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黄昏は笑う〜現〜
●序
ゆらゆらと漂う事しか出来なくて、ゆっくりと沈んでいく事しか分からなかった。
草間興信所に、一人の少年が現れた。高梨・智弘（たかなし ともひろ）と名乗る小学校６年生の少年は、プリントアウトされた一枚の紙を草間に差し出した。その紙には二人の少年の絵があった。どちらも同じような顔をしているのだが、右側は正統派ファンタジーといった剣士で、左側はおどろおどろしい装備をした剣士であった。
「……何だ、これ」
「右が僕のキャラ、左が昭二のキャラなんだけど。あ、昭二って木原・昭二（きはら しょうじ）ね」
「そうじゃなくて。これ、ゲームのキャラクターだろう？」
「そうだよ。現夢世（げんむせ）っていうネットゲーム。知ってるでしょ？社会現象になるんじゃないかって言われてるんだしさ」
「そりゃ、知っているがな」
草間は苦い顔で答える。プレイヤー登録も、遊ぶ為のツールダウンロードも、用意されたイベントへのアクセスも、全てが無料である。自分の視点で進み、様々な場所で起こる出来事を体験できたり解決できたりするという、自由度の高い世界性と、やりこみ要素の高いゲーム性。無限に広がる多彩なイベント。リアルに進んでいく時間等のシステムで人気が高い。一つのイベントに、特定の人数しかアクセスできないのも大きな特徴だ。だが、結局誰が作っているのかは未だに不明である。
「僕ら、同じキャラで登録したんだよ。あ、微妙にオプションとか配分とかは変えてるけどさ。そこが個性ってやつだね」
「そんなんはどうでもいいんだが……」
草間がそう言うと、智弘は顔を曇らせながらじっと紙を見つめた。
「ある日突然、昭二のキャラはこんな風になったんだ。最初は呪いにかかってるんだと思った。だから、昭二に聞いたんだ。でも、昭二は……」
つまりは、昭二のキャラクターが呪いにかかったように変になったのと同じくして、昭二自身も変になったというのである。明るい性格だった昭二が、突如冷たく暗くなったのだという。最近では学校にも来ず、ゲーム上で会うだけであり、ゲーム上で話しかけても無視されているのだとも。
「同時だぜ？変だろ、絶対。何かあったんだって。昭二自身に、何か変なことがあったんだよ！」
草間は後頭部をがしがしと掻きながら、大きく溜息をつく。
「で、その昭二君とやらが変になる要因とか……そういう変化はなかったのか？」
「そういえば……あいつの親、離婚するかもって言ってたかも。でも、そんなんが関係あるのか？」
不思議そうに尋ねると、草間は苦笑する。
「あることが多いんだよ。……で、調査料は？」
「子どもにそういう事言うかな。……これじゃ、駄目か？」
智弘はポケットから、小銭をじゃらりと取り出して机の上に置いた。総額６００円。草間はそれをじっと見ていたが、やがて大きな溜息をつく。
「一応、調査員に聞いてみてやるよ。興味だけで動いてくれる連中が、いるかもしれないからな」
草間の返答に、智弘は大きく頷いたのだった。
●契機
簡単な事だった。沈む事は、身を委ねればいいだけだったから。ただ、それだけだったから。
草間興信所に、６人の男女が集合していた。各々が神妙な顔をしてプリントアウトされている二枚の紙を見つめていた。皆の手元にはケーキが置かれていたが、それをまぐまぐと食べているのはマリオン・バーガンディ（まりおん がーばんでぃ）だけであった。
「僕、ゲームとか好きだから、のめり込むのも判るんですけど……」
マリオンはそう言いながら、金の目で紙を見つめた。さらりと揺れる黒髪を気にする風はなく、ただ呪いにかかったような昭二のキャラクターを見ている。群青の瞳に、真っ黒な髪。装備は恐ろしい印象を受け、手にしている剣はごつごつとして不気味だ。
