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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


THE HANGED MAN




 艶良い唇から放たれた紫煙が、昼にも関わらず薄暗い店内の中に広がった。
煙の行く先をぼんやりと目で追った後、レンはついと視線を自分の手元へと向ける。
 そこには数枚のタロットカードが並べられていて、レンはそれを端から順に眺め、小さな嘆息を一つ。
 年代ものなのだろうと思わせるそのカードは、絵柄だけ見れば何やら魔術めいたものを彷彿とさせる。魔術とタロットが結びついたのは1800年代とされているから、彼女のカードは200年近くの歴史を踏まえてきたということになるのだろうか。
古びてはいるが、丁寧に扱われているのだろうと思われるそれは、小さな息吹さえも窺い知れる。
 レンはそれを眺めてゆるりと瞳を細め、頬づえをついて窓の外に目を向けた。
いつもと何一つ変わらない街並みと、それを覆うように広がる重たげな冬の曇り空。
薄暗い店内は、灰色の雲のせいで、余計に薄闇を濃くしているような気さえする。

 と、その時、店のドアが静かに開き、客人の到来を知らせる小さな鈴の音がちりちりと響き渡った。
「あれ、めずらしくお客さんがいらっしゃらない」
 のんきな口調でそう言いつつ、せかせかと入りこんできたのは、一人の中年男。
男はそう言ってコンビニのビニール袋を差し伸べ、レンの傍らに歩み寄ってニッカリと笑う。
「……流行ってない店で悪かったね」
 男の言葉に素っ気無い返事を返し、ビニール袋の中身を確かめて、レンは浅く短いため息を洩らした。
「いや、あんまり寒かったもんですからね、何かあったまるものでもと思いましてね」
 レンの素っ気無い一瞥にたじろぐ様子も見せず、男はいそいそと袋から”コーンポタージュ”を取り出した。
「”しるこ”とか”甘酒”じゃぁないんだね、めずらしい」
 関心なさげにそう言うと、美味そうにそれを飲んでいる男を見やって、ため息をもう一つ。
「……で、どうなんだい、例の件は」
 ため息ついでにそう述べる。すると男は「そうでした」と口にして、一冊のメモ帳を取り出した。
「最近連続で起きている殺人事件の現場に残されていた、カードについての調査でしたよね。どうやらレンさんが仰るように、お探しの品である事は確かなようです」
 男はそう答えてうんうんと頷き、メモ帳をぱらぱらとめくる。

 連続して起きている事件というのは、なんとも残虐な殺人事件の事だ。
これまでに発見された遺体は二つ。
一人は十代半ばの少年で、口を縫い付けられ、目玉をくりぬかれた状態で見つかった。
一人は二十代の女性で、胴体で真っ二つに分断され――しかもその断面は、切断されたというよりは、何か引き千切られたようなものであったという。
ただでさえ残虐な手口な上に、それぞれにはタロットカードが添えられているという、異常な状況であったのだ。すなわち、少年の遺体には『愚者』のカード、女性の遺体には『塔』のカードが添えられていた。どちらも死因は失血死と判断されたが、不思議なことに、現場には一滴の血液さえも残されていなかった。
 世情がオカルトを連想するまでに、そう長い時間は要しなかった。
何しろ、遺体は二つとも、血液の全てを吸い尽くされたような、干からびた状態であったというのだから。

「カード自体は警察が保有しているとの事なので、それなりのツテがあれば、入手できるかと思います」
 男は事件の異常性には一片の関心も向けず、淡々とメモ帳を読み上げる。
「……犯人が他のカードを所有しているという可能性も、強いっていうことだわね」
 苦々しげな顔をして、レンが紫煙を吐き出した。
忙しなく煙管をふかし、思案気味に指先でカウンターをたんたん弾いているレンを見つめ、男はレンの次の言葉を待つ。
「カードを持ってる犯人がどんな奴だろうと構わないけど、悪用されるのは我慢ならないね。……力が宿ったカードなんだからね」
 カウンターを弾いていた指を止めて男を見やる。
男はレンの意思を察したのかどうか、不自然にふさふさとした頭髪を掻きながら口を開けた。
「では、犯人からカードを回収するという依頼を、どなたかに入れましょうか」
 レンは男の言葉に一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに微笑して頷いた。
「ああ、頼むよ、中田さん。――そうさね、依頼するなら、うちのお得意さんも紹介しようか」




