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<PCシナリオノベル(シングル)>


罪が支払う報酬

 日常では先ず有り得ない、画面越しでない銃撃戦にライヴで出会したら、行動派のあなたならTVカメラを探しつつ携帯の動画で撮影したろうし、穏健派のあなたなら係わり合いになるまいと違う道を選び、慎重派のあなたなら取り敢えず国家権力に任せようと110番に連絡をするだろう。
 しかしその三択の中に選択肢のなかった直弘榎真は、ビルの壁に強く背をぶつけて咄嗟、口を突きそうになった呼び掛けを音高く片手で顔の下半分を覆って必死で封じる。
 等間隔に並ぶ街灯が作り出す光りの輪に切り取られたアスファルトに、跳弾が赤く火花を散らし、それを踊るように軽い足取りで避けてひらと黒のロングコートをさばく黒髪の後ろ姿は、名を交わした仲にピュン・フーと知る……どこか同種の香のする青年の姿と見覚ゆ。
「ピュンタンが……ッ」
手の下でも押さえられない声をもごもごと籠もった音にして、榎真は信じ難い、と嘆きの心情にほろほろと涙を零した……ように見えるが、思いっきり叩いてしまった口がとても痛かっただけである。
「893だったなんて!」
まぁ折角滲んだ涙なので。
 ぎゅっと目を瞑って絞るように眦から零してショッキングな事実を示す小道具にし、よよと小指を立てて泣き崩れて見ても、如何せん、人気皆無の深夜のオフィス街、ギャラリーもない中では少し寂しい一人遊びだ。
 そのまま壁に縋っておよそ三秒……気が済んだ榎真はよし、と軽い気合いを入れてこそこそとビルの間の路地から様子を伺う。
 跳弾に追われるように見せても軽やかな足取りは遊んでいるようにしか見えず、確かに敵意を込めて銃撃を浴びせている男達……見るからに高級な黒光りする外車を盾に、こちらも見事に黒尽くめの二人組、交互に弾丸の補填と射撃とを繰り返している様子に慣れを感じさせる。
「やっぱりピュンタンは危ない奴だったのか……」
やの付く自由業の方々との攻防としか見えず、榎真はしみじみと己の第一印象の正しさを納得する。
 この際、自らが胸に触るという痴漢行為を働いた事実は棚の更に上、忘却のはるか彼方に放り投げておく。
「組抜けに失敗すると、あぁいう世界の報復ってスゴイって言うもんな……あんなコトや…こんなコト……あぁぁ、なんて恐ろしいッ!」
誰がどんなコトを言っていたかは知らないが、脳裏にめくるめいた映像に怖気を走らせた榎真は、その想像をがしがしと頭を掻いて追い払うと、胸の前に片拳を握って凛と背を張った。
「男、直弘榎真。父さん母さん妹犬猫フェレット……そして可愛い恋人に顔向け出来ないような真似は決して致しません」
特定多数に向けての宣言……最後の一名には僅かな恥じらいと誇りを込めて、若者らしく前向きに。
「身内に類が及ぶような事態には、首を突っ込みませんとも決して!」
力の限り後退して、榎真は係わり合いになるまいとそのまま現場から逃亡を謀る。
 相手方は榎真の存在に欠片も気付いていないのだが、もしも見咎められた時に顔を隠す為と、それから多少の後ろめたさ、から肩掛けの荷物の中からずるずると引っ張り出したマフラーを首に巻き、顎を埋めて……ふと気付く。
 この長大な毛糸で形作られた布で顔を隠せば、顔も割れまい。
「この前はこの前で一方的に帰られちまったしな……」
多少の義理と多大な興味。不意の思いつきにわくわくと、榎真は再びビル影から路上を覗いて進展に見られぬ事態にうんと大きく頷いて口までをマフラーに埋めた。
「悪の道からの更生をすすめるのも、人の道だよな」
などと愛宕十三天狗・橘に類する身で呟いて。
 榎真は出来るだけ気取られぬように近付く為に、道を探して小路の奥へと駆け出した。


「止めるんだ893共!」
シュピィーン!と、何処からともなく効果音が聞こえてきそうに格好イイ制止に、路上で銃撃戦に興じていた面々は、手を止めて思わず声の方向を見た。
