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<東京怪談・PCゲームノベル>


ファーストライン【後編】


 ――プロローグ

 TOKYO―CITYを取り巻く大仰な壁があるように、各都府県にも同じような物がある。なんにしろ閉ざされた空間が日本にいくつもあるというだけだ。NATもそれぞれが抱えている問題区域である。TOKYO―CITYの所有NATは汚染が酷い。それだけではない……が一般人はその程度としか認識していないだろう。
 TOKYO―CITYとNATを結ぶゲートは各方角に四つ設けられている。もちろん、好きこのんで行くバカはなかなかいない。NATへ入り行方知れずとなる重犯罪者、それを追いまた同じく行方をくらましてしまう賞金稼ぎがNATの主な住人だろう。生きているのか死んでいるのかを問題にしないのならば。
 NATとは腐敗したバイオテクノロジーが尚も進化を続ける恐るべき地域であり、過酷な状況にも関わらず静かに息を殺している重犯罪者が隠れ住む場所なのだ。

 深町・加門がSAITAMA―CITY西部飯能市にあるHAPPY・WEST・GATEにチップを含んだカードをかざして、埼玉所有のNATからSAITAMA―CITYへ入ったのは十六時八分だった。そのとき加門は、ゲートの管理者であるハッピーちゃんというアンドロイドロボにSAITAMA―CITYの見所名所案内マップをもらった。人肌を感知してホログラム映像が浮き上がる仕組みのマップは、加門の熱によって甲高い声で解説を始める。加門はアホくさ、とそのまま後部座席へそれを放った。しかし声は鳴り止まない。たしか、熱源を感知しなければ作動しない筈ではと後ろを振り返ると、ちょうどSAITAMA―NAT内で捕まえた賞金首の頭にマップが乗っていた。
 それにしても、NATへの入り口にハッピーを当てるとは。さすがダ埼玉県。
 
 現在各都道府県……つまり日本中を脅かしている事件がある。
 それは、全国のNATシステムをシャットダウンさせるハッキングマシンが各ゲートに取り付けられるという事件だった。利潤問題が起こらない事件である。各CITYの監視システムにより彼等は――なんと四十数件に及ぶ被害の犯人は二十人を越えるのだ!――警察庁司法局そして賞金稼ぎ達の手によって逮捕及び捕獲された。
 なぜ事件に司法局が関わっているかと言えば、NAT絡みだからだろう。
 NATの管理は事実上司法局が行っているに近い。
 その司法局員の一人、仁枝・冬也は勤勉にも捕獲された犯人達の引渡し所に立っていた。
 何かが起ころうとしているのは感じるが、何が起ころうとしているかわからない。例の柏原・一亜殺害に……関係しているような? しかしそういったことを考えるのは冬也の仕事ではない。だが、ベクトルが指している先がNAT開放を指している。そんな現実的ではない気がしている。
 冬也の意識の中ではいつまで経っても賞金首にすぎない深町・加門が、ゲートシステムを破壊した二人の犯人を仁枝・冬也に引き渡したのは十八時十二分だった。加門が本日四十二本目の煙草を灰皿へ突っ込み、冬也は記憶した二十四人の犯人像を鮮明に思い出しているその時である。
「大元が八百万ってのは、本当か」
 加門がかすかに後ろを振り返り訝しげに片目を細めた。
「ああ、本当に主犯ならばな」
 冬也がそっけなく言い返す。
 二人の頭の中で、柏原殺害事件を引き起こした未だ謎の犯人が浮かんでいた。
 
 
 ――エピソード
 
 1
   
 ポウーン、ポウーンと波打つ心臓の音がする。
 もちろん、それは人間がつけた擬音である。
 心電図はポウーン、ポウーンと囚人ID201556番吉岡・才気の心臓の動きをグラフにしている。20は犯罪の軽度を示している。10が窃盗20が詐欺だった。そのあとの1は男女を表していて、次の番号が囚人個人のナンバーになる。
 藤堂・愛梨は大きなパネルの前に座っていた。半透明のホログラムには吉岡のさまざまな状態が映し出されている。サーモグラフィーは脳の一部を赤く活性化させていた。赤外線によって映し出された骨格は人間でありながら、少し変形している。いや、変形させられているというべきか。つまり吉岡は半分人間であり半分人間ではない。
 事実CITYの百人に一人は人工臓器を使っている。吉岡のように、獣に近い形に手術をするのは重大な規定違反だった。倫理基準に反する。
 そして吉岡の脳は強制睡眠状態にも関わらず活発に活動を続けている。
「……あったわ」
 愛梨が小さな声で言った。愛梨の後ろから神宮寺・夕日と高野・千尋が愛梨の顔を覗き込む。一歩後ろに立っている仁枝・冬也はじっとホログラム越しの吉岡の裸体を眺めているようだった。
「そんなに小さいものなの?」
 千尋が驚いたように両手を広げて訊く。
 画面は脳内を拡大して映し出し、拡大を繰り返した。しかしそこには、異物らしい形の細胞は存在しているように見えない。
 一方脳波を測定し海馬への強制アクセスをしている画面は、砂嵐を映していた。ザザザアという音のあと、ACCESS ERRORの文字が躍る。愛梨が端に映っているその窓を後ろへ追いやった。細胞が拡大される。
「細胞に擬似するようにできている、ナノマシンよ」
「なのましん……ねえ」
 夕日は首を傾げる。
 冬也は腕組をして、難しい顔で言った。
「この男から情報は得られない、そういうことか」
 司法・警察局は今情報不足にあえいでいる。捕まえたゲートシステム破壊犯達の足取りがまるで追えないのだ。彼等は捕まって十数分、または引き渡されて十数分、その時差三時間ほどで自害しているのだ。自害……なのかどうかはわからない。突然彼等の身体は燃え上がり、全ての情報を引き連れて死んでいく。もちろん死骸を調べないわけがないが、愛梨の言うとおり普通の検死ではなんの情報も得られなかったのだ。わかったことは、胃の内容物ぐらいなものか。
「焼死の原因もナノマシンが問題かもしれないわね。脳内物質の再取り込み阻害や……もしくはそのもののフリができる可能性もあるわ。ぶっとんだ研究成果ね」
「誰の?」
 夕日が訊く。愛梨は気のない顔で彼女を見上げる。
「誰かの」
「うへぇ、異端研究者のリストから洗ってみよっか」
 千尋が嫌そうに舌を出す。カツリ、足音が鳴って冬也がきびすを返して歩き出した。千尋が慌てて声をかけようとする。
 そのとき、異変は起きた。
「……ちょっと」
 愛梨が叫んだ。冬也が振り返る。サーモグラフィーの赤い部分が全身を覆っている。
「全身が発熱?」
 そして立ち尽くす全員の前で、吉岡の浸かっていた溶液がコポコポと波打ちはじめる。繋がっているすべてのシステムがダウンしていく。最後に心電図の窓が消え、ホログラムは立ち消えた。そして溶液には吉岡が浮き上がっていた。
 吉岡・才気、午後二時十三分に死亡。原因は突然の全身からの発熱、確かではないが、吉岡の身体を構成している一部のナノマシンの自殺によるものと考えられる。


