前のとこのさっきの奴を、一発伸してやる。このお姉ちゃんが、俺の勇士がみたいってごねてんでな」
ジャイアンはダンゴっ鼻をさすった。麗子からようやく手が離れ、麗子ははぁと一つ溜め息をついた。
「そりゃあそうだよ、お兄さん直々にやることもないと思うけど。お兄さんの気がすむなら」
そしてジャイアンは立ち上がった。ラリーは加門を睨んでいる。当の加門はジャイアン達に背を向けて、酒を飲んでいる様子だ。夕日に肩を叩かれて、不思議そうに振り返った。
麗子はリオンに顔を近づけて言った。
「あのデカブツ、人の身体にベタベタ触りやがって」
「なんであんなこと言ったんです? 加門さんやられちゃいますよ」
麗子は水割りを新しく作りながら、リオンを見やった。
「加門が? あのデカブツに?」
「そう。さっきラリーになんか怒られてましたから」
「そらいいわ。いいじゃない、あっちの戦力半減よ。まーそうじゃなくても、あのエロジジイがボコボコになってもいいわ、この際。あーあ、こんな割に合わない仕事引き受けるんじゃなかったわよ。私はホステスじゃない、つーの」
リオンがたははと苦笑する。
「どっちが勝ってもいいわけですか」
「けどあれよね、仕事だからって嫌よねえ、能無しに殴られるの。加門のことだから、切れてエロジジイがボコボコ、その上加門は解雇、そうなったら後の仕事が楽ね。すっきりするし」
麗子にしてみれば一石二鳥というわけだ。
「ねえ、ピスタチオ剥いてくれない?」
麗子はミニスカートの足を組みながら言った。リオンはまた苦笑して、ピスタチオの殻を剥きはじめる。
目を上げると、ジャイアンが加門の首根っこを掴んでいた。夕日が腰を浮かせている。琉人はとくに気にするでもなく、お茶を飲んでいるようだった。加門は意外と軽いのか、それともジャイアンがバカ力なのか、ひょいと掴まれて表へ連れて行かれている。
「あの分じゃあ、加門さん我慢するつもりなのかな」
「やられ慣れてるからね、いやあね、負けるのが癖になってるのよ」
「相変わらず手厳しいですね」
剥かれたピスタチオに手を伸ばして、麗子はポリポリと咀嚼しながら笑った。
「勝てない加門なんて、なんにもならないじゃない」
加門の恐ろしいところは、勝ったと思ってもしぶとく立ち上がってくるところだ。負けが混んでいるように見えても、結果的に負けないのが加門の喧嘩のやり方だ。リオンはそれが分かっていたので、ジャイアンに関しても気の毒なような気がしていた。今やったら、いつか仕返しがくるのはわかっていたので。
リオンは麗子が水割りを飲み終えたのを見て、彼女のグラスにウィスキーを注いだ。
付いて来ている夕日に加門は片手で手を振った。夕日はそれが待っていろのサインだとわかっていたので、黙って路地の入り口に立っていた。ひどい音がして、中を覗きこむとジャイアンの拳が壁に刺さっていた。加門は長身をもたげて、その腕を避けた格好で止まっている。
「わりぃ、避けるつもりはなかったんだけどさ」
その腕が加門の頭を薙ぐように動き、加門は軽く二三メートル飛ばされた。ジャイアンの後姿が屈みこむ。ダン、ダンと殴る音が聞こえる。それから加門は彼に持ち上げられて、高い位置から壁に投げつけられた。身体がバウンドして、夕日の見える位置まで加門が吹っ飛んでくる。彼は前髪の隙間から夕日を少し見上げて、血のついている口でニヤリと笑ってみせた。
それから、よろよろと立ち上がる。
まるで挑戦するようにジャイアンに向かっていって、もちろん彼の手足はいつものようには動かず、二度三度と顔を殴られた。それから腹を思い切り膝蹴りされ、上から両拳を振り下ろされて道路に寝そべった。何度となく寝そべった腹を蹴られ、加門は咳をした。踊るように蹴り上げられる。
「口ほどにもねえな」
ジャイアンがそう言って、高級スーツの襟を正した。加門はジャイアンが外へ向かって歩き出した途端、すくと立ち上がった。ジャイアンの部下が加門を振り返って、すぐに殴りかかる。
「てめぇ」
それから十分ほど、ゾンビの異名を持つ加門は殴られ続け、夕日はそのほとんどを目を覆ってしまって見ていなかった。
「うーん、遊びすぎですねえ」
気がつくと後ろに琉人が立っている。彼は帽子の庇を軽く押さえていた。
「そう思いませんか」
「あ、あそびすぎ?」
聞き返すと琉人は屈託のない笑みを浮かべ、こくりとうなずいた。それから路地の中へ入っていった。
「そろそろやめにしてあげてください。使い物にならなくなります」
琉人がペコリと頭を下げると、わざと琉人にぶつかったジャイアンが鼻を鳴らしてきびすを返していった。
ジャイアンは夕日に目を止めて言った。
「おい、お前。ラリーんところにいても何の得もない、うちにくるなら入れてやるぞ」
「……」
お、女なら誰でもいいんだわ、こいつ。
夕日は慌てて路地へ駆け込んだ。
琉人が加門をじいと眺めている。夕日は琉人の背中に突っ込んで、加門を覗きこんだ。
「へ……平気な、わけないか」
「平気じゃないわけないですよ」
「はい?」
加門はゴロンと横から仰向けになり、琉人が笑顔で問い掛けるのと同時にひょいっと飛び上がった。
「人生お遊びだと思ってませんか、加門さん。ちょっと、おちょくりすぎですよ」
飛び起きた加門は口元の血を拭いながら、腫れた顔で笑っている。
「おちょくり大王のお前に言われたくねえな」
「ジャイアンさん可哀想に、完全にあなた伸したと思ってますよ。そういうのは罪作りっていうんです」
加門は口の中の血を路上に吐き捨てた。
「しょうがねえだろ。手ぇ出したらクビなんだから」