 声は歩道橋の上……交差点の向こうに少々距離を有して、階段上に決めポーズを取るのは我等が榎真、とは一見して解らない頭だけを水色のマフラーでぐるぐる巻きにし、後頭部できゅっと結んだ両端がリボンのように端のフリンジを揺らめかせるのがちょっとお洒落、な出来損ないのミイラ男が其処にいた。
「自治体の皆様による暴力団追放キャンペーンに絶賛協賛中! 弱い者イジメは許さないぞ……ってアレ?」
移動の間の事態に何やら進展があった模様で……こちらに背を向ける形で黒服の男の内、一人を捕獲しているのはピュン・フーである。
 傍目にもぐったりと意識を失っている黒服の首を腕で抱えて支え、手にした銀色の刃物を押しつけて脅しているのは、遠目とはいえどう見ても榎真が力を貸そうしている彼だ。
「アンタ誰?」
肩越しにこちらを見たピュン・フーの他人行儀な言に、それはあまりにも甲斐がないと一瞬むっとした榎真だが、顔を隠していれば当然な事実に思い至ると同時になんと名乗ればいいかまでは考えていなかった後先のない己の行動に逡巡する。
「ま、マフラー仮面だ!」
そして咄嗟に名乗った、明らかな詐称と解る身分は、当人乍ら頬に血が上る程に有り得ない代物だった。
「へぇ〜……」
ピュン・フーが上げた感心の、声の後に然したるコメントがつかない微妙な沈黙もまた痛い。
 けれども、黒服の男は裏街道の人間にしては存外に真面目なようで、榎真の名乗りに動じる事なく……若しくは大いなる努力に拠って無視して、更なる誰何を放つ。
「お前も『虚無の境界』のメンバーか?!」
牽制するように銃を向けていたもう一人の、どうやら組の名称と思しきそれは建築業界のそれと相似する組織の名前とは別物らしい上、手助けをしようとしていたピュン・フーこそが悪役のようで、予想外の方向にごろごろと転がる事態に、榎真はおろおろと両者を見比べる。
「え、え〜と、めいあいへるぷゆー?」
当惑の限りに、言語圏から崩壊した闖入者に哀れを覚えたのか、黒服は銃口を仲間を捉えたピュン・フーに向けたまま、榎真を促す。
「違うのならば早く行け。他言しなければ、今後の生活に支障はない」
他言したくもアリマセン、と恥ずかしさにそのまますごすごと退こうとした榎真を、他ならぬピュン・フーが引き止める。
「折角あぁ言ってくれてんだから、手ェ貸して貰ったらいいじゃん。いいぜ? 纏めてかかって来いよ」
挑発的に口の端を上げて黒服と、そして榎真……基、マフラー仮面を立てた人差し指をくいと曲げて招くのに、今更違うとも言えずに煩悶する榎真を無視して、盾に取られた仲間に黒服は歯噛みする。
「そんな難しく考えなくたって、クスリくれって言ってるだけだろ? コイツ殉職させちまうよか、始末書一枚のが安く済むと思うケド」
人の命と物品とを秤にかけて恐喝を励行しているピュン・フーの所業にどちらが悪かは決定的で、榎真は頭を抱えてその場に座り込んだ。
「組織に反した時点で、ジーン・キャリアのお前の寿命は尽きたも同然だ。それを見苦しく長らえようとする位なら、素直に飼われていればよかったろうに、よりによって『虚無の境界』に与するなど……!」
膠着する事態に口惜しげに歯噛みして、悪意に満ちた黒服の言にピュン・フーと軽く肩を竦めた。
「……あのさぁ、このままこうしてても仕方ねーだろ? どうしてもヤだってんなら、殺して貰ってくケド」
脅しとは思えない軽い口調で言い切った、ピュン・フーの気配が変わる。
 立ち並ぶ街灯に薄く、長く、濃く、短く。ピュン・フーの足下に放射状に伸びる足下、その影から薄く冷気が立ち上り白い霧となって地にたなびく……その黒革のコートの背がメキリと音を立てて迫り上がり、生地を破って一対の皮翼が拡がった。
 同時、ザワ、と動く空気に榎真は走る悪寒に目元だけを覗かせていたマフラーの口元を手を入れて思わず叫ぶ。
「ピュンタン!」
「ピュンタンゆーな!」
打って響くように異論を唱えて、榎真を振り向いたピュン・フーに好機と見てか、黒服が手にした銃が火を吹いた。
 榎真は瞬目の間を与えずに、腕を薙いだ。一陣、生まれた風は彼の眷属。
 太刀風の如き鋭さで以て放たれた空の刃は狙いを違えず、放たされた銃弾を弾いてそのまま黒服へと向かうに榎真は薙いだ腕の先、手刀を形作っていた手を拳に握り込む。
