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<PCシナリオノベル(シングル)>


味方していない者は敵対している

 誠、縁は異なもの味なものである。
 willies症候群がなりを潜めたかと思えば、今度は連続殺人事件が世間の関心事である。
 20代前後の若い世代、大なり小なりの記録を残したスポーツ選手が被害者である話題性、その身体の一部を持ち去られる猟奇性とに、怨恨か復讐か逆恨みかとマスコミがこぞって取り上げるのに警察もようやく重い腰を上げ、該当すると思しき者に警備が配される事となり…その水面下でどのような手が配されたかは常人に知る由も知る必要もないが、実際の警護にあたるは通称『IO2』、常識的に考えられない、有り得ないとされる超常現象を、一般人にとって有り得ないものとする為の超国家的組織だ。
 一連の事件に心霊テロ組織『虚無の境界』が絡むと践んだ『IO2』、犯人の捕縛に乗り出すにあたり、骨格から身長、体格が類似し、且つ超常の力に対して護身の可能な人材を囮とする為に選出するに、何故か選抜されたのは秋山悠であった。
 過去に『IO2』、及び『虚無の境界』との接触経験があるというだけでは理由に弱く、悠は交渉に出向いて来た『IO2』構成員である所の美女に真意を問うて水を向けた。
「……運動神経皆無の三十四歳二児の母と似てる選手って?」
「ヤだ、見えないワ。全然お若いですワ♪」
西洋人から見れば東洋人は子供のように映ると言うが、どうやらその認識で以ての賞賛を素直に受け取る気にならず、悠はステラ・R・西尾と名乗った彼女をまじまじと見詰めた。
 モデルばりのプロポーションは、同性である自分からみてもほれぼれするラインを描き、合わせて金髪翠眼と来れば、男が放っておいたら機能を疑われるような肢体である……しかも、その女としての色ばかりを強調ないのが、その明るい雰囲気と所作であろう。
 同性の悠が仕事の相手である、それが嬉しくて仕方ないといった様子でにこにこと、人好きのする笑みを浮かべて懐っこく身を乗り出してくる。
「報酬についテモ、出来得る限りご要望に添うように致しますワ……流石にマイホーム一軒トカは無理ですけれどモ」
釘を刺されて、内心にチッと舌打ちする悠である。
「私、護身の心得も無いけど?」
選出の理由が判じられない上、それでなくとも過去には結果としてだが『IO2』の邪魔をした悠に、持ちかけられるような種類の依頼ではない気がして、悠は警戒を示す。
 その悠に、ステラは両手を併せて拝むような仕草をした。
「ダカラ、ですワ。護身の必要のナイ悠でしたラ、その分の人員を他に回せますモノ。その分、お傍には私が付きマスから、安心しテクダサイな♪」
それは心霊事件から犯罪まであらゆる不幸を呼び寄せて巻き込んで……連鎖的な失敗に陥れるが、不思議とそれが原因となって人死ににだけは発展しない、その能力を見込んでの事だろう。
「まあいいわ」
相手の求める所さえはっきりすれば、実の所悠に否やない。
 報酬が貰える上にネタも拾える。一石二鳥の美味しい話だ。
「嬉シイ♪」
表向きは乗り気でなさそうな短い応意に、ステラは笑顔を弾けさせて悠の両手を取った。
「じゃァ、明日から練習頑張りまショウネ! 二週間後の市民マラソン大会に向けテ!」
「ハィ?」
驚愕に思わず、舌ったらずな訛りが移ってしまう……日光、睡眠、健康。そのどれもが不足して初めて作家という人種は成り立つような代物だというのに。
 ネタを取るか、誇りを取るか。
 安請け合いに、究極の取捨選択の岐路に立たされてしまった悠であった。


 とはいえ、誇りで飯は食えないもので。
 悩んだのは三秒だけ、難なくネタを取った悠は、平日は朝は5時から8時、及び夕方6時から9時まで、休日は終日トレーニングに励行する事とと相成った……平日はステラも仕事がある為、出社前後の時間を活用するしかないのだが、不眠、不健康の身に日光は敵としかいいようがなく、いささか西洋の妖怪めいた自分の生態を、全身を苛む筋肉痛に改めて自覚する。
 肉体疲労の大きさに引かれそうになる精神の救いは、家族の気遣いとトレーニングの合間のステラとのお喋りか……彼女は結婚したての新婚ほやほや、同じ家庭を持つ者として(年月だけは)熟練の域に達している悠も、その新鮮な感覚は往時のそれを思い出させて胸がときめく。
 しかも年の差カップル。職場恋愛。国際結婚。その上ステラも休日に重点的に事件事故に狩り出されるある意味運を司る能力持ち……とくれば体験談も当然豊富、これでもかと言わんばかりのネタの宝庫に、日々、メモ帳を新調出来てほくほくしている悠である。
