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<PCシナリオノベル(シングル)>


味方していない者は敵対している

 夜の球場。
 暴くが毎き光量は薄い人影を放射状に四方から照らし出し、その圧力すら感じるライトを浴びながら、久我義雅はピッチャーマウンドに立った。
 いつもの上質のスーツ姿は、特定のスポーツの為の場には少々そぐわない。
 willies症候群がなりを潜めたかと思えば、今度は連続殺人事件が世間の関心事である。
 20代前後の若い世代、大なり小なりの記録を残したスポーツ選手が被害者である話題性、その身体の一部を持ち去られる猟奇性とに、怨恨か復讐か逆恨みかとマスコミがこぞって取り上げるのに警察もようやく重い腰を上げ、該当すると思しき者に警備が配される事となり…その水面下でどのような手が配されたかは常人に知る由も知る必要もないが、実際の警護にあたるは通称『IO2』、常識的に考えられない、有り得ないとされる超常現象を、一般人にとって有り得ないものとする為の超国家的組織だ。
 一連の事件に心霊テロ組織『虚無の境界』が絡むと践んだ『IO2』、犯人の捕縛に乗り出すにあたり、骨格から身長、体格が類似し、且つ超常の力に対して護身の可能な人材を囮とする為に選出……する筈が、名乗りを上げたのは何を思ってか、青年というには些かならぬ抵抗を覚えて止まない53歳、日本陰陽界で隆盛を誇る久我家当主とあっては、担当部署から『IO2』広報担当者に抗議が行っても仕方あるまい。
 然れども、義雅はちゃっかりとその任をもぎ取って今、警護の対象となっている社会人野球のピッチャーの代理をこなす為にその場に立っていた。
「マウンドに立てるなんて、夢のようだね」
夢にも思ってなかった癖に、と彼の直属の部下ならそう辛辣な感想を述べたであろうが、それは『IO2』関係者の預かり知らぬ所である。
「野球がお好きですか?」
やや離れた位置で、義雅の酔狂な行動を見守っていた黒服の男……『IO2』にてそれなりの地位にあると思しき現場責任者、西尾蔵人の問いに、義雅は穏やかな笑顔を向けた。
「常識程度の知識しか持ち合わせていないけれど」
ふと相好を緩ませて、義雅は思いつきを口にする。
「あぁ、自分でやるのも楽しいかも知れないね。一族に声をかけて有志を募ってみようかな」
一族……その陰陽師の家系にまんべんなく術師、の恐ろしい野球チームが出来上がる事は請け合いだ。
 勝敗を握るのは、試合前にどれだけの選手を試合不能に持ち込むかの呪術合戦に違いない……メンバーの9名以下を行動不能に持ち込んだ方が勝者。全て不戦勝で優勝という有り得べからぬ実績に、恐怖の呼び名を冠する恐ろしいチームと化すだろう。
「それは楽しそうだ。結成の際は教えて下さい。若い連中のいい訓練になるでしょうから是非、胸を貸してやって下さると有り難い」
貸して欲しい胸は果たして健全なるスポーツ精神に則ってのそれか、事前の呪術合戦に因るかは果たして謎だが。
「それで、やはり貴方は監督を?」
年齢的に無難な線からあたりをつけた蔵人に、けれど義雅は首を横に振った。
「是非とも、ピッチャーをやりたいね」
まさしく花形であるポジションを希望する義雅を、蔵人は意外の面持ちで見る。
「それはそれは……経験がおありで?」
それに首を振って義雅は指を立てた。
「言霊に則れば、私程ピッチャーに相応しい人材は居ないからねぇ」
その真意が測れずに首を傾げる蔵人に、義雅は答えを待つが、それが望めぬと解ってぽつりと解を告げた。
「……当主が投手」
なんともな真意に、蔵人はおもむろに手を差し出す。
 意図を察した義雅がその手をがっしと握って、その時、なんだかよく解らない絆が両者の間に生まれたという……。


「ヤァねェ。オトコ二人で密着してないで下さいナ」
その両者の無言の語らいを、金髪緑眼の美女が制した。
 豊満なボディラインを黒のスーツで包んだ彼女は、手にした茶封筒を義雅に差し出してその手を剥がす。
「テ、ゆーか、久我サマ。ダーリンは私ノですノよ? 触れたかったら許可を取って下さいナ?」
蔵人の夫人……新婚真っ盛りなステラ・R・西尾の悋気に、尖らせた唇にメッ!と指を押し当ててそれは愛らしい窘めに、義雅は首を竦めた。
「それはすまなかったね」
書類を受け取り、早速封を解く義雅に、ステラは蔵人の手を握りながら報告する。
「ご要望の書類が整いましたワ。対象のプロフィールとそれから、ピュン・フーのデータ……若くて可愛イ子の情報を収集するのがご趣味ですノ?」
