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<PCシナリオノベル(シングル)>


月夜の終焉−紅い夜−


 N県宮窪村。
 夜の闇に紛れ、これから行われようとする大々的な突入作戦。
 これから起こるだろう事を阻止しようとむかっている草間達も、協力を要請していた退魔士の専門家達にだって様々な思惑や思考があるのだろう。
 こう望んでいるから動いているのであるというのなら、それは事件を起こした相手だって同じだ。
 言いだしたら切りが無いのかも知れない。
 何を賭けてでも成し遂げたい。
 命をかけてでも守りたい。
 誰もが持ちうる理想と願望。
 どうにもならない現実は、何時だって人の心を追い詰めて蝕んでいく物だ。
 この戦いは終わっても、また何かの事件に繋がっていくのだろう。
 戦いとはそう言うものであったとしても何かが起ころうとしている以上、止める訳には行かない。
 村を人を、これから起こる全ての出来事を見ていたのは月と……もう一人。
 闇の中から見つめる視線。
「……紅い紅い夜が来る……美しい美しい夜……」
 頭の芯から痺れて行くように囁く声は静かに溶けて消えていった。


 深紅に染め抜かれた夜。
 突入作戦の影で起きていたもう一つの話。
「初めは、主人と草間氏と比べたらこちらは保険だと思っていたのですがね」
「数が多いですね、見つからずに行くのは無理だと思います」
 木々に紛れ、小声で会話を交わすのはモーリスと零の二人。
 草間が察した危険は正しかったと言うことだろう。
 こうして来てみれば、モーリスの考えていた予想も正しかったのだと確信が持てる。
 退魔の専門家がいるというのに草間に依頼をするなんて、何か事情があると考えるのが妥当だろう。
 主の身を案じ、草間の援護をするためにこうしてここまで来たのだ。
「先にこっちをどうにかした方が良いですね」
「なにやら込み入った事情があるようですし、忙しくなりそうだね」
 ばらけていて相手が何人いるかは判断出来ない、来たばかりでなをしようとしているかも不明。
 解るのは……殺伐とした雰囲気とこのまま放って置いたらあまり楽しい展開にはならないだろうと言う事。
「まずは情報集めからですね」
「はい」
 見かける相手がすべて最低二人組である辺り、数だけは揃っていると考える方が妥当だろう。
 目を付けたのは二人組で歩いているエージェント、ちょうど定時連絡らしき会話を会えるのを確認してから零に合図を送る。
「行きます」
 小さな合図。
 その一瞬で回りに気を付けながら同時に間合いを詰め気絶させ、そのまま物陰に引っ張って戻ってくる物音らしい音はほとんどしなかった。
「見事ですね」
「ありがとうございます」
 プロ二人を相手にこれだけのことをなしてしまうのだから、お互いに流石だといえよう。
「話を聞き出すので見張りをお願いします」
「はい、何かあったら直ぐに」
 一人をモーリスの能力で起こし、事情を尋ねる事にした。
「静かに、そのままで聞いてくださいね」
 起こした一人に騒がれないように、完全にではなく軽い脳震盪を感じる程度に治すように留めてある。
「話を聞かせていただけますか?」
 他に気付かれる前に話を聞き出して行動に移さなければならない。
 この焦りを感じてもおかしくない状況でエージェントの男から取り上げた銃を突きつけ、モーリスは艶やかな笑みを口元に浮かべて囁きかけた。