「そうですねえ。ジャイアンさんにはゾンビに手を出したと思って諦めてもらうしかないですね」
加門は手足を回している。
「ラリーが帰れって?」
「ええ、ラリーさんが先にアジトへ戻っていろとのことです」
夕日は加門の傷にハンカチを差し出した。加門は受け取らず、手を振った。
「痛々しいわねえ。本当に平気なの? 病院行かなくて大丈夫?」
「バカくせぇ」
二人は連れ立って歩きはじめた。
「それにしても、ラリーの根性も直してやらなきゃマフィアのボスになんかなれねえぜ。お前、なんか策あるか」
「ええ、教育は考えてます。明日から、じっくりとね」
夕日が加門にまとわりつく。
「見える傷だけにでも、バンドエード貼りなさいよ。見てる方が痛いのよ」
加門は渋々そのバンドエードを受け取りながら、琉人へ言った。
「部下は俺が徹底的に叩き直す」
「怪我人は増やさないでくださいね」
夕日はマイペースな二人の前に、深い溜め息をついた。
ロビンはCASLLに捕まって、キャンピングカーの狭いキッチンでナポリタンの修行をさせられていた。
「マフィアたるもの、ナポリタンを上手に作れなくてはなりません」
シュラインと雛太とジャスは試食係である。
「正直、ナポリタンは日本生まれだと俺は聞いていたんだが」
雛太がまずいナポリタンをすすりながら、ぼんやりとつぶやく。しかしそのつぶやきは、CASLLには聞こえていない。
「ロビンさん、ナポリタンができるようになったら、片足で皿回しに挑戦です。できることなら、二十四時間テレビにあやかって二十四時間耐久レースです」
CASLLは燃えている。ロビンは泣きながらの調理だった。
ジャスはおいしそうにナポリタンを食べながら、寂しそうに言った。
「あーあ、せっかく帰ってきたのに、カモンにも麗子にもセブンにも会えないなんてなあ」
「そういやぁ、俺の従兄弟がお前のホットドック屋でバイトしてんだ」
「ええっ、そうなの。い、いつのまにそんなに余裕が」
シュラインはナポリタンの残りをテーブルの一番遠くに置きながら言った。
「七倍は売り上げが伸びたって」
「えええっ、七倍も」
ジャスはショックで口を開いたまま眉根を寄せている。
雛太はジャスの前でヒラヒラ手を振ってから、携帯を片手にキャンピングカーの出入り口に立った。
「もしもし、よお加門、お前今なにしてんの。俺? 俺はさパチスロ当てて出たとこ」
相手は深町・加門である。
「いい身分だなあ、こっちはチンピラの稽古中だ」
「なにそれ。仕事か」
「それがよぉ、くだらねえマフィアの抗争に巻き込まれちまってさ。ボスはフヌケだわ、子分は相手になんねえぐらい弱いわでよ。仕事ばっかり増えてさ」
「うへーなにそれ、めっちゃ大変そうじゃん。いつも通り賞金首追ってりゃいいのに」
雛太はまるで知らない顔で話を合わせる。
「俺もそうしときゃあよかったと後悔してるところだ」
「なんだ、じゃあ景品分けてやるどころじゃねえのな。がんばってくれや」
「おお。分けてくれんなら、家に置いといてくれよ」
「了解」
じゃあなと雛太は電話を切って、コホンと咳払いをした。
「ラリーのとこの手下、加門が稽古つけてるってよ。ヘタしたら強くなるかもなあ」
「雛太くん、こっちの手札明かさずに、ずるいわね」
シュラインが呆れた声をあげた。
「え? 今のカモン? 僕も話したかったなあ……」
「ジャイアンは真雄が偵察に行ってるもんな。後で連絡くれるだろう」
雛太はジュウジュウ作業をしているロビンの後姿に、ゲンナリと言った。
「もうナポリタンはいらねえぞ。皿回しでもやってろ」
CASLLがギターをかき鳴らす。これは、ゴッドファーザーのテーマだ。
「さあ、ロビンさんご一緒に唄うんです。さんはい、イタリアのマフィアの息子……」
「イタリアのマフィアの息子ー」
CASLLに導かれて、ロビンは泣きつつ唄いながら外へ出て行った。
雛太はシュラインとジャスにロビンの様子を見ていると言って、外へ出た。
公園では、CASLLの指導のもと皿回しの特訓が行われている。もちろん運動神経が皆無のロビンは、CASLLのように器用に片足で皿を回すことなどできず、すぐに皿を落としては割っていた。
雛太はやれやれと両手をあげて、携帯電話を取り出した。
実は、このマフィアの抗争で雛太は担っていることがあった。
ある筋からラリーとジャイアンの電話番号は入手済みである。雛太の役回りは、この抗争の霍乱だった。
ラリーの電話番号を呼び出して、雛太は低い声で言った。
「ラリーさん、ロビンさんが用心棒を雇いましたよ。まずあなたから潰すつもりのようですね。俺か、俺はそうだな……あんたの味方だよ。事情があってロビンについているが、あんたが一番ボスには近いようだな。ああ、本当さ。また、情報を流してやる。俺はあんたの味方さ」
そう言って電話を切り、ロビンを見やる。ロビンは用心棒のCASLLに皿回しの稽古をつけてもらい続けている。皿回しが何になるというのやら……。
こうしておいて、ロビン達にはラリーの元へ潜入捜査をするつもりだと言っておこう。いくらジャスや真雄、シュラインとCASLLがいるとはいえ、ロビンはただの弱虫である。真雄を除けば全員お人よしが集まったようなパーティでは、マフィアの抗争は勝ち残れまい。
雛太は事情があって依頼料が欲しかったので、いかにも金がなさそうなロビンには興味がなかった。ロビン達には、誰かがゴットファーザーになる寸前まで仲間だと思わせておくのが得策だろう。どうせ、大したことはできない。
俺って悪だなあ……などと悦に入りながら、シュラインには申し訳ないと頭の片隅で考えた。