 レンと中田が声をかけたのは、共に悠然とした物腰の男性であった。
「カードをこういった事件に使うというのは、占い師としては不愉快な事です」
 そう口を開けたのは、波打つような銀髪をはらりと流した美貌の財閥総帥、セレスティ・カーニンガム。
セレスティは中田が声をかけたのだが、事件の概要はすでに知っていたとの事もあり、ひどく憮然とした表情だった。
「レンさんが欲しているものということならば、僕も手伝わないわけにはいかないね」
 ゆったりとした笑みを見せつつそう述べたのは、魔術の世界では知らない者はいないとされる『魔の指揮者』城ヶ崎由代。
由代はセレスティの言葉に頷きつつも、レンが並べたカードの絵柄に目を向けていた。
「それはどういった経緯でレンさんの手元に?」 
 訊ねたが、レンは笑みを浮かべて煙管をふかすばかりで、答えようとはしなかった。
「警察が保有しているというカードは、私が入手しておきましょう。多少時間は要るかもしれませんが、きっとレンさんにお渡ししますよ」
 さきほどまでの憮然とした表情とはうってかわり、感情というものを読み取る事の出来そうにない、高潔な笑みをたたえてセレスティが告げる。
レンは「すまないね」と答えたのみ。
「――それでは、さっそくレンさんの願いをかなえてくるとしましょうか」
 由代が立ちあがる。
中田は慌ててコーンポタージュの缶を由代に差し伸べたが、由代は軽く会釈をした程度で、それを断わった。
「まずは警察が保有しているカードを入手するとしましょう。そのカードに犯人の残留思念などが残っていれば、そこから身元を割り出すことも出来ますし」
 杖をついて椅子から立ちあがるセレスティにも、中田は缶を差し伸べる。
セレスティはやんわりと笑ってそれを受け取ると、由代の後をついてアンティークショップを後にした。




 本来ならばそれは証拠の品ということで、手にする事など出来るわけがないのだが、リンスター財閥の総帥ともなれば、多少の融通はきくようだ。
カードに関する調べは――主に指紋採取だとかそういった事だが――あらかた片付いたということで、特別にカードを手に入れる事が出来た。
セレスティが所有している車の中、そのカードに手を触れてみたセレスティの目の前に広がったのは、

「……『吊るし人』のカードが視えます」
 ゆったりと閉じた瞼の裏に浮かんだ絵柄を、セレスティは口にした。
「吊るし人、か。……タロットは解釈によっていかようにも意味を成すとはいうが、吊るし人は犠牲をも意味していたよね」
 口許に片手をそえて、由代が呟く。
「未来の王、という解釈もありますよ、城ヶ崎さん」
 閉じていた目をゆっくりと持ち上げてそう告げるセレスティに、由代は疑念を問いかけた。
「視えたのですか? 何か」
 
 広い車内で対面に座り、悠然と足を組んでそう訊ねると、セレスティは見る者の心を惑わすような魅惑的な笑みを浮かべて頷いた。

「ちょっと、面倒な事になるかもしれません。――まずは、カードの持ち主が身を潜めていた場所に向かうとしましょう」
 セレスティはそう言った後に運転手に行く先を命じ、声をひそめて由代を見やった。
「残留思念は確かに確認出来ました。……が、どうも腑に落ちないのです。……まるで、わざとそれを残していったかのような」
「つまりは、向こうが故意に僕達を誘い出している、と。――そういう事ですか?」
 どこか楽しげに頬を緩めながら、由代は足を組みかえた。
セレスティは言葉を返そうとはせずに、ただ静かに頷いた。





 車は間もなく、とある更地で二人を降ろした。
「以前までは家が一軒建っていたのだそうですが、数年前に起きた事件以降、その家は取り壊され、現在はこのような土地ばかりが残っているのだそうですよ」
 セレスティが、数歩先を歩く由代に向けて言葉をかける。
由代はただ黙したままで頷き、何事かを思案するように、片手で口許を覆い隠した。
「この辺りだと、……確か一時騒がれた、吸血鬼事件があった家かな」
 数年前の記憶を呼び起こすように目を細めて告げる由代に、セレスティは穏やかな笑みをもって返す。
「両親と一人息子の三人暮らし。でもとある日の夜、両親は胸に杭を打たれ、さらに首を切断されるという、酷い状態で殺された事件」
 当時チェックしていた新聞の記事を頭に思い描き、由代は一歩一歩確実に足を進めていく。
「ええ。残ったのは一人息子。当時まだ十を過ぎたばかりくらいでしたか」
 セレスティが睫毛を伏せる。――――いたましい事件であったと、残された子供に思いを馳せて。
「犯人は見つからず、迷宮入りを辿っている、という事件でしたね」
 何かを思いついたのか、由代がふと顔を持ち上げた。