「ただ、のめり込みすぎてネットでの自分と現実での自分の境界が、曖昧になっているのかもしれませんね」
マリオンの言葉を受け、セレスティ・カーニンガム（せれすてぃ かーにんがむ）はそう言った。軽くウェーブがかった銀の髪から覗く青の目は、皆と紙を交互に見ている。
「俺もこのゲーム、現夢世のプレイヤーなんだが……こういった装備は見たことも聞いたこともないな」
不動・尊（ふどう たかし）は興味深そうにそう言った。黒の目をじっと紙に落とし、ふむ、と呟いた。黒髪がその衝動でひらりと揺れる。
「たまたま休日の書店めぐりの休憩に来て、このような事に遭遇するなんて思いませんでしたよ」
くすり、と苦笑したように綾和泉・汐耶（あやいずみ せきや）はそう言った。皆の前に置かれたケーキは彼女が持ってきたものである。だが、黒髪から覗く青の目は、ケーキの処遇を気にしている風も無い。
「……それにしても、久々ねぇ」
苦笑しながらシュライン・エマ（しゅらいん えま）はそう言った。黒髪から覗く青の目をちらりと隣にいる露樹・故（つゆき ゆえ）へと向ける。
「本当ですね。まあ、付き合ってあげてもいいんじゃないですか？」
故はそう言い、黒髪の奥にある緑の目を冷たく光らせた。シュラインと故は、以前に現夢世に関わった事があるのだという。あまりいい思い出では無さそうなのだが。
「なんだか『胡蝶の夢』に近いですね。本を読んでいて、自殺したくなったりとかそういう事がありえるわけですから」
汐耶はそう言い、寂しそうに呟く。媒体が本であっても発生するのならば、その媒体がゲームに変化したとしてもありえない事ではない。
「ご両親の離婚が、関係しているのはまず間違いないでしょうね」
シュラインはそう言い、溜息をつく。
「何歳ですっけ、その子」
不意に、故が尋ねた。
「確か、小学校６年生だと思うが」
尊が答えると、故は「ああ」と言って頷く。
「……となると、１２歳ですか。それならば、自分の力で何とも出来ず、ただ思うだけでしょうね」
「離婚が原因ならば、弁護士事務所のコンピュータからデータを引き出すのがいいかもしれんな。その後は、それこそ興信所の仕事だ」
尊はそう言い、草間をちらりと見る。草間は「おいおい」と言いながら苦笑する。
「弁護士が動いているのならば、俺が動く必要は無いような気がするぞ？」
「あら、武彦さん。丁度いい機会だから、興信所っぽい働きを見せてもいいと思うわよ？」
悪戯っぽくシュラインが言うと、草間は「むむ」と言って黙り込み、汐耶の持ってきたケーキをがつがつと食べる。小さく「くそ」とか言いながら。
「ご両親の離婚は、こもる媒体としては丁度いいでしょうが……そのゲーム自体も怪しいんですよね」
ぽつり、と汐耶は呟く。
「呪いじゃ無さそうって言ってたけど……もし呪いだったら、ゲーム内でえいって現実に取り出して消したり浄化したりっていう、色んな対処もできますよね？」
マリオンはケーキを食べ終わり、ごしごしと口の周りを拭きながらそう言った。
「そうですね。……または、ゲーム内で干渉している厄介者を何とかすれば、解決するかも知れませんね」
にこりとも笑わず、故はそう言う。冷たい響きは、取れていない。
「では、ゲームを調べる者と昭二君について調べる者に分かれませんか？勿論、智弘君にも手伝って頂いて」
セレスティはそう言い、皆に提案した。皆はこっくりと頷き、それぞれが思う調査の班に分かれるのであった。
●行動
どうするのが一番良いのかだなんて、求めないで欲しい。自分でも分かっていないのだから。何が良いのか何が悪いのか、全く分からないのだから。
結局、尊・マリオン・故の三人がゲーム内を、シュライン・汐耶・セレスティの三人が昭二について調べる事となった。
ゲーム調査組は、草間興信所にての調査となった。それぞれが分かれてアクセスするよりも、一箇所でアクセスした方がいいだろうという事となったのだ。
