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<東京怪談・PCゲームノベル>



 ☆イレイサー選択

  →火宮 翔子・・・攻撃
  →片桐 もな・・・守り


□■□■□■【Staet】■□■□■□


 火宮翔子は、その日たまたま夢幻館の前を通りかかった。
 ヒラヒラと風に揺れる張り紙を見る・・。
 翔子はそれをピっと取ると、持ったまま夢幻館の中に入って行った。
 「あぁ、いらっしゃいませ・・翔子さん。本日は如何いたしましたか・・?」
 夢幻館の総支配人の沖坂奏都が人のよさそうな笑みを浮かべて穏やかに尋ねる。
 「面倒そうなことになってるわね。」
 翔子は言いながら、張り紙を奏都についと差し出した。
 奏都はそれをしばし見つめた後で、いかにも今思い出しましたと言うような顔をして見せた。
 「それでは麗夜さんのところですね。こちらへ・・。」
 奏都が翔子を一つの豪華な扉の前に導く。
 扉はまるで翔子の到着を心待ちにしていたとでも言うかのように、前に立った途端に内側に開いた。
 「麗夜さん。お客様です。張り紙を見てこられた・・。」
 ガタリと扉の奥で何かが倒れる音がして、一人の美少年が姿を現した。
 周りのものを閉口させてしまうくらいに整った容姿・・その少年が翔子を見るなりこれまた美しい声で言った。
 「・・・貴方様・・・誰ですか・・??」
 場が凍りつく。
 困惑する翔子をよそに、奏都はいかにも慣れてますというような口ぶりで麗夜にそっと告げる。
 「張り紙を見てこられた、火宮翔子さんです。」
 「あぁ!あの・・!・・・それで、どの張り紙ですか・・?」
 ・・なんて話の先に進まない人なのだろう。
 「すみません、麗夜さんは初めてのお客様には緊張してしまってボケっぷりが酷くなってしまう人なんです。」
 奏都がやんわりと補足をするが、そんな事を言われてもどうしようもない。
 どうやって話を先に進めたら良いのか・・翔子が考えていた時、扉の中から小さな女の子が一人出てきた。
 麗夜の背後に近づき、ビシリと背中を叩く。
 小柄な少女は、麗夜と随分身長差がある・・。
 「麗夜ちゃん!いい加減にそのボケっぷりなおしてよねっ!」
 ツインテールをぶんぶんと振り回しながら、少女が叫ぶ。
 「あ、翔子さん。こちらはもなさんと言って、現実世界での案内役を・・・。」
 「あ〜っ!だれだれ!?お客さん!?」
 奏都の言葉を遮ると、もなが大きな瞳を輝かせて翔子の腕を取った。
 「あたしはもな!片桐もな!もなって呼んで!あなたは!?」
 「私は火宮翔子。」
 「じゃぁ、翔子ちゃんだね!」
 キラキラと満面の笑みでもなが翔子に微笑みかける。
 思わず、翔子の口元も緩くなる・・。
 「翔子ちゃんは、今日はどうしたの?現実世界に行きたいの!?でも、今は現実世界が血に染まってるから・・。」
 「もなさん、翔子さんはその依頼できたのですよ。」
 「・・そうなの!?」
 「えぇ。」
 「それじゃぁ、中に入って入って!ほらほら麗夜ちゃん、そんな所に突っ立ってないで、行くよっ!」
 もなが、麗夜の服の裾をつかみながらズルズルと扉の中に連れ込んだ。


 「それで、この依頼の事なんだけど・・。」
 翔子は奏都ともな、そして麗夜と向かい合った。
 ソファーの間に挟まれている小さなテーブルには、奏都が淹れてきたダージリンティーが温かな湯気を立てている。
 「報酬は弾んでくれるのよね?」
 翔子の問いかけに、奏都はどこからともなく一枚の紙を取り出すと、すっと翔子の目の前に出した。
 「これで、足りますか?」
 翔子が金額を確認する・・・。
 「・・な・・なにこれっ!?」
 そう叫ぶと、思わず立ち上がってしまった。
 翔子は普段、相場の半額と言う格安の報酬で仕事をしている。
 今回は相当な危なさだろうと踏んだので、普段の報酬に多少の色をつけるくらいはありえると思っていたのだが・・・。
 「これ、相場の10倍はあるわよ!?」
 そうなのだ。
 奏都から出された金額は破格だった。
 高すぎる・・。
 「ですが今回は相当危ないものだと思われますので・・。」
 「それにしたって、これは行きすぎよ・・。」
 翔子はテーブルの上にちょこんと置いてあるペンを取ると、金額を訂正した。
 ゼロをいくつか消す・・。
 「このくらいが妥当だと思うわ。」
 その値段は、翔子が報酬として普段受け取っている金額に多少の色をつけたくらいの金額だった。
 それを見て奏都が眉をひそめる。
 「・・安すぎではないですか?」
 「・・翔子ちゃん、これって凄く安すぎるわ・・。奏都ちゃんが出した金額だってあたしは安いと思ったのに・・。」
 もなが恐ろしい事を口走る。
 あの金額が・・安い・・!?
 翔子の目の前がクラクラと揺れる。
 ここの住人達はどんな金銭感覚をしているのだろうか・・?
 「・・それでは、翔子さんの言い値で依頼をいたしましょう。あぁ、でも無事成功した場合はこれに成功報酬として少々上乗せいたしますね。」
 にっこりと微笑む奏都。
 その成功報酬が一体いくらなのか、翔子は恐ろしくてきけなかった。
 「それでもなさん、翔子さんにあの町の事を話していただけませんか?」
 「良いけど・・。まず、あの町は全体が血塗られていたわ。人々の念が渦巻き、生ける屍が町を徘徊していた。本当、最低最悪だった。」
 もなの顔が僅かに歪む。
 それほどまでに酷い有様だったのだろうか・・?
 「未来を遠ざけるためには、一番念の強い所に行って元凶を倒せば良いのだけど・・今回は学校よ。」
 「・・学校ですか・・。」
 奏都が複雑な感情を含んだため息を漏らす。
 「厄介ですね・・。」
 「学校になにかあるの・・?」
 「幼い子供の影や生ける屍・・ゾンビがいるかもしれません。実に厄介です。」
 確かに言われてみればそうだ・・。
 「・・あたしが見た限りではいなかったけれど・・・もしかしたら・・ね・・。」
 「それで翔子様、一応二人一組で動いた方が何かと好都合です。夢幻館の中で俺以外でしたら誰でも連れて行けますが・・。」
 麗夜がよどみなく翔子に問いかける。
 ・・・ちゃんと話せるではないか。
 翔子は小さくため息を吐くと、目の前に座っているもなをチラリと見た。
 「そうね、もなちゃんと一緒に行こうかしら。一度町に入った事があるし・・スムーズに事が進みそうだわ。」
 翔子の意見に、麗夜が頷く。
 「続けて行く事になっちゃうけど・・大丈夫?」
 「うん、あたしは平気!翔子ちゃんと一緒だし、心強いよ!なら準備しなくちゃね!」
 もなはそう言うと、トテトテと走り去って行った。
 「それでは、攻撃か守りかをお選びください。」
 「攻撃か守り?」
 「はい。もし、罠があった場合・・攻撃がかかり、守りが解除するという仕組みです。全滅を防ぐための最良の手段です。・・罠がない事を祈りますが・・。」
 「そうね、それなら私が攻撃。もなちゃんが守りで行きましょう。」
 麗夜は頷くと、小さなネックレスを差し出した。
 淡い桃色に光る宝石がヘッドについている。
 「これは・・?」
 「念を吸収する石です。攻撃をして倒した敵の魂・・念を吸い取り浄化します。」
 翔子は頷くと、首から提げた。
 バイクスーツの中に、そっとヘッドを落とす・・。
 「ゾンビは物理攻撃しか効きません・・その反面、影は物理攻撃が効かず特殊能力のみでしか攻撃できません。」
 翔子はそれを聞くと、持ち物をゴソゴソと確認し始めた。
 剣、拳銃、ナイフ、サブマシンガン、符・・。
 続々と出てくる武器に、奏都と麗夜が目を合わせる。
 「これは・・頼もしいですね・・。」
 「おっしゃぁ〜!翔子ちゃん支度でっきたぁ〜!?」
 もなが勢い良く部屋の中に入ってくると、翔子の広げた武器の山を見つめた。
 「やるじゃ〜ん。って事は、あたしが守りで良いんだよね?」
 「はい。今回は翔子さんが攻撃という事で・・。」
 「わかった。それじゃぁツインで行くね!」
 「・・ツイン・・?」
 翔子が眉根を寄せてもなの顔を見た。
 もなが笑顔で髪の毛をクイクイと指差す。
 ・・あぁ、ツインテールの事・・。
 「もなさんは髪を解くと人格が変わるんです。」
 「あぁ、それで・・・。」
 そう答えた翔子の脳裏にデカデカと赤い文字で言葉が浮かんだ。
 “なぜ・・・?”
 なんだかごく自然に相槌を打ってしまった自分が悲しい。
 「それじゃぁ、あたしは今回ロケットランチャー持って行くの止める!あれ重いしね〜。」
 キャラキャラと恐ろしい事を言うもなを、マジマジと見つめる。
 小柄で華奢な彼女のどこからロケットランチャーを担いで撃っている姿を想像できるだろうか・・?
 そう、ここでは多分“これが日常茶飯事”なのだ・・。
 それでも・・悪くはない。
 翔子はふっと微笑むと、荷物をまとめた。
 荷物が多くなるのは不利だ。だから・・必要最小限のものしか詰め込まない。
 「さてっと・・行きましょうか。」
 「ラッジャー!麗夜ちゃん、あっけて〜!」
 もなが片手を勢い良く空に突き上げ、麗夜をせかす。
 部屋の奥、入ってきた扉とはまた違った感じの扉がデンと構えている。
 豪華な装飾だけれども、どこか懐かしい感じがする。
 「それでは、御武運を。」
 「翔子様、もな様、危険になったらすぐにお呼び下さいね・・。」
 「オーケー!」
 奏都がそっと手を組み祈り、麗夜が微笑む。
 開かれた扉の向こうは光り輝いていた。
 その光が翔子ともなを包み込み・・引き入れた・・・。