 2
 
「オペ室があるだろう、そこへ運んで」
 生体分析室のドアを開けた十里楠・真雄は静かだが透明感のある声で言った。
 蛍光灯の薄情なほど白い光が、全員を照らしている。真雄の隣には、シュライン・エマが立っていた。彼女はトレンチコートを片手に持っていた。
 真雄がもう一度言う。
「オペ室へ、彼とボクを案内しなさい」
 言われた側の四人は、呆気に取られてその少年を見ている。真雄はどこからどう見ても、毎日学校へ通って漢文でもお勉強していそうな容貌だった。その中の一人、神宮寺・夕日だけは事実を知っていたらしく回復が早かった。
「真雄くん、たしかお医者さま、よね」
「はあ?」
 愛梨が眉間にシワを寄せて夕日と真雄を見比べた。
「お医者さんかあ、でもほら死んじゃってるからねえ」
 千尋がのんびり言うと、真雄はふっと一つだけ嘆息をしてからまた言った。
「さっさとしないと本当に死んじゃうよ。オペの用意だ」
 一番適応能力が低そうな冬也が、吉岡の死体に近付いて言っていくつかボタンを押し、レバーを引いた。彼の浸かっている機材から溶液を抜くのだ。数十秒で溶液は抜き取られ、また冬也がレバーを下ろすと、今度は囲いがスライドをして下へ消えた。
「オペ室へ」
 吉岡を担ぎ上げて冬也が言う。
「そう、オペだよ」
 真雄がゆるやかに微笑む。シュラインは彼に聞いた。
「助手はいるかしら?」
「いらない。ボクの神業を見てみたいっていうなら、見学者だしね」
 シュラインに向かって真雄はウィンクを一つしてみせた。
 
 手術室の前に場所を移し、千尋は困ったように言った。
「でもさ、もし吉岡が回復したとしてもだよ。ちょっと無理なんじゃないかな」
 冬也は答えない。愛梨も釈然としない顔で、手術室のランプを見上げている。夕日とシュラインが千尋に問い返した。
「なぜ?」
「きっと知ってることがあるわよ」
 シュラインが簡潔な問いなのに反して、夕日に言葉には希望がのっている。
「だってさ、吉岡はさっき全身から人体とは思えない発熱で逝ったわけでしょ。絶対的に脳みそはイカレてるぜ。そもそも逝く前に一度取り調べをしてる上、海馬へアクセスもかけてるんだ。全部突破しちまう状態の吉岡から、なんか情報が得られるとは思えないなあ」
 夕日は口を尖らせて言い返した。
「情報が欲しいんでしょ、そんなこと言ってたらお蔵入りだわ」
「まあ……そうなんだけどね」
 千尋が苦笑する。
 シュラインは細く白い顎に手を当てながら、噛み砕くように言った。
「でも、真雄くんの登場は予想外なわけでしょう、予定外、だと思うんだけど」
 愛梨が訝しげにシュラインを見つめ、手術室へ視線を投げてから言った。
「何者なの?」
「モグリのお医者さん。治せないものはないと言われているわ」
 思案深げに愛梨はシュラインを横目にして、小さくつぶやいた。
「聞いたことはあるけど」
 あんなに小さな子だとは思わなかった、という風に愛梨は肩をすくめた。シュラインがくすりと笑う。