「俺は現夢世のプレイヤーだから、それでログインした方がいいだろうか？」
尊はパソコンの前に座ってそう言い、マリオンと故の方を振り返った。
「そうですね、もしかしたら昭二君のキャラクターも中にいるかもしれませんし」
マリオンはそう言い、頷く。
「ただ、気をつけてくださいね。相手が相手ですから」
故はそう言い、皮肉めいた笑みを浮かべる。
「現夢世、というゲームにアクセスする事自体は大丈夫なんだよな？」
尊が故に尋ねる。今までに現夢世に関わってきた故に。
「大丈夫ですよ。あなたがあなた自身をしっかりと把握していれば、大丈夫です」
「把握、ですか？」
故の言葉に、マリオンが尋ねる。故はこっくりと頷き、尊とマリオンを見つめる。
「このゲームでは、自分に確固たる信念を持っておかねば食われますよ」
故はそう言い、そっと笑ってパソコン画面を指差す。
「さあ、行きましょう。歪んだ世界へ」
パソコン画面には、明るい文字で『ＥＮＴＥＲ』と光っていた。尊は頷き、文字をクリックした。ログインし、現夢世に入る。
「まずは、昭二君に繋がるような情報や……昭二君自身を探したいですね」
マリオンはそう言い、画面を見つめる。尊は画面を見つめたまま頷く。
「確かに。もし昭二少年のキャラクターと会うことが出来たのならば、俺自身にインストールする事もできるしな」
尊にはコンピュータプログラムを自分の体におろす事ができる能力がある。それを用いて昭二のキャラクターをインストールし、異常部分を封印してしまおうと言うのだ。
「……インストールは、止めた方がいいかもしれませんよ」
故はそう言い、画面の一部分を指差す。そこにあるのは、ログインしている尊のキャラクターのデータだ。
「これは、あなた自身といえなくも無いデータです。このデータ内に異常があるとしましょうか。……さて、それはどういう異常なんでしょうか？」
故の言葉に、二人は考え込む。
「それは……異常を含めて、昭二君自身と言えなくも無いと言う事ですか？」
マリオンが尋ねると、尊は「そうかもしれないな」と呟く。
「その可能性は無いともいえないな。……分かった。データの異常が切り離しても大丈夫だという事が分かってから、行動を起こす事にしよう」
尊はそう言い、現夢世内を進んでいく。進んでいくうちに、情報広場に辿り着く。
「何かの情報があるかも知れんな。……いいか？」
確認するように尊が言うと、マリオンと故が頷いた。尊は情報広場に行き、一つ一つ情報をチェックしていく。と、その中に「特殊アイテムの発見」とある。
「特殊アイテム……」
マリオンがぽつりと呟き、尊と故を見つめた。すると、二人もこっくりと頷く。その特殊アイテムが、昭二とそのキャラクターを変えた可能性が高いのだ。
「……見るぞ」
尊は確認するかのようにそう言い、情報を開く。
『特殊アイテムの発見……発現条件は不明だが、基本形を劇的に変えるアイテムがある。自らが思うようにカスタマイズできるのが大きな特徴であり、カスタマイズの結果によっては最強ともなりうる』
「カスタマイズ、というと聞こえがいいですね」
故はそう言い、ふん、と鼻で笑う。
「アイテムというものがあるのならば、取り除くのは可能かも知れんな。基本形を変えるアイテムだというのならば、そのアイテムが変える前の状態に引き戻すのは不可能ではない筈だ」
尊はそう言い、一つ頷く。
「ならば、早く昭二君のキャラクターと接触した方が良さそうですね」
マリオンはそう言い、画面の情報をじっと見つめた。
「今も潜っているのだろうか？昭二少年のキャラクターは」
尊がそう言うと、故はそっと口を開く。
「きっと、潜っているでしょうね。彼はずっと引き篭もっているんでしょう？ならば、ずっとこの現夢世に潜りつづけているんじゃないでしょうか」
