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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


□■□■ 歌うジューンブライド ■□■□



 くるくると人形が踊る。
 陶器のドレスを揺らしながら踊る。
 踊りながら歌う。
 白いウェディングドレスを纏って歌う。



 寝惚けていたのか、いつの間にかいつもの通学路から外れてしまったらしい。笹倉小暮はぼんやりと頭を掻きながら、辺りを見回していた。様子はたまに通り掛る、と言うか迷い込む町の裏路地のようだが――知らない店が一つ、妙に目に止まった。
 古ぼけた外装、薄暗い店内。ショウウィンドウを見て、ああ、と気付く。そこでくるくると踊り続けている人形があるから、なんとなく目に付いたんだろう。

 窓の前に立って人形を見下ろすと、微かに音が響いているのが判った。音楽の時間は現国や古典の次に眠いと認定しているし、妙に教師に睨まれるから、あまりクラシックには詳しくない――つまり、曲は判らない。ぼぅっとしているとポップスに向かってバロックかと聞いてしまうタイプの彼は、ただぼんやりと人形を眺めていた。

 一時間ぐらい。

「綺麗なもんだろ?」
「…………」
「おーい」
「くか……」
「人の店の前で寝るんじゃないよ」
「……あいたー」

 ぺけ、軽く頭を叩かれた衝撃でガラスに額を強打し、彼は眼を覚ます。見れば背後にチャイナドレスを纏った女性が立っていた。長いキセルに口を付けて、ふぅっと色の付いた息を吐き出す。あまり好きではないそのニオイに少しだけ眉を顰め、小暮は彼女を見る。

「ったく、じっと見てるから客かと思ったんけどねぇ――あんた、この人形が気になるのかい?」
「んー……そういうわけじゃないんだけど、なんとなく見てた、ような……」
「曖昧だねぇ。その人形、土台にオルゴールが仕掛けてあってね。螺子を巻くと踊る仕組み――だったんだよ」

 過去形である。女性は溜息を吐き、片目を細めて人形を眺めた。ウィンドウの中でくるくる踊るそれからは、メロディーが絶えず流れている――が。
 普通オルゴールというものは、螺子が緩むに連れてそのペースを落としていくものだ。ゆったりゆったりと、そのリズムは常に変動し一定しない。だが、この人形は違う。一定の、曲にぴったりと合ったペースを維持しているのだ。四分の三拍子。そして、そのターンも、合わせられている。
 小暮もそれに気付いて、あれ、と首を傾げた。電源が繋がっている気配もないのだから、アナログに琴を弾くような仕掛けなのだろうに。んー、ぽりぽり、彼は痒くも無い頭を掻く。

「鳴り続けて止まないんだよ。別に迷惑は無いんだけれどね、気味悪がられて流されてきたのさ。ただ歌って踊ってるだけの花嫁さんなんて可愛いもんだと思うんだけれどねぇ――暇なら話してみるかい? ついでに踊り続ける意味なんてのを聞いてくれりゃ助かるね」

 人形が回る。土台に付けられた金属プレートには、作品タイトルなのだろう、『June Bride』と記されていた。
 ぱちん、と人形がウィンクをしてみせる。

 いやはや、こう誘われるとね。
 なんだか可愛いし。
 チャイナのお姉さんは怪しいけれど。

「んー……ちょっと、遊んでみたい、かもー?」

■□■□■

 通されたのは店の一室だった。雑多に積まれた人形や掛け軸の箱を見上げ、小暮はほへーと溜息を吐く。舞い上がった埃が鼻腔を刺激して、くしゃみが二つほど飛び出した。ずび、と指先で唾を拭うと、クスクス笑う声が聞こえる。どこからか、見渡しても、薄暗い部屋にはアンティークドール達がいるばかりである。
 まあ良いや、叩かれたわけでもないし。やはり埃がうっすらと積もった机の上にオルゴールを置けば、少しだけ音が大きくなったような気がした。机に接したことで音の反響が大きくなったのだろう、椅子に腰掛け、彼はぼんやりと音楽に耳を傾ける。