 3
 
 何もかものはじまりが一体いつなのか。それを知らなくてはならない。
 シュライン・エマは興信所の机の前に座りながら、一人考えていた。そもそものはじまりは、一体なになのか。それは司法局・警察局に知れているのだろうか。警察局の情報は、情報屋如月・麗子の情報収集能力を持ってすれば引き出すのは容易い。その麗子に問い合わせた結果、彼女は回答を拒絶した。知っているとも知らないとも言わなかった。おそらくその情報が、今彼女の相棒である深町・加門達の追っている賞金首に密接に関係しているのだろう。
 問いを戻そう、何もかものはじまりが、一体いつなのか。一体何なのか。
 柏原・一亜殺害に端を欲するのだとしよう。だとしたら、NAT自然保護団体内の内紛だろうか。NAT自然保護の観念を巡って柏原派と森田派が争っていたのは自明の事実である。そして柏原失脚の後、森田が実権を握りNATのバイオ汚染調査は無用のものとされ、警察庁・司法局が共に行おうとしていた重犯罪者捜査も、自衛隊関与を認めることによって打ち切られた。NAT自然保護団体が自衛隊の関与を認めたところで、国力で動く自衛隊は動かない。NATの重犯罪者は、事実上首輪を取られた状態である。
 NATは無法地帯へとまた近付いた。
 森田は現在の自然保護を執拗に主張している。柏原が推奨していた、バイオ汚染五ヵ年復元計画は撤回され、自然治癒力を高めNAT自体の希少性を大切にしようという、やや保守的なスローガンを掲げた森田のNAT自然保護が開始された。
 事実上NATの治安維持を務めることとなっている、司法局からは何の発表もされていない。
「……だとすると」
 電話の脇に置いてあったメモ帳にサラサラと書き込みながら、シュラインは考える。
 音声メモが主流だが、こうして物事を書き出す癖は抜けない。いや、音声メモという物で人間は頭の整理ができるだろうか。
 ここで新たな事件を付け足さなくてはならない。ゲート破壊事件である。
 ゲート破壊事件は森田にとっての大きな障害となった。NATに逃げ込んださまざまな犯罪者がCITYを横行しているかもしれないという不安は、世論を支配することになった。森田とゲート破壊事件は同じベクトルの上にない。
 ということは、森田は全ての事件にノータッチなのだろうか。
 柏原・一亜殺害の動機はいくらでも考えられる。
 そこまで思考を走らせて、シュラインは冷たくなったコーヒーに気付いた。完全管理されたTOKYO―CITYの冬でも、気温は十二、三度まで落ち込む。室内には時代錯誤の石油ストーブが一つと、所長の足元用の電気ストーブが一つあった。因みに所長には水虫の疑惑がある為、所長所有の足関連製品を誰一人として使わない。
 そんなことを思い出し少し笑い、シュラインは冷めたコーヒーを片手に立ち上がった。
 気配のなかったドアを開けて、少年が立っていた。
 十里楠・真雄は人懐っこい笑顔を浮かべて、ドアの前から進み出た。
「こんにちは、シュライン」
「あら、所長は留守よ」
 真雄は鶺鴒のように小首をかしげてみせ、シュラインのいる机の近くまで寄ってきた。シュラインは二人分のコーヒーを入れにキッチンへ向かう。
「キミが司法局と関係しているっていうのは、本当だったんだねえ」
 シュラインはコーヒーメーカーに入れっぱなしになっていたコーヒーを注ぎながら、目をぱちくりと瞬かせた。
「司法局と? 誰が言ったの、そんなこと」
 冷蔵庫の中から牛乳を取り出して、シュラインは真雄に聞いた。
「砂糖とミルクは?」
「どちらもたっぷり。だって、このメモ、柏木さんの事件だろう」
 コーヒーを両手に持ちながら事務所に戻ると、メモを片手に真雄はソファーで足を組んでいた。シュラインは彼の前に牛柄のマグカップを置き、自分の前にはオレンジの縦線の入ったカップを置いた。
「そうよ、NAT自然保護団体会長の死、相次ぐゲート破壊、犯人の自殺。ワイドショーでも連日関連性を追及してるわ。私も視聴者の一人ってわけ」
 真雄はゆっくりとした動作でコーヒーへ手を伸ばし、甘いコーヒーで喉を潤した。
「でもキミが真相に至ったんだろ」
「全然、誤情報だわ」
 呆れるようにシュラインが両手を広げてみせると、真雄はくるりと瞳をきらめかせた。
「ボクはね、ゲート破壊をした犯人の検死に立ち会いたいんだ」
 コクリコクリとおいしそうにコーヒーを飲み干しながら、真雄はそう言って首をかたむけた。
 シュラインは真雄を見つめながら、訝しげに眉を寄せる。
「どういうこと?」
「事情は終わったら話すよ、全部終わったらね。いや実際、ボクもよく知らないんだけどさ」
 シュラインはその屈託のない笑顔や経験から、おそらく真雄が多くのことを知っているのだとわかる。しかし、彼が話さないというならばどう説得しても無駄だろう。
 シュラインは真実に負けて少し笑った。
「わかったわ。伝手を使ってみるわね」
 携帯電話を取り出して、警察庁の知人に電話をかける。
 この後シュラインと真雄は、吉岡・才気に会うことになる。
 
 
 4
 
 司法局本部を出たところで、突然声をかけられた。
 見たことのある顔だった。
 冬也は記憶力が悪いわけではない。どこにでもいそうな顔をした、学生然とした彼が悪いのだ。彼はニットのセーターの上にグレーのダッフルコートを着ていた。足元はジーンズにスニーカーだった。
 冬也より先に、千尋が口を開いた。
「あ、おまえ、……えーとなんつったっけ」
 千尋はトントンとコメカミを叩いている。
 彼は冬也と千尋をジロリと睨んで、影になって立っていた人物に気が付いた。
「姉御、何やってんの、こんなとこで」
「雛太くん、あなたこそ」
 雪森・雛太。そう、柏原殺害事件の際なぜか捜査に巻き込まれなぜか飯野を追うことになっていた少年だ。たしか、ウェバー・ゲイルというロス市警の刑事と共に行動をしていた。
 冬也が頭の中をざっと整理している間に、千尋が口を開いた。
「そうそう雛太くんね、覚えてる覚えてる。なにやってんの、こんなとこで」
 いかにも覚えていない口調で千尋は言う。雛太は警戒するように千尋を見ている。
「俺、偉い人に用があんだけど」
「じゃあ、俺だ」
 千尋が即答する。
 呆れて物が言えないとはこのことだが、たかが少年の訴えを上司に通すわけにもいかない。一応は司法局の人間なのだからと愛梨に押し付けてしまえばいいのだが、一悶着ありそうな様子だったのでオペレーションルームに置いてきたところだった。
 冬也達は急いでいる。『おそらく』吉岡の身体にあったナノマシン達が受信していたらしい電波を、受信することに成功したのだ。逆探知の末、足立区の一角、枡田ビルがあがった。警察庁と司法局先を争うように根城を後にしていた。
 どちらのメンツもかかっている。どちらも、必死なのだろう。
 であるから、執行部という物騒な肩書きの冬也と千尋にも行動を起こすよう指示が下った。
「話は聞くからさ、車乗ってくんないかな。急いでるんだ、俺達」
 言い方は優しかったが、千尋と冬也は幼馴染の息で雛太を両方から片手ずつ掴み、ずかずかと車へ向かって歩き出した。
「一般人を巻き込むのは関心しない」
 冬也が千尋に言う。千尋は後ろを振り返った。
 シュラインと真雄それから夕日が続いていた。
「どうすりゃ巻き込まないでいられんだ、こんなに一般人がいてさ」
 それを聞いていた雛太が二人の顔を見上げながら声を上げる。
「おいおい、俺は厄介ごとはごめんだ」
 六人乗りのワゴン車を係の人間が回してきた。そのワゴンの後部座席に、雛太を突っ込みながら千尋が言う。
「おまえが厄介ごとだつうの」
 それから千尋は少し笑顔を見せて、シュラインと夕日に後部座席を手で指してみせた。
「助手席の方がいいですか」
「助手席は俺が乗る」
 冬也が切って捨てた。
 
