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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


君が幸せになる理由を数え連ねてみた


 ――プロローグ
 
 あたたかい陽だまりの中に、俺達は立っている。
 見渡す限りの黄色いタンポポが、さわさわと揺れていた。黄緑色の絵の具を引っくり返したみたいな景色に、黄色があちこちに映えている。そこにはもちろん、君がいて、君はタンポポをちぎるのに少しだけ戸惑ってから、タンポポの冠を作り出す。
 俺はその光景をぼんやりと眺めながら、春色に染まったやわらかい空色を見上げる。空はパステル鉛筆で描いたように不透明で、白い雲がちらほらと浮かんでいた。
 この丘の上からは君の好きな海がどこまでも見えて、海と空は混じっている。おだやかな風が丘を駆け抜け、君のスカートと俺の髪の毛を持っていく。もう一度空を見上げると、飛行機雲が走っていった。土と草の混じった少し泥臭い匂いが、草木からは立ち昇っていた。生命の脈動する香りだった。
 再び風が吹いて、呼ばれた気がして振り返るとそこには大きな桜の木が立っている。
 桜はまだ八部咲きで、桃色だった。はらはらと舞い落ちる白い花びらが、俺の足元まで飛んでくる。俺は一枚花びらを拾って、口に当ててピュウと吹いた。花笛は頓狂な音を立てて鳴り響き、おかしそうに君は笑う。
 俺もまたクスクスと笑い出しながら、丘の上をに目を投げる。
「雛太さん」
 君は俺の名を呼んで、黄色いタンポポの冠をかぶりながらふわりと笑う。
 白いブラウスに黄色いワンピースを着た君は、まるでタンポポみたいに可愛らしい。スカートはゆっくりと上下する。ゆるやかな曲線を描くスカートは見事だった。
「こんなキレイなところがあるなんて」
 微笑んだ君のえくぼに、俺もつい笑って答えた。
「お前しか連れて来てねぇよ」
 くすぐったそうに、タンポポが揺れる。あたたかい太陽が丘には降り注いでいる。今この風景を俺は閉じ込めたいと思う。