 陶器のドレスを翻し、人形は踊り続けていた。
 ただただ無心に、踊り続けている。
 金の巻き毛に青い瞳、白いドレスに淡い色彩。
 ああ、と、彼は小さく声を零す。
 そして、人形に微笑みかけた。

「花のワルツ、だっけー……結婚式でよく流れてる、よなー。うん……」

 人形は踊り続ける、回り続ける。さっきのようにウィンクをする気配も無い。うーん、これはなんだろう、マリッジブルーというやつなのかもしれない、もしかしたら。それとも、と彼は人形の足元を見たが、そこには白いハイヒールが見えた。赤い靴でもないらしい。いや、あの話は中々子供にはトラウマになるよなあ、靴屋に営業妨害で訴えられても良いんじゃないのかと思う――うねうねと思考がずれる。
 流れるのは綺麗な音楽、目の前には可愛い花嫁。踊り続けるその姿を眺め、ただ、眺め。ひたすらにそれを続ける。

 大体、そんな不思議能力なんて無いんだし。
 時間ぐらい止めれば、この曲も止まるのかもしれないけれど。そして時は動き出す?
 いくらなんでも、それはちょっとね――

 うとうとと意識が沈む、三拍子のワルツを頭の中に響かせながら、彼は眠りに落ちた。
 花嫁が、ぱちんと一瞬瞳を閉じた。

■□■□■

 花が降っている。自分が雨や雪であると勘違いでもしているように、そこでは花が降り注いでいた。暖色の洪水、花の絨毯、きゃらきゃらとした笑い声、そして、楽しげな結婚式。てんとう虫のサンバでも口ずさみたいが、場に流れているのは、ワルツだった。チャイコフスキー、花のワルツ。結婚式ではよく耳にするそれが、どこから響いているのか。空間全体に満ちている。
 青い空、暖かな太陽、綺麗な春の日の花畑の中。どう間違っても紛れ込めないような、それはメルヘンの世界。ロマンティック街道も真っ青のファンタジィ。アリスへの勝利宣言、ここに極まれり。

「……よく判んないけどそれは何か違う気がしたり」

 一人突っ込みをしてからぽりぽりと頭を掻き、ふわぁ、と小暮は辺りを見回した。夢と魔法のファンタジアだってこんなアトラクションは作れないだろうというほどの、正真正銘のメルヘンの世界である。足元には絨毯のように広がる花畑、だが虫の気配はまるで無い。やっぱりメルヘンだ。妙な所で場所の不可思議さを噛み締め、彼は、視線を巡らす。

 向こう側で、くるくると踊っている影が見えた。
 白いドレス、金の巻き毛、透けるベール。どこかでみたその様子は、オルゴールの人形と同じだった。くるくるくるくる、オルゴールは踊っているといっても土台に合わせて回っているだけだったが、こうして見ると、実に疲れそうだ。三拍子のリズムに合わせてステップを踏み続ける。
 しかも、一人で。

 空気に腕を掛けて誰かと踊るようにしているその姿に、小暮はゆっくりと近付いていった。
 肩に腕を乗せているのだろうその様子に、絶対疲れるなぁと感想を持つ。と言うか、ここは何処なんだろう。そこは突っ込んじゃいけないポイントなんだろうか、うーん、小さく唸ってみる。暫くそれを続けて、まぁ良いやと放り出してみたり。

 花嫁は不意にステップを止めて、振り向いた。
 小暮の存在を見止め、そして、口元に手を当てる。開いてしまった口を押さえる仕種、竦む肩。驚いた様子はすぐに満面の笑みで隠される。

「あらあらどうしましょう、あらあらお客様。あなた、テーブルの準備をして下さいな、私はお茶の用意をしますから」
「……ぁえ?」
「もう、そんなこと言わないで下さいな。まったく働いてくださらない旦那様なんですから。少しお待ちになって下さいね、私達いつも踊っていると時間を忘れてしまいますの。すぐにすぐにご用意いたしますわ、あなた、ポット持つの手伝ってくださいな」