「……奥サン」
新妻のあまりにあけすけな物言いに、思わず蔵人が呆れの声で止めようとしたが義雅は気にした様子もなく書類にざっと目を通しながら答えた。
「私は彼のファンでね。誕生日にプレゼントをあげたいと思って」
『IO2』に反したピュン・フーを指して悪びれのない義雅の言を、けれどステラは合わせた両手が立てた音の高さで嬉しく同意を示す。
「マァ♪ お目が高いですワね、義雅サマ♪ 私もあの子は大好キですノ♪」
ステラは、そう義雅の両手を握ってぶんぶんと振り回す……黒革のロングコートを纏ったハードなファッションで身を固める青年を可愛いあの子と呼ぶのは一般論的に差し支えがあるような気がしなくもない。
「……ステラさんは彼と親しいのかな。彼は何を贈れば喜んでくれるか知ってるかな」
会話の流れに乗った義雅のさり気ない情報収集に、ステラはんー、と首を傾げた。
「革類はあの子には消耗品だシ、アクセは好みノジャないと絶対に着けてくれませんのヨ……ダイタイ、指全部にリングはしてタカラもう一杯……」
ステラは付き合いよく本気で悩んでいる。
「アトは……そうね、義雅サマの幸せなんてどウかしラ?」
「……私の?」
意外性に溢れた答え、これぞ名案とばかりにステラは頬を上気させてコクコクと何度も頷く。
「あのコが一番欲しいモノ、でしょう?」
言ってステラはするりと、蔵人の腕に自らの腕を絡めた。
「私の幸せは、彼に上げられナイんですモノ……頑張って下サイネ、義雅サマ」
そう期待を寄せる翠の瞳の鮮やかさを受け止めて、義雅は笑みにこう答えた。
「努力はするよ」
玉虫色の返答にステラが頬を膨らませるより先、義雅は懐から取り出した一枚の符を取り出した……人の形に似せて切られたそれに、呪言と共に息を吹き込み、手を放す。
 ふわりとマウンドに落ちたそれは地に触れるかと思う間に、伸び上がるように輪郭を変えて人の姿へと変じた。
 並ならぬ長身に、野球のユニフォーム姿の……対象とうり二つの姿を取った義雅の式は、術者と夫婦とを見回すと、
「………………ども」
と、無口な対象の性格そのままにぼそりと挨拶をした。


 社会人というものは平素日中は業務に時間を取られ、趣味に分類されるスポーツは事後に回される。
 それを広告媒体としてスポーツクラブを有しているような大企業でなければ、如何にレクリエーションに力を入れている会社であっても同じである……ピンキリで表現すればプロ野球からお声掛かりがあるのは施設と環境の整った前者のピン、どちらかと言えばキリのチームに属している彼がお眼鏡に適うのは実力とそれに同等の運も必要だろう。
 自分のチームを持つ事が野望であったのだというその中小企業のオーナーは、野球が好きかどうかを問うて採用を決める程の野球好き、それが社会人野球で頭角を現して、プロから声がかかる程の逸材を有していた事実に舞い上がらんばかり、その青年の転職を諸手を挙げて応援する代わり、出来うる限り自チームの勝率に貢献してから旅だって欲しいという気持ちも手伝って、彼が話題になってからこちら、降るように申し込まれる試合の消化予定を組むのに余念がないのだという。
 高校を卒業して直ぐ、就職の道を選んだ青年の豪腕から放られる剛速球が今、火を吹いた。
 ……比喩でなく。
「うおぁっ、危ねぇッ!」
試合開始と同時、ヒラヒラと振る手、その五指に鈍い銀を光らせてバッターボックスに立った黒衣の青年に、対象を模した義雅の式が、術拵えの炎を暴投したのだ。
 咄嗟身を仰け反らせる事で直撃を避けた彼は、落ちそうになったサングラスを手で押さえて憤慨する。
「危ねぇ〜、審判! 今のどう見たって狙ってただろ?!」
打者の主張に、ボックスから姿を見せた義雅はさらりと言った。
「狙わせたからね……そういうワケで、ピュン・フー」
義雅は心霊テロ組織『虚無の境界』に属する彼の名を呼んで、微笑んだ。
「もし立ち位置を選ばないのならば、私の許へ来ないかな?」
「そういうワケってどういうワケだよ」
唐突すぎる勧誘に、尤もなピュン・フーの疑問に義雅は物分かりの悪い子供にそうするように、やれやれと首を竦めて補足した。
「ヘッドハンティングに来たんだよ」
そして穏やかに微笑む。
「ナニ、義雅。誰か殺したいヤツでも出来たの?」
「今は居ないよ」
即答する義雅に、勧誘の理由が計れずにピュン・フーは首を傾げた。
「戦争でもおっぱじめんのか?」
「しないよ」
自らの価値を血腥い位置に置いて、ピュン・フーはしきりに悩んでいる。