 そしていざ、マラソン大会当日を迎えて期待は更に高まっている……詳しく話しを聞いてみれば、同市の出身という事でゲスト走者きして招かれた対象選手の代役は別に居り、悠は囮としてより攪乱役としてのそれを期待されているようだ。
 否応なく不運を呼び寄せる悠と。休暇の扱いで出場するステラとの組み合わせに果たして如何なる事態が巻き起こるのか。
 それは誰にも予測出来はしない。
 空はマラソンに相応しい……曇り空。ともすれば大粒の雨と同時に雷までも降らせそうな雲の厚みを見上げて、直射日光に晒される憂いから免れた悠はおあつらえ向きの天気に目を細めた。
「良いわねぇ」
由緒正しきマラソンルック、ランニングに短パン、胸にゼッケンを縫い取って、悠のうっとりとした呟きを耳に止めて、隣に立ってストレッチに励んでいたステラが「ン?」と上体を上げた。
 膝に手をついて谷間を強調するような角度に、豊かな胸が揺れる。
「ドウしたノ? 悠」
その胸の谷間がくっきりと作る影に、思わず自分の……ないわけではないが、細身の身体に相応の胸に手を置いてしまう、女心は幾つになっても健在か。
「……ステラさんのソレ重くない?」
「イヤん、ステラって呼んでよ♪」
何故だか照れて肩を突く、その力によろめく悠をステラが慌てて支える。
「ア、ゴメンなさいネ……重くはないケド、走ると揺れテ邪魔よネ」
身体を動かすだけでゆさゆさと揺れる、それが薄い生地だけでは尚更……と思って悠はん、と首を傾げた。
「ステラ、下着は?」
「エ? スポーツブラにサイズが合うノなくテ……水着を着けテ来たノ」
こっそりとはにかんで耳打ちをされる。道理でランニングに透ける布の部位が妙に少ないと思った。
「それハそうト」
ステラはしっかと悠の両手を握り締めた。
「最後まデ一緒二走りまショウネ? 置いテッチゃイヤよ?」
まるで女学生のような約束を、翠の瞳がこの上なく真剣な眼差しで求めるのに、そのギャップもまた魅力かもねと悠はキャラ設定の引き出しに新たなネタを放り込む。
「それで言うなら、ステラこそ私を置いて行かないでよね」
二週間に及ぶトレーニングにその運動能力の差は確実であるというのに、不安そうなステラに悠は笑って見せた。
「それより、ステラの旦那様は何処よ? 応援に来てるんでしょ?」
悠の問いに、ステラの表情がパァッと明るくなった。
「そウ、警備も兼ねテるんダケド、出走の時は居てくれるっテ! 何処カシラ……?」
悠とステラは第二陣、タイムを期待される選手とは時間差に出発する市の内外から有志を募っての男女混合グループである……その男性達が二人の会話に耳を澄まして、ステラが既婚者である事実に歯噛みをしている事実に悠もステラも気付いていない。
「ア、居た♪ ダーリーン♪」
そう気色満面で両手を大きく頭上で振る、子供じみたステラの動きに豊かな胸がゆさゆさと揺れる。
 その視線の先、一点に周囲の視線が収束する……ステラに気付いて手を軽く上げる,その痩けたような顔に無精髭の浮く、薄らぼんやりとした冴えないおっさんの姿に、悠は周囲の心情を代表してごく一般的な意見を述べた。
「変わってるわね」
「ステキでしょう♪ うふふ♪」
少女のように頬を赤らめる、ステラの姿に意味なく打ち拉がれた男性走者の半数が、心の傷の深さにその場でリタイヤを申し出た。


 フルマラソンは49.195km。
 本格的にスポーツとして嗜む第一陣に比べて半分の距離に設定されている以降の参加選手も、その距離を経る毎に続々とその数を減らしていた……原因は今更言及する必要はあるまい。
 坂道の上の果物屋からオレンジが群れをなして転がって来たり。増水していた川から何故かワニが出没したり。配送作業をしていた酒屋の軽トラックがワインを道にぶちまけてしまってたり。そういった不慮の事故で足を挫いたり見物に行ってしまったり香りだけで酔ってしまったりと言った棄権者が相次ぎ、完走出来た者が勝者という、事態はさながらサバイバルレースの様相を呈してきている。
 そして第一走者の先頭グループが折り返し、数を減らした第二走者の先頭とが車線越しに擦れ違う……その道にたゆたうように、白い霧がかかっていたのを、立て続けに起きる事態に麻痺した面々が、今度は冷凍車でも転んだのかと楽観視しても詮無い事だろう。
「……ス、テラ」
一定の速度を保って走り続けた為に荒れた息で悠が呼び掛けるのに、ステラは爽やかに答える。
「ナァニ?」
口を開いただけで、汗に消費した水分を身体が求めて湧き出す唾液を呑み込んで、悠はどうにか言葉を続ける。
「何、か……こー、物足りなく、ない……?」
折角、災難吸着体質の者が二人も揃っているというのに、いつもとさして代わり映えしない事件ばかりなのが不満な悠である……最早立派な職業病か。
「そうねェ、デモ本気で来るならソロソロ……」