□■□【First Stage】□■□


 ゆっくりと目を開く・・そこは“東京”の町並みだった。
 立ち並ぶビル、雑多な町並み・・けれどその全てが色褪せくたびれている。
 「ここから2ブロック先を右に曲がって、3ブロック行って左に曲がる。すると目の前に学校が見えてくるから・・そこに入って。」
 一度入った事のあるもなが、的確に指示を飛ばす。
 「分ったわ。」
 翔子は素直に頷くと腰に下げ持った剣に手を伸ばし、抜いた。
 凄い腐臭が漂っている。
 視界の端にはチラチラと蠢くものも見える。
 「一応説明するけど、なんかドロってなってるのがゾンビで、黒っぽくボンヤリ見えるのが影だよ・・。」
 「分ったわ。」
 翔子は頷くと、すっと走り出した。
 もなもそれに続く。
 1ブロックを過ぎ、2ブロック目に差し掛かった時・・左の路地から3体の人影が現れた。
 凄い腐臭と粘液が落ちる音をさせながら近づいてくる、世にも恐ろしい形相の・・ゾンビ・・。
 「もなちゃん、学校に着くまでは最小限に戦闘を留めるわ!」
 「ラジャー!」
 翔子は右に曲がった。すぐにもなもそれに続く。
 ゾンビ達がなにやら奇声を発しながらこちらに走り寄ってくる。
 そのスピードは、おかしい位に速い。
 走る・・2ブロックを過ぎようかとした時、直ぐ横にあった電柱から黒い影が現れた。
 人の形をしたそれは、口の所だけ赤い・・。
 「・・ちっ・・。」
 翔子は小さく舌打ちをすると、持っていた剣を斜めに引いた。
 影が2つに割れ、言葉に表せないような叫びを引き連れながら消えていく・・。
 「翔子ちゃん、よく影に物理攻撃がきいたね!?」
 「これ退魔の術を施してあるから・・。」
 「そっか。」
 「・・それにしても、想像以上に酷い有様ね。」
 「うん。・・これが、そう遠くない東京の現実世界かと思うと吐き気がしてくるよね。」
 「・・そうね。」
 翔子は速度を緩めずに頷いた。
 3ブロック目を、左に曲がる。
 見えた・・。
 少し先に学校の正門らしきものが見える。
 「翔子ちゃん、あそこよ!」
 「分った!」
 翔子は頷きがてらにふと、もなを見た。
 その直ぐ後からは大量のゾンビ・・・。
 いつの間に増えたのだろう?数は2,30はいる・・。
 低いうめき声を出しながらワラワラとこちらに走り寄ってくる様は、さながら映画のようだった。
 翔子は速度を速めた。もなもそれに続く・・。
 「翔子ちゃん、学校に着いたら直ぐに正門を閉めるから・・!」
 もなが叫ぶ。
 翔子は頷くと、間近に迫ってきた学校の中に滑り込んだ・・。
 もなが直ぐに正門に駆け寄り、小さな身体で門を閉じていく。
 その隙間から、こちらになだれ込んできた3体のゾンビ。
 翔子はすっと剣を構えると、ゾンビと対峙した。
 腐臭を伴いながら近づいてくる・・一瞬の隙をつき、剣を躍らせる。
 右へ、左へ・・舞うように剣を振ると、1体をものの数秒のうちに地にねじ伏せた。
 左から迫り来るゾンビをかわし、反対のゾンビにナイフを投げる。
 「翔子ちゃん!開いたよ!!」
 もなが翔子に呼びかける。
 翔子は迫り来るゾンビの腕をするりと抜けると、もなが開いた扉の中に滑り込んだ。
 内側から鍵をかけ、更に近くにあった机を2人で移動させ扉に立てかけた。
 簡単なバリケードが作られる。
 低いうめき声を上げながら、ゾンビがガラス戸を叩く。・・強化硝子だ、それくらいでは割れない。
 ドロリとした緑色の粘液が、窓ガラスに付着して滑り落ちる。
 不快感が胃の奥で湧き上がる・・。
 「さて・・と、学校の中に来れたのは良いけど・・あたし達が出られなくなっちゃったね〜。」
 「・・学校の中からって事?」
 「学校の中からもそうだけど・・こっから。」
 「ここから・・?」