 誰もいない。
 少なくともここにいるのは自分と花嫁だけで、彼女に『あなた』と呼ばれるべき存在は、どこにも居ない。だが彼女は空中に向けて言葉を発し、そして、ぱたぱたと花畑の中を駆け回る。何処からとも無く気付けば丸いテーブルが視界の端にあって、そこに彼女はクッキーやポットなどのアフタヌーンティー一式をあっという間に揃えてしまった。なるほど、英国製だったのか。
 立ちすくんでいる彼に、花嫁は椅子を引きながらにっこりと笑い掛ける。

「さあ、どうぞお掛け下さいな、お客様。まだまだ新妻で至らなくてごめんなさい? 何かご希望がありましたらすぐに用意いたしますわ、ねぇあなた? もう、新聞ばかり読んで」
「んー……なぁ、花嫁さんー?」
「はい、なんでしょうお客様? そういえばお名前を伺っておりませんでしたわね、失礼致しましたわ」
「あー、小暮……笹倉小暮って言うんだけどね」
「小暮さん、小暮さん。なんでしょう小暮さん?」
「誰と、話してるんだ?」

 花嫁は不思議そうに首を傾げる。
 にっこりと笑顔のままに。
 どうして、笑っているんだろう。
 一人っきりなのに。

「あらあら、私は旦那様とお話しているわよ? ねぇあなた、私達さっきからずぅっとここにいるわよね? 一緒にワルツを踊っているわ、ずぅっと一緒にいるの。ずぅっとずぅっと一緒にいるのよ?」
「いない、よ」
「いるわよ」
「いない」
「いるわ」
「……いないよ」

 笑ったままで花嫁が黙る、困ったように眉を寄せて。
 小暮は、テーブルに寄った。

「ほら。椅子が二つしかない、それは、誰かがいないってこと」
uそれは――ただ、二人掛けのテーブルを」
「俺には花嫁さんしか、見えないけど」
「わたしは――」

 笑顔が消える。
 小暮は、テーブルに置かれた大皿からクッキーを一枚取った。
 それを、花嫁の口元に当てる。

「、? ぁむ?」
「んー、踊りすぎて……疲れたんだとおもう、から? そういう時は甘いものを食べるのが良い……そんな気分の時もある」
「え、ぇと」
「まあ、座って、世間話でも……?」

 引かれた椅子に花嫁をぽすんっと座らせる、クッキーを手で支えて、花嫁はクスリと小さく笑った。少し泣きそうな顔だったが、小暮は、なんとなく自分も笑ってみせる。
 ワルツは流れ続けていた。

■□■□■

「私とあの人は、対で作られたの」
「……お婿さん?」
「ええ。すらっとした長身でね、私、いつもあの人とワルツを踊るのが大変だったの。肩に手を置かなきゃいけないのだけれど、そうすると私の腕が疲れてしまって」

 くすくす、笑いながら彼女はティーカップに口を付けた。砂糖を入れないで紅茶を飲んでいる、やっぱりイギリス人は違う。そんな事を思いながら、彼は角砂糖を二つ自分のカップに入れた。銀色のスプーンがそれを溶かしていく、降り注ぐ花びらの一枚が落ちる。中々、風情があった。
 両手でカップを持って一口含み、花嫁は少し愁いを帯びた様子を見せる。それでも空っぽの顔で笑っているよりはよほど良い、小暮は手を伸ばしてクッキーを齧った。手作りらしく少し不恰好ではあったけれど、ひどく、優しい味がした。

「一緒に作られて、買われた時も勿論一緒だったわ。持ち主さんは私達のこと大事にしてくれた、埃が堪らないように戸棚にしまってくれたし、こまめに掃除もしてくれた。たまに螺子を巻いて、私達を一緒に躍らせてくれたわ。だけど――」
「だけど?」
「……その人、亡くなってしまってね。私達、別れさせられちゃった」

 ぺろり、舌を出して見せる姿と苦笑。

「子供二人に分けられてね。価値のあるものだから、って。私達の作り主さん、有名な人だったみたいで、財産分与ということになったみたい。それ以来あの人にずっと会えなくて、寂しくて」
「誤魔化すために、踊ってたのか」
「そう、ね。ふふ、あの人と踊っていても踊っていなくても、結局腕が疲れちゃった。案外空気って、良いパートナーなのかもしれないわね」

 くすくす笑う、くすくすくすくす。
 寂しそうな微笑。
 うーん、小暮は、小さく唸った。

「……学校の制服って、冠婚葬祭使えるんだよ、なー」
「え?」
「学ランとブレザーってどっちが見た目良いもんなのかな……むしろ学ランって何の略なのか気になるところ、うん、去年辺りから」
「あの――小暮、さん?」
「タキシードでなくて良いならさ」

 立ち上がって彼女に手を伸ばす。
 小暮は、にこりと笑って見せた。

「踊らない?」
「――――」
「ちなみに経験は、オクラホマミキサーのみだったりする」
「ッ、二人でフォークダンスなんて出来ないわよ、あははっ!」

■□■□■

 転びかけたり、足を踏んでしまったり。
 間違えたり、巻き添えにしたり。

「ワルツはね、社交ダンスでは初歩のものなの。だから、これが出来れば何とかなるわ」
「んー、なんとかー……」
「そうそう。結婚式で花嫁さんと一緒に踊れたら、きっと素敵よ?」
「今のところ相手はいなかったり、だけどなー」
「ふふ、いつか見付かるわよ。それにしても貴方の背の高さ、あの人と同じぐらいで――なんだか懐かしくなっちゃうわ」
「んー……少しでも淋しくなくなったらいい、かもー?」
「そうね。そしたら、少し休んでみるのも良いかも」
「疲れちゃったー?」
「そうね、待ち疲れちゃったわ」

 くすくすくす。
 少しずつ滑らかになるステップ。
 踊りだす自分達。
 花嫁は楽しそうに笑う。

「あー」
「え、なぁに?」
「浮気は犯罪だから……俺に惚れちゃ駄目、ねー」
「ッあは、貴方ってとっても面白いわねっ」

■□■□■

「まんじゅうこわい……」

 はっ。
 涎を拭いて辺りを見回し、小暮はそこがまだ店内の一室だということを確認する。随分長く眠ってしまったらしいが、時間はどうだろうか。窓が戸棚で塞がれていては外の様子も判らない、携帯電話をポケットから探すが、見当たらなかった。また学校に忘れたのだろうか、まあ、よくやることだ。

 気付いて目の前のオルゴールを見る。
 それは、止まっていた。
 音も、動きも、停止していた。
 螺子が切れて、いた。

「……ま、いっか」
「何がだい?」
「ぅわぁ」

 ドアを開けて佇んでいたのはチャイナドレスの女性だった。やはりキセルを指先に持って、くるくると回している。ヒールを鳴らしながら近付き、机の上のオルゴールを覗き込む。煙草のニオイに眉を顰めると、女性はふぅんと息を吐いて見せた。

「ご苦労さん、これで売りに出せるよ」
「んー……」
「この対の人形を持ってる人間を見つけたんだけどね、鳴り続けてる曰くありげな人形じゃ吹っかけるわけにもいかないだろ? ふふ、助かったよ、お兄さん」
「……笹倉。笹倉小暮……」
「ふぅん? あたしは蓮だよ、碧摩蓮。まあ、またこの店を見付ける事があったら寄っとくれよ。何か面白そうな品物用意して待ってるからさあ」

 夕焼けで照らされた路地に出る。店の看板を見上げ。小暮は呟いた。

「アンティークショップ、レン……かぁ」

 まあ、またご縁があったら。
 会いましょう。
 花嫁さん。



■□■□■ 参加PC一覧 ■□■□■

0990 / 笹倉小暮 / 十七歳 / 男性 /  高校生

■□■□■ ライター戯言 ■□■□■

 初めましてこんにちは、この度はご依頼頂きありがとうございました、ライターの哉色です。マイペースで宇宙人という楽しげな設定だったので、こんなんで大丈夫かなーと不安交じりなのですが、如何でしょうか……。レン初めて設定とのことで、このようなストーリーになりました。少しでもお楽しみ頂けていれば幸いです。それでは失礼致しますっ。