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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


■アドベントカード
 師走にともなると、あやかし荘内は慌ただしくなる。毎年寄せられるお歳暮のお福分けや、年賀の準備を普段の生活の合間を縫ってしなくてはならないのだ。
 特に、嬉璃(きり)が去年から始めたというクリスマスのサンタ役が一番の問題だった。なにしろ、東京都内ほぼ全域の良い子達にプレゼントを送らなくてはならない。プレゼントはフィンランドサンタクロース協会から送られてくるので用意する必要はないが、配布する相手を厳選する作業も大変だった。
 そんな慌ただしい日々の中、1枚のアドベントカードが嬉璃のもとへ送られてきた。真っ黒な封筒の裏に銀の文字で記されている名を見て、嬉璃は表情を曇らせる。
「……なんじゃと……!」
「嬉璃ちゃん、どうかされたんですか?」
「どうもこうもあるかい……やつめが……ブラックサンタが逃げ出しおったのじゃ!」
「ブラックサンタ……?」
「良い子にプレゼントを送り、良い夢と幸せを送るのがサンタの仕事じゃ。じゃが、サンタにも良い奴と悪い奴がおってな、こやつは子供達に悪夢と不幸を届けるのじゃよ」
 カードにはこう記されていた。
『日本のサンタ協会代表に告ぐ。今まで長い間封じられていた俺だったが、次元の歪みとやらが出来たおかげで、久しぶりに自由になった。ひずみの原因はトウキョウにあると聞く。その礼として、今年のターゲットは日本のトウキョウに絞らせてもらった。子供達によろしく言っておいてくれ!』
「なんだか予告状みたいですね」
 傍らから覗き込んでいた因幡・恵美(いなば・めぐみ)を嬉璃は横目でにらみ付ける。
「みたいぢゃなくて、予告状じゃよ……! ブラックサンタは東京都民の子供達を悪夢に陥れると宣言してきたんぢゃ!」
 そうは言われたものの、恵美にはいまいちピンとこなかった。それも仕方ない、彼が封印されたのは恵美が生まれる遥か前のこと。もはやその存在はおとぎ話の中にしかいないのだ。
「対抗策が分からないことにはどうしようもないですしね、どうしましょう」
「対策はある、奴より早くプレゼントを配ってしまうのぢゃ」
 『サンタ』のプレゼントは一生の間に1個だけと決められているらしい。そのため、すでにサンタから受け取った子はブラックサンタのターゲットに入らなくなるのだという。
 だが、ここで問題がひとつ。誰が配るか、だ。
 24日の夕方にならなければ配布するプレゼントはやってこない。嬉璃独りの力では絶対に不可能である。
「なら、皆で手分けして届けましょう。そうすれば、すぐに済みますよ」
「そうぢゃな……それと防いだところで、封じなければまた悪さをしでかしてしまう。優れた術師に奴の封印を手伝ってもらわんといかぬぢゃの」
 まだまだ忙しいの、と嬉璃は大きく息を吐き出した。
 
***

「あったあった、これですね」
 押し入れの奥に入っていた一冊の本。ずっと昔、恵美が子供の頃に買ってもらった絵本だ。
 絵本を懐かしげに開く恵美に嬉璃は首を傾げながら問いかけた。
「その本がどうかしたのぢゃ?」
「ほら、先ほど言っていた悪いサンタさんのお話ですよ。この絵本にちょこっとだけ載っているんです」
 恵美は絵柄の一部を指差しながら絵本を差し出した。黒い帽子に黒い衣装をまとった、ひげ面の小人が子供の上に乗っかっている図だ。彼らは寝ている子の脇に置いてあるクッキーを食べ、袋の中にある悪夢と子供の夢を入れ替えていた。
「元々はサンタのお手伝いをしていた子だったんですが、いたずらばかりしていたために追い出されたそうです。だから、サンタさんが大好きな子供達を恐い目に遭わせて、サンタを困らせようとしたんですね」
 絵本の最後には、彼らはサンタの袋に封じられ、サンタの家に強制送還されてしまう。悪いことをすると必ずバツが待っているという教訓を含ませているのだろう。
「苦手なものは聖歌とヒイラギの木だなんて、まるで悪魔のようですね」
「まあ、サンタも悪魔も精霊の一種ぢゃからな。似たようなところがあるのは仕方あるまい」
 とはいえ弱点が分かったのは大きな収穫だ。
「袋に封印する、か……となると、やはり素早く配り終えなければならんの」
 嬉璃は険しい表情でじっと夜空の星を見上げた。