 「そう。この町から・・。麗夜ちゃんとか、美麗ちゃんが開く扉って結構繊細で・・こう言う危ない所では開かないんだ。」
 「つまり、扉がここにはこれない・・だから私達はここから出られないって事?」
 「あったりぃ〜☆しかも、ゾンビって生きてる人間の側に集まるの。だから、あたし達が学校の中をうろうろしている間に外にヤツラは集結する。」
 「完全に包囲されたってわけ?」
 「そうゆー事。ま、麗夜ちゃんを呼べば来てくれるだろうし・・夢幻館のヤツラって、結構お人好しが多いから。」
 もなはそう言うと、ニッコリと微笑んだ。
 「突き放す割りに、突き放せないんだよね〜。」
 「そうなんだ?」
 「そ。だから、麗夜ちゃんを呼べば助けに来てくれるだろうし・・最悪、奏都ちゃんを呼べば・・。」
 もなの表情が急に真剣なものになる。
 瞳の輝き方が明らかに違う・・。
 「まぁ、奏都ちゃんを呼ぶのも、麗夜ちゃんを呼ぶのも・・他に手がなくなったときにしよーね。」
 「そ・・そうね・・。」
 再び元のように微笑むもなを見て、翔子は言葉に詰まった。
 確かに人の手を借りないに越した事はない。
 翔子は雇われてここに来ているのだし・・しかしそれにしても、もなの表情は異常と言っても良いくらいだった。
 奏都を呼ぶ事に・・何か不都合があるのだろうか・・?
 翔子は夢幻館でいつもにこやかに迎えてくれる細身の青年。
 銀色の髪と、青い瞳・・高い身長、細い体つき・・。
 別段変わった所はない。
 翔子の思考を、ゾンビ達が遮る。
 叩かれる窓ガラスの先、段々とその数が増えてきているのがわかる・・。
 「門もドアも窓も、その場しのぎにしかならないから・・早い所元凶を倒してここから出よ。」
 「・・そうね・・。」
 翔子は頷くと、薄暗い学校の奥へと歩を進めた。
 背後から響く低いうめき声と、中に入れてほしそうに叩く硝子の音が翔子の足取りを重くしていた。
 

□■□【Second Stage】□■□


 電気の点っていない校舎内は薄暗く、太陽に嫌われたこの町は暗く陰湿だ。
 時折何処かから水が落ちる音だけが小さく木霊する。
 耳を澄ませれば低いうめき声が聞こえてきそうなほど静かだ。
 「なぁ〜んか、やたらめったら静かねぇ〜。あたしが来た時はもっとこう・・グワァっとなってたはずなんだけどなぁ・・。」
 「一体どうしたのかしらね・・?」
 「そりゃぁもう、ここを支配しているヤツが何か考えてるに決まってるわよ。」
 「ここを支配しているヤツ・・?」
 「うん・・なんて言ったら良いのかな・・。渦巻く念の親って言えば良い?東京の未来をコレにしたいやつがココにいるって事よ。」
 「そうなんだ・・。」
 「・・ねぇ翔子ちゃん。もし途中でそれが誰だか気づいても・・・奏都ちゃんには言わないでね。まだ、麗夜ちゃんも気付いてないから。」
 「どう言う事なの?」
 「・・・もし、もしもよ・・。大切な誰かが敵だった場合、翔子ちゃんはどう思う?」
 真剣な瞳が翔子を貫く。
 大切な誰かが敵・・その場合、私は一体どう思うのだろうか・・。
 それよりも、もなは一体何が“見えて”いるのだろうか。
 奏都とここの親になにか因縁でもあるのだろうか・・?
 その親が、奏都の大切な人なのだろうか?
 「・・・それでもね、東京を巻き込むわけにはいかないの。あたしは・・。」
 もなが俯く。
 「もなちゃん・・?」
 「あたし達が出来る事は、東京の未来を守ることだもの・・。」
 「そうね。その親とやらに会って、話を聞きたいしね。」
 翔子が柔らかく微笑んだ。
 もなも小さく微笑む・・。
 翔子はその時、その笑顔の意味を理解する事ができなかった。
 諦めにも似た、それでいて決心を滲ませた・・苦しそうな笑み・・。