「じゃ、なんでまた……あ、俺、加工品だから噛んでも吸血鬼は増やせたりしねーぜ?」
解せない様子のピュン・フーに、義雅はゆっくりと歩を進めて距離を縮める。
「私の幸せに係る事なのでね?」
笑みを深めて、義雅は再度促した。
「私と一緒においで、ピュン・フー」
さり気ない命令形を向けられて、ピュン・フーは軽く眉をあげた。
「そんないきなり言われてもなー、俺、仕事中……ってアレ?」
不意に周囲を見回して、ピュン・フーは異変に気付く。
「『IO2』のヤツら、どしたの」
何やら慌ただしく周囲を動く黒服の姿は見えるが、球場の内側に入って来られない様子である。
 ピュン・フーの視線と問いとに、それに初めて気付いたというように、「あぁ」と義雅は短い声で答えた。
「引き抜きを邪魔されたくなかったものでね。軽く結界を張らせて貰ったよ」
「……軽い?」
ピュン・フーは真円のサングラスをちょいと指でずらすと紅い眼を覗かせて空間を撫でるように眺める。
「そうか、義雅にはこれが軽いのか」
入念な下準備の必要性を感じさせて、精緻に、強固に組まれた結界を構成する力を、銀糸に組まれた檻のようにピュンフーの眼は捉えた。
「そうか……吸血鬼、だから鬼眼を持っているんだね。益々いいね。三食昼寝付、高給優遇を約束するけど、どうかな」
しみじみと納得する義雅に,ピュン・フーはサングラスの位置を戻して苦笑する。
「で、義雅は色よい返事がなかったら、このまま俺をここに籠めるつもりとか?」
それもいいかも、と義雅は咄嗟の妙案に心が動くが、そこは堪えて。
「断ったからと言って彼等に引き渡したりはしないよ……いい答えを聞かせてくれるかな、ピュン・フー」
「ふうん」
同意ともつかない声を洩らし、ピュン・フーが踏み出した何気ない一歩を警戒して、対象を模して作られた式が義雅の前に立った。
「でも義雅。そっちについたってこた、俺に殺されたいって意味だろ?」
ピュン・フーの眼差しは、式を通り越して真っ直ぐに義雅に向けられる。
「今の君には殺されたくないね」
しかし、その静かな殺意を、義雅は、やんわりと受け流した。
「以前と似たような台詞で面白くないかな? だが言わせているのは君だよ」
義雅の言葉と同時、立ちはだかる式の姿は、まるで鏡の如く、ピュン・フー自身の姿を映して変じる。
「へえ?」
それに僅か、ピュン・フーは笑って肩を揺らした。
「今回はちゃんと義雅が本体なのな」
まるでゲームに興じるような気軽さで、言うと同時に彼は動いた。
 人ならぬ、その身の身体能力で一息に距離を詰める、それを式が受け止める。
 両者共に、五指に長く厚みを持って伸びた鋭利な爪を武器に、交わされた攻防は一瞬。
 パタリ、と渇いた土に吸い込まれる滴りの音を、義雅は表情を動かさぬままに聞いた。
 式の爪が、ピュン・フーの肩骨の下、腕の支点となる位置は攻撃と同時に逃れ得ぬ箇所に突き立てられて赤い色を溢れさせている。
 式の能力は、『IO2』から得たピュン・フーの情報を素に同等に仕立てた筈……式自身に自己保全の意識はなく、その点を考えれば僅かなり、ピュン・フーより勝るだろう。
 けれど。
 義雅の立ち位置で見える、式の後頭部から、銀めいた硬質の爪の切っ先が生えるように覗いていた。
 人は人の姿を持つ者を、その手にかける事を忌避する。
 生き物としての本能は、同種を殺すという行為に対し、精神に過度のストレスを与える事で同種殺しを避けるのだという……人であるというそれより、自らと同じ姿、同じ顔を持つ存在を躊躇なく手にかけてピュン・フーは義雅にニ、と笑みかけた。
「やっぱ、手応え脆いなこーゆーの」
肩を抉る痛みなど欠片も感じさせない動きで、ピュン・フーは式から爪を引き抜いた。
 人の倒れる、その動きまでも模して地に伏した、式の術が解けて元の人形に戻る……その顔の位置に大きく空いた穴からぼろりと灰の如くに崩れていく。
 それを見届けてピュン・フーは、傷ついた側の腕を上げて眉を顰めた。
「あー……やっぱ指動かねーでやんの」
痛みとは別の問題で、傷ついた腱に動きを阻害される不快に唇を尖らせて、ピュン・フーは義雅を申し訳なさそうに無事な片手で拝んだ。
「悪ぃ、義雅。今日はこれ以上遊べそうにねーから帰るわ。なんかこれで終わりってのも物足りねーけど……」
その足下、放射状に薄い影から霧が立ち上る。
「ピュン・フー、私の誘いにまだ答えて貰っていないよ」
呼び止める声は、けれど瞬く間、霧に呑まれて消える黒い姿に届かなかったのか。
「また遊ぼうな♪」
楽しげな声だけを耳に残して、ピュン・フーの姿は霧と共にかき消えた。