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<PCシナリオノベル(シングル)>


灯火の記憶

「…この『刀』自身に切れ味はないね」
 静かに告げるのは牧村医院の院長、牧村優美。
 医院の待合室にはその院長と、セレスティ・カーニンガムに草間武彦の三人だけが居た。
 そうでもなければ話せるような事でも無い。
 そのくらい、異様な事。
 …それは、この医院では医療だけでは無く魔法研究も行っているとは言えど。
 普通の客…ではなく患者にとって、あまり気持ちの良い話では無いと思うから。

 その場に居る院長以外のふたりは、ほんの少し前に起きた宮窪村での異界植物事件――その際に調査員のひとりが魔女と名乗る者から渡されたと言う『刀』、それについての調査結果を聞きに訪れていた。
 そこで開口一番院長から発されたのが、冒頭の科白。
「刃入れがされていない、と言う事ですか」
「と言うよりね、まともに『刀』と言える代物じゃないよこれは。何か目的を持って造られた端末…とでも言った方が適しているのかもしれない」
 刀の柄を握ると――柄から何らかの形で使用者に『回路』みたいなものが伸び、結果としてその『回路』によって――使用者の能力限界を倍以上超えた力を発揮させるみたいなんだよね。それも、『強制』で。
 …どうも、使用者の意志を無視して強力な術や力を無理矢理使えるようにしてしまうらしい。…しかも使用者がそれに耐えられないようなら、耐えられるようにその身体組成を組み替えてしまうところまで行くようだ。
「…どんな代物だそれは」
「さぁねぇ。大変な代物だって事は確かだけどね」
「…刀を握ると――と言う事でしたら、使用者が刀の使用を止めようと…刀を手放そうとすれば、その『回路』は解除されると考えられるのでしょうか?」
 セレスティの問いに、牧村院長は頭を振る。
「そこまではいまいちわからない。…実験すれば簡単だろうが――簡単に試してみる訳にも行かないしね」
「…そうだな」
 それは何も副作用が無ければ良いだろうが…何も無いとも限らない。どうなるかわからないような危険な代物を人体実験――倫理的に問題があり過ぎる。
 院長の言葉に武彦は静かに頷く。
 と、そこに。
 空気を裂くようにけたたましく鳴り響く音。…電話。医者の診察室に掛かって来る電話――滅多に留守で済ます訳にも行かない。
「…失礼する」
 言って、牧村院長は当然の如く奥の診察室へと引っ込む。
 残されたセレスティと武彦は、ふぅ、と小さく息を吐いた。
「…にしても、『刀』を握っただけでいきなり強力な術や力が使えるようになるとは無茶な話ですね」
「何かの実験か…?」
「この『刀』を調査員に渡したと言う魔女の、でしょうか?」
「『刀』自体が術を秘めているのか…それとも他の何かが入り込んでいるって事か?」
「他の何か…この『刀』を媒体に、どなたか別の人間の能力が…と言う事も考えられますね」
「…そうだと仮定すれば、実験するまでもなく、副作用が無い方がおかしいな」
「ええ。…他者の力を取り込む、それだけでも相当の負荷が掛かるでしょうに――その上に、限界以上の能力まで使えるようにしてしまう、と言われてしまえば」
 危険なものだしか思えませんね。
 そうセレスティが呟いたところで、奥の部屋から牧村院長が顔を出す。
「済まないね。急患だ。すぐ来るから『この件』はまた後で続きを話す――と思ったんだが、ちょっと気になる事を聞いたから、それだけは今話しとく」
 何でも、これから来るこの急患は…公園に長い刃物を持った男が立ち尽くしているのが目撃されて、そいつへの職務質問を行おうとした警官だって言うんだ。話し掛けるなり斬られたらしい。
 で、ね。
 直後に、その斬った男が――『次は草間…』って呟いてたんだとさ。
 刃物ってのはどうやら刀だか剣のようなもの…だったらしい。となれば…今現在、連想されるものがあると思ったらおかしいかな? …美術品ならともかく、人を傷付ける為の刀剣類なんて今の社会でそうそう出回る代物じゃないだろ?
 それに、その名前。
 …と、くれば、さ…。

 そんな話をしている間にも救急車のサイレン音が近付いてくる。音が止まる。到着。それに伴い、牧村院長は音の方――急患の元へと足早に急いだ。セレスティらの前から身を翻し廊下を歩いて行く。それ以上言葉は残さない。本業の方が先。俄かに慌しくなる廊下。急患を乗せたストレッチャー。ほんの僅かだけ、ちらと見えた。

 セレスティと武彦は待合室に残される。
 武彦は何も言わない。
 が。
 …この探偵が次に起こすだろう行動は――牧村院長に言われてのその顔を見れば、たったひとつとすぐにわかる。
 感覚の鋭いセレスティであるなら、尚更。



 夜の再開発地区。
 そこには、草間武彦とセレスティのふたりが歩いていた。ところどころ工事現場になっている人気の薄らいだビル街。車椅子では少し動き難いところもあるが――それでもセレスティは武彦と同行している。
 武彦は来るなと何度も渋ったのだが、その辺はセレスティの方が上手で。
 …私なら一見ただの足手纏いにしか見えないでしょうし、囮のお邪魔にはならないと思いますが? などとさくっと先回りされてしまい、結局こうなっている。
 それは確かにセレスティは水を使う。その力を使うなら、超常の者を相手取っても自分より余程戦える者でもある事は武彦も知っている。そうでなくともその知慧は油断ならない。更に言うなら財力もまた武器だ。
 そしてその美貌もまた武器だろう。足が弱い事も相俟って、相手の油断を誘うのにはむしろ都合が良いかもしれない。
 …なるべく危険な場所へは連れて行けない人なのだが、とは思っていても。
 まず当人があまりそう考えない節がある。
 そして同時に、滅多に危険に陥る事も無いだけの力はある人な訳で。
 武彦は反論を封じられる形になっている。
「見当たりませんね」
「…ああ」
 溜息を吐きながら武彦は答える。『次は草間』と呟いたらしい凶人。ただぶらついていてもそうそう見付かるものではないのかもしれない。そろそろ緊張感も解けてきた。…いや、解けてはまずいのだが――それにしてもこの再開発地区、人は大して居ないだろうと思って来たのだが…むしろ中途半端に紛らわしい連中が多い。こちらが変に気を張っているから余計そんな連中ばかり見付けてしまうのかもしれないが。
 …路地の暗がりに人らしきものが潜んでいたかと思えば何処ぞの若いカップルだし、何か影で素早く動いたかと思えば野良猫だし、気配無くいきなり人がぬっと立っていたかと思えばラーメン屋のおっさんと来た…。
 …これでは気が抜けるのも仕方無いかもしれない。
 今時の東京、一般人と呼ばれる人であってもある意味では何処か侮れないところがある…。
「ところで、先程牧村医院への急患の警官を襲った刀の所持者…は、草間君に関係のある人物なのでしょうか。いえ、それとも『刀』の方が草間君を知っていて、狙っているのでしょうかね」
 何か、心当たりはありませんか?
 ふと、セレスティが問う。
「…どうだろうな」
 武彦には特定の心当たりはない。
 が、探偵…それも心ならずも怪奇探偵と異名が付いている自分なのだから、特に記憶に残っていないだけで何らかの原因は過去の依頼の中にあるのかもしれない。
 武彦のそんな思惑を汲み取ったか、セレスティは静かに頷くと今度は話題を変える。
「刀が現存するのは二振り…と考えれば良いのでしょうかね?」
 牧村医院で調べているあの『刀』と、警官を襲った『刀』。
「出来れば回収して…何処か人の目に触れないようにしておいた方が良いとは思うのですが」
 難しいでしょうかね?
「あの『魔女』とやらがそうさせないんじゃないのか?」
「そんな気はしますね。…彼女が『刀』の製作者、になるのでしょうか」
「少なくとも一番怪しい相手ではある、か」
 と。
 武彦が返すなりふたりに強い光が浴びせ掛けられた。前後してバイクの唸りが聞こえる。直後、質量のある物体が降って来た――バイクごとふたりに向け飛び掛かり突っ込んで来た。急襲。武彦はセレスティを車椅子ごと突き飛ばし、ふたりとも咄嗟に避けるがそれで事が終わる訳でも無い。武彦もセレスティも、バイクで突っ込んで来た相手を即座に確認しようと試みる。異様な気配。否、そんなものが無くても今いきなり襲って来る心当たりとなればそのくらいしかない。当たりだ。刃物の男。
 バイクに乗っていたその『刃物の男』――と思しき男は、止める事なく走らせたそのままでバイクから飛び降り乗り捨てると、軽々と着地しその両手にある剣を見せつけるようにぶん、と振った。遥か後方で運転者の居ないバイクがガシャンと工事現場に突っ込む音。目の前には刃物――双剣を握った男が突進して来ている。否、これは人間か? それさえ疑問に思えるような相手。本来目のあるべきところにあるのはぽっかり空いた眼窩だけ。しかも深い緑色に底光りするその眼窩。深く裂けた口は何が楽しいのかふたりを見、哄笑している。
 迫って来るのが見える。――『次は草間』。誰かから聞いたその科白が脳裏に過ぎり、反射的にセレスティは双剣の凶人、その体内を巡る血流を抑えた――が。
 凶人の哄笑は止まない――動いている。何故効かない? 肉薄するそのまま武彦の身が斬られる。斬られたその傷が致命傷では無さそうなのは――凶人が嬲る事を考えているが故か。少なくとも本気では無い。こちらの手応えが無いと判じたが、何処か遊んでいるような。こちらまで巻き込まれそうなくらい凄まじい殺意と澱んだ気配。行動が読めない。セレスティは凶人の血流を抑えた、その時点で他の攻撃法を考える。自分に出来るのは水を操る事――今この場で他に出来る事は。考えている間に武彦が自ら凶人の腕を掴んだ。…早く逃げろ、そんな声がセレスティの耳に聞こえたのは気のせいか。無論聞き入れられる訳もない。武彦のその科白を聞いて、セレスティは凶人の血流を止めるのではなく体内のそれを針の如き形と硬度に変え、内側から全身の血管を突き上げ破る。が、それでも凶人の反応はほんの一瞬。僅かな間停止しただけ。直後には何事も無かったような仕草で双剣の凶人はその腕を武彦ごとぶんと振っている。邪魔にでも思ったか。でたらめな力で振り払おうとするが、それでも武彦は意地で離れない。
 凶人は片方の剣で武彦のその身体へと再び斬りかかった。
「が…あっ…」
 血を吐きながら、それでも双剣の凶人を離さない武彦。何故この凶人には私の技が殆ど効かない? 今一瞬止まった以上、まったくの無効という訳ではない。全身の血流を止めた、血管を破った。…普通ならば動けないどころか疾うに死んでいるだろう。なのに、この凶人には殆ど効いていない。セレスティは険しい顔で凶人を見る。どうすれば止められる。このままでは草間君は。
 立ち向かい傷付き、流れ落ちた武彦の血液まで使用してセレスティは双剣の凶人を再び攻撃する――が、あっさりとその双剣に払われる。尋常では無い。…超常の世界にあっても更なるでたらめな何かがある。
 攻撃と治癒の両方を同時進行で行うのは相当の集中力を要する。武彦の傷を何とかする事――凶人の動きを止める事。セレスティは同時に試みつつ、次に打つべき手を、目まぐるしい早さで思考していた。
 その時。
「――兄さん!!」
 叫ぶ声。鞘に入ったままの『刀』を携えた零。武彦とセレスティの元に駆けて来た。牧村医師が零の来た方向から息荒く走ってくる姿が小さく見える。零に『刀』を持たせていたのは自分の足では遅れると予め察していたからか。
 零は武彦を突き飛ばすような形に体当たりし、そのまま武彦の身を双剣の凶人から庇う。直後に超回復の能力を発動し、武彦の傷を癒し始めていた。同刻、セレスティのへたり込んでいるその近くに零の持っていた『刀』が落ちている。双剣の凶人は目の前の獲物が居なくなりその後ろに居たセレスティを確認。自分を襲った水の技、それを為した相手と即座に察し、草間武彦からセレスティへと攻撃対象を変更。何も見出せない緑の眼窩がセレスティへと向けられる。セレスティもその事はすぐに察していた。次は、自分。
 …人を呼ぶ暇も無い。
 そして私は――まったく歩けないと言う訳でも無い。
 瞬時に頭の中で弾き出された答え、それは、無茶と言えば無茶。
 けれど。
 他の選択肢が、今この時この場では――無い。
 双剣の凶人と相対するには、『同じ力』こそが一番可能性がある。互角――もしくはそれ以上の力を望むなら。
 ならば。
 今、私の――すぐにも手が届く場所に落ちているこの、『刀』を。

