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<PCシナリオノベル(シングル)>


味方していない者は敵対している

 willies症候群がなりを潜めたかと思えば、今度は連続殺人事件が世間の関心事である。
 20代前後の若い世代、大なり小なりの記録を残したスポーツ選手が被害者である話題性、その身体の一部を持ち去られる猟奇性とに、怨恨か復讐か逆恨みかとマスコミがこぞって取り上げるのに警察もようやく重い腰を上げ、該当すると思しき者に警備が配される事となり…その水面下でどのような手が配されたかは常人に知る由も知る必要もないが、実際の警護にあたるは通称『IO2』、常識的に考えられない、有り得ないとされる超常現象を、一般人にとって有り得ないものとする為の超国家的組織だ。
 一連の事件に心霊テロ組織『虚無の境界』が絡むと践んだ『IO2』、犯人の捕縛に乗り出すにあたり、骨格から身長、体格が類似し、且つ超常の力に対して護身の可能な人材を囮とする為に選出するに、此度、白羽を矢を立てられたのが大上隆之介である。
 対象は昨今、格闘技の認知度も高いムエタイの選手である……彼が折しも本場、タイへとトレーニングに向かう機会を利用してその身柄の安全を確保すると同時に犯人を捕縛、という二兎を追う感のある危険な任務だという事は、事前に言い含められて十二分に承知している、覚悟もある……その筈が。
「そこ、お前! そんだけ飯盛ったらルーかける場所ねぇだろうが!」
両親及び妹2人、弟4人(内二人は双子)の大家族のおさんどんをする羽目となっていた。


 何かがおかしいとは思っていたのだ……その行動を真似る為の打ち合わせ、顔を合わせたその対象は確かに成る程背格好と雰囲気が自分に似ていなくもない。
 自らが危険に晒されているのは変わらないというの、に家族をヨロシク頼みますなどと妙に明るくほざいてバンコクに足取りも軽く旅だったのが今朝の事である。
 そして囮である所の隆之介は、適性を見つつの軽い練習メニューをこなしていつもどおりに帰宅……した彼を迎えたのは先に記した大家族と、その各々についた護衛の『IO2』関係者の姿だった。
 御陰で家の中はみっしりと人に満ちている。
 帰宅時、共働きの両親はまだ帰っていなかった為、空腹を囀る弟妹に果たしておやつを与えていいものかの処遇を悩んだ隆之介は、あり合わせの材料をかき集めて台所に立った次第だ。
 そして難なく家族の団欒に混じり込めたのは、結果として僥倖であるのだろうけれど。
「だから、らっきょう独り占めすんなって!」
はち切れんばかり若さを胃袋の大きさで補う欠食児童の団体に、均等な食糧分配にいつになく頭を悩ませている。
「兄ちゃん、ぜってーこっちのが肉多いよ! ひいきだ!」
「ナニ言ってんだ、お前の方がじゃがいも大きかったからいいんだよ!」
「麦茶何処ー?」
「ちょ、なんで俺の飲むなよ、返せよ!」
野獣の群の如き喧噪を前に、エプロン装備、おたまを片手にタオルで巻いたカレー在中の大鍋を抱えて死守しつつ、隆之介は腹の底から声を張る。
「肉は均等だ芋が欲しけりゃやるから来い麦茶は食卓の下にあるから本気で戻そうとするなー!!」
躾とは肺活量だ。
 息も次がずに事態に応える隆之介の横、先見の明で米を研いでいる中学一年生の長女が申し訳なさそうに謝る。
「お兄ちゃん、ごめんね?」
実兄の身代わりではあるが、他人の自分にもそうと呼び掛けて不自然でない、元々人懐っこい性なのだろう。
「いや、いいよ♪ ここはいいからカレー食べてきな」
わしゃと髪を撫でて促せば、にこりとはにかんで笑う、少女の存在は隆之介にとって一服の清涼剤だ。
「じゃぁ、あの黒い人達にもご飯持ってってあげるね」
家族に対して危害が及ぶ事も懸念して、各人につけられた護衛は帰宅後は家の周囲をそれとなく固め、別に二人、屋内に常駐して不慮の事態に備える手筈となっている。
 その二人に気を払う少女の優しさに、「あと10年……いや5年育てば……」などと妄想……基、想像にふける隆之介の足下に、更なる食料を求めて野獣が群がる。
「おかわり! おかわり!」
唱和する声と突き出される空の皿に、頭上高く鍋を掲げて隆之介は叫ぶ。
「欲しけりゃ自分で飯注いで来い! 食えるだけにしろ、残したら承知しねーからな!」
わらっと、保温ジャーに転身する兄弟達に一息つけば、足下にちょこんと生後1年に満たない乳児が座り込んでいた。
「あ〜、うー」
小さな手を懸命に伸ばして抱っこをせがんでいるらしい次女の、愛らしい姿に相好を緩ませて隆之介は片手でひょいと掬うようにして抱き上げる。
「お前はミルクかな?」
と問えば、上下に白く顔を覗かせた小さな前歯を自慢するように、大きく口を開いて見せた。
「よーしよし、食えるか。ならじゃがいもと人参を小さくしてやろうな。後はカレーを鶏ガラスープで薄めてご飯を入れて、ちょっと煮込めば隆之介謹製、カレー風味の特製離乳食だ、うまうまだぞー♪」
「あー♪」
ご機嫌な乳児の頬にすりすりと顔を寄せる。
「たんと食って、早く大きく美人になれよー? お兄ちゃんはお前の成長も楽しみにしているからなー♪」
「うー♪」
二服めの清涼剤に心和ませている隆之介が、注がれる複数の視線に気付いたのは、その愛らしさを存分に堪能した後だった。
 物珍しい何かを見る目で、哀れむような目で、複数の眼差しはその質は違えども、どこか生暖かく。
「……皿出せお前等」
先の賑やかさは何処へやら。無言で差し出される皿に黙々と注がれるカレーの湯気が、両者を隔てる温度差に暖かく均一に整える。
 一つ一つを捌いてふと、隆之介は首を傾げた。
 既に皿は四つを数えた、ならこの五つ目は誰のだ?と黒い袖口に護衛の誰かかと思って目線を上げれば。
「よ、隆之介。今幸せ?」
山とご飯を盛り上げた皿を差し出した、ピュン・フーの姿が其処に在った。
「おま……ッ!」
声を荒げかけて隆之介はパン、と口元を手で押さえた。
 隣室には『IO2』の構成員が控えている。ここで騒ぎ立てて群れ……基、家族に無駄な動揺を走らせて事態を悪化させるかも知れない。冷静に事実を受容れられる状況でなければ混乱が生じるのは必至、ならば自らの裁量で事を納めるしかない。
「何してんだよ、こんな所で!」
それでも声を潜めて問えば、ピュン・フーはけろんと答えながら、皿を突き出して催促した。
「イヤ、仕事に来たら美味そうな匂いがすっからさー。ついつられて」
そうと促されても、富士山の如くに盛られたご飯に、皿から零さずにルーを盛るのは難で、隆之介は頭を悩ませる。
 それを見てピュン・フーは皿を低い位置に下げるとココ、と頂点を指で示して見せた……火口の如く、底まで垂直に穴が空いている。
 其処にルーを注ぎ込めば、口から洩れて裾へと伸びる様がさながら噴火山の様相を呈している。
「うわ、にーちゃんそれすげぇいいな!」
いつの間にか後ろに溜まっていた兄弟達が覗き込んで、きらきらと目を輝かせているのに、隆之介は溜息を吐き出す。
「……やってもいいが、残すんじゃねぇぞ!」
奇妙なブームの到来の許可を得て、育ち盛り達は旺盛な食欲と興味とに再び保温ジャーへと突進した。


 そして何となし、そのまま食後の団欒に突入している次第である。
 子供達は居間でテレビに読書にゲームにと各々の趣味に興じて、腹が満ちれば和やかなものだ……漸く落ち着いた食卓で自らも遅い食事に取りかかりながら、隆之介は膝の上に乳児を乗せて遊ばせてやっているピュン・フーの手慣れた様子に警戒しながらも感心していた。
「……慣れてんな」
「育ったトコにもこんなチビがよくゴロゴロしてたからさ」
こういう事にはあっさりと答える癖に、肝心な事は何一つとして真実を見せない。
「食わねぇのか」
一過性であって欲しい家庭内ブームを巻き起こした火山型カレーを、前に据えて冷えるに任せたまま、次女をあやしているピュン・フーに問えば畏れを知らぬ乳児に片頬を引っ張られながら答える。
「にゅくひほんふっはら、にゃかからいたふんだよ」
「何言ってんのかわかんねーよ……」
それは微笑ましい様子だが、『虚無の境界』に属する彼が、今この場に居るという理由はひとつしかない。
 愛らしい手を頬から放させて代り、指を握らせてやれば、その五指に嵌る指輪に興味津々といった風情の赤子から目を離さないまま、ピュン・フーの横顔が笑む。
「で?」
濁音の一言のみの問い掛けを、阿吽の呼吸で認識出来るほどに親しくはない……筈が、意図を察してしまう己に、隆之介は深く絶望の息を吐く。
「……どうせならこうさ。可愛い女の子とか、色っぽいおね〜さんとか。そういう付き合って楽しい相手と以心伝心したいってのが男心ってモンだろ?」
「無茶言うな、隆之介」
あっはと明るく笑った筋肉の動きにずれたのか、ピュン・フーは相変わらず顔に乗せた真円のサングラスを指で押さえた。
「種族が違うんだから無理だって、それ」
思わずむ、とした隆之介だが、ピュン・フーの言葉に対しての反論が咄嗟、胸につかえて言葉としての形を無くして散じたのを苛立ちとして捉え、それは残ったカレーと共にかっ込む事で溜飲して誤魔化す。