■出発進行!
 クリスマスイヴ当日。
 あやかし荘中庭に4台の小さなそりが並んでいた。それぞれには鈴を角に装飾したトナカイが繋がれ、台座の後ろに人一人がすっぽりと入る程の大きな袋が置かれている。
 袋の中身を1つ1つ点検していた嬉璃は、扉の開かれる音に気付き、その手を止めた。
「準備が整ったようぢゃな。こちらも準備は整っておるぞ」
「このそりに乗っていくのね。誰がどのそりを使うの?」
 サンタ衣装に身を包んだ深山・揚羽(みやま・あげは)はふわりと髪をときながら言う。彼女の髪からほんのりと優しい花の香りが漂い、敏感なトナカイ達の鼻をくすぐった。
「そうぢゃな……行き先は全部このトナカイ達が覚えておるからの。好きなそりに乗って構わないぞ」
「なら、私はこの黒いそりに乗りますね」
 そう言って梅・蝶蘭(めい・でぃえらん)は一番端にあった、黒のうるし塗りに金の装飾がされたそりに乗り込んだ。少し落ち着いたえんじ色の服に身を包んだ蝶蘭に、ぴったりのそりと言えるだろう。
「揚羽、蝶蘭。この携帯を持っていけ」
 鷹旗・羽翼(たかはた・うよく)は2人に携帯電話を放り投げた。少し型が古いが、衛星を中継する高機能タイプのものだ。複数人数で使用できる回線に直結できるダイヤルを記憶させている。瞬時に連絡を取るには効果的な手段といえるだろう。
「敵を見つけたらこれで連絡してくれ。こいつなら、空の上でも電波が不安定にならないはずだ」
「分かったわ。嬉璃ちゃん、先回りして配って行きたいのだけど、相手の最初のターゲットとか分かる?」
「難しいことぢゃな……サンタ協会の話ぢゃと、奴めは午後0時とともに動くそうぢゃ。それまでに出来る限り配っておけば、少しは被害を防げるぢゃろうよ」
 時計は午後8時に差し掛かったところだ。中身を全て配り終えるには、どんなに早くとも6時間以上はかかると予測されている。途中どれだけ効率良く配り、先回りが出来るかが勝負になってくるようだ。
「皆さん、お気をつけて。寒くなったら、これを使って下さい」
 恵美は可愛いヤギのイラストがデザインされたカイロを全員に手渡した。軽く揉むと、中の薬品が酸化して発熱する使い捨てタイプだ。熱量は大したことないが、寒い時には重宝する。
「そうぢゃ。くれぐれも寝ている子供達を起こさぬよう、気をつけるのぢゃよ。そっと枕元に置いてくるのが決まりぢゃからの」
 リストの中には、一行の顔見知りである子の名前も何人か見られる。あやかし荘の住民がサンタ役を担っているのは、あやかし荘の住民とその知り合いにしか、しられていない。下手に顔を見られては、後々面倒なことになるのは誰もが承知していた。
「それじゃ、急いで行きましょう。はいっ!」
 トナカイの背に鞭が振り下ろされる。いななきとともに、そりは静かに空へ滑り出していった。
 
■それぞれの配布先
 日本経済の源、東京。住宅数、住民数共に、他の都市を圧倒する数を誇り、あらゆる企業の本社が集中する場所でもある。もっとも昨今は都市のドーナツ化現象や新都心計画促進に伴い、23区中心部に住む人は減ってきていた。郊外にすんでいても、交通手段にあまり不便を感じなくなっているのと、都市の環境汚染が原因だろう。
 嬉璃達は東京を出発し、それぞれ東西南北に別れて配布することにした。東京北部と埼玉方面を嬉璃が、東京東部と千葉方面を揚羽が、東京南部と横浜方面を蝶蘭が、東京西部一帯を羽翼が担当する。
「たしかこの時間だと……もしかすると私と蝶蘭ちゃんは花火が見られるかもしれないわね」
 別れ際、揚羽が少し楽しそうに言葉をもらした。
「花火?」
「ほら、私の方にはディスティニーランドのクリスマスパレードが、蝶蘭ちゃんの方には横浜港があるじゃない。今日はイヴだもの。夜10時位に花火があがるらしいわよ」
「へぇ……」
「こらこらおぬしら。遊んでおるわけではないのぢゃぞ。花火なんぞ見てる暇は無いと思うがの」
「空を飛んでいればもしかすると見られるかも、と思っただけよ。別に寄り道するわけじゃないわ」
 それじゃ、と揚羽はそりを滑るように走らせていった。
「花火か……見てる余裕はない
「でも、ある意味それぐらいの特権がないとつまらないかもしれないな。サンタの中にはよりみちが多くて遅刻までしたものもいる、なんて逸話があったりするらしいぞ」
「まあ……そうなんぢゃが……時に、蝶蘭。担当を変わる気はないかの?」
「……花火見たいのですか?」
「い、いやっ! そういうわけではないのぢゃが……」
 あわてて否定する嬉璃。くすりと微笑みつつも蝶蘭は「決められた仕事を勤めて下さい」とそのまま南へ向かっていった。
「うう……みんないじわるなのぢゃ……」
「蝶蘭の言う通りだ。さ、早くしなければ子供達が襲われるぞ」
「そうぢゃった。ぐずぐずしてはおれん、急ぐのぢゃ!」
 ぴしり、と嬉璃の振る鞭の音が鳴った。
 小さくなる後ろ姿を見ながら、羽翼は苦笑ぎみに肩をすくめた。
「さて……いく前にまずは調査しておくか」
 羽翼は召還したデーモン『ヘブンリー・アイズ』の足にヒイラギを縛り付けた。
「いいか、マルタ。敵を見つけたらずっと後を追跡しろ。相手に気付かれないよう気をつけるんだぞ」
 素早く腕を振り上げると、その勢いにのせてデーモンは空へと舞い上がっていった。
 その姿を見届け、雲間に消えたのを確認してから、羽翼は再びそりを走らせた。
 
■目標発見
「ブラックサンタを見つけたぞ」
 電話から聞こえてきた羽翼の言葉に、全身に緊張が駆け抜けた。
「やつは今、中央線ぞいに東の方へ向かっている。どうやら最初のターゲットは中野辺りのようだな……揚羽、こっちに向かえるか?」
「今最後の配達を終えたわ。少しの間時間稼ぎを……」
 ぷつりと揚羽の声が途絶えた。その直後、大きな衝撃音が電話を介して響き渡る。
「揚羽さん、大丈夫ですか!?」
「大丈夫……こっちにも敵が現れたわ。今、私のそりを襲ってきたの。私の方は大丈夫だから、蝶蘭ちゃんは羽翼さんのところに行ってあげて」
「蝶蘭、わしが揚羽の方へ行く! 羽翼の方を頼むのぢゃ!」
「……分かりました。気をつけて下さいね……」
 蝶蘭は会話を中断させて、そりの速度を速めた。
 袋の中身はほぼ配り終えている。あと数人残っているが、戻る途中に寄っていけばなんとななるだろう。
「全く……悪戯にも程があるというものです。あとできつく注意しなくてはなりませんね……」
 
■サンタクロース
 ようやく羽翼のもとへ駆け付けた蝶蘭は、意識のない相棒を抱える彼の姿に目を瞬かせた。
「あと一歩のところで逃げられたよ」
 羽翼は苦々しくつぶやく。
「……それより、その子は大丈夫ですか?」
「ああ、少し衝撃が強すぎて意識を失っているだけだ。打ち所はそんなに悪くなかったはずだから、そろそろ気がついてもいいんだがな」
 そう言いながらも羽翼は辺りを見回している。どうにか逃げた敵を見つけられないか探しているのだ。
 さりげなく、羽翼の眼前にコーヒーの入ったカップが差し出された。
「少し休憩しましょう。その子の『目』で探すのが一番でしょうから、起きるまでは下手に動かない方がいいと思います」
「そうだな。それじゃ、ありがたく」
 肌寒い夜に飲むコーヒーは体に染みる程に暖かく、じんわりと中から体を温めてくれる。湯気で曇る眼鏡を取り、羽翼は味わうように濃厚なコーヒーを口に含ませた。
「羽翼さんは……サンタクロースからプレゼントをもらったことがありますか?」
 ぽつりと蝶蘭が問いかけた。しばらく考え込んだ後、羽翼はいいやと首を振る。
「俺は親から直接だったからな。もしかすると単に覚えてないだけで、受け取ってるかもしれないが、赤ん坊の頃の記憶を覚えてる奴の方が珍しいだろうよ。俺達が配って回った奴の何人が事実を知っているんだろうな」
 嬉璃との約束通り、子供達には直接顔はみられないよう、注意を払って配ってはいた。が、勘の良い子は彼らの訪問に気が付いているだろう。それを夢だったと判断するか、サンタクロースの訪問だったと思うかまでは保証はない。事前に揚羽から記憶を操作する香袋を受け取ってはいるが、寒いこの季節は鼻腔が匂いに鈍感になっているため、どこまで効力を発揮しているかは分からない。
 小さな鳴き声と共に、羽翼の胸に抱かれていた『ヘブンリー・アイズ』が首をあげた。
 羽翼は慈しむように頭を撫でてやり、ふたたび彼を空へと放つ。
「配布の方は終わったか?」
「はい、何とか。先程嬉璃さんの方からも連絡があったのですが、あちらも終わったとのことです」
「そうか……ならば、後は奴を追いつめるだけだな」
 ひと呼吸おいて、羽翼は空を見上げた。『ヘブンリー・アイズ』の目を通して映し出される視界に、じっと意識を集中させる。
「……いたぞ。西に3キロの地点だ、どこかに侵入出来ないか探っているようだな」
 言うが早いか羽翼はそりを走らせ始めた。
 その後を追うように、蝶蘭もトナカイ達に合図を送る。
「さあ、急いで下さい……! 間に合わなくなる前にブラックサンタを止めなければ……!」

●剣の舞
「見つけたぞ!」
 前方に見える黒い影。屋根の上を飛び跳ねるように逃げるそれを羽翼は指差す。
 手綱をしっかりと握りしめ、蝶蘭は足下に潜ませていたヒイラギを数本拾い上げる。
「穢れなき清らかな剣よ! 忌わしき者に束縛を!」
 蝶蘭はヒイラギを宙に放り投げる。闇夜に舞うヒイラギは瞬く間に剣へと変化し、風を切って影へと飛びかかっていった。蝶蘭の手が舞う度に剣は華麗に空を駆る。
「これでとどめです!」
 蝶蘭は宙に素早く十字を描き出した。途端、ヒイラギの剣が交互に重なりあい、格子状に広がりはじめる。
 瞬く間にそれはヒイラギの檻となり、ブラックサンタを閉じ込めた。
「逃げ出そうとしても無駄です。その檻はもがけばもがくほど締め付けますよ」
 そう言いながら、蝶蘭は檻ごとブラックサンタを袋の中へ包み込ませていった。
 
■お出迎え
 外から鈴の音が聞こえ、恵美は中庭の窓ガラスをカラリと開けた。
「あ……おかえりなさーい」
 ゆっくりと近付いてくる4台のそり。操者達に見えるよう、恵美は精一杯大きく手を振った。
 
 おわり。
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0602/鷹旗・羽翼/男性/38/フリーライター兼
                  デーモン使いの情報屋
 3505/梅 ・蝶蘭/女性/15/中学生
 4537/深山・揚羽/女性/21/香屋「帰蝶」の女店主
                  
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■         ライター通信          ■
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 この度は「クリスマスの夜を駆けろ」にご参加頂きありがとうございました。
 
 無事にプレゼントは子供達のもとへ届けられたようです。有り難うございました。
 ブラックサンタの捕獲も出来、一件落着といったところでしょうか。
 
梅様:ご参加有り難うございました。見事捕獲に成功したのも梅様の技術あってのことでしょうね。ほぼ徹夜の作業となり、大変だったと思います、お疲れさまでした。

 年末年始はいかがお過ごしになられるのでしょうか。
 一年の計は元旦にあるといいます。良い年末年始になりますようお祈り申し上げます。
 
 文章担当:谷口舞