 ………………使えと言うなら使わざるを得ませんか。

 永く生きているこの身、それは身体は不自由と言えど…騎士の心得は――無くもない。
 この『刀』は適した能力を引き出してくれると言う、ならば私のこの身体でも。

 ………………どうやら、時間制限さえ守るなら――副作用は無さそうですからね。

 鞘ごと『刀』を拾い上げた時点で、即座にある程度の情報を読み取り確認すると、セレスティはその柄に手を掛け、ゆっくりと鯉口を切り鞘から弾き抜く。
 途端。
 不思議な感覚がセレスティを支配した。感覚の鋭い彼であってさえ惑わされた凶人の凄まじくどす黒い気配と渦巻く殺意、それらを凌駕した高みから周囲を観察できるようになっている。普段では有り得ないくらいスムーズに立ち上がり、力強く足を踏み出した意識はあったか。先程までは殆ど見切れるものでは無かった襲い来る双剣の凶人の刃を、セレスティはその『刀』で受けていた――受け切っていた。

 が。
 自然に、そう身体が動いた――その時。
 意識が突然スライドした。



 何処か、洞窟のような場所…牢?
 一定の間隔を置き、『水』が溢れる空間。
 そこに、
 泣いている少女が、ひとり。

 …どうなさったのです、セレスティは反射的にそう思う。
 と、それに答えるように少女は顔を上げた。
 意外そうな顔でセレスティを見ている。

 ――『私が、見えるの?』



 彼女のそんな言葉だけが残され。
 …意識は今現在へと帰還する。

 ――何?