 
 「それじゃぁ、まずは何処から入ろうか?」
 もなが右側にずらりと並ぶ教室を指差しながら言った。
 手前から3-5、3-4、3-3、3-2、3-1と教室が並び、廊下の突き当りには科学室とかかれたプレートがぶら下がっている部屋がある。
 3-4と3-3の間には上に続く階段が見える。
 「とりあえず、1階から見た方が良いわね。また戻ってくるのもアレだし・・。」
 「じゃぁ手前から見て行こっか!」
 もなが勢い良く言って3-5の扉に手をかけた・・それを左側へスライドさせようとするものの・・開かない・・。
 「ちょっと良い?」
 翔子がもなと場所を代わり、扉に手をかけた時・・スっと扉がスライドした。
 「あ、なんだ・・開くじゃない。」
 「え〜・・あたしがやった時は全然開かなかったのにぃ〜。ズッルーイ。」
 ぶーぶーと文句を言うもなに苦笑しながら、翔子は1歩その中に足を踏み入れた。
 途端に何かに服の裾を掴まれたと思うと、一気に部屋の中央まで引きずり込まれた。
 「翔子ちゃ・・!!」
 慌てて入って来ようとするもなの手前で、扉はピタリと閉まった。
 その直後に、硝子が割れる音・・。
 あのガラス窓を破ってゾンビ達が入ってきたのだ!!
 しまった。翔子は直ぐに扉に向かおうとしたが、服の裾を引っ張られてその場に立てひざを突いた。
 服の裾を見てみる・・そこには血色の悪い手・・。
 そして、我に返ってみて分る・・酷い腐臭。
 異様に手が伸びたゾンビが2体。それと、狼のような影・・その口元は真っ赤だ。
 3対1だ。
 翔子は直ぐに拳銃に手を伸ばした。
 早い所片付けてもなの所に戻らないと・・!!
 もなはそれほど装備をきちんとして来たわけではない。学校の前に集結したゾンビ達を相手に1人で戦うのは無理だ。
 翔子はすっと敵を一瞥した。
 低いうめき声・・元は人だった者達。しかし、もう二度と“人として”翔子と語り合う事はない。
 彼らはマリオネット・・悲しいまでに本能に支配された、人の成れの果て・・。
 「貴方達に“生きている”時に会いたかったわ。」
 翔子はそう呟くと、拳銃を構えた。
 今は生きている者達のために戦うのみ。きっとそれを本能の下に隠された彼らの理性も望んでいるだろうから・・。
 『サヨナラ』と、小さく呟いた。
 しかしそれは翔子の放った弾丸によってかき消された。
 黒い影が、鋭い叫びと共に無にかえる。
 動き出した彼らを身軽に避け、引き金に力を込める。
 照準をはずさずに、2発、3発と・・倒れるまで・・。
 翔子は拳銃を床に置くと、今度は持っていたナイフを取り出した。
 残った1人に切りかかる。
 蝶の様に舞い、蜂のように・・切る。
 長い髪が揺れ、大きく弧を描いて背中を滑る。指先で器用に回るナイフは確実にカレの身体を傷つけ、無の世界への切符を渡す。
 繰り出される刃を止める術はない。ただ踊り子のように優雅に、そして華麗に舞う翔子の冷たい銀の祝福をその全身に受け止めて・・。
 ドサリと、膝を折ったのは祝福に耐え切れなくなったカレの方・・。
 緑色の血を床に流し、とっくの昔に事切れながらも動いていた瞳が、閉じる。
 もう二度と望まない生を得ない事を祈って・・翔子はナイフについた血をピっと払った。
 床に置いた拳銃を拾い、ポケットから予備の弾を取り出すと装着した。
 教室のドアからはバンバンとリズミカルな音が響く。
 戦闘に夢中になっている時は分らなかったが・・この教室は既に包囲されているらしい・・。
 もなは確か小さな銃を持っていた・・その音が響かないと言うことは、2つに1つだ。
 その場から脱出したか・・もしくは・・床に倒れているか・・。
 前者である事を祈りたい。
 「さて・・それで私はどうやってココから出ようかしら・・。」
 翔子はグルリと教室内を見渡した。
 ここから出られる場所は・・ドアと窓と・・見渡していた翔子の耳に、硝子の割れる音と、ドサリと何か重たいものが落ちる音が聞こえてきた。
 咄嗟にそちらを振り向く。
 「もなちゃん・・!?」
 「いったたた・・失敗失敗・・。」
 硝子のちりばめられた床の上で、もなが涙目になりながらお尻をさすっている。
 翔子は近づいてその腕を取ると、硝子の上から助け出した。
 念のためどこかを切ったりしていないか確認する。
 「あ〜良かった、翔子ちゃん無事だったね。」
 「それはこっちのセリフよ。外があんなになっちゃって・・。」
 チラリと視線を扉に注ぐ。
 蠢く影はゆらりと頼りなさげだ。
 「うん、直ぐに上に上がったから大丈夫だったよ。それよりも・・。」
 もなは床に倒れるゾンビ達を一瞥した後に、翔子の手をとった。
 「直ぐに上に行こう。もうすぐでここの元凶に会える。」
 「・・どういう事?」
 「ヤツラは上に上がって来れない。・・怖がってるの。」
 「怖がってる・・?」
 「そう。怖がってる。本能のみに支配される中、それでも本能で怖がる・・それほどまでに、アイツは力が強いの。」
 「・・もなちゃん・・?」
 「行こう、上へ・・。」
 もなは翔子の手を取ると、窓ごりに垂れ下がっている白い紐をつかんだ。
 上の階のカーテンだろうか・・?
 「翔子ちゃん、運動神経良いよね?」
 「・・並みよりは・・。」
 「またまた、謙遜しちゃって〜。」
 もなは小さく音を立てて笑った後で、カーテンをスイスイと上っていった。
 前髪を揺らす程度の風が、カーテンをはためかせ、嫌がるように身体をねじる。
 翔子はもなが完全に上ったのを確認した後で、カーテンに手をかけた。
 ・・結構上りにくい。もなほど軽くは上れないながらも、安定した速度で翔子は難なく上りきった。
 上りきったそこは、下と同じような教室だった。
 ただ違う事は・・そこにいた人物だった。
 黒い靄のようなものを全身に巻きつけながら、優雅に佇む人物。
 もなが翔子の前に片手を出し、庇う様に前に立つ。
 翔子も知っている顔・・。
 「なんで・・なんでっ!」
 もなが叫ぶ。
 翔子が、思わずその名前を呟いた・・。