 結局後部座席は四人の増満席となり、冬也が助手席に座っていた。
 窓際の席に座っている夕日が、雛太に訊く。
「それで? 偉い人に話しってなんなの」
「お前に話したって意味ねえじゃん」
 夕日はちらりと雛太を睨み、呆れた風に両手を上げてみせた。
「警部補サマサマよ、ここにいる誰より偉いわよ、階級だけなら」
 そうだろうな、とつい冬也がうなずく。夕日はそれを見咎めて声をあげた。
「今、階級だけならってところにうなずいたでしょう」
 冬也は軽く無視をすることにした。丁度よくシュラインが雛太に重ねて訊く。
「司法局の人がいるんだし……一体誰に頼まれたの?」
 彼女はそう言った。雛太と付き合いが長いのだろう。半分はわかっているようだ。
 シュラインを横目で見た雛太は、口をもごもごと動かした。夕日が畳み掛けるように続ける。
「言いなさいよ、男らしく」
 雛太が助けを求めるようにバックミラーと真雄を見比べた。すると、小さくてもよく通る声で真雄は言った。
「麗子さんだね」
 みるみると雛太の顔色が青くなる。雛太は、両手をぶんぶん振り回しながら叫んだ。
「ちがーう、断じてちがーう」
「そうなんじゃない。……変ね、麗子さんが司法局へ何を?」
 夕日が顎に人差し指をあてて考える。冬也は千尋が知っているかどうか、ちらりと視線を投げてみた。しかし、千尋は麗子の名に何の反応もしていなかった。どうやら、あちら側、つまり一般人達だけの知人らしい。
「姉御、ホントに違うんだから、信じてよ。お願いだから」
 血相を変えた雛太の勢いに、シュラインはコクリとうなずいた。雛太は女神に祈るようなポーズのまま、つぶらな瞳を瞬かせて彼女を見つめている。
 シュラインは、言い出しづらそうに口を開いた。
「わかったから、内容を言いなさい。彼女のことは、もう言わないから」
 雛太が額の汗を拭く。
「あぶねぇあぶねぇ、それが実はさあ、土台無理なお願いなんだけど」
 麗子の不在を勝ち得た雛太は、流暢に話し出した。
「よくわかんねぇんだけど、なんかNATの連中がさ、なんつうのかな暴動? 反乱? っていうの? そういうの企ててるみたい、らしいんだわ」
 それはゲート破壊事件を見れば明らかだ。TOKYO―CITYに本拠地があることから見て、ここ東京を目的にしているのも間違いない。
「それで?」
 真雄が相づちを打った。
「まあ聞けよ。我等が麗子さ……いや、あの人はさ、NATの連中との情報網があるらしいんだわ。さすがっちゃあさすがだけどさあ、危ないよなあ。なんか頼みの加門達はNATへ突っ込んでって連絡不能みたいで、結局自力で守るのは無理と判断した」
 夕日は右手の爪を左手でいじりながら言った。
「何を」
「だからさあ、気象庁の天候管理システムLBWだよ。奴等が次に狙うのはソコだって言ってたぜ? まあ実際、あそこを取られちゃ東京区内一千万の人口が人質ってわけだろ。どこへ雨降らせどこへ雪降らせ……ってずいぶん悠長な脅迫方法だけど、でも麗……いやあの人茶化さないで話してたからアナガチ嘘じゃないと思うんだ。ホントに土砂降りでも降られたら厄介だしな」
 全員の視線が雛太ではなく、真雄に集まっていた。
 司法局二人もバックミラー越しに真雄を見据えている。
「ボクも、本当に吹雪きなんかこられたら厄介だと思って進言したまでだよ」
 司法局の大多数の人間が上部に尻を叩かれて出て行ったとき、真雄が気まぐれのように言ったのだ。微苦笑を浮かべながら『ボクなら、ラビューを真っ先に守るけどね』と。
「だけど、本当に悠長な脅迫になるわねえ」
 シュラインが片眉を上げて真雄を見る。真雄はにこりと笑う。
「目的が別なのかも」
 冬也がカーナビ風の機械を二度押して立ち上げた。ピッ、と愛梨の顔が映る。
「気象庁の天候管理システムLifeBusinessWeather保護に向かう」
『は? 何言ってんの、あんた』
 愛梨は人差し指を画面に押しやりながら言った。
「命令違反にならないのか?」
 千尋が冬也に訊くと、冬也は静かに答えた。
「局の沽券に関わる。優先順位は上だ」
『何が局の沽券よ、今足立区じゃドンパチやってんのよ、あんた達みたいなのはああいうところが一番お似合い……ってちょっと切らないで』
 愛梨との交信を冬也は一方的に断ち切った。
 ふと、気が付いたように真雄が言った。
「踊るの好き?」
 誰に投げ掛けられた質問なのか、全員わからずに沈黙した。軽い調子で、千尋が答えた。
「PARA―PARAってやつか? 今空前の大ブーム」
 しかし真雄はまるで要領を得ない返答をした。
「ボクはリードで踊る方が好きなんだ」
 シュラインが真雄と運転席を交互に見ている。
 彼には何かある。冬也も千尋もそれぐらいのことはわかっている。だが、一体何があるというのだ?