 思うが、それより今は先にする事がある。セレスティは即座に頭を切り替え、かち合わせていた凶人の剣を薙ぎ払った――薙ぎ払えている。膂力でも勝っている。普段では有り得ない力と動きだろう。思うがそれもまた好都合。まずはこの相手を倒さなければ終わらない。思いながら相手の姿を確認。剣が弾かれ、体勢が崩れている。今まではその隙は作り出せなかった――あったのかもしれないが見出せなかった。
 が、今は。
 その隙が見える。だからこそ――容赦無くその隙を縫い、セレスティは凶人へと刃を振り下ろした。



 決着が付くまでにはほんの数秒の攻防しか要さなかった。
 息が荒い。それは仕方無いだろう。普段では有り得ないような身体の使い方をした――『刀』にさせられた。そんな使い方をする事が出来た。…負荷が掛からない訳がない。
 セレスティは凶人のすぐ側で屈み、その生死を確かめてから再び立ち上がる。
 と。
 そこに。
 ふとした違和感を感じた。辺りを見渡す。違和感の正体。何だろうか。思っている間に――見覚えの無い女性の姿をすぐ側に発見する。つい今し方まで誰も居なかった筈の場所。セレスティは思わず身構えた。
 が、その女性は動じない。
 ただ、静かなままでセレスティを見つめている。
「まさかこうなるとは思わなかったわ…」
「…いったい、どちら様でしょうか?」
「私が生み出した高弟『牙』を退けるなんて」
「質問に答えなさい。でなければ…」
 無事に済むと思わないで下さい。
 件の『刀』、その切っ先を女性に向けたそのままで、セレスティは告げる。攻撃は仕掛けない。その女性には何か――むしろ今の凶人よりも余程、警戒すべきものがある。
 が。
「…好きになさいな。貴方にはそれだけの力があるのですものね? そう…そうね。次の基盤は『貴方』に決めた…」
 女はそれでも平然と告げながら、女は双剣の凶人が使用していた『剣』の残骸を拾う。セレスティが握っている『刀』と同じだろう用途の物。
 女は――魔女はそれを拾うと、謎めいた笑みを残して闇の中へと消えて行く。
 そしてその場に居た者は誰も――それを追う事はしなかった。

 …動かなかった、と言うより動けなかったと言う方が正しかったのかもしれない。
 否、今動いたらいけない、本能的な部分でそう思ったのかもしれない。
 普段なら、セレスティも武彦も、黒幕らしき存在を黙って見逃す訳も無いのだから。
 けれど。
 今は。

「…基盤、ですか」
 それはこの…『武器』に関する事なのでしょうかね。
 早々に鞘へと刀身を滑らせながら、険しい表情のままでセレスティがぽつりと呟く。
 柄を放したその時には、何か、惜しむような気配が感じられつつも素直に放す事が出来た。自身のその身には何の副作用も残っていない様子。それは、時間が経たなければ判らないものもあるかもしれない、けれど取り敢えず今の時点では――何も無い。…何とか、副作用の出ない時間内――五分以内で済んだのか。五分以上使用していると刀と手が同化し始める、この『刀』からはそう読み取れたのだが。
 そちらも気になるが、セレスティにはもうひとつ気になる事が出来ている。
 先程、刀を使うと決め、今の女に『牙』と呼ばれた凶人と刃をかち合わせたその時に見えた『水牢の幻』が――『そこに閉じ込められ泣いている少女の姿』が。悲しげに、儚げに、あどけなく訊ねるその声が。
 どうにも腑に落ちない。
 あれは『刀』の記憶だろうか。
 この『刀』が、あの『少女』が何だと言うのか。
 何の関連があると言うのだろう?
 …奇妙に感覚を刺激する、『水』の牢。
 それは、私が――水霊使いであるから感じる事なのだろうか。それとも何か別の理由が。
「どうやら、奴らの標的が草間さんから貴方に移動してしまった、と考えて良いようだね」
 …セレスティさん。
 牧村院長のその言葉に、セレスティは小さく息を吐いた。
「この『刀』を使って今の男を倒した――と言う事が、彼女の御眼鏡に適う条件だったのでしょうかね」
 私が標的になろうと構いませんよ。どうにかなるでしょう――。いえ、どうにかしますよ。
 私たちに牙を剥いた事、いずれ後悔させてあげますから。

 …あの、彼女にはね。

【灯火の記憶 了】