□■□【Final Stage】□■□


 「奏都さん・・?」
 小さく呟いたつもりが、事のほか大きな音となって耳に伝わる。
 目の前にいる人物は、確かに翔子の知っている奏都そのものだった。
 銀色の髪も、細い身体も・・ただ、瞳だけが違う。
 左が青、右が金・・。
 金色の瞳が怪しく光り輝くオッドアイ。
 「違うよ翔子ちゃん。奏都ちゃんじゃない・・。」
 もなの絞り出すような声に、カレがピクリと反応した。
 ゆっくりとした動きでもなと翔子を交互に見つめると、フワリと軽やかに微笑んだ。
 その笑顔ですらも、奏都そのもの・・。
 「こんにちわ、キミ達は奏都を知っているの?」
 もなの肩が震える。
 翔子はどうしたら良いのか分からずに、ただその場にじっと立ち竦む。
 「俺の名前は沖坂 奏芽(おきさか かなめ)。奏都と双子の兄弟なんだ。」
 双子・・。
 その事実に、翔子は思わず口元を押さえた。
 だからこんなにも似ているのだ・・!
 「奏都さんに、兄弟がいたなんて・・。」
 「そう“いた”んだよ。翔子ちゃん。奏都ちゃんの双子の弟、奏芽ちゃん。」
 「いたって・・?」
 「“いた”んだよ・・・。翔子ちゃん・・。」
 もながイヤイヤをするように首を振る。
 髪の毛が大きく左右に揺れ動き、甘い香りを撒き散らす。
 「あれ?その顔・・もなじゃないか〜。なんだよ、言ってくれれば良かったのに〜!あぁ、少し見ないうちに大きくなったね?」
 「近づかないで!!!」
 1歩こちら側に歩み寄ろうとした奏芽の動きを制するように、もなが声を上げた。
 ピタリと奏芽の足が止まる。
 「奏都ちゃんには弟が“いた”んだよ、翔子ちゃん。・・この意味が、分る・・?」
 もなの背中を見ながら、翔子はその言葉の意味を探った。
 いた・・いた・・。それは過去の言葉。
 それでは今は・・?
 「いたって・・。」
 「この世界に来れるのは、もう亡くなった人か・・麗夜ちゃんの扉から入ってきた人しかいないんだよ。」
 言葉が冷たく刺さる。
 だから・・奏都の兄弟の事を聞かないのだ。
 誰も故人の話をしないから・・。
 「翔子ちゃん。あたし達の出来る事は、東京の未来を守る事だけ。」
 もなが自嘲気味に微笑む。そして、諦めにも似た言葉を吐き出す・・。
 「コイツが親なんだよ、翔子ちゃん。」
 『なぜ・・?』
 湧き上がるその疑問を口に出せないまま、心の中で何でも呟く。
 整理できていない頭の中で、グルグルと巡る新たな疑問・・。
 「奏芽ちゃんは、あたしと同じ。この世界の案内人兼ボディーガード。仕事中の不幸な事故で亡くなったの・・。」
 「不幸な事故・・で、片付けるんだな、もなも、麗夜も、奏都も・・。」
 「あれは、仕方が・・!!」
 「東京の未来はいつも変化するものだ!危険な未来にならないように管理するのも夢幻館の仕事だ!」
 奏芽の声に力が増す。
 それに共鳴するかのように、身体の周りを取り巻く黒い影も濃さを増す・・。
 奏都とは違う、感情の起伏。
 真っ直ぐにぶつかってくる心を受け止める術が分らずに、翔子はただその顔をじっと見つめた。
 「あぁ、十分分ってたさ。けどな、あの時俺を置いて行ったのはお前らだ!不幸な事故だと・・?あれはただ見殺しにしただけじゃないか!」
 「ちが・・!!」
 もなが奏芽の方に走り寄ろうとした時・・その身体が右に飛ばされた。
 積み重なった机の上で、もながぐったりと力なく身体を横たえる。
 気を失ってしまったのだ・・!
 翔子が慌てて走り寄ろうとした時、その足元に黒い影が飛んでくるのを見た。
 思わず飛び退く・・。
 「なんで・・!!」
 「なぁ、アンタ・・名前なんて言うんだ?」
 奏芽の表情が禍々しく歪む。
 その右手はもなを狙っている・・。名前を言わなければ、もながどうなるのか分らない。
 「翔子。火宮 翔子・・。」
 「そうか、翔子。お前は仲間が危険に陥った時、助けるよな?今みたいに・・。それが“仲間”としての普通の選択だよなぁ?」