ジャイアンは朗らかな笑顔を見せる少年を疑り深い視線を向けていた。
真雄は透明な液体の入った小瓶を持っていた。真雄はそれをチャプンと振ってみせ、小首をかしげた。
「いらないの」
「本当なんだろうな」
ジャイアンは鬼気迫る様子で言った。真雄はやわらく微笑んで、こくりとうなずいた。
そこへ、応接室に麗子が入ってきた。
「あら、お取り込み中? やだ、真雄くんじゃない」
麗子と真雄は一度顔を合わせたことがあった。広まったら世界中の危機になっていた、危険なウィルスの事件で行動を共にしていたことがあったのだ。
「知り合いか」
ジャイアンが麗子に聞く。麗子は外行き用のスマイルを浮かべた。
「ええ、はい。優秀なお医者様ですわ」
「こんな子供が?」
「ここ東京じゃ、そんなこと関係ありませんもの」
麗子はジャイアンへ続けた。
「射撃場ありませんこと?」
「地下にある。勝手に使っていいぞ」
「ありがとうございます」
麗子は少し頭を下げた。それから真雄に顔を向けて、考えを覗くように見つめる。真雄はそれに気付いて、屈託のない笑顔を浮かべた。麗子は困ったように苦笑をした。
ジャイアンは真雄がテーブルに置いた小瓶を取り、渋い顔でうなずいた。
「よし、お前を雇おう」
「賢明だね」
真雄はそう言って立ち上がった。麗子はジャイアンの手元の小瓶をじっと見やっている。
ジャイアンはまた言った。
「本当なんだろうな」
「本当だよ。一晩たてば、あっという間だろうね」
真雄は麗子の背を押して外へのドアを開けながら言った。
「僕も射撃の練習でもさせてもらおうかな」
応接間の外へ出て、狭い作りの廊下に出た真雄は麗子を見上げて照れ笑いをした。
「久し振り」
「今の薬なんなの? 怪しいの?」
真雄はゆったりと歩き出しながらかぶりを振った。
「射撃場へ行くのってどっちさ」
「下だって言ってたわ、リオンも連れていくから一階へ寄るわよ」
「うん。あれね、ニキビヅラが一晩で治る薬なんだ」
二人はエレベーターを待ちながら、顔を見合わせた。思わず麗子が吹き出す。ついたエレベーターにはリオンが乗っていた。
「麗子さん」
「あ、リオン、地下にあるって。この子真雄くんね、優秀なお医者様よ」
リオンは変な顔をして真雄を見下ろした。真雄は相変わらずの子供らしい無邪気な笑みを浮かべて、少しだけ頭をかたむけてみせる。
「それで? あのニキビヅラの部下は使いものになりそうなわけ」
「ニキビヅラ……ですけどね、たしかに」
「明日には治るよ」
真雄がくすくす笑う。リオンは不思議そうに真雄を見ていた。
「どこにでもいるチンピラレベルですねぇ……あっちには冠城さんと加門さんがいますから、ちょっと厳しいと思いますよ。俺達だけが対抗手段になっちゃいます」
麗子がはあと溜め息をついた。真雄は独り言のようにつぶやいた。
「それじゃあ……ロビンにも勝機はありそうだな」
リオンが胡散臭そうな顔をする。麗子は腰に手を当ててから言った。
「真雄くん。あんまり、現場をかき回さないでね」
「やだな、ボクがいつかき混ぜたよ」
一階でエレベーターを降りた三人は、一階から地下に続く階段を降りて射撃場へ足を向けた。ジャイアンの部下は総勢三十人ほどだが、どれもジャイアンを更に小物にしたようなチンピラばかりだった。
神宮寺・夕日は惨憺たる現場を見ながら言った。
「ああこんなことが職場にばれたら懲戒免職だわ……、そうしたら加門、あんたが責任取ってくれるんでしょうね」
惨憺とさせているのは、もちろん加門である。
近所の道場を借り切ってラリーの部下の強化に当たっている加門だが、元から教えるのはヘタクソらしい。そもそも教えるつもりがあるのかどうかも怪しい。かかってこさせて、片っ端から投げ飛ばすという手法に、ラリー同様根性のない子分達は、早くも音を上げ加門のイライラを募らせている。
「責任?」
顔のあちこちにバンドエードを貼っている加門が振り返る。
「そう、責任」
寝こけている男達の首根っこを掴み上げながら、加門は言った。
「お前なあ、俺が責任取ってどうすんだよ。取るんなら、ラリーだろうが」
夕日は階段に座ったまま、ずるっとずっこけた。
「ラリーになんか取ってもらっても嬉しくないわよ」
「そういう筋じゃねえか」
手元の根性のない男はピクリとも動かない。加門は諦めてそれを放り出し、エヴィアンを持っている夕日の近くまで寄ってきた。彼女は手に持っていたタオルをまず渡し、それから水を手渡した。
「根性ないわね、ラリーのことだから銭稼ぎにせいを出してたんでしょうね」
加門は夕日の隣に腰をかけながら、水を飲んでいる。
「腹減ったな、冠城はどうした」
「知らないわよ、私冠城さんのお守りじゃないもの」
加門は夕日に水を戻して立ち上がった。出入り口の器具に引っ掛けるようにかけてあるトレンチコートをひったくって、加門が道場から出て行こうとする。
「ちょっと、帰るの」
「飯食ってくる」
夕日は立ち上がって、階段を降りた。加門は出入り口から片手を振って、ふらふらと去って行った。
「ご飯ぐらい、誘ってくれてもいいじゃないの……」
あの様子だと琉人ならば飯に誘った風だった。肩をがっくり落としながら、夕日ははあと溜め息をついた。
琉人はラリーを頑丈な鍵のかかる地下室へ閉じ込めて、名作と言われるマフィア映画を延々流し、正確なあらすじや知識をラリーが得るまで繰り返させていた。もちろんそんな荒療治など経験のないラリーは、三十分もしないうちに音を上げた。
「マーマー、助けてぇ」
その声にラリーの子分達が地下室へ駆けて来たが、琉人は笑顔で彼等に引き取るように言った。
だが奥からはラリーの叫び声が響いている。
