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因幡恵美がスーパー三下に殺されてから
因幡恵美が、
スーパー三下に、
殺されてから。
世界の何が変わったのだろう、今日も雀は朝に鳴き、鴉が夕焼けを知らせてる。青い空に青い雨、狐の嫁入りだ、ああ、そんな、それさえ日常。
因幡恵美は殺されたのだけど、
それが随分と悲しい人も、たくさん居たのだけど。
畳の上で血溜まりになっていた。そこは、仏壇のある部屋。彼女と生きた彼女達に手を合わせる場所だった。
そういえばその人達も、S三下に殺されたんだっけ。
、
座敷童の居る家は栄え、
座敷童の消えた家は、没落する。
伝承通りと言えるのだろうか、この仕打ちが。けど確かにもうあやかし荘は存在しない、あるのは、無駄にでかい建物、何処か寂れてしまった建物、住居人もたくさん減って、もしここに地震が起きたら、いいえ、嵐如きで、こんな不思議な館も、
殺されそうな――
スーパー三下が、
因幡恵美を、
殺してから。
この異界の日々は、それと、三下は、何を思っているのか。
青い空に青い雨、狐の嫁入り。
◇◆◇
2489/橘・沙羅/女性/17歳/
異界の宿命で両親を殺され一人ぼっちで心を閉ざすが、壊れたように歌っていた歌に引き寄せられた人々に助けられ、元の優しい性格と融合。普段の癒しの歌の他、憎しみを込めて歌う事により、相手を殺す歌がある。
そして――
それは、歌を歌う少女である。
蒲公英の綿毛が辿り着くのが、醜く割れた子の死体であるこの世界を、
こんな世界が嘘であって欲しいと、
歌い、歌う、存在である。
だから、今も、
◇◆◇
今も、歌う。
憎しみに千切られた恋人の躯を、抱える恋人の前で。
歌っている。
◇◆◇
天上を仰ぎて歌声を奏でるゆえ、
青空から降る小雨を、沙羅は顔で受け止めている。目では見えぬ衣を織り上げるように両の手を前にたなびかせつつ、優しくも儚く、それでいてこの雨が降る空全てに、渡る鳥の翼が如く力強く。躯抱きて跪く人間、その前で歌う橘沙羅だ。ここに一人の画家が居れば、神話時代の絵画として、記録されたであろう出来事。
それは、橘沙羅が重ねてきた事だ。積んだ石のように、積んだ石のように。
それが彼女に、今、出来る事だった。
かつての自分が救われたように――かつての自分のような者を救う――
この世界が嘘だ、と、小さな部屋に閉じこもるよりも、彼女が選択した行動だった。だから今日も歌は歌われる、晴れの日も、雨の日も、その二つが交わる日にも。
そんな事をある日から続けて、暫くたった今日、歌が終わった瞬間、
目の前の恋人は唐突に言った。
「貴方の優しさはまるで、この人のようで」
……そう言われると、橘沙羅は嬉しそうににこりと笑う。
そして、そう、してから、
目前に笑顔が甦ってから、
「聞きたい事があるんですけど」
歌声じゃなくて人語で、もう一つ、今自分の出来る事。
「知っていませんか。私の歌よりも、もっと強く、強く」
それは、親友との思い出、
探してる、
「周りを癒す女の子の事」
◇◆◇
三年前まで――嘘が現実になる前その子とは
同じ制服を着た。即ち、学友だった。彼女の好奇心はあらゆる万象にも及ぶ、つまり、
「やっぱり……やめた方がいいんじゃぁ、きゃあ、ぬいぐるみが大きくなってッ!」
だとか、
「歌って欲しいのぉ? でも何の歌、……お、お化けを招く歌って、沙羅ちょっと遠慮したいなぁ」
だとか、
「えへへ、そんなに褒められたら」
だとか、
巻き込んで、またからかって、時に自分の恋心まで突っ込まれたりしたとかどうとか、とにもかくにも天真爛漫なその子で、けれど今その親友は、
怪異になっていた。
前、出会った、死者が生者の真似をする、渦巻きのような中で、彼女と沙羅は相対し、そして、
彼女の記憶に沙羅は居なく、また、
沙羅の記憶にも、彼女は居ない。正確には、
死を呼ぶ彼女は、彼女では無い。
……面影は、顔だけだった。容姿も、口調も、性格も、全て、全て、彼女では無くなっていた。それでも、
彼女の名前を歌も忘れて、沙羅は呼んだ。
姿見えぬ今も呼び続けているのは、彼女のことを追っているのは。
◇◆◇
躯を抱く恋人からは、何も漏れなかった、