 5

 如月・麗子は携帯電話を片手に女性週刊誌を読んでいる。
 電話口の男はひどく急いでいて、何を言っているのかよくわからない。こういう要領を得ない奴と軟弱そうな男が、麗子はこの世で……いや三世通して一番嫌いだ。
「麗子さん右足ちょうだい」
 映画のチャンネルを映しているテレビを見ながら、麗子のペディキュアを塗っていた雛太が言った。
 麗子は足を組み替えた。
 一週間ためた洗濯物も片付いたし、雛太特製のカレーも食べた。それから彼が持参したハーブティも飲んで、保湿パックも終え、麗子は休日を満喫しているところだった。
「よくわからないんだけど」
『ともかく、枡田ビルはダミーだ。その間にラビューが襲われる。それから……』
 ダウンと銃声のような音が受話器から響いて、携帯電話がガシャンと床に落ちた。
 電話をしてきた男はNATと麗子達CITYを繋ぐ情報屋の一人だった。NATを行き来できる、つまり犯罪者ではない。重犯罪者はゲートシステムによって行く手を阻まれてしまうことになっている。
 麗子は無言で携帯電話を睨み、それからまた耳につけて話した。
「もしもし? もしもし」
 ギャギャギャと形容し辛い音がして、携帯電話は事切れた。プープーと通信不能を告げる。
 要領を得ない、しっくりこない説明を整理して考えてみよう。
 まずNATの重犯罪者達が組織を作っていること。これは知っている事実だ。
 次に、連中が結託をしてCITYに入り込み何かを企んでいるということ。これも、半分はわかっていたことだ。ゲートの破壊事件は、CITYに乗り込む為にあったのだ。最初に破壊した人間はゲートの記録に残されるが、壊されたゲートを通った人間は残らない。犯人は二十数名と聞いているが、相当数の重犯罪者がCITYに入り込んだことだろう。
 それから、研究者による人体実験。重犯罪者の多くは手術を受け、人ならざる力を手に入れているらしい。どこで行われているのかは不明。逮捕された犯人自殺は、もしかすると科学力が動いているのかもしれない。
 そして枡田ビル。NATの犯罪者達がCITY内で拠点としているのは、足立区の枡田ビルという場所らしい。
 最後に、ラビュー……。
 LifeBusinessWeatherアメリカから渡ってきた天候管理システムの名前だ。略してLBW(ラビュー)。このCITYでは誰もが恩恵を受けているシステムである。LBWがあればこそホワイトクリスマスがやってきて、晴天の初日の出を拝めるのだから。とはいえ、すべて擬似にすぎないが。
 麗子は携帯電話をソファーに放り出して、持っていた女性週刊誌に目を落とした。
 『自費出版でデジタル文章を売り出しませんか。気軽に自伝を多くの人に知ってもらうチャンス』とある。横には『ワンちゃんと一緒にレッツダイエット。たるんだお腹をひきしめちゃおう』とダイエットの特集第十三弾が載っていた。
 頭の中で銃声を再び思い出す。あれは、銃声だろう。電話が落ち尚且つ壊されたのだから、間違いなく撃たれたのは情報屋の彼だ。……麗子が握っている情報は、おそらく正しい。
「麗子さん、濡れましたよ」
 麗子の足をパタパタあおぎながら雛太が言った。麗子はニッコリと微笑んで、雛太に言った。
「ねえ、雛ちゃん、お願いがあるんだけど」
「なんっすか」
 猫なで声で言うと、雛太は尾を振る犬のように食いついてきた。
「司法局言って、話つけてきて」
「はい?」
「私絶対関わりたくないから、名前は出さないでね」
 彼女はカーディガンの袖を直しながら言う。
「ちゃんと説明するから、よく聞きなさい。NATの連中が東京を占拠なんてぞっとしないから」
 雛太はしゃんと正座をして構えたが、聞かされた内容はぴんとこなかった。
 大変そうでは、あったけれど。
 その二十五分後、彼は司法局の前で冬也と千尋によって拉致されることになる。
 