「そういうわけには」
「いくらラリーさんの雇った先生とはいえ、こんなことは」
琉人は小さな声で
「そうですか」
と言ってから、ドアの横に立てかけてあった鉄材を手に取り、両手でぐっと握って曲げてみせた。
「困りましたねえ」
琉人が笑顔で言うと、子分の二人はすたこらさっさと逃げて行った。
「困りましたねえ、こんなことで逃げ帰る子分さんというのも。加門さんの教育も大したことありませんね」
琉人はラリーを閉じ込めている部屋に向かって言った。
「ではラリーさん、がんばってくださいね。あれでしたら、私ではなくもう一人の方を見張りに寄越しますから」
ラリーは加門が子分を片っ端から伸しているのを見ていたので、琉人と同様に加門も畏怖している。
「そ、そんな、先生っ」
「がんばってくださいねえ」
琉人はヒラヒラと手を振った。
レッド・マフィアの日本支部は大きな事務所を構えている。
先日日本で人間ドックを受けていたゴットファーザーが、今はここのトップである。普段は他の人間が管理しているが、組織のドンが来ているのだから全ての人間はゴットファーザーの命令を受けて動いていた。
その応接室に一人の女性がいる。
少し寒そうなやわらかい毛糸のセーターを着て、ジーンズのロングスカートを履いていた。彼女は足をきちんと揃え、まとめた髪を肩から前にさげていた。
シュライン・エマである。
「まさか、病院以外の場所でお会いできるとは思いませんでした。ミス・エマ」
「ええ、私も」
彼女は遠慮がちに微笑んだ。
「ロビンさんにお会いしなければ、再びお会いすることはなかったですわ」
「いやー、不肖の息子達でお恥ずかしい限りです」
「いえ、心根のお優しい方ですね」
ゴットファーザーは豪快に笑ったあと、頭をかいた。男が応接室にコーヒーを運んでくる。香ばしい香りが部屋に充満した。
「そう言えば聞こえはいいですが、ただの臆病者ですからな」
「そんなことありませんわ。ラリーさんは商才のある方、ジャイアンさんは力と統率力があられる……三人が力を合わせれば、レッド・マフィアも向かうところ敵なしです」
ゴットファーザーは困ったように笑って、手を振った。
「ラリーは汚い真似をして金を稼ぐ、ジャイアンがそのピンハネをする。どいつもこいつも、一人前どころか半人前ですな」
シュラインはコーヒーに手を伸ばして、持ち上げることはせず目の前の恰幅のいいゴットファーザーを見上げて言った。
「三人の中の一人、でなくてはだめなのでしょうか。三人が協力をすれば?」
「協力……そんな文字があいつらにありますかな」
ふうと彼は溜め息をついた。
そこへ、トントンとノックがした。
「なんだ」
すうと重厚な扉が開いて、神父姿の男が入ってくる。彼は少し帽子をあげ、会釈をしてみせた。
「ご相談があって参りました」
「アポイントは取ったかね、部下が外にはいたと思うのだが」
冠城・琉人はほがらかに笑った。
「いえ、不躾ながらここまで勝手に入ってきてしまいました」
シュラインが琉人に声をかける。
「冠城さん、あなたも、誰かの用心棒ですか」
「ええ、シュラインさん。私はラリーの用心棒として雇われてます。あの三人、私達がどう煮てもゴットファーザーの器にはなりそうもありません。ここは一つ、三人をまとめ上げて同盟を組ませたらどうかと思いましてね。大ボスさんにご相談にあがりました」
ゴットファーザーがシュラインと琉人を見比べている。そして眉間にシワを寄せて、立ち上がり琉人に席をすすめた。
「ご迷惑を。さ、どうぞ。どうやら彼女とあなたは同意見のようだ」
そうでしょうね、と琉人は微笑んだ。シュラインはコーヒーを手に取った。
ユニセフの共同募金を日本の路上で行っていたロビンだったが、相棒が顔の怖いCASLLだったことと、ロビン自体元々いじめられオーラが出ていたことから、募金活動はうまくいかなかった。
CASLLが一緒にいるとその怖さゆえ募金に誰も参加してくれない。しかし、いなくなるとロビンはチンピラに絡まれ大して入っていない募金箱を彼等に取られてしまうのだ。
雛太はその様子を遠くから見ていた。近くにジャスがホットドックのワゴンを出していたので、ホットドックを食べながらだ。
ジャスからホットドックを二本買った雛太は、途方に暮れているロビンの元へ近付いていった。
「少しは休めよ」
「ううう、どうせぼくなんて、何をやってもダメなんだ。どうせゴットファーザーにだってなれないに決まってるよ」
ロビンの肩を叩き、雛太は不敵に笑った。
「そんなことねえと思うぜ」
雛太はロビンの身体を持ち上げて立たせ、彼の背を叩いてベンチまで歩かせた。
「悪いがジャイアンもラリーもドンの器じゃねえ……思うが、やっぱりお前しかいねえんじゃねえかな」
雛太はロビンにホットドックを手渡して、近くの自動販売機で買ったコーヒーを開けてやった。
「それにな、ロビン。実は……」
「実は?」
ロビンは瞬く間にホットドックを平らげた。
雛太は声を低くして、ロビンの間抜けな顔に顔を寄せた。
「ジャスの奴がやる気になりゃ、あっちの用心棒なんて相手にもならねえぜ」
「えっ、でもジャスは喧嘩は嫌いだよ」
ロビンがメガネの位置を直す。雛太は空いたロビンの手にコーヒーを渡してやった。ロビンは缶コーヒーを見つめている。
「なあ、ロビン。本当に強ぇ奴は、めったに喧嘩なんかしないんだぜ」
「……! や、やっぱりジャスは、強いのかな」
「ああ。それにCASLL、あいつも顔だけじゃねえ……。しかも真雄は奇跡の医者だ。その上、姉御はああ見えて実は昔暴走族のレディースのヘッドだったんだよ」