 禍々しい微笑み・・。
 そこに隙はない。
 「さっき、もなは俺が死んでるって言ったよな?・・もし、俺がまだ生きてるとしたら、どうする・・?」
 「何を言って・・。」
 「この世界には、死んだ人間か麗夜の扉を通ってきた人間しか来れねぇ。俺は、麗夜の扉を通ってこっちに来た・・!」
 奏芽はそう言うと、もなから狙いをはずした。
 黒い靄が奏芽の全身を取り巻き・・そして、ふっと消え去った。
 翔子は靄の残像がなくなるまで見つめた後で、慌ててもなへ駆け寄った。
 「もなちゃん、大丈夫!?もなちゃんっ!?」
 「う・・、大丈夫・・。ちょっと息が詰まっただけだから。」
 もなは胸を押さえていた手をはずすと、大きく息を吐いた。
 苦しそうに数度呼吸をした後で、小さな微笑をこぼす。
 「ありがとう、大丈夫だよ!あたしはこの通り元気っ!さ、それよりも奏芽ちゃんを追おう!それでぇ、とっとと奏芽ちゃんを倒しちゃって、夢幻館でお茶しよっ!」
 「もなちゃん・・?」
 「何処にいるのかは分かってるから!きっと屋上だよ!ね?行こう?」
 翔子は口元をぎゅっと引き締めると、もなの身体を抱き寄せた。
 小さく華奢な身体・・。
 「翔子ちゃん・・?」
 翔子は何も言わなかった。
 もなの瞳からとめどなく溢れる涙を、黙って受け止める。
 微笑みながら流す涙ほど、心を打つものはない。
 必死に明るく振舞おうとする中で・・思わず零れ落ちる涙を止める術はない・・。
 「・・・そうだよ、翔子ちゃん・・。奏芽ちゃんをこの世界に閉じ込めたのはあたし達・・。奏芽ちゃんが死んでないのは分る。けど、奏芽ちゃんは・・。」
 もながそっと翔子の腕を解く。
 「奏芽ちゃんは、闇が晴れない限り戻って来れない。・・でも、奏芽ちゃんの闇を消せる者は、いないの・・。あたしも、奏都ちゃんも、麗夜ちゃんも・・。」
 窓から湿った風が吹き込んでくる。
 生臭い匂い・・血の匂い・・。
 「ここまで闇が酷くなると、もう手段は一つしかなくなるの・・奇跡でも起きない限り。」
 「ねぇ、どうして奏芽さんはあんな風にになってしまったの・・?」
 「東京を守るために、奏芽ちゃんを犠牲にしたって言えば聞こえは良いのかも知れない。けど、そんなんじゃないの。ただ、保身のため。」
 もなが俯く。
 思い出すのですらも苦い過去なのかもしれない。
 それを聞くのは・・今でなくても良い。今は、この世界を遠ざける事だけ。
 「もなちゃん、行きましょう。屋上・・だったわよね?」
 「うん。」
 もなが顔を上げ、翔子がその手を引いた。
 教室の扉を開け、廊下に出る。・・本当にカレラはいない。
 繋いだ手を放さずに、翔子ともなは階段の前で立ち止まった。
 「それじゃぁ、行きましょうか。」
 「うん。」
 明るく微笑むもなの、手が震えている。それを、気付かないふりをして。歩き出す。
 「奇跡を信じられないほど、絶望したわけじゃないの。でもね、奇跡を待てるほど時間は無いの。」
 小さく呟くもなの声。手に力を入れる・・。
 1段、また1段と上がっていくうちに、空気が重くなってきているのを翔子は感じた。
 威圧的で強大な力。
 息苦しいまでに、色濃く渦巻く殺意・・。
 また1段上った時、急に視界が白く光り輝いた。
 足元から湧き上がる光に、もなが小さく驚きの声を上げる。
 「これ・・!!夢幻館への・・!!」
 「そうだよ、キミ達には一回帰ってもらう。それで・・気が変わる事を祈るよ。」
 翔子は声のした方に顔を向けた。
 階段の一番上、屋上へと続くドアの前で奏芽が腕組みをしながらその様子をじっと見つめている。
 「こんな事したって、あたし達はすぐに来るわ!時間の無駄じゃない!」
 「・・そうでもないさ。俺も休憩が出来るし、キミ達も休憩が出来る。」
 白い光が視界を遮るように強く輝く・・。
 「さよなら・・。」
 奏芽の呟きを最後に、2人は光に包まれた。