何の本気かを問う間に、足がひたりと冷たい感触に埋まって悠は声を上げた。
「ひゃ?!」
酷使していた筋肉にその温度差は余計に冷たく、走る、以上の動きで白い靄から足を引き抜こうとした……が、適わない。
「……って言ってるそばから何これ!」
それもその筈。
 足を引き抜こうと力任せに引いたその足首を、青白い手が掴んでいたのだ。
「イヤァン!」
ステラも胸の前で腕の側面を合わせてイヤイヤと首を振る……地面から直接生えた、人の手の群れが霧の中でざわざわと指を開閉させていれば、違う意味でも嫌悪感をそそる。
「アレ?」
その時不意に高い位置から声が降った。
「悠にステラじゃん。ナニしてんの、こんなトコで」
街灯の傘の上、その狭い領域に足を乗せる……黒い姿の名を、悠は疾呼した。
「……フー君!」
灰色の雲を背景に黒々とした革のロングコートに輪郭も強く……色の薄い肌に変わらず真円のサングラスを乗せた青年は、高みにあってもそれと解る表情で苦笑を刻んその場に器用にしゃがみ込んだ。
「あのなぁ、悠。ピュンとフーを分けて呼ぶなよ。揃えて一つの名前だからな、ピュンちゃんとかフーくんも不可」
得々と何やら心得を語る青年を、悠は両腰に手をあてて見上げる。
「これあなたの仕業?」
下りてらっしゃい、と手で招くが、お叱りを警戒してかピュン・フーは動かない。
「……ピュン・フー!」
名を呼ぶ声を強めれば、ピュン・フーは肩を竦める。
「だって下りたら俺も捕まるじゃん」
そんな代物を仕掛けるな、と突っ込みたいのを今は耐え、悠はそれよりも優先すべき問いを向ける。
「例の連続殺人事件も?」
「そう……って言ったら悠はどうすんの?」
悠の反応を明らかに面白がる口調である……そしてそれは事実を認めても居た。
 不気味な手に自由を奪われたままだというのに、悠は凛と声を張る。
「……私、自分の不幸はネタにするけど、他人の死は別! これでも娯楽としてのホラー書きなんだから!」
確かな誇りに因る境界線をしかとして、悠は語調を変えずに告げた。
「薬をIO2から奪うのは私が許す!」
そんな自分に権限のない事柄を許可されても。
「でも若者を殺すのは止めなさい!」
そして、母の顔で。
 当たり前の事を当たり前のように禁じた悠に、ピュン・フーはしゃがみ込んだままで首を傾げた。
「悠さ……」
何か、続けかけたピュン・フーだが、その声は唐突な轟音に遮られた。
 地上近くまで下りてきたヘリのローターが発する大音響が、暴力的に鼓膜を打つ。
「……ってステラ、いつの間に抜けてるの?」
足首を戒める手から如何にしてか逃れたステラが、両手を口にメガホンのようにあててこちらに何かを叫んでいるのは解るが、言葉までは聞き取れない。
 その間に、ヘリは地上に近付き、その腹が割れると中から銀色の卵を投下した。
「……産卵?」
確かにそう見えなくもないが。
 その重量を思わせて落下した卵は、自重にアスファルトを砕いてその下部を埋たが、丸いフォルムの下から逆関節の二本脚で立ち上がると同時に、側部が開いて腕と思しき機構が現われる。
「巨大ロボ?」
人型でないのがなんとなく惜しい。
 正面に向けた卵にしてみれば先端の部分に、百合を紋章化した図案がレリーフの如く刻まれているのを見て取った所で、ピュン・フーの声が遠ざかるヘリの音に妙に明瞭に響いた。
「あ〜ぁ、ステラのシルバー・クィーンじゃん。あっちもそろそろマジ……」
「わ、大砲なんて撃たな……ッ!」
その特異な形状をした機械が片手に装備した筒状の武器をこちらに向けるのに、悠が慌てて制止しようとするが、言葉は途中で轟音に掻き消される。
 轟音とほとんど同時、脇を抜けた衝撃に立っている事さえ適わず、悠は倒れるようにしてその場に伏せたが、足首を戒める手を蹴るようにして必死に逃れると、衝撃の先……ピュン・フーが居たその筈の空間に駆け寄った。
「ピュン・フー……!」
たゆたう霧が衝撃に流れてか視界を覆うのを腕で払うようにすれば、街灯に手の甲が当たる。
「無事なの……ッ?!」
安否を問い見上げれば、悠の背から上の部分が消失した金属の棒に血の気が引く。
 そしてどこかにはじき落とされていないかと地面に視線を走らせれば、晴れつつある靄に力無く、投げ出された腕を認めてほっと駆け寄った。
「ピュン……」
名を呼んで、意識の有無を確かめようとして。
 悠はぎくりと足を止めた。
 五指を飾る銀の指輪も、黒革に包まれた腕も確かに彼の物だ……けれど、其処から先。肩より向こうの身体が存在していない。
 赤く、地面を染めた多量の血液が、彼の瞳の色と同じだというそんな当たり前の事実に、何故だかその腕が真実にピュン・フーの物だという確証を抱いて、悠はその場にぺたりと座り込んだ。