ロビンの顔がみるみる力にみなぎる。
雛太は口からでまかせを言いながら、シュラインがレディースのヘッドは言いすぎだったかなと思った。
「じゃ、じゃあぼくは、ゴットファーザーに」
「なれると思うぜ……」
「……じゃ、じゃあ今夜、あいつらに総攻撃をかけようよ」
調子に乗ってくると止まらないのがノビタ体質の特徴である。
「今夜?……まあ、いいぜ。じゃあ、あいつらの今日の位置を調べてくるからよ」
「そんなことできるの?」
「俺は、ラリーに取り入って情報を引き出してる最中なんだ。まあ、あいつの味方みたいなフリをしているが、実はロビンお前の味方だからな」
雛太はニヤリと笑って、携帯電話を取り出した。
加門を再び呼び出す。
「よお、加門。お前まだマフィアになんか関わってんのか」
そう明るい調子で話し出し、まったく警戒していない加門から本日のラリーの行動を引き出した。加門はほとほと疲れているようで、珍しく愚痴らしいことをいくつか言い、雛太に今度マージャンをしようと誘いがいったところで、雛太は笑いながら電話を切った。
「ラリーとジャイアンは今日は六本木のクラブに行くそうだ。奇襲をかけるなら、そこだな」
ロビンは大きくうなずいた。
シュラインは、六本木の高級クラブの前で一つ息をついた。
「ぼくがレッド・マフィアを束ねなくて、誰が束ねるって言うんだ!」
ロビンは拳を握って言った。CASLLが目に涙を溜めている。
「ロビンさん立派な心がけです」
夜の六本木は怪しいネオンが輝き、サラリーマンがふらふらと歩いていた。ジャスが不安そうな顔でロビンを見つめている。
「平気かなあ……」
見るからにみすぼらしい背広姿のロビンは、意気揚々とクラブの中へ入っていった。CASLLがその成長に涙しながら追い、雛太もゆっくりと中へ入る。最後にジャスとシュラインは目を合わせて、困った顔をした。
「おい、ジャイアン、ラリー!」
クラブは貸し切りだった。出入り口に立ちはだかり、大声をあげたロビンに全員の視線が集まる。
「ぼくが、今日は徹底的にぶちのめしてやる」
クラブの中には、麗子やリオンそして真雄。カウンタ席には琉人と加門と夕日が座っていた。ラリーとジャイアンは大きなボックス席に納まっている。
「先生、あんなヨワッチイのさっさとやっちゃってくださいよ」
琉人と加門への応対をあらためたラリーが、狐顔の口を尖らせて言った。
二人は顔を見合わせてからロビンを見て、二人して苦笑をしている。
「ひ……、ふん、ぼくには強ーい味方がいるんだから」
ロビンはそう言ってジャスを振り返った。ジャスはロビンの言うことなど聞いておらず、嬉しそうに加門を見つけて近くへ寄った。
「カモン、ひさしぶり! ハガキ届いた?」
「お前なに帰ってきてんだよ……」
「麗子っ、僕ジャスだよ。元気にしてた?」
麗子がジャイアンの隣から、笑いながら手を振った。ジャスもぶんぶんと手を振り返す。
「ジャスー、君はぼくの味方だろう」
ロビンが慌てて言ったが、ジャスは再会モードに入っていて聞いていない。
しかしロビンはめげなかった。
「ゴットファーザーの器はぼくしかいないんだ」
ロビンは隣にいた筈の雛太を見て、確信を深めようとした。だが、雛太はクラブを突っ切ってラリーの隣にいる。
「……えーと」
「俺はラリーさんの味方です」
「ええっ、そんなっ。えーとそれじゃあ、シュライン、君に決めた!」
「……決められても困るわ」
加門が雛太を見て、声を上げた。
「てめぇ、無関係な顔してやがったくせに。騙してやがったな」
雛太は引きつった笑顔をみせ、近寄った加門の胸を叩いた。
「まあ固いこと言うなよ。俺達は仲間なんだからさ」
「調子いいこと言ってんじゃねえぞ、チビ」
「加門、それは禁句よ……」
いきり立って雛太の胸倉を掴みそうな加門を、夕日が慌てて止めた。
ロビンが最後の頼みとCASLLを振り返る。CASLLはロビンに向かってエールを送った。
「がんばってください、ロビンさん!」
ジャイアンが立ち上がる。
「ロビンてめぇ、人がいい気分でいるってぇのによくも邪魔してくれたな」
ロビンはCASLLとシュラインを交互に見た。しかし、二人とも他人行儀に立っているだけだ。
そして次の瞬間、ロビンは脱兎の如く逃げ出した。
真雄がからから笑う。
「あーあー、逃げちゃったね」
後に残ったロビンの味方達は、途方に暮れた顔をしている。
シュラインにジャイアンが言った。
「おい姉ちゃん、ロビンの味方なんかしてないで、こっちに来て一緒に酒でも飲まないか」
シュラインは深い嘆息をして、雛太を横目で睨みながらきびすを返した。
「失礼します」
CASLLが追っていなくなる。ジャスも慌てて、外へ消えた。
ロビンのクラブ襲撃事件は、未遂に終わった。
雛太の狙いは、ラリー一味の壊滅だった。
ロビンは仲間こそ多いが、何もできない男だ。一攫千金、麗子のお願いで、雛太は実はジャイアンの為に動いている。ラリー達の仲間になった顔をして、ラリーとロビン達を徹底的に戦わせ、そして最後に漁夫の利を取る作戦だった。麗子も一口噛んでいる話だ。
ラリーとジャイアンは自家用セスナを使って軽井沢へ移動している。
残念ながら、置いていかれたラリーサイドの用心棒達は、車を飛ばして軽井沢に向かっていた。運転席には当たり前のように加門が座っている。
ともかく、またロビンを焚きつけなければならない。今度はラリー達を全員動けない状況に追い込んで、そしてロビンに「この抗争にはもう参加しない」と誓わせる。これで、ロビンは振り落とされた。ラリー達を縛るのは、ロビン達にやらせればいいだろう。ロビンは手に取りやすい奴なので、この奇襲にも乗ってくるに違いない。