 ・・翔子の目にはしっかりと見えていた。
 奏芽の最後の表情が。・・あれは・・悲しみ・・?


 目を開けたそこは夢幻館だった。
 現実と夢、夢と現実、そして現実と現実が交錯する館。
 「翔子ちゃん・・麗夜ちゃんと、奏都ちゃんには、奏芽ちゃんに会ったことは言わないで・・。お願い・・!」
 パタパタと数人の足音が聞こえてくる。
 翔子はあまりに必死な様子のもなに、ただ頷いてあげる事しか出来なかった・・。

    〈Bloody Town 学校編 前編 END〉


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 ■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

  3974/火宮 翔子/女性/23歳/ハンター兼フリーター

  NPC/片桐 もな/女性/16歳/現実世界の案内人兼ガンナー

  NPC/夢宮 麗夜/男性/18歳/現実への扉を開く者
  NPC/沖坂 奏都/男性/23歳/夢幻館の支配人 

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 ■         ライター通信          ■
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  いつもありがとう御座います!
  ライターの宮瀬です。
  Bloody Town 学校編【前編】いかがでしたでしょうか?
  パートナー選択がもなと言うことで、姉妹みたいになってしまいましたが・・。
  後編では奏芽との対決がメインになりそうです。
  それと、昔あった夢幻館での“事故”の事も・・・。
  もし宜しければ後編にもご参加ください。

  それでは、またどこかでお逢いしました時はよろしくお願いいたします。