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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


□■□■ あの角の向こう側。 ■□■□



「最近中学生ぐらいの間で流行っている噂なのだけれどね。丑三つ時に人気の無い道を歩いていると、角を曲がった所で子供にぶつかるんですって。慌てて手を伸ばして支えると」
「……支えると?」
「子供の自分なんですって。にっこり笑って飛びついてきて、身体に入ってくるそうよ。それに触れると自分の意識も身体も、子供に戻ってしまう」
「…………」
「子供に戻って何も判らなくなった所で、角の向こう側から手が伸びてくる。そこには子供時代の懐かしい世界が広がっていて、引っ張り込まれると帰って来られない。最近多発している行方不明事件と引っ掛けているのだと思うのだけれどね」

 にっこり。
 碇が笑う。
 ひくひく。
 三下の頬が引き攣る。

「はい、行ってらっしゃい。子供に戻っても取材すること、忘れないで頂戴ね? なんなら油性マジックで手に書いてあげるから。角の向こうの取材、手の主の特定。ああ、結果は携帯電話やPDFで転送してくれれば良いから」
「へ、編集長〜ッ!」
「あなたは帰ってこなくて良いから、データはしっかり送って来なさいね」

 鬼ですか、貴方は。

■□■□■

 三下に泣き付かれた初瀬日和は苦笑を浮かべながら、編集部の応接セットのソファーに腰掛けていた。どうしてこの人は成人しているにも拘らず、こうべしょべしょの顔で泣けるのだろうか――えぐえぐと響く嗚咽が一段落した所で、彼女は口唇を開く。

「その、最近多発している行方不明事件の事って、どの程度情報が入っているんですか?」

 新聞社や週刊誌ならまだしも、アトラスはオカルト系の情報誌だ。警察などから入る情報は少ないだろうが、それはあの才媛碇女王のこと、あちこちの編集部に幅を利かせている彼女なら事実関係の確認はしているだろう。確かに昨今、そういった事件が多発していることはニュースや新聞で知っていたが、緘口令が布かれているものか、その時間などは公表されていない。
 ずび、と子供のように鼻を鳴らしながら、三下は膝の上に置いていた白い封筒を日和に差し出した。赤いボールペンで示された社外秘の文字も、今となっては無視することに慣れている。協力者という形で何度も事件に関わったためのことだった。

 ゼムクリップで止められた資料は、存外に厚い。指を切ってしまわないように気を付け、それでも丹念に読み込み一枚ずつコピー用紙を捲りながら、日和は情報の整理に努めた。

 最初と思われる事件が起きたのは一ヶ月前。居なくなったのは高校生で、予備校帰りの夜道で消息を絶っている。その次の日には同じ道で、浪人生が。少し間を置いてから、違う路地でまた連続二件の行方不明、こちらは新卒のサラリーマンと大学生。仕事帰りと夜遊び帰り。
 そんな様子で、事件は同じ路地で二日続けて起こってから移動――という様子になっていた。ページを捲ると、事件発生現場と思われる場所に赤い印が付けられた地図。どうやら一区から出てはいないらしい。場所は決まって暗い路地、連れ去られるのは大体が十代以上、そしてその年齢はどんどん上がっている――まだ、情報は足りない。

 次のページには、事件のあった頃の情勢などが細かく記されていた。流石は碇、どんなに小さな可能性も捨てないその精神。だが、特に目立った動きは無いかに見える。

「あ、アンティークイベントってこの日だったんですね……」
「はひ?」
「あ、いえ、関係の無いことです」

 世界的なアンティークオークションイベントが行われた日が事件の最初の発生日だったことに、日和はふうんと小さく声を漏らす。
 テレビでも大々的に取り上げられて、蓮辺りも確か出張したのだと言っていた気がする。会場は英国だったとかで、自分も見物だけなら是非行ってみたいものだと思ったのを、彼女は覚えていた。アンティーク。国内に流入する様々な器物。
 ただの偶然なら、良いのだが――

「っと。最後の事件が昨夜、なんですね?」
「で、でもそれはまだ事件の一端であると確証は――」
「でも現状使えそうな手掛かりは、これだけですから。今夜、その路地に行ってみようと思います」
「え、えぇえ!?」

 何で僕を助けてくれる人達はそうやって即断即決即行動で心の準備をする暇を与えてくれないんですか、と嘆く三下に、日和は苦笑を向ける。

「私、一人で行ってみますね。携帯電話の番号お教えしますから、もし私も行方不明になってしまったら、衛星通信なんかで探して下さい。テープレコーダーも持って行きますから、無事に戻れたら取材資料としてお引渡しします」

 三下は無邪気に喜んでいる、だが彼は気付いていない。単純に足手纏いと認識されていることを。

■□■□■

 薄暗い路地には、街灯の類が設置されていない。周りの家々も就寝しているのか、通りは静かだった。百鬼夜行に遭遇する大路を連想して、少しだけ日和は身を竦ませる。慣れてはいても、怖いと思う時は怖い。特にサプライズものは心臓に悪いのだし――ふと、角に差し掛かりかけて、日和は足を止めた。

 眼を閉じて意識を集中させ、水をイメージする。自分の皮膚から数センチ、膜のイメージ。透明で薄っすらとした水のベールで身を包んでいれば、大概の術は無効化できる。特に幻視の類なら、水を通すことで歪められた情報を矯正することが可能だ。
 一歩踏み出せば、気配が角の向こうに感じられた。不可視も水を通せば可視となり、サプライズも半減する。何気ない素振りで身構えながらまた一歩踏み出した日和に向かって、その子供は、駆けて来た。

 水を通せば真実が見える。
 日和は苦笑と共に、水で彼を受け止めた。
 いつもと勝手が違うことに、キョトンとした顔を見せる。
 それはあどけない、少年の面立ち。

「あ――あれ? なんで、触れない? なに?」
「ごめんなさい、ちょっと引っ掛けさせてもらいました」
「え? え、え? なんでぇ?」

 大きな蒼い眼とカールの掛かった金髪の様子。予想は半分ほど当たったかな、と、日和は苦笑した。元、妖怪変化の類は、その土地の特徴を持つ。少なくともこの国で発生したものなら、こんな容姿は持たない――つまり、異国からの、客人なのだ。

「こんにちは、初めましてピーターパンさん。私は初瀬日和と言います、貴方のお名前も教えてくださいませんか?」

■□■□■

 偽物の夕焼けに向かって、少年は溜息を吐いた。その視線の向こうでは、子供達がはしゃぎまわっている。どれもニュースで顔写真が公開されている行方不明者達の面影を持った子供達だ。日和もそれを眺めながら、うーうーと唸る少年の言葉を待つ。
 角の向こう側に広がっていた、世界。
 黄昏刻の世界は曖昧に広がり、時間の概念を捻じ曲げて、存在していた。

「俺さ、一ヶ月前に買われてこの国に来たわけ。オークションでさ。揺り籠に掘られてた、妖精」
「妖精さんですか? あながちピーターパンさんも、間違いじゃなかったんですね」
「持ち主とか作り主が明言しなかったから、俺にもわかんないんだけどさ。……ショップのウィンドウに飾られて、客達を色々見てたんだよ。俺、揺り籠だから、人の子供の頃って結構見えるのな」
「…………」
「そしたらさ――この国のやつらって本当に、子供時代暗い顔してるのが多いわけ。大人になっても、だから暗い顔。勉強とか手伝いとか、悪いとは思わないんだけどさ――子供って、遊んで、夢見てなんぼって感じじゃん」

 長い影が伸びる。
 少年は立ち上がって、腕を広げた。

「夢って大事だよ。いっぱい育てなきゃ、御伽なんてすぐに消えちまう。俺だって、誰かだって。子供だって、心だって。だから――」
「夢を、見せてあげたかったんですか?」
「見せたかった。楽しい世界を見せて、めいっぱいに遊んで欲しかった。事実、あいつら楽しんでるよ。すごくすごく楽しんでる。俺は、それが、嬉しい。でも――日和は違う」

 悲しげな表情に、日和も視線を伏せる。違うと言って頭を撫でたかったが、触れれば自分も幻影に取り込まれて何もかも忘れてしまうのだろう。ただ、過去を体験するだけの、子供になってしまう。それは――出来ない。

「俺、悪いことしてるの?」

 少年は、目を赤くして日和を見上げた。
 日和はふる、と頭を振る。
 軽く腰を屈ませて、少年と視線の高さを合わせる。

「悪いことじゃ有りません。ちょっと方法を間違えてしまっただけ、ですよ」
「……間違えた?」
「はい。だって、突然皆さんが居なくなってしまったら、ご家族の方達は驚くし――心配して、悲しむでしょう。それは、貴方の望むところではありませんよね?」
「……うん」
「だから、連れて行くのは、心だけ。夢の中だけに、しませんか?」

 少年は首を傾げる。

「貴方は揺り籠さんですから、きっと眠りや夢とは相性がいいと思うんです。楽しい夢を見た朝って、今日も頑張るぞ、って思えるんですよ。本当は出来なかったこと、子供の頃に思いっきり遊ぶこと、そういうものを解消する手立てにもなりますし――それなら、私もとても楽しくて、嬉しいです」
「夢の中で、昔を塗り替える?」
「そうです」
「それなら、みんな楽しい?」
「きっと」

 へへ、っと少年は笑って見せた。夕焼けの世界が収束する、そして――
 ネバーランド。
 アトラクションのような御伽の国が、そこに広がった。

「さあ夢を見よう、たくさん夢を見よう。日和も一緒だ、みんなで遊ぼう。だから、たくさん眠って、たくさん夢を見るんだっ!」

 少年が抱きつく、日和は笑う。子供に戻って、海賊船に走る。
 皆で夢を見よう。
 ……あれ、何か忘れているような。

■□■□■

 後日、日和と他の行方不明者達は、路地で眠っているのを発見された。彼らは殆ど何も憶えておらず、だけどなんだかとても楽しかったような気がする、とだけ証言している。
 そして、日和は。

「……すみません、テープレコーダーのスイッチ入れ忘れちゃいました……」
「良いわよ、元々三下君が行かなかったのが悪いんだから。とりあえず減給しておけば良いことだしね。それで、楽しかったのかしら? そのネバーランドって」
「はい、とても」
「ふふ、いいわね――私も行ってみたいわ」



■□■□■ 参加PC一覧 ■□■□■

3524 / 初瀬日和 / 十六歳 / 女性 / 高校生

■□■□■ ライター戯言 ■□■□■

 こんにちは、今回はアトラスでご依頼頂きありがとうございました、ライターの哉色です。今回は何やら中途半端にメルヘンちっくになりましたが、如何だったでしょうか……プレイングに沿いながら予想外の方向に行こうと思いつつ、何とも微妙な状態です(苦笑) 例の如く怪談っぽさと離れたお話になってしまいましたが、少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。それでは失礼をば。