パーキングエリアで全員が立ち食いソバを食べている間に、雛太は素早くロビン達に電話をして、ラリー達の報告をした。今、奴等を叩かなければどんどん増長していくことと、雛太の手引きで別荘の中へ引き入れること。その上、ブレーカーを落として停電を故意に作り出すこと。それらをうまくシュラインへ伝えると、シュラインは低い声で言った。
「……それを、ロビンさんに伝えればいいのね」
「えーと……姉御怒ってる?」
「怒ってないわよ。今度は何を企んでるのかしらと思ってね」
「またまたー、俺は姉御の味方だって」
「どうだか」
立ち食いソバから三人が出てくる。
「じゃあ、姉御。俺うまくやるからさ」
電話を切った雛太を、加門が胡散臭そうに眺めてぷいとそっぽを向いた。
「あんた子供じゃないんだから、機嫌直しなさいよ」
「けっ」
雛太は肩をすくめて後部座席に乗り込んだ。逆から乗った琉人が、雛太の顔をじいと覗き込む。
「な……なに」
「いやああなた、まだ何か企んでますね」
車が乱暴に発進する。
ロビンは燃えていた。
「ジャス、ぼく絶対ゴットファーザーになるんだからね」
さっき逃げ出したのはどこの誰だか……、ロビンはまだそんなことを言っている。
「僕争いごとはよくないと思うんだよね、カモン達も話せばわかってくれるよ」
ジャスはそう言って、乗り気ではない様子だ。
「まあ話し合う為には、軽井沢まで行かなくちゃだけどさ」
シュラインはロビンの肩を持って言った。
「あなた達三兄弟協力する方向で考えるのよ。そうしないと、うまくいきっこないんだから」
ロビンはシュラインから顔をそらした。その先にはCASLLが立っている。
「ひ、CASLLさ……」
「私も、兄弟は仲良く協力すべきだと思います」
ロビンはうーんとうなって、ぴかっと何かひらめいた。
「だから、ぼくが、三兄弟をまとめなくちゃならないと思うんだよ!」
口八丁のロビンに、シュラインは疑わしそうな目を向けた。ロビンはまるで純粋のような目をして、シュラインの手を掴んだ。
「本当だよ。ぼくがまとめればいいんだろ。ジャイアンもラリーもぼくが統べれば!」
CASLLがよく言ったとうなずいている。シュラインはまだ信用が置けない顔をしていた。
シュラインが考え込んで言う。
「じゃあ……雛太くんが停電をさせている間に忍び込んで、全員を簀巻きにしちゃいましょ。そうすれば暴力は振るえないでしょう。それから、全員にお説教ね。ゴットファーザーのおじさんには悪いけど、頭悪すぎるわ……」
ロビンが顔を明るくさせる。
「じゃあ、軽井沢に出発だ!」
CASLLがおーっと片手をあげた。
ラリーの別荘に場所を移して、宴会は行われていた。
リオンも麗子もいい加減宴会には飽きた様子だった。真雄だけは、ニコニコと相変わらずの笑顔でその場をやり過ごしている。
ようやくついたラリー用心棒一行に、ラリーが飛び出してくる。
「先生、今日こそ兄貴をやっちまってくれ」
車のボンネットに手を付きながら、呆気に取られた全員は黙ってラリーを見ていた。
「あんなデブ、先生にかかれば屁でもないでしょ」
加門は琉人を振り返った。
「どうです、先生」
琉人は考えるように唇に手を当てた。
「困りましたねえ、三人は一人の為に、一人は三人の為に、と思ったんですが」
「できないって言うのか。お前等なんの為に雇ったと思ってるんだ!」
ラリーがぶんぶんと腕を振って怒る。夕日が半眼でそれを眺めていた。
「子供じゃないんだから……」
「まあなんでもいいや。連中を伸せば給料がもらえるっつうんなら……」
加門が面倒な問題を棚上げして、目の前の給金につられる。すると、後ろの席から出てきた雛太が慌てて言った。
「ら、ラリーさんにかかればそんなのいつでもできるじゃないですか。あーと……あれですよ、ジャイアンにも最後の夜を楽しませてやりましょうよ」
加門琉人夕日の三人が冷たい眼差しで雛太を見る。雛太は明後日を向いて、口笛を吹いていた。
「ま、まあお前の言うとおりだがな。先生、じゃあ明日の朝は兄貴の悲鳴で目覚めるってのが痛快ですよ。お願いしますよ」
ラリーは加門にそう念を押して、別荘へ入って行った。
加門が琉人に話を振る。
「どうすんだ? 俺弱いものいじめ好きじゃねえんだけど」
「同感ですね。まあでも、明日は無事に来ないでしょうね」
琉人は雛太を横目にした。雛太は一人車を離れ、別荘の中へ入っていく。
「おら、中じゃ宴会だぜ。なんか美味いもん食えるんじゃねえか」
雛太が言ったので、加門達は彼に続いて中に入った。
「問題は麗子だな、何を考えてるやら……」
夕日が神妙な顔で加門にうなずく。
「困りましたねえ」
琉人の吐息を風がさらっていった。
そして夜は更けた。
雛太の携帯が鳴る。深夜の宴会はジャイアンの豪快な笑いが主な演目だった。
琉人は相変わらず持参した急須でお茶を淹れて飲んでいた。夕日も途中から彼のお茶のお相伴に預かっていた。加門だけが、ペースを上げるでも下げるでもなく、ウィスキーの水割りを飲んでいる。
ジャイアンの隣に座っている麗子は、カクテルを飲んでいた。リオンは連日の飲み会に、眠そうにソファーに寄りかかっている。麗子の隣に座っていた真雄は、機嫌よく麗子にピスタチオを剥いていた。
加門の隣に座っていた雛太がいなくなった。琉人が少し顔をあげる。
突然、電気が落ちた。
「おやおや、停電ですかね」
琉人が立ち上がった。
夕日はどさくさに紛れて加門に抱きついている。
「暗いの苦手なのよ……」