 
 7
 
 気象庁の別棟にある塔の上にLBWはある。気象庁に事情をざっと話し、警備員の数を増やすよう進言した。LBWには元々警察庁から警備の人間が当てられていたが、足立区の事件に借り出され留守にしていた。
 冬也は再び愛梨と回線を繋いだ。
「LBW保護に人員をくれ。一人じゃ防ぎきれないかもしれない」
『何バカなこと言ってんのよ、あんた……』
「事実ここの管轄の警官は全て足立区へ急行したらしい。今もし襲われたら一たまりもない」
 それだけ言って冬也は車を降りた。
『……ちょ、ちょっと待って。千尋、あんた聞いてる?』
「はーい、聞いてますよ」
 後部座席のドアが開こうとしている。
『多摩コミューンが謎の団体に占拠されたわ、至急NATのコミューンへ向かって』
 運転席から千尋が大声を上げる。
「冬也、いいか、ここから一歩も誰も入れるなよ」
「わかってる」
 それを聞いた千尋はアクセルを踏み込み、強引なほどの急発進で車は走り出した。
「謎の集団って、加門達だったりして」
 雛太が舌を出す。夕日は目を輝かせて答えた。
「願ったり叶ったりじゃない!」
 目を訝しげに細めて雛太が口を尖らせる。
「お前にとってはな」
「さすがにジャックするほどおバカじゃないと思うけど」
 シュラインが首をかしげながら言った。
「……、あのさ」
 真雄が大きな目を瞬かせて言う。
「なんで、吉岡や他の犯人の身体が人間と違ったんだと思う?」
 夕日が思案深げに答えた。
「人体実験、してるんでしょう。CITYではできないから」
「できるよ、CITYでも。CITYじゃ身体がないだろうけどね」
 雛太は頭の上で両手を組みながら、車の天井を睨んだ。
「犯人が死んじゃうのも改造のせいなんだろ。なんか突き止められるのが怖いんだろうなあ」
 シュラインはそれらの言葉を聞きながら片眉をあげ、腕組をした。千尋は聞いていないのか、考えがないのか答えない。
「人体実験されてる方も……同意してるのかしら」
 舌を噛みそうな運転の中、そんなことをちらほらと言葉少なに話をした。
 やがて大きなゲートが見えてきた。TOKYO―CITYとTOKYO―NATのシステムは最新システムである。
 細い光りの中を通ると、各々が身体に埋め込まれているチップを機械が認知する。
 世界が緑色に変わり、しばらく行くとジャックされたとされる多摩コミューンが見えてくる。
 千尋は、気が付いたように後ろを振り返った。
「あれぇ、一般人はついてきちゃだめじゃん」
「連れて来られたに近いんですけど……」
 シュラインがおずおず言うと、千尋はからから笑った。
「車から降りないでね。俺そこまでフォローできないから」
 コミューンはコの字型をしている。建物の後ろ部分は何があるかわからない密林があり、側面に出入り口が一つずつついていた。
 辺りを第一機動隊員が囲んでいる。千尋は指揮官を探して、車を降りた。
 
 
 8
 
 シュライン・エマは、一般人だが特殊能力がある。
 耳が、異常によいのだ。車を降りた彼女は、じいとコミューンに向かって耳をすませた。
「姉御、なんか聞こえんの?」
 雛太が口を開くのを、手で押さえてシュラインは耳をすませた。
 なにやら、愉快な笑い声とよく聞くアメリカンジョークが聞こえてきた。言った声の主は、ウェバー・ゲイルだろう。たしか警官だったと思ったが、いつ犯罪者に鞍替えしたのだろう。そうしていると、窓際に人影が現れた。
「要求はジャンボジェットと五十兆円だ」
 男は片手の……シオン・レ・ハイに銃口を向けている。シオンは泣き出しそうな顔だった。
 銃を持つ男は振り返って叫んだ。
「そのアメリカンジョークのおっさん黙らせろ」
 どうやらウェバーは人質側らしい。
 中から「そんなに強くしばったらかわいそうです」とCASLL・TOの声。次いで「そのおっさんにはいい薬だ」と深町・加門の声がする。どうやら人質の四人は、シュラインの知り合いらしい。
 シュラインは顎に手を当てて考えていた。
 即席で作られたテントから聞こえてくる声で、突入の時刻がわかる。
 犯人グループの人数はざっと十八人、人質は警備員二人にコミューン内喫茶店の店主が一人、客が四人。客の身元は現在確認中らしい。
 現場に立ち会ってしまった以上、関係者に人質の身元を進言するべきだろうか。そうなると、特殊能力の話もしなければならなくなり、警察機関にその手の話しは通り難いと前々からの取調べでわかっていたので、進んで話す気にはならなかった。
「どうしたの?」
 夕日がポケットから警察手帳を出しながら言った。
 シュラインは美しい夕暮れの空を見上げながら答えた。
「人質なんだけど。どうやら、加門さん達らしいのよ」
 隣にいた雛太が声を高くする。
「はあ?」
 真雄はクスクスと笑った。
「あららぁ、それはまた誤算だなあ」
 シュラインがその含みのある言葉に真雄を振り返ったとき、大仰な身振りで両手を握り締めた夕日がしかつめらしい声で言った。
「絶対に助けなくてはだめね」
 全員が夕日を見る。夕日の言葉の一番上に『加門を』がついていないところが胡散臭い。
「こいつらの突入を待ってたら殺されるかもしれないわ、どこかから忍び込みましょう」
 うんうんと力強く夕日がうなずく。またも『加門が』が抜けているような気がするのだが、衆知の事実だったので誰も突っ込まなかった。
「じゃあ、私ちょっくら権力使って室内マップ見てくるから、皆待ってて!」
 爽やかに笑って夕日は捜査本部のテントへずんずんと入って行った。
「皆待っててって……私達も行くわけ?」
 シュラインが呆れ顔で辺りを見回すと、隣の雛太も同じく険しい顔をしていた。しかし、さっきまでいた筈の真雄がいなくなっていた。