 ――エピソード
 
 雪森邸では、今夕飯作りが行われている。
 普段はこういったことはない。雪森家の住人二人は、交互で食事の当番をしていたし、何より家主である雛太ときたら、家で飯を食べる機会が少ない生活をしていた。
 だからこういったことは希だ。
 着流しにチャンチャンコを羽織った雛太とスイは、広い台所にいた。
 雛太は真ん中に置かれたテーブルの前にかけていた。目の前にあるボールの中へ、食パンを千切っては捨てている。それをまた千切る。パン粉を作っているらしい。
 スイは雛太に背を向けて包丁を握っていた。ザックザックと野菜の切れる音がする。タンタンタンとまな板が鳴る。三つあるコンロの一つにかけられた鍋が、プシューと沸騰していた。
「夕飯作らねえか」
 雛太がタイピングソフト新撰組に夢中になっているスイに告げたのは、約十分前だった。まだ池田屋事変だった。スイはその面でゲームオーバーを向かえるまでキーボードを打ち、満身創痍で台所へ立った。
「何を作るんだ」
 スイが当たり前のことを聞くと、雛太は狼狽したように手を振った。
「え、いや、なんでも」
「この間白米の上にプリンとカラスミとニンニクをたっぷりのせたものが、とても美味そうだったんだが」
 彼女はそう言って、口許を上げた。笑ったのだ。
「……それは料理じゃねえ!」
 雛太はスイに人差し指を突きつけて断言した。
「ハンバーグだ、ハンバーグ作るぞ」
「それならそうとはじめから言え」
 というわけで、雛太はパンを千切っている。
 スイは味噌汁の具のジャガイモを刻んでいる。
「お前東京来ていいことあったか?」
 山になりだしたパンを眺めながら雛太がぽつりと聞くと、スイはまな板を持って鍋の蓋を開け中にジャガイモを放り込んだ。
「いいこと? 数えたことはないが」
 雛太は自分の手元を見る。パンが千切れていくだけだ。
 スイは玉ねぎを持ってゴミ箱に屈みこんだ。彼女はスラスラと皮を剥いていく。
「どこへ行っても悪いことばかりじゃない、世界が広がるからな」
 彼女は言って三つ玉ねぎを剥いてしまった。
「この半年色々あっただろ」
 雛太は当てもなく頭に浮かんだことを口にする。色々に込められた趣旨を理解せず、スイはただ言葉のままうなずく。
「ああ」
「アホなもんも見たし、ヤバイ目にもあったし」
 幸せの狭間も垣間見たし、楽しいこともあったし。
 よくわからない。このまま人生は過ぎていくのだろうと思うし、どの場所にいてもそれらのことは起こりうることなのだとも思う。
 ただ自分はとても受動的に生きてきたので、何もかもが勝手に起こった様々な事件に巻き込まれただけだった。そう思うと口惜しいような、そんな気持ちになる。
 それはつまり自分のキャパシティーがいつも事件に対して大きくなく、雛太はいつも振り回されてばかりだった。圧倒的な力や圧倒的な知識の前に、唖然としてきた。別にそれはいい。人それぞれなのだから。……そう、割り切れない自分がいるのも確かだ。
 たぶん、草間・零がいるからだ。
 彼女は幸せに手を伸ばさない。誰よりも強いのに、誰も傷つけない。
 彼女の所持するのはとても受動的な幸せの形で、きっと幸せにはもっと色々な形があって、能動的に積極的にもっともっと幸せも不幸せも涙も笑いも表現していっていいものなのだけれど、彼女にはそれだけの……経験という名の力がない。
 たぶん、言葉で言っても彼女は笑うだけだろう。困った顔で。
「そんでさ、ちょっとそこまでぶらっと出ようと思う」
「ほう」
「まあ、きっと帰ってくるからさ」
 本当なら君を連れて行って、山ほどの景色を見せてあげて、世界は全部君のものだと教えてあげたい。君の世界はまだまっ白で、未来はどこまでも続いていくのだから。
 草間・零は未知の人間である。
 どうやって触っていいのかわからない。雛太はいつも、ただ苦笑をすることしかできない。
 あんなにかわいいのに。あんなに優しいのに。あんなに柔らかいのに。
 彼女はそれでも未知の人間なのだ。人間ではないかもしれないが、彼女の媒体は人体なのだからやはり人間だし、彼女は生きていて彼女は考えていて、自分と同じようにきっと悩むのだから人間でいいのだ。
「……そうか、それもまた、薩長かな」
「そこは一興だろ。薩長じゃ、坂本竜馬が出てくるだろうが」
 スイはさっと台所を横切って、どこかへ走っていってしまった。声が少し涙声だったのを察して、雛太は驚く。
 彼女はすぐにタオルを片手に戻ってきて、目元を拭いながら言った。
「お前が決めたことだ。私は……まあ適当にやる」
 スンと鼻を鳴らしたスイにつられ、感動しそうになった雛太はまな板の上に視線を投げた。
 そこには、玉ねぎがみじん切りにしてあった。
 ……そうか、そういうオチだよな。わかってたんだ、そんなこと。
 雛太は感動の涙を引っ込めて、冷ややかな目でスイを見つめた。スイは目元を押さえながら上を向き「キョーレツだ」などとつぶやきながら、雛太へおざなりな口調で言った。
「本当なら煎餅つきで送り出したいところだが、懐に余裕がない。悪いな」
「センベツだ、餞別」
 二人はしらけた顔でそんな会話を交わしてから、ひき肉にパン粉とタマゴと玉ねぎを入れてこね始めた。
「私がこちらへ飛んできた以来だな」
 スイはジャガイモの鍋へ味噌を突っ込みながら言った。
「こうして一緒に料理をするのは」
 クスクス笑いながらスイがケチャップを手に取った。雛太は必死で捏ねていた肉から目を上げて、大慌てで叫んだ。
「おい、それケチャップ!」
 しかしスイは止まらない。ドボドボドボと味噌汁の中にケチャップは吸い込まれていった。今朝飲んだ味噌汁の味を思い出し、雛太は青くなった。味噌が変わったのではない。ケチャップが入っていたのだ。
 愕然である。
 そんな雛太を振り返って、スイは素知らぬ顔で言った。
「おい、もう丸めろ」
 言われて渋々と雛太が肉を丸めはじめたとき、裏戸がトントン叩かれた。スイと雛太は目を合わせて首を傾げる。
「すいません、草間興信所の零です」
 雛太が慌てて出ようと足を出し、手が汚れているのを思い出してスイを見上げた。スイはうむとうなずいて、裏戸へ降りてドアを開ける。開けたドアから木枯らしが舞い込んで、雛太は身をすくめた。
「こんばんは」
 零が顔を出す。
「ああ、寒いだろう、中へ入れ」
 スイが身を引くと、彼女は両手で鍋を持って中へ入ってきた。茶色いチェックのダッフルコートに、膝丈の赤いスカートをはいている。
「今日は興信所でトン汁パーティーだったんです、雛太さん来られなかったから」
 寝耳に水である。
「なんだそれ、聞いてねえぞ」
 雛太が言うと、零は目をくるりと回して言った。
「お兄さんが雛太さんの携帯に電話したところ、こっぴどく断られたそうです。おすそ分けも止められたんですよ。お兄さんったら、大人気ない」
 ……そんな記憶があるような、ないような。
 今は一大決心の時だったのだ。あのうだつのあがらない探偵に関わっている場合ではなかった。
「ちょうど、パンバーグを作っていたところだ。食べていくといい」
「ハンバーグだ」
 零が会釈をしてから台所へ入る。頬が寒さに赤くなっていた。
「トン汁が来たんなら、ケチャップ入りの味噌汁はいらねえなあ」
 雛太はつぶやいてハンバーグを丸く固めた。
 零は台所の椅子に座り、ニコニコと人形のように笑いながら雛太達の背を見ていた。雛太は手を洗ってからトン汁を火にかけ、零の前に立った。
「俺、ちょっといなくなるけど、心配いらないから」
「そうなんですか」
 きょとんとした顔で零が目を丸くする。
「ちょっと、ヤボ用」
 なんとも言うことが見あたらず雛太が言うと、零はいつも通りでも雛太にとってはいつも以上の笑顔で答えた。
「行ってらっしゃい。早く、帰ってきてくださいね」
 ジュウジュウと後ろでハンバーグが焼けている。
 雛太はなぜだか泣き出したくなって、それでももちろんそれは我慢して、同じように笑い返した。


 ――エピローグ
 
 このタンポポと桜の見える丘は、俺の想い出を閉じ込めておく記憶の一端とでも言えばいいだろうか。そこには君と俺と、タンポポと桜と海と空とおだやかな風があって、君はその全てに愛されて生きている。これはずっと変わらないことで、きっと変わらないことで、君がいつまでもここをキレイだと思うように、俺はここに淀みがないようにしようと思う。
 君はいつでもここにいて、俺はいつでもここにいる。
 誰も知らない秘密の場所に、君を招待したのは、いつか君が世界で一番の幸せを手に入れるように俺が祈っている証だ。


 ――end
 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2254/雪森・雛太(ゆきもり・ひなた)/男性/23/大学生】
【3304/雪森・スイ(ゆきもり・すい)/女性/128/シャーマン/シーフ】

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■         ライター通信          ■
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君が幸せになる理由を数え連ねてみた をお送りしました。
ボケ等甘くはないかとドキドキです。喜んでいただければ幸いです。

文ふやか