「お前な、そういう歳でもねえだろうが」
加門は夕日の頭を撫でて、はあと一つ溜め息をついた。そして数秒後、ざわざわとフロアーに気配が増える。
「……なにかしら」
麗子が鋭く言った。
ジャイアンやラリーの部下が心配で駆けつけてきたのならば、もう少し音が多くてもいい筈だ。そして突然ガシャンと花瓶が割れる音がした。
「ちょっ、と加門っ」
倒れたらしい加門に夕日が驚いて声をあげる。
「あれえ、リオンさんも伸びてるよ」
真雄がゆっくりとした口調で言った。麗子が短く答える。
「口ほどにもない男ね」
ざわざわとした気配はフロアー全体を包み、十数秒の間に辺りは悲鳴や奇声が上がった。
パッと明かりがついた時、一段高く造られているフロアーにはロビンとジャスシュラインとCASLLが立っていた。そして全員が、なんと布団で簀巻き姿だった。
雛太と真雄が例外として簀巻きになっていない。
リオンがうめいて頭をもたげる。
「……だ、誰だ、俺の頭を……」
次いで加門も頭をあげた。
「この間に次いで俺の頭花瓶で殴った野郎はどいつだ」
リオンと加門は顔を合わせ、そして殴ったであろうロビン達の方向を見た。
ロビン達の方へ雛太が移動する。真雄もシュライン達に手を振って、フロアに上がった。
「花瓶担当は、ロビンだ」
雛太が慌てたように言った。ロビンが弾かれたように雛太を見る。
「そんなっ、だって、君……」
「ともかく、ロビン。お前、こいつらに話があるんだろ」
雛太は冷汗をかきながら、花瓶の話題を強引に振り切った。
ロビンは思い出したようにジャイアンとラリーを見回した。そして、ロビンが口を開こうとする。後ろから雛太がロビンの身体を固定する。まるで、下へ落とされそうな角度で身体が止まる。
「ロビン、お前じゃあとてもレッド・マフィアはまとめられねえだろ」
シュラインがはあと溜め息をついた。
「雛太くん……」
「そんなのないよ、ロビンだってがんばるんだから」
ジャスが動こうとした。
すると簀巻きがゆるくなっていたのか、麗子がワルサーを構えてジャスを狙っている。
「動かないでね、ジャスもシュラインちゃんも真雄くんも……ごめんなさいね、CASLLさんも」
「……麗子さん、ジャイアン達の簀巻き外して……」
雛太の上から声がした。
「まったく、今日の雛太くんはずいぶん汚いですねえ」
ロフト部分に、なんと琉人が座っていた。目が据わっている。
「冠城」
真雄が手を軽く動かした。どこから飛び出たのか、鋭い刃物が麗子へ向かって刺さろうとしている。
「麗子さん」
CASLLが言うと同時に、刃物は麗子の手前でそのままの形で静止した。
「麗子さんも動かないでね、そんな拳銃なんか構えたってボクには無駄だよ」
ちっ、と彼女が舌打ちをした。
ジャスが耳敏く外を見る。
「……ねえ、なんかもの凄い武器を持った人達が駐車場を上がってきてるよ」
琉人はロフトからタンとロビン達と同じフロアーへ降りた。そしてジャスと同じように外を見る。
「あれは……噂の敵対組織ですかね」
うわぁと声がして、ロビンが外へ駆け出した。あまりのことに、全員そのまま止まっている。
「あの装備じゃ、この家ごと燃やすつもりだ」
ラリーが叫んだ。
「外にクルーザーが二台あるから、それで逃げられる」
ジャスが言った。
「じゃあ、みんなの簀巻きを解いて、クルーザーで一度逃げよう」
フロアーから降りてシュライン達はジャイアンやラリー達の簀巻きを解いた。
外でクルーザーのエンジン音が聞こえる。ラリーが外へ駆け出して、叫んだ。
「くそ、ロビン、先に逃げやがったっ」
加門はジャスに助け起こされて、簀巻きのまま立ち上がった。
「みんな、逃げよう」
「ってぇおい、俺は簀巻きのままかよ!」
「カモンならそのまま逃げられるでしょ」
「んな、アホなっ」
全員裏口から外へ出て、クルーザーに乗り込んだ。が……、定員オーバーで、ジャスと簀巻きの加門と顔の怖いCASLLは乗り込めず、クルーザーは発進した。
「……ともかく、お前これ外せ」
加門が半眼になりながらCASLLに縄をみせる。CASLLはその縛り目に両手をかけた。ジャスがめんどくさそうに懐から銃を抜いて、そこへ当てる。
「もう、カモンは、世話ばっかりかけるんだからっ」
「そりゃ、お前言い掛かりだぜ」
ドンと銃声がして、加門の布団がようやく取れる。
「それで? 懐かしの賞金稼ぎ三人組で、戦争おっぱじめるのか」
別荘が豪快に燃え上がっている。
「困りましたねえ……まさかロビンさんが一人で逃げてしまうとは」
「まあ、ウォーミングアップですよ。今回ほとんど運動しませんでしたし」
後ろで声がして振り返ると、そこには琉人が立っていた。
「置いてかれ組か、冠城」
「いやですねえ加門さん、運動不足解消です」
そのとき、クルーザーのエンジン音がした。近くまで寄ったクルーザーから、数人が降りてくる。
加門と同じく花瓶で頭を殴られたリオンは、頭を叩きながら片手に旧式のワルサーを持っていた。
「いやー、麗子さんのせいで引き返してきちゃいましたよ」
「CASLLがいるからか」
半眼で加門がつぶやく。
「うるさいわね、あんた達みたいな出来の悪いの放っておけるわけないでしょう」
真雄が炎上している別荘を指した。
「でもきっと敵はあんまり多くないと思うよ。どうする? ジャンケンする?」
リオンは頭をかきながら言った。
「花瓶で頭殴られたからね、さすがに怒り心頭っていうか……」
「むしゃくしゃしていけねえ。ぶっ潰してやる」
加門が全面的に同意する。
シュラインが雛太の耳を引っぱって波打ち際にいた。
「あんた今日ばっかりは、最後まで事の成り行きを見てくのよ」