 必要な情報を聞き出すのに、思っていたよりも時間がかかってしまったようである。
「そろそろ気付かれたようです。数は……7人ほど」
「行きましょうか、最低限は話を聞き出せましたから……その前に」
 これから成そうとしていること、それはエージェント達にとってはただの保険に過ぎないのだろう。
 異界植物の確保が出来ない場合、もしくは不可能だと判断した際には……敵も味方もなく、村事すべて消せと言う指令だった。
 すべてを無かったことにして、跡形もなくなにもかもを破壊し事件に片を付ける。
 なるほど、効率のいい手段だ。
 もっと被害が広がることを考え事件の隠蔽を考えるのなら間違っては居ない、大きな組織としては非人道的な手段を取らなくてはならない場合もあるのだろう。
 最も……実行させる積もりなんて微塵もなかった。
 あの場所には沢山の人が居る。
 調査員達も、退魔師も。
 草間武彦や加鳥俊作。
 そして……。
 エージェントの男から手を離し、月を背にモーリスは何時も以上の笑顔で語りかける。
「向こうが失敗するなんて事在りませんよ、必ず事件を解決してくれます。強くて、優しい方ですから」
 大切な主もそこにいるのだ。
 危害を加えさせることなど、絶対にさせはしない。
「あなた方に通じるか解りませんがね」
「来ます!!」
 人の気配が周りを囲み、サーチライトが二人を照らす。
 重い重火器の音を合図に一斉に銃が向けられ引き金が引かれる。
 多方向からの一斉攻撃に、辺りの人工的な光が土煙で覆われ何も見えなくなった。
 視界が閉ざされて尚執拗な攻撃が続けられ、オーバーキルとしか言いようのない状況だと判断してからようやく攻撃が止められる。
「確認を」
「はっ」
 短い会話と共にいまだ張れない煙の中へと二人組が足を踏み入れ、それきり何の音沙汰も帰ってこない。
「何があった!」
 その場の責任者らしき男が声を張り上げ、帰ってきたのは澄んだ声。
「酷い人ですね、味方まで巻き添えにしようなんて」
「!!! まだ生きてる、撃て!!!」
 指令を出すよりも、零が治まりかけた土煙の中から飛び出してる方が僅かに早い。
 銃弾を潜り抜けた零が虚を突いた相手をうち倒すこと謎造作もない事だった。
 陣形が大きく乱れたその時、まるでフィルムを早回したかのように辺りを覆っていた煙が晴れていく。
 破壊されて居た場所が元の……在るべき姿へと戻っているのだ。
 傷一つ無いモーリスの足下には、エージェント達が倒れていたが彼らもまた無傷で気絶しているだけである。
 当然だ、全員を包むようにしたのだから。
「なっ!」
「自然破壊はよくありませんよ」
「撃て! 攻撃の手を休めるな!!!」
「教わりませんでした? 自然は大事にって」
 スウッと目を細め、視界エージェント達を檻に封じ込める。
「暫くそこで大人しくしていて下さい」
 じりじりと檻の幅を狭めて一纏めにしておく、その間に零の方も片が付いたようだ。
 モーリスが閉じこめた方もしっかりと気絶させて先を急ぐ。
 向かうは時計塔。
 宮窪村の少し外れにある小学校こそが彼らが本陣を築いている場所だ。