 形無き鋭さを保っていた風は、榎真の意に形を変えて空気の塊となって黒服を弾き飛ばした。
「あぁぁ、やってしまった……」
どちらが正義なんだか悪なんだか。
 ピュン・フーは抱えていた黒服を無情に放り投げて、がくりとその場に膝と両手を付いた榎真の心中を読んだかのような言質を吐いた。
「最期に立ってた方が正しいって、世界の歴史が証明してっだろ?」
少なくとも、この場での勝者はピュン・フーただ一人だけのようである。


「自首しよう、ピュンタン!」
歩道橋から駆け下りた榎真は、飛びつく勢いでピュン・フーに鼻息荒く訴えた。
 とはいえ、呼吸はマフラーでぐるぐる巻きにした間からで否応なく息苦しく、走ったのも手伝って荒いだけである。
 当初の榎真の視界からは死角になっていた位置、電柱に突っ込んで前面が大破した高級外車のトランクから、銀色のアタッシュケースを引っ張り出していたピュン・フーは、しげしげと、マフラーの間から覗く榎真の目を見た。
「覚醒剤で人間辞めるなんてナンセンスだ! 俺がついてってあげるから情状酌量の余地にねじ込んでお天道様の下を大手を振って歩こう!」
「イヤ、普通人間に皮翼は生えねーし……アンタと一緒に歩くのはちょっと勘弁」
片手を振って一歩退く、ピュン・フーの辞退は当然の反応だ……ピュン・フーの黒尽くめも不審と言えば不審だが、今の榎真の……マフラー仮面の様相とは不審の種類が違う。一緒に警察に出頭すれば先ず拘束されるのは榎真に違いない。
 だが、更生を勧めるのに一生懸命なあまり自分の風貌はキレイさっぱりと忘れている榎真は退かれた分だけ更に足を踏み出した。
「ピュンタン!」
訴えかける声音で必死に呼ぶ名に、ピュン・フーは榎真に向けて腕を突き出した。
 ピュン・フーの唐突な動きに、痛みを予測して榎真は目を瞑ったが、予想と違って後頭部を……正確には後頭部で結んだマフラーの端を強く引かれて独楽回しよろしく、片足を支点にくるりと回る。
「あぁ〜〜れぇ〜〜……ッ!」
思わずそう叫んでしまうのは、日本人のデフォルトな仕様である。
 目を回して横座りにアスファルトの上にへたり込んだ榎真の前に、ピュン・フーはひょいと屈み込んでその鼻を抓んだ。
「ピュ・ン・タ・ン、ゆーな」
言葉を切る毎に抓んだ鼻を左右に引かれて榎真は「痛てて」と声を上げる。
「解った! 解りました、もう言いませんピュン・フー様!」
「様も不要」
必死の榎真の言に、更にダメ押しをして漸く指が離れるのに、榎真は涙目で恨めしくピュン・フーを見上げた。
「でも覚醒剤はホントにダメだかんな、ピュン・フー。ホラ、なんだったら覚醒剤のルートとか売人とかさ、そういった情報流して警察に守って貰うとかしたらいいだろ?」
追求を忘れたワケではない榎真に、ピュン・フーは楽しげに笑みを浮かべて今度は榎真の額をピンを弾いた。
 榎真が文句を言うより早く、ピュン・フーはアタッシュケースの底を掌で支え、パチパチと留め金を外して中身を榎真に示して見せた……緩衝材の中に並ぶ小さな筒状の注射器は、赤く透明な薬剤の色に紅玉を並べたようだ。
 思っていた、白い粉とは別の代物だったが、それでも疑念を拭えずに榎真は首を傾げた。
「新種の覚醒剤?」
「覚醒剤じゃねーよ、抑制剤。この薬使わねェと、死ぬんだよ、俺」
その言葉はあまりにあっけらかんとしていて真実味が薄く、冗談かと手を上下に振って笑いかける榎真に、ピュン・フーは語調も、笑みすら変えずに続ける。
「ジーン・キャリアっつって、バケモンの遺伝子を後天的に組み込んでっから、爪生えたり皮翼生えたりすんだけど。定期的にこの薬がねーと吸血鬼遺伝子が身体ん中でおいたを始めるんで、命がヤバいワケ。んでも『虚無の境界』っんー敵対組織に走ってみたら、薬貰えなくなっちまってなー」
具体的な説明に、榎真は笑いを収めた。
「ちょっと待てよ、ピュン・フー。それじゃ……」
「……信じた?」
ちょいと、指でずらしたサングラスに赤い瞳を覗かせてにやりと、悪戯っぽく笑いを深めたピュン・フーの頭を、榎真は強かに殴りつけた。