 女子トイレの窓の鍵が開いているのを発見した夕日達は、静かにすみやかに中に入った。雛太が物珍しそうに女子トイレを見回す。
「そんなにジロジロ見ないでよ」
 夕日が一喝すると、雛太はへへへと舌を出した。
 夕日が外への扉を開けようとするのを、シュラインが制する。彼女がノブに手をかけると、今度は雛太が彼女の肩を叩いた。
 シュラインが合図をして音を立てずにドアを開ける。三人は狭い廊下に出た。どうやら従業員用の廊下らしい。誰もいる気配はない。
 夕日が先頭を行こうとしたので、雛太は腕を引いて下がらせた。女の子に先は行かせられない。いくつかの角を曲がる。
「……いやだ、外の人数が増えて音がうまく拾えない」
 シュラインが小声でつぶやいた。白い壁を沿いながら歩き、大きな扉を開けた。
 そこには、ハンドガンを持っている男が立っていた。
 瞬発力は誰よりもあると自負している。雛太はそのハンドガンの銃口が自分を捕らえる前に、彼の右手に組みついていた。
「逃げろ」
 言った瞬間にドウンと大きな音が鳴った。腹に走った鈍痛がひどくて、音がひどく遅れて聞こえていた。それから足を撃たれた。また、音が鈍く聞こえた。崩れ落ちるのに時間はかからなかった。目の前にある足を離すまじと両手で絡みつく。
「お前等、どこに隠れてやがった」
 背の曲がったその男は言った。雛太はなんとか動く首をひねって二人を見た。
 二人とも両手をあげている。
「もうやめて」
 シュラインが悲鳴のような声でつぶやいた。
 
 
 9
 
 重犯罪者達の反乱である。
 反乱……というのだから、虐げていた側がいる筈だ。
 真雄は、腕を見込まれて彼等重犯罪者の治療を受け持っていた。もちろん、重犯罪者はCITY内に入れないので、真雄が出張することになっている。彼等の怪我や病気はCITYでは考えられないほどのものが多い。未知のウィルス、未知の細菌、未知の症状。つまりこの仕事は、真雄以外には受けられる者がいないのだ。
 もう一つ理由がある。重犯罪者達は、あるものは身体の一部をあるものは遺伝子レベルから、身体をいじられているのだ。
 彼等が反乱すべくはTOKYO―CITYではない。……もちろん、そういう思いも多少はあるだろうが。彼等が反乱を企てたのは、TOKYO―CITYにある国立研究施設工好学センターなのだ。
 柏原を殺害したのは、センターの研究が明るみに出るのを避けるため。
 ゲートを破壊したのは、CITY内に重犯罪者を送り込みダミーの中枢部を作るため。
 破壊犯人を殺したのはこの計画が明るみに出るのを避けるため。
 真雄を検死と称して送り込み、中枢部やLBWの情報を落とさせたのはなるべく多くの人員をそちらへ割かせるため。
 コミューンを制圧してみせたのは、尚多くの人員を押さえるため。
 真雄はコミューンへの中へ早々に突撃を決めたSITの手際を見ていた。
 重犯罪者とはいえ、少しの付き合いがある。SIT突入によってほぼ全員の犯人達が銃殺されるのは目に見えていたが、どうしようもない。
 心の端で、彼等の反乱が成功することを祈らずにはいられなかった。
 
 
 10
 
 SITは縄を伝い屋上へ一個小隊を置き、一階のそれぞれの窓から三人ずつの分配をして突入を決めた。プラスチック爆弾が大きな音を立てて、一斉に中に押し入る。一人、一人と目に映る犯人を脳天をぶち抜いて殺していく。
 長髪の中年男の人質のコメカミに銃口を突きつけている男の頭を撃ち抜き、犯人はずるりと後ろへ倒れこんだ。放心している人質が、ゆっくりと死体を見下ろす。
 一人の隊員がそして人質に紛れている男へ銃口を突きつけた。
「おい、銃を捨てろ」
 その男は両手をばんざいして首を横に振っている。
「あのー、そいつ人質だから」
 黄色いジャケットを着た男が言う。その隣で眠そうな顔をしている男も言った。
「そう、そいつは人質だから。それより、このチビ救護班に連れてってくれよ」
 犯人に間違われたのはCASLL・TO。指摘をしたのは、ウェバー・ゲイルと深町・加門である。人質の数は増えていて、加門の隣には青ざめた顔の神宮寺・夕日、それから死人のような顔の雪森・雛太がシュラインの膝枕で寝そべっていた。
「……貫通はしているようだな」
 隊員は言って仲間が伝達をする。
「姉御……俺天使が見えてきたみたいだぜ。いよいよお迎えかな」
 雛太が切れ切れの声で言う。
「持ち上げても何も出ないわよ」
 シュラインはふうと嘆息して言った。
 玄関が開き担架が運ばれてくる。
 乗せられた雛太を見て、ウェバーが笑った。
「いいとこ持ってったじゃねえか」
 雛太は口を開いたが、傷が痛んで声が出ないようだった。シュラインが雛太によりそって、救護班についていく。
 夕日は行くか行くまいか迷ってから加門達を振り返った。
「あんた達、何やってんのこんなところで」
「え? 人質」
 加門がしゃあしゃあと答える。それから加門はシオンの元へ歩いて行って、ペシペシと頬を叩いた。
「おっさん、平気かぁ」
「……び、び、び、びびび」
 シオンは目をパチパチ瞬かせながらそう言って、それから大声で叫びながら立ち上がった。
「びっくりしました! か、悲しいです」
 自分を撃とうとしていた死体にすがりついて、おいおい泣きはじめる。
 CASLLがシオンの隣に屈んで、シオンの頭を撫でた。CASLLも泣き出しそうな顔をしている。フロアーを見渡すと何人もの死体が担架で運ばれていった。
「悪い人でも死ぬのは嫌ですよ」
 ウェバーは何も言わずに煙草をくわえている。
 加門はポケットからハンカチを出してシオンに渡し、ウェバーの隣に立って煙草をくわえた。
「火ぃ、貸してくれ」
 無言でウェバーが加門の煙草に火をつける。
 
 
 11
 
 冠城・琉人はCITYのドームの中にいた。
 加門達が人質に取られた時点で、彼等を見限ってCITYに場所を移していた。枡田ビルは警官達に占拠されている。問題のLBWへ突っ込んだ六名の重犯罪者達は呆気なく取り押さえられた。
 さてここで問題だ、誰が、どうしてこんなことをしたのか?
 琉人はもう当たりをつけている。
 その男木場・洋輔はまっすぐにある施設へ向かっている。国立研究施設工好学センターへ、彼は向かっている。そこにはおそらく誰もいないだろう。足立区と気象庁、その上前代未聞のコミューン占拠事件が起きたのだ。誰もが事件解決に駆りだされている。
 木場・洋輔はサブマシンガンを持っていた。研究所に入った彼はまず警備員を撃ち殺し、インフォメーションガールに銃弾を浴びせ、施設中央へ向かった。しかし警備員は後から後から涌いて出て、彼の行く手を阻んでいる。
 その間にセンターの所長である本村・明彦と自然保護団体会長の森田・達郎は緊急用エレベーターと階段を利用して施設を出た。
 木場・洋輔が関係のない多くの警備員や研究員達を巻き込んで自爆をしたのが十九時十八分のことだ。警備員十三名、研究員八名、事務係一名の死者、他負傷者は五十余名に及んだ。
 琉人はただ、顔の前で十字を切った。
 木場・洋輔は何の為に自爆したのか。
 弄ばれ死にいたりまたは人ではない格好で生き残り、または狂人にされ、身体を半分以上機械にされ、多くの重犯罪者達がヒトではなくなった。実験材料になる代わりに得た、NAT内の平和がどれほどのものか。彼等の怒りは頂点に達していた。
 だから、だ。
 重犯罪者達はそれぞれの持ち場を決め、おそらく真雄に自爆装置まで作らせた。本当の目的を役人共にどうやっても知られないように。
 逆恨みと思うかもしれない。
 だがどうして、人間が人間を玩具にしてよいのか。
 人への制裁能力を司法局は持っている。どうして、人が人を裁くのか。
 どうして……?
 どうもこうもない。人はそれなりに生きるしかないのである。
 
 
 ――エピローグ
 
 シュラインの提案で、皆でピクニックをしましょう、ということになった。
 NATの比較的安全とされている山道を……である。どういうわけか、愛梨とシュラインは気が合ったのか、冬也と千尋も強制参加だった上、シオンとCASLLに無理矢理駆り出されて加門もいた。総勢十一人のピクニックは和やか……のように見えた。
「ふざけんな、捕まえたのは俺達じゃねえか」
 そう、本村を捕まえたのは事実上加門達だった。CASLLと加門と琉人は走り出した車の前に立ちはだかり、電柱へ突っ込んだ本村を捕獲した。しかしそのすぐ後に千尋が現れ、千尋が口八丁で換金所まで車で案内すると言い出し、乗ったが最後結局本村は司法局の管轄下に入ってしまったのだ。
「そんなことは報告されていない」
 前を行く冬也と加門は顔を近づけてそんな会話をし、猛烈な勢いで山を登っていく。
「やる気か」
「無駄な体力は使わない主義だ」
 ……という二人は怒涛の勢いで走っている。十二分に無駄な体力を使っている。
 後ろのシュライン達は白い息を吐きながら呆れ顔だった。
「雛太くんがこれなくて残念ねえ」
「そうだね」
 雛太の治療は真雄が受け持ったので、通常より回復ペースがいいらしい。
「元気ですねえ、お二人とも」
 琉人が庇を持ち上げながら笑う。
「おいお前、こんなジョークを知ってるか」
 琉人を捕まえて、ウェバーがアメリカンジョークを披露しようとしている。
「加門! 待ってよぉ」
 夕日はせかせか歩きながら、泣き出しそうな声で言った。山道であのスピードで走られたら、ついて行けるわけがない。せっかくピクニックなどという加門に不釣合いなものを、一緒に体験できるというのに……。彼女としては半泣き状態だ。
 一番後ろを歩いていた千尋がシュラインと夕日に声をかける。
「荷物、持ちましょうか、お嬢さん方」
 シュラインも夕日も微笑んで、重たそうなリュックを千尋に渡した。
 ずしりとした重みが千尋の両腕にかかる。
「……な、なに、入ってるんですか……」
 二人は手をぶらぶらさせながら言った。
「人数分のお弁当」
 そりゃあ、重たいはずだ。


 ――end


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2209/冠城・琉人(かぶらぎ・りゅうと)/男性/84/神父(悪魔狩り)】
【2254/雪森・雛太(ゆきもり・ひなた)/男性/23/大学生】
【3356/シオン・レ・ハイ/男性/42/びんぼーにん(食住)+α】
【3453/CASLL・TO(キャスル・テイオウ)/男性/36/悪役俳優】
【3586/神宮寺・夕日(じんぐうじ・ゆうひ)/女性/23/警視庁所属・警部補】
【3628/十里楠・真雄(となり・まゆ)/男性/17/闇医者(表では姉の庇護の元プータロ)】【4320/ウェバー・ゲイル/男性/46/ロサンゼルス市警刑事】

異界−境界線
【NPC/仁枝・冬也(きみえだ・ふゆや)/男性/28/TOKYO−CITY司法局特務執行部】
【NPC/高野・千尋(たかの・ゆきひろ)/男性/28/TOKYO−CITY司法局特務執行部】
【NPC/藤堂・愛梨(とうどう・あいり)/女性/22/司法局特務執行部オペレータ】

文ふやかWR異界−ビタミンレス
【NPC/深町・加門(ふかまち・かもん)/男性/29/賞金稼ぎ】
【NPC/如月・麗子(きさらぎ・れいこ)/男性/26/賞金稼ぎ】

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■         ライター通信          ■
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ファーストライン【後編】 をお届けしました。
【前編】は斎藤WRが執筆いたしました。
お気に召せば幸いです。
今回、司法・警察サイドと賞金稼ぎ・おまけサイドに分かれております。
気になればご確認ください。

文ふやか