歌歌いの放浪は、電車よりも自由に続く。と言っても目下の移動範囲は、被害が鬼のように激しい東京だけだけど。……ついこないだ、あの有名なアパートの管理人が殺されたらしい。能力者達の大きなねぐらだったそこの崩壊は、歴史に残されるような事件だった。こう刻まれている、殺したのはS三下という者。
その事を思い出して、そして、その事で悲しむ人が居るのかもしれないと考えて、
橘沙羅の足は、けして早くなく歩き始める、
時だった。
「貴方だね」
それは目の前から聞こえた。だが、
誰も居ない。
いくら目を凝らしても、誰も居ない。「え、あ、……え」
「……ごめんなさい、忘れていた」
透明な空気から脈々と流れるのは、自分と同じ身長から放たれるような女の子の声。だが口調は彼女のようにおっとりしてなく、まるで戦士のように。
そしてそれは、事実である。
――光学迷彩の纏を脱ぐ
そこに居たのは、
茂枝萌という一人の少女。
「……ッ!」
全くの無からの突然の登場。
おそらくは、初対面としては余りに印象付けられるこの状況に、橘沙羅の喉はいたずらに震えるだけである。落ち着くのは、驚かせた方の少女、
IO2所属、暗躍、NINJA、……茂枝萌。
そんな肩書きを目の前が知っているかどうかは彼女に興味は無く、彼女に興味があったのは、
狐の嫁入りは続いている。
◇◆◇
彼女の名前を呟いた。
◇◆◇
「……何か、知っているんですか!」
普段の彼女とはらしくなく、そう声で叫ぶ。すると茂枝萌はこう答える。
「それはこっちが聞きたい事だったんだけど、前の、ゾンビ事件の時に会ってるのよね?」
「……」
「……だけど、語れるような事は、何も無いか」
「……あの」
気になる事がある。だから聞く、「なんで、」彼女の名前「ちゃんの事」
それは、彼女がIO2だと考えれば、あの危険人物の情報を探るのは当たり前だと、そう聞くまでも無い事なのだけど、
世の中には、問わねば解らぬ事もある。
そこでまた一つ、
「え」
彼女の学友の名前が零れて。
「……約束したから、情報を与えるよう。でも、あの事件の時の事は、新しく入ってきた人に聞いてもわからないし」
でも詳しく聞けば、彼女の名前を呼ぶ歌う少女が居たって、「だから探して」
茂枝萌、
声が止まる。
それは青空からの雨に戸惑った訳では無い、それは随分前から降っている。S三下の凶行に震えた訳では無い。それは彼方の惨劇である。何故、
橘沙羅が、
泣いていたから。
これ以上無い笑顔で――
ああ、そうか、友達なんだ。
それが嬉しくて、生きていた事が嬉しくて。
この世界で、血に溺れるようなこの世界で、そんな理由で涙する少女を前にして、茂枝萌もそっと微笑む。
そして、手を伸ばした。
「え……、……あ、はい」
一瞬止めた笑顔、だけどすぐに差し出された手に自分の手を。握手。
「何時か……皆で出会える日が来るよ」
その時は、
「混ぜてとは言わない、遠くから、見せてもらう」
感情は表に出さない、だから、表情も崩さない、萌。
14歳の彼女を前にして、17歳から三年経って、
けれど、見た目も何も変わらない彼女は。
やはり笑って。
◇◆◇
雨が止んだ夜、彼女は孤独であろう。だけど、見えなくても、
友達が生きている事は――
橘沙羅の、何よりである。
◇◆ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ◆◇
2489/橘・沙羅/女性/17歳/女子高生
◇◆ ライター通信 ◆◇
遅刻して申し訳ありませんでした_| ̄|○
橘沙羅の生来の性格をいかしてほのぼのと、とあったのでその通り参りたかったのですが、技術不足かあまりそう仕上がらずすみません; 茂枝萌とのやりとりに含ませたかったのですが。
後例の方の情報を探る、とありましたが、その例の方は自分の管理外ですので、新事実はどうこうはできませんでした。ご了承ください。
今回は短文ですがこれにて。それでは。
[異界更新]
橘沙羅、茂枝萌とのコネクション成立。そしてもう一人の親友の生存と、自分と目的を同じなる事を知る。
勢力図に、【かつて同じ学校だった】追加。
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