故がそう言うと、尊は「そうだな」と言って情報広場の一角にある、インフォメーションセンターへとキャラクターを進ませる。そこで昭二のキャラクターを呼び出そうとしているのだ。
「来ますかね？昭二君」
マリオンが言うと、故は「来ますよ」と答える。
「こういう事にはちゃんと対応すると思いますよ。依頼人である智弘君も、態度がおかしくなったとは言っていましたが、無視をするとは言ってませんから」
「来なければ、探し出せばいいだけだ。こっちから、な」
尊はにやりと笑い、呼び出しの確認ボタンをクリックするのだった。
●衝突
思考は必要無い。苦悩などどこにも無い。ただこうして存在しているという事実だけが、ぐるぐると渦巻いているだけ。ただただ、それだけ。
呼び出しのメッセージを書き込んだ後、しばらく時間が経ったように三人ともが感じていた。時間にしっかりと換算してみれば、そんなに長い時間ではなかったのだが、妙に長く感じられた。
「……来ましたね」
まず呟いたのは故であった。呼び出しに応じました、というメッセージが画面上に現れたのだ。現れたのは、ショウというキャラクター。
「昭二君、ですよね？」
マリオンが訝しげに呟く。尊はこっくりと頷く。
「間違いないだろう。この現夢世において、呼び出しに他の人が干渉する事は出来ないことになっている。この、ショウというのがこのキャラクターの名前だ」
「本当ですね、間違いないようですよ」
故はそう言い、くつくつと笑った。画面に『何の用？』という、無作法な言葉が現れたからだ。
「何の用、とはまた凄い言い方だな」
尊はそう言い、眉を顰める。ネットに携わるものとして、ネットでのマナー、俗に言うネチケットがなってないと感じたのだ。普通、相手が誰であろうと始めて会った人にはそれなりの礼儀を払うのが基本だ。それは小学生だからといって、変わるものではない。
「礼儀がなっていないのは仕方がありませんよ」
故はそう言い、冷たい瞳のまま画面を見つめた。画面に映し出されているキャラクターは、智弘の持ってきたもののそのままだった。間違いない、という確信が三人の中に根付く。
「確かに、異常だな。俺が出会ったどのキャラクターとも合致せず、どのようなカスタマイズとも合致しない」
尊はそう言い、考え込む。呪われているような、とはよくいったものだと。こうして目の前にしてみても、その異常さは際立っている。
「まずは特殊アイテムについて聞いた方がいいでしょうね。実際に、来てくれた事ですし」「そうですね。……不動さん、お願いします」
故の提案に、マリオンが同意する。それを受け、尊が頷いてその旨を書き込む。だが、当分昭二のキャラクターに変化は無かった。全くの無反応である。
「何かあったんだろうか？」
「考えているのかもしれませんよ」
不思議そうな尊に、マリオンが言う。そうしてしばらく待ってみると、漸くショウからのメッセージが入った。
『あんたも、アイテムについて聞いてくるのかよ？』
うんざりしているかのような言葉であった。
「も？俺たちの他に誰が聞いてきたんですかね？」
故が尋ね、尊が打ち込む。すると『別に』とだけ返って来た。
「それで、どこでそのアイテムを手に入れたんですかね？」
マリオンが尋ね、尊が打ち込む。すると『突然、手に入ったんだよ』とだけ返って来る。本当に、無作法な言い方だ。
「それはどのようなアイテムだ？使用方法は？」
尊は呟き、打ち込む。すると『取る気？』とだけ返って来た。
『この力は僕のものだ。僕のためのもので、僕以外の誰にも渡さない。僕だけに与えられたものなんだ！僕が特別だから』
返信文を見て、三人が顔を見合わせた。
「劣等感、というものを感じるのだが」
尊が言うと、他の二人も頷く。
「初めて自分が認められた、というような意味にも取れますね」
マリオンはそう言い、小さく溜息をついた。きっと昭二が気付いていないだけで、今までに認められた場面は山のようにあるだろうから。
「少し、揺さぶりをかけてみてはどうでしょうか？他の人の作法はちゃんとしているのに、どうしてあなたはちゃんとできないのか、だとか」
故はそう言い、じっと画面を見つめた。尊は頷き、そのままの文章を打ち込む。すると、しばらくの沈黙の後、ただ一言返って来る。『うるさい』と。
「ほう、流石は小学生。キレるのも早いな」
尊が妙に感心する。
「いや、そこは感心する所じゃないと思いますよ」
とりあえず、マリオンは突っ込む。
「さて、そろそろ黒幕に登場して貰いたいものですね」
故はそう言い、尊が打っているキーボードにそっと手を伸ばす。そして、一言だけ打ち込む。
「いい加減、出てきたらどうですか？キョウ」
故の言葉はどこまでも冷たく、どこまでも容赦の無い響きを含んでいた。すると、画面の中のショウがくすくすと笑い始めた。
「おかしい……本当ならば、このようにキャラクターが喋ったりはしないんだが」
尊が不思議そうにそう言うと、ただ故は小さく笑った。蔑むように。
「露樹さんの仰る『キョウ』というのが、出てきたんですか？」
マリオンが故に尋ねると、ただ故は小さく頷いた。冷たい目の光を、全く変える事なく。
●干渉
渦巻き模様が離れない。ぐるぐると僕を苛め続け、それは目を閉じても瞼に焼き付いて離れない。そうして流れに身を任せれば楽になるのだと、ずっとずっと囁きが耳からも離れない。
「露樹さん、キョウというのは何者なんですか？」
くすくすと笑いつづけているショウから目を離さず、マリオンが尋ねた。
「キョウというのは、この現夢世に住み着く奴です。人の心の綻びに目をつけ、人を食ったような態度に出るんです。普通ならば意思を持たぬキャラクターが、自らの意志を持つ存在の総称でもありますが」
故はそう言い、眉間に皺を寄せたままショウを見つめる。
「だから、俺がインストールをしようとしたのを止めたのか」
納得したように尊が言う。故は小さく頷き、ショウに向かう。
「相変わらず、目ざといですね？キョウ。まるで……」
故は何かを言いかけ、ぐっと黙った。
「昭二君、昭二君は一人じゃないんですよ？そんなゲームに入っている必要は、全く無いんですよ？」
マリオンが画面に向かって話し掛ける。尊がそのままを打ち込もうとしたが、ふと手を止めた。果たしてキーボードで打ち込む必要があるのかどうかが疑わしくなったのだ。相手は通常の現夢世ではありえぬ事をやっている。くすくすという笑い声を響かせ、こちらの話に反応しているかのような感すらある。ならば、直接語りかけた方が早い。
「お前がどう感じているのかは知らん。俺は色恋沙汰は完全に理解は出来ないから、お前の両親については全く分からん。だが、お前がこの現夢世に捕らわれていなければならぬ事自体が異常だとは思わんか？」
『僕がゲームして、何が悪いって言うんだよ？何か迷惑でもかけてる？』
尊の言葉に、パソコン画面からショウが叫んできた。相変わらずのくすくす笑いは絶えずに続いている。
「昭二君、現実は現実だと思うのです。逃避でされるゲームは、ちょっと哀しい気分になっちゃいますし……」
『僕がいない方がいいじゃないか！僕の居場所を無理に作ろうとしなくても、僕にはちゃんと居場所があるんだから！』
マリオンの言葉に、ショウは叫ぶ。ショウの言う居場所とは、ゲーム世界である現夢世を指しているのだろう。故はぐっと拳を握り締める。
「何となく分かってきましたよ。……君を見ていると虫唾が走る、その理由が。キョウ……いえ『鏡』という言い方の方が良いでしょうかね？でも、それに甘んじていては何も変わらないんですよ？……昭二君！」
『だから願ったんじゃないか。僕は、変わりたいと』
ショウの言葉に、一同が顔を見合わせる。そう、ずっと昭二は思っていたのだ。変わりたいと。両親の離婚の原因がどこにあるのかも分からないから、もしかしたらその原因が自分にあるのでは、と危惧していたのかもしれない。だからこそ、切に願った筈だ。
変わりたい、と。
「違います！」
「それは違う！」
「違うんじゃないですか？」
マリオン、尊、故の三人がほぼ同時に強く言った。真っ向から、昭二の言葉を否定する為に。
『僕が僕としてあるから、皆が困ってた。なら、僕が変われば良いだけじゃないか』
「そのような問題じゃないでしょう？」
「変わるのはお前じゃない、周りなのではないか？」
マリオンと尊が言うと、途端にショウは黙った。声も聞こえぬ。故は一つ溜息をつき、口を開く。
「……いい加減にしたらどうです？キョウ」
『……いい加減にしたらって言われても、困るんだよね。結局、ショウは帰ってきてしまったし』
突如、先ほどまでのショウの声とは全く違う声が響いてきた。マリオンと尊は同時にパソコン画面に向かい、故は忌々しそうに眉間に皺を寄せた。
「やっぱりあなただったんですね。いえ……あなた以外の誰でもないとは思っていましたけどね！」
故の言葉を気にするう風はなく、パソコン画面は言葉を続ける。
『今回はおしまいにしようか。……帰ってきたからには、どうしようもできないしね』
パソコンからはくすくすという笑い声だけがしばらくしていたが、やがてそれも聞こえなくなっていった。そうして、静寂が訪れた。
気付けば、パソコン画面上のショウも姿を消してしまっていた。
●終続
完全に落ちてしまえばよかったのに、と群青色の渦が呟いた。そうすれば、変化は必ず訪れたのにと。居場所だって確保できたのにと。
だが、落ちることはなかった。
「離婚、やっぱりするんだって。でも、もうあいつはここには来ないみたい」
「へぇ」
「どうしてだろう……？折角、変われると思ったのに」
くすくすという笑い声とともに吐き出された残念そうな言葉と、手にしたコイン。群青色のコインが、六枚。それはちゃりちゃりと手の中で踊らされ、しばらく鳴り響いていた。
そうしていつしか、その音も闇へと消えていってしまった。
＜笑い声は踊り続け・了＞
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【 0086 ／ シュライン・エマ ／ 女 ／ 26 ／ 翻訳家＆幽霊作家＋草間興信所事務員 】
【 0604 ／ 露樹・故 ／ 男 ／ 819 ／ マジシャン 】
【 1449 ／ 綾和泉・汐耶 ／ 女 ／ 23 ／ 都立図書館司書 】
【 1883 ／ セレスティ・カーニンガム ／ 男 ／ 725 ／ 財閥総帥・占い師・水霊使い 】
【 2445 ／ 不動・尊 ／ 男 ／ 17 ／ 高校生 】
【 4164 ／ マリオン・ガーバディ ／ 男 ／ 275 ／ 元キュレーター・研究者・研究所所長 】
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■ ライター通信 ■
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お待たせしました、コニチハ。霜月玲守です。この度は「黄昏は笑う〜現〜」に参加頂き、本当に有難う御座います。
今回は一応の終わりを見せていますが、最初に提示した通り続き物になっております。今回の結果が次へと繋がります。再び「黄昏は笑う〜夢〜」でお会いできると嬉しいです。勿論、終わってはいるので今回のみの参加でも構いません。
マリオン・ガーバディさん、依頼に参加くださって有難う御座います。昭二に一番響く言葉 今回は個別ではなく、２グループでの話になっております。宜しければ両方に目を通していただけると嬉しいです。
ご意見・ご感想等心よりお待ちしております。それでは、またお会いできるその時迄。
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