「……殺される気なんかないぜ?」
ついでとばかり、ごくごくとお茶を飲み干して、先の問い掛けに答えて見せる。
 それが的はずれでない事を示して、異な事を、と目を張ってピュン・フーは軽く肩を竦めた。
「でも隆之介、そっちについたってこた、俺に殺されたいってこったろ?」
「だってまだ運命の相手と巡り合ってないからな!」
間髪入れずに胸を張るのに、ピュン・フーに怪訝な視線を向けられて隆之介は口を尖らせる。
「信じてねーな? ほんとにいるのかって? いるに決まってる!! 俺がそう信じてるんだから!!」
胸の手をあてて、片手は天に掲げ、ハレルヤ!とばかりにご来光を背に負った隆之介にピュン・フーがパチパチと手を叩き、それに倣って乳児も「あー♪」とたどたどしく両手を併せる。
「おー、上手だなお前♪」
誉められて得意気に、「うー♪」と見上げて唸る乳児となんとなく仲良しさんなピュン・フーに妬いた訳ではないが、隆之介は架空の何かを両手に挟んで脇に避ける、動作にテンションを戻す。
「……ってこんな話しにきたんじゃねぇな」
ふぅ、と出てもない汗を拭い取り、隆之介は真っ直ぐにピュン・フーを見詰めた。
「やっぱ手を引く……って訳にはいかねぇんだろうな」
言葉の合間にふ、と笑んだピュン・フーの表情に息を吐き出して、隆之介は空になった皿を手に席を立った。
「俺も、ピュンピュンが裏で関わってるって知りながら黙って見過ごす訳にはいかない」
「隆之介……」
その敵対宣言とも言える、重みをもった発言にピュン・フーの声も心持ち低くなる。
「だからピュンピュンゆーなって……」
「空気を読めーッ!」
重々しい要求にビシリとツッコめば、それに脅えた赤子がビクリと硬直して泣き出しそうに顔を歪めるのに、ピュン・フーがすかさず高い高いから肩車への連携技に持ち込んで事なきを得るのにほっと胸を撫で下ろす。
「どしたんだよ、隆之介らしくねーじゃん」
きゃっきゃと声を上げて笑うその手に髪を握らせて、安定させながらのピュン・フーの苦笑混じりの言葉に、隆之介は問い返す。
「……俺らしくないって?」
乳児を脅えさせない程度に語調を強めたその声の響きに、ピュン・フーが軽く眉を上げる。
「この上なく俺らしいぜ? 俺は、俺の信じるままに俺のやりたいように行動するだけだ。俺はお前を止めたい、小難しい理屈なんて知ったこっちゃねぇ」
告げて隆之介は腕を伸ばした。
 黒革のコートの襟を掴んで、ぐいと引いて顔を寄せる。
「これ以上訳わかんねぇ組織に縛られても、ピュンピュン辛いだけだろ?」
真摯な眼差しは光を透かして、黄金色に力強さを宿した。
 至近に寄れば、濃い遮光硝子を透かして僅か、瞳の紅が見える……その、赤く不吉に染まった月の色が。
「……お前らしくねぇっつったのは」
肩車をしていた乳児を降ろしてほいと差し出されるのに、思わず受け取る。
「女の子泣かすなんてらしくない、てぇ意味だったんだけど?」
先走って深読みしすぎた己の思考に、隆之介は音を立てて顔を朱に染めた。
「可愛いーなー、隆之介♪ 照れてんの? なぁ照れてんの?」
悪のりしたピュン・フーが顔を覗き込もうとするのに最も手近な……乳児で顔を隠して逃れようとする隆之介に、はしゃいだ次女が笑い声を立てる。
「でもまぁツライとか。よくわかんねーけど、気にかけて貰ってるってぇのは悪くねぇよな」
楽しげなその声の、深さに思わず乳児を下ろせば、思わぬ近さにその顔があってぎょっとする。
「っぶねぇな、ニアミスするじゃん」
肝が冷える言質を吐きながら、ピュン・フーは「んー」と赤子の両頬に口付けた。
「で、コレは隆之介の分。渡しといてくれな」
と、小さな掌に唇で触れてチュと音を立て、上目遣いにサングラスの間から見える赤で、隆之介に笑みかける。
「なんかこれで終わりってのも物足りねーから……今度はちゃんと遊ぼうな♪」
そうと言って、ピュン・フーは呆気ない程の気軽さで手を振り、廊下に出て行く。
 慌ててテーブルを回ってその背を追うが、扉を開けた様子もなく忽然と、その姿は消え去っていた。
「どうかしましたか?」
隆之介の足音を訝しんだか、控えていた『IO2』の構成員が顔を出すが、それには緩く首を振って答えず、詰めていた息に張った肩を落とす。
 本意を交わして逃れて果たして。彼は何処に行こうというのか。
「あー、うー」
ピュン・フーに口付けられた掌でぺちぺちと頬を叩いての乳児の激励に、そっと抱き締めてみたりしている隆之介であった。