 流石に大がかりな作戦をこなそうと言う事だけ在って相手もかなりの人数を投入してきている。
 先ほどは不意も付けたし、様子を見るためにそれほど人数を避けなかったこそ楽にすませる事ができたのだ。
 今は違う。
 先ほどので連絡が伝わったのだろう。
 陣形はしっかりと整い、こちらが行くのを待ちかまえているのだ。
「ずいぶん苦労させてくれますね、そちらは?」
「はい、まだ……でも少しキツくなってきました」
「もう少しです、頑張りましょう」
「はい」
 かと言っても少しずつ疲労が溜まってきている、それこそが狙いなのだろう。
 この後にまだ大きな仕事が残っているというのに、エージェントから取り上げた銃を内ながら前と進む。
「一旦回復した方が良い頃ですね」
「いえ、まだ……取っておいてください。私にも回復出来る方法はありますから」
 ニコリと微笑み辺りの怨霊を集めては傷を回復し即座に攻撃へと転じる。
 零が切り込んだ場所に出来た隙をモーリスは無駄にする事はせず、援護をしながら受けた銃弾を、斬りかかってきた剣戟をただの鉄の形へと戻し……無手になった相手を気絶させていく。
 援護と攻撃と回復。
 他に伏兵はないかの確認、辺りの観察。
 出来る事を持ちうる力のすべてを持ってこなさなければならない、ここにはモーリスと雫の二人しか居ないのだから。
 空になった銃を捨て、一度は鉄に戻した刀を拾い切り込んでいく。
 一人の剣を叩き落とし、二人目の剣を受け止めながら落としたばかりの剣を拾い上げ横から来た相手と切り結ぶ。
 膠着状態は一瞬。
 直ぐに後ろへと飛び、バランスを崩した所を地に転がした。
「………」
「きゃ!」
 ひと息つく間もなく零の小さな悲鳴に振り返り走る。
 結界―――。
 片膝を付き欠けている零を防御し回復している間、側まで来ていたエージェントの刀を交差させた刀で受け止め防ぐ。
 建ち折れた刀の一振りを捨て、自由になった手で隠し持っていたメスを放ち対処する。
「大丈夫ですか?」
「は、はい」
 回復した零の手を取ったモーリスは、見れば誰もが安心するような表情で微笑みかけ、防御をしつつ包囲網を走り抜けていく。
 戦況は良いとは言えない、こんな時だからこそ笑うのだ。
「もうひと頑張りですよ」
「はい、兄さん達を助けに行きましょう」
「その粋です」
 こんな所で負ける訳には行かない。
 主を守るために、ここにいるのだから。
「モーリスさん!」
「……っ!?」
 投げつけられた刀を反射的に手にしていた刀で受け止めようと身構えたのにもかかわらず、手にしていた刀は意図も容易く両断された。
「これは……」
 投げつけられた刀は刃こぼれ一つ無いまま地面へと突き刺さる。  月の光を受けて光る刀はとても強い力を持っているという事はすぐに解った。
 同時に手に持つ事はためらうような何かも感じてならないからだったし、投げて寄越した相手も得体の知れない……まるで魔女のような相手なのである。
 辺りがざわつく。
 相手の女性に面識があるらしくエージェント達に動揺が走る。
「月宮を裏切ったのか!」
 答えには答えずに魔女はただクスクスと笑みをこぼしただけだった。
「くそっ!」
「心外ね、彼はただの高弟よ」
 誰かの怒鳴り声で硬直しかけていた場が一斉に動く。
 端数が魔女に向かい、半数がモーリス達へとむかって。
 あちらにも色々事情があるようだったが、それは後回しにするほかなさそうだった。
「………」
 判断は一瞬だった。
 刀を手に取り、斬りかかってきた相手の刀を受け止めなぎ払う。
 体が軽い。
 まるで紙か何かのように斬りかかってきた相手が吹き飛び、側にいた相手事も巻き込んでなぎ倒された。
 力が湧いてくる。
「零嬢には援護をお願いします」
「………はい」
 その必要すらない程に圧倒的な逆転劇、幾ら数で押してこようとも無意味だった。
 力が沸き上がってくる。
 防御、攻撃、周りを見渡す目も、何を成すべきかの思考もすべてのポテンシャルが上がっているのをはっきりと感じる事が出来るのだ。
 同時に、
「………」
 浸食されていく。
 刀を持った手から腕に、腕から肩へと自分ではない何かに変化していくような不快感。
 魔女を見つめながら、腕の不快感を消すように触れてみるが然したる効果はない。
 今刀を手放す事も出来ない、他に奪われては危険が増す事も考えると、こうして持っているのが多少のリスクはあっても、一番効率がよい手段のようだった。
「一つよろしいですか?」
「なぁに?」
「あなたは味方ですか、それとも敵?」
 エージェント達は大体片が付き、立っているのは対峙している二人と、零の三人のみ。
「何か色々と事情を知っていそうですね」
「敵でもないし味方でもないわ」
 フッと、まるで悪夢のような笑みを浮かべてモーリスの瞳をのぞき込む。
 沸き上がりかけた攻撃衝動を抑えながら、尚も問い返す。
「お名前は? 私は、モーリスと読んでいただければ」
「忌悠(きゆう)よ、よろしく」
 スウッと視線を移す忌悠にハッと息を飲み振り返る。
 その横をすり抜けた零が忌悠に飛びかかりかけたのをあわてて引き留めた。
「しっかりしてください!」
 適意に悪意、さらには強い憎悪を含んだ目。
 この少女は本来こんな事をする少女ではないのだ。
「……モーリスさん? 私……?」
「良かった」
 ほっとしながら完全に気を抜く事は無く、零の肩を支えたまま忌悠を見る。
「……それが彼女の殺意よ、貴方も感じたんでしょう」
 ぞっとするような笑みと同時に黒いオーラを感じ、モーリスは零を庇うように檻で囲んだ。
 直後、視界が叩き付けるような気配と共に漆黒へと塗り替えられる。
 刀がなければ苦労したかも知れない。
「逃げるつもりですか?」
 闇に向かい語りかければ、帰ってきたのは忌悠の声。
「伝えて置いて……」
 叩き付けられた力をそのままそっくり返そうとしていたのだが、それは話を聞いてからでも良いだろう。
「技術の存在が分かればそれを巡 って戦いは酷くなる、もう……組織の崩壊は始まっているのだから」
「それはどういう……っ」
 気配が強まり、そろそろ限界だと叩き付けられた力を返して寄越す。
「―――っ!」
 闇が晴れる。
 同時に遠ざかっていく忌悠の気配。
「撤退したようですね」
 見える範囲や、遠くからも視線すら感じる事はなかった。
 辺りには地面の上で呻いているエージェント達。
 校舎からもも時計塔からも人気が無く、呪詛の槍が打ち出される様子もない。
「誰も来ませんね」
「これで全員だったようですね」
 この様子なら例の『作戦』とやらも阻止出来た様だ。
「さあ、あちらの様子を見に行きましょうか」
「はい」
 耳にした言葉の端々に釈然としない物を感じつつ、モーリス達は草間達のほうへと歩き出した。