 事件の内容が内容であるためか、更地となった土地は売れずに放置されたままになっている。
夏場は草花が広がり放題になっていたであろう、その場所に目を向けて、由代はふと口の端を持ち上げた。
「――このロープの向こうには、結界が張られているようです。うっかりとロープをこえて中に立ち入れば、たちどころに相手の餌となりますよ」
 そう笑ってセレスティを見やると、セレスティは由代の後ろで足を止めて、由代が告げる次の言葉を待っていた。
「結界は僕が担当します。この程度ならそれほど苦ではないから。……ただ、生い茂る草花が少しだけ鬱陶しい」
「分かりました。それは私がどうにかしましょう」
 由代の言葉に頷くや、セレスティはその優美な立ち姿のままで、ゆらりと片腕を持ち上げてそれを横に振る。
その動作に合わせるかのように、更地の上だけに雨が舞い落ちた。
さわさわと降る雨は瞬く間に草花を枯らし、数秒ほどの雨が過ぎた後には、そこにはまるで整地されたかのような土地が広がっていた。
「おや、あそこに何かあるようですね」
 オーケストラの指揮者然とした振る舞いで両腕を上げた由代が、更地の中央にあるものに気付いて動きを止める。
「……それはどういったものですか?」
 セレスティが盲いた目を細めてそう問うと、由代がそれに頷き、口を開ける。
「小さな箱があるのですよ――――さて、どうにも怪しい展開になってきましたね」
 くつくつと笑ってそう告げた由代の言葉に、セレスティが納得したような笑みを見せた。
「私がさきほど視たものから察しますと、おそらくそれは、事件で使われているものと同じデッキのカードでしょう」
 セレスティの答えに、由代は肩をすくめてみせる。
「なるほど。……単純な罠ですね。あるいはそう装っているのかな」
 笑いながら、持ち上げた腕を揮う。
空気が震え、聞こえないはずのオーケストラが周り一面に響き渡った。

 やがて再び静寂が訪れる。
セレスティは知れず瞼を閉じて、無音の曲に耳を傾けていたが、ゆっくりと睫毛を持ち上げて由代を見据えると、
「終わりましたか?」
「お待たせしてしまいましたね。さあ、進みましょう。罠ともしれぬ、あの箱の元へ」
 由代が闇をたたえた瞳をゆるりと細めた。




 ロープをこえて更地に足を踏み入れる。
途端に、肌を射るような冷気が漂った。
セレスティは自らの周囲に旋回する細かな水の輪を張り、
由代は周りにいくつかの結界術を巡らせた。
「どうも、僕も考えすぎだとは思うのですけれども、」
 由代がそう告げた。
安置された箱は、もうすぐそこにある。
「今回のこの件には、闇が――魔なる者が関与しているような、そんな予感がするんですよ」
 そう続け、箱の手前で足を止めた由代の後ろで、同じようにセレスティも足を止めた。
「そうですね……私も同じ印象を持っています。……だからこそ、面倒な事になるかもしれないと、申したのですよ」
 いつもと同じ、穏やかな笑顔。
だがその柔らかな表情の裏には、確かに魔なる者への警戒が見てとれる。
「――――困ったね、二人とも同じ印象を持っていたなんて」
 悠然と構えた笑みを浮かべて由代が首を傾げた。
セレスティはそれに応じる代わりに、小さく笑みをこぼしてみせた。




 箱を手に取り、まずは軽く振ってみる。
中からはカラカラと渇いた音が聞こえてくるのみ。どうやらセレスティが言うように、中にはカードが入っているようだ。
 由代はそれの蓋を開ける前に一度セレスティに視線を向けた。
セレスティが「大丈夫ですよ」という意思表示をしてみせると、由代は蓋にかけた指を、ゆっくりと引き上げた。

 
 重く広がる雲の隙間から、雷鳴が大きな音を立てて地面に突き刺さる。
その光はその場に立つ二人の男の横顔を照らし、火花のように散りながら消えていった。
「それぞれの結界がないと、直撃していたかもしれませんね」
 由代は冗談めいてそう笑ったが、セレスティは憮然とした表情で、箱の中のカードを手にした。
「こういったカードに力が備わるのは、それはごく当然の結果です。……しかし私は、それを犯罪の道具にしたり、何者かを脅かそうとするような行為に用いる事など、赦せません」
 そう言い放つセレスティの肩は、わずかに揺れている。
その顔には、めずらしく、怒りの表情が滲んでいた。
 由代が口を開けようとしたその時、ざわざわと揺れる葉擦れのような音がして、それはしだいに人の声となり、言葉を紡いで二人の耳元でささやきを始めた。

それはわたしの挨拶だ 受け取りたまえ
そしてその意味を知りたまえ
ひ、ひ、ひ

「顔も見せないとは!」
 セレスティの一喝が響き、同時に、セレスティの周りを旋回していた水の輪が、激しい濁流の輪となって周りの大地に牙を剥いた。
「確かに、しつけがなっていないようだ」
 由代がゆったりと片腕を上げ、そしてそれを揮う。
辺りには青白い炎のようなもので描かれた陣が浮かびあがり、そしてそれは漂うように定まらず響き渡っていた、嫌らしい笑い声の主を縫い止めた。
 姿を見せたそれは有翼の犬に似た形をした”魔”だった。
しかしそれは、まるでぜんまい仕掛けの玩具のように、ただ同じ言葉を繰り返して笑うだけ。

それはわたしの挨拶だ 受け取りたまえ
そしてその意味を知りたまえ
ひ、ひ、ひ、ひ、それは

「――――使い魔のようですね」
 浅いため息を洩らし、由代がそれを握りつぶす。
それは煙のように立ち消え、残されたのは、セレスティが手にしている一枚のカードだけ。
「……吊るし人のカード」
 独り言のように呟くセレスティに、由代がすっと目を細める。
「吊るし人は犠牲、処刑、苦しみ……そして」
「未来の王を意味するという解釈もあります」
 セレスティがそう呟いた。




 店に戻った二人を、レンはいつもと違わぬ笑みをもって迎え入れた。

「愚者、塔、それに吊るし人、か」
 並べられたカードを見つめ、レンは煙管の煙をふいと吐き出す。
「――――ありがと、二人とも。……礼というにはなんだけど、茶でも飲んでいくかい? 中田さんが持ってきたポタージュじゃないヤツをさ」
 立ちあがって店の奥へと消えようとするレンを、セレスティの声が引き止める。
「レンさん。このカードが持つ力とは、一体どういうものなのですか?」
 声音はひどく優しく穏やかなものだが、その言葉には、どこか相手を威圧するような雰囲気が宿っている。
レンはその問いに、ゆっくりと振り向き、整った唇に薄い笑みを浮かべ、首を傾げる。
「どうせいつかは判ることなんだろうから、今はちょっと待っててくれないかい、総帥。――いずれ、きっと話すからさ」
 曖昧に笑って消えていったレンの背中を、由代は小さな嘆息を洩らして見送った。
「どうも謎だらけだね。……あの使い魔の主の事といい、今回の件は、何かの始まりに過ぎないとかいう話かな」
 独り言のように呟いたのだが、セレスティが同意を示して頷いた。
「吊るし人には『繰り返す』という意味もあります。……悪い予感は消えませんね……」

 ランプの灯かりばかりがゆらゆらと揺れる店内で、二人はそう言って眉根をよせた。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2839 / 城ヶ崎・由代 / 男性 / 42歳 / 魔術師】

【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】


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■         ライター通信          ■
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今回は依頼にご参加くださいまして、まことにありがとうございました。
初の連動ノベルということで、いつもとは違う緊張感を覚えつつの執筆となりました。
また、思わず(?)続きものといった終わり方をしてしまいました。
いずれまた、今回の事件に関わる依頼を出そうと思います。

>城ヶ崎・由代様
いつも御世話様です。
グラシャラボスという名を出されていましたが、今回はその辺は控え目に書かせていただきました。
が、ご覧のように、毎度お馴染みの悪魔ネタではあるようです(笑

>セレスティ・カーニンガム様
いつも御世話様です。
今回の総帥は、ちょっと猛々しい? 感じにしてみました。
総帥は占い師としての誇りも強く持っていて、それゆえにこういった事件には不快を覚えるのでは、
という、一方的な妄想ゆえです。


なお、今回のノベルはゴーストネットOFF「吊るし人」を参照していただければ、
もう少し場面が見えてくるかと思います。
ご参加ありがとうございました。設定等に問題がございましたら、遠慮なくお申しつけください。
それでは、また機会があれば、お声などいただければと願いつつ。