「姉御、あぶねえじゃん、クルーザーにいた方がいいよ」
雛太の後ろから夕日が現れる。
「ラリーの用心棒代で加門においしいものでも食べに連れてってもらおうと思ってたのに!」
夕日は雛太の頭をぽかりと殴った。
「ってぇ、そんなのどうせ無理だろうが」
「うるさいわよ、チビ助」
裏道を通って、ギャングルックに身を包んだ男達が銃を片手にやってきた。
「じゃあ、僕はお先に何人か……」
音楽の指揮を取るように真雄が手を動かす。どこからか集まったメスが、男達の利き手に襲いかかった。
「では、私達も」
CASLLと琉人が駆け出した。後ろから続々とやってくる男達はまだ銃を持っている。
「おい、ジャス、行くぞ」
加門は久々にジャスの名を呼んで、乱闘に向かっていく。ジャスは引き抜いた銃を構えて、加門の後ろから数発発射した。ドン、ドンと爆音がして、銃器類がごっそり落ちる。
リオンはその腕前に口笛を吹いて、麗子と共にこぼれてくる連中に狙いをつける。
「麗子さん、オフェンスじゃなくていいんですか」
「私、加門と違って血気荒くないのよ」
「さいで」
CASLLが持ち上げた男達が、ゴロゴロと砂浜を転がっている。
琉人は黒装束をはためかせながら、うまく間を取って拳を繰り出していた。これだけのてだれが揃うと、手荒い連中を相手にしていてもあっという間に終わってしまうものだ。
もう立っているのは味方だけになった頃、遠くからクルーザーのエンジン音が近付いてきた。そのクルーザーは停まることなく砂浜に突っ込み、中からロビンが転がり出してきた。
リオンがヘラリと笑う。
「花瓶野郎到着」
「ああ、三分の四殺しの刑だな」
ロビンの首根っこを掴んで、加門が持ち上げる。
「そんな、じゃ、ジャスっ」
「でも加門さん、それじゃあオーバーキルですよ。殺しすぎです」
ジャスが気の毒そうにそれを眺めながら、麗子に言った。
「どうしよう、麗子」
「自業自得じゃない、私ああいう軟弱そうな男大嫌いなのよね」
シュラインは雛太の耳元でささやいた。
「花瓶のことは黙っててあげるから、今回のことは反省するのよ」
それを聞きつけた夕日が、即加門に知らせようと飛び出した。慌ててシュラインが夕日を止める。
「黙っててあげて。オーバーキルはかわいそうだわ」
「でも……ロビンは……」
「あの人は全員置いて逃げたのよ、一度ぐらいお灸が必要だわ」
シュラインは雛太をじろりと睨んでから、一つウィンクをした。
――エピローグ
ジャイアンとラリーとロビンを捕まえて、シュラインとCASLLの説教は長々と続いた。
ゴットファーザーも一緒だった。
「お前等のような未熟者に任せるぐらいなら、私一代で潰した方がはるかにマシだ」
説教に退屈した連中は部屋の隅に集まって、雑談をしている。
「結局、報酬はどうなるんだ?」
「全員分、ゴットファーザーが払ってくれるって。ほら、敵を倒したじゃない?」
加門の問いに夕日が答えた。
「それにしても、あの人達はどうにもなりませんでしたねえ……」
琉人がお茶を飲みながら、三人を見やった。
雛太がうんうんと大きくうなずく。
「どうしようもねえ奴等だな」
「キミが言うのかな」
屈託ない笑みを浮かべながら、真雄が言った。ギクリと身体を強張らせて、雛太が目を逸らす。
リオンは頭を撫でながら加門に言った。
「俺考えたんですけどね、花瓶は、一度に二つは絶対ぶつけられないと思うんですよ」
加門は眠たそうに大欠伸をしてから、今気が付いたようにうなずいた。
「ああ、たしかに」
「じゃあ……どっちかは、誰か別人が?」
CASLLの提案で、三人はCASLLの元で真心募金と片足皿回し及び、ナポリタンの修行をすることになった。
「CASLLさんに任せれば、少しは心が入れ替わるといいんだけど」
シュラインが頭をトントンと指先で叩きながら言う。
ゴットファーザーはCASLLに頭を下げた。
「よろしくお願いします。CASLLさん」
加門とリオンは頭を突き合わせて考え込んでいる。
「じゃあ、誰が花瓶を?」
堪らず雛太がその場から逃げ出した。
――end
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2209/冠城・琉人(かぶらぎ・りゅうと)/男性/84/神父(悪魔狩り)】
【2254/雪森・雛太(ゆきもり・ひなた)/男性/23/大学生】
【3359/リオン・ベルティーニ/24/男性/喫茶店店主兼国連配下暗 殺者】
【3453/CASLL・TO(キャスル・テイオウ)/男性/36/悪役俳優】
【3586/神宮寺・夕日(じんぐうじ・ゆうひ)/女性/23/警視庁所属・警部補】
【3628/十里楠・真雄(となり・まゆ)/男性/17/闇医者(表では姉の庇護の元プータロ)】
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■ ライター通信 ■
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hunting dogs15弾 チャーリー・トリオにご参加ありがとうございました。
めずらしく戦闘がほとんどない作品でした。偏りがあって申し訳ありません。
プレイング軽視の方向にありましたことをお詫び申し上げます。
因みにチャーリーは愚か者という意味があるそうです。
楽しんでいただければ幸いです。
ご意見ご感想お気軽にお寄せ下さい。
文ふやか
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