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<東京怪談・PCゲームノベル>


アートの源流

(どうして、こんな依頼を受けちまったのかなぁ)
 目の前に広がる光景に、守崎北斗は心底自分の軽率な判断を後悔した。

 廊下まではみ出した、大量の絵や彫刻。
 そのどれもが、異様なまでの負のオーラを放っている。

 そう。
 今回北斗が引き受けてしまったのは、「あの」東郷大学前衛芸術部部室の大掃除の手伝いだったのである。

(やっぱ、ここで回れ右して帰ろうかな)
 心の中の悪魔……と、生存本能が北斗にそう囁く。
 そのステレオの誘惑に、北斗の心がぐらつきだした時。
 部室の中から、どこかで会ったことのあるような女性が顔を出した。
「あ、北斗さん。お久しぶりです」
 お久しぶりということは、やはり会ったことのある相手なのだろう。
 北斗はとっさに頭脳をフル回転させて、ある一つの名前を導き出した。
「あ、えーと……桐生さん、だったっけ」
「はい。覚えていてくれたんですね」
 北斗の言葉に、その女性――桐生香苗は嬉しそうに微笑んだ。
「うちはもともと四人しかいないのに、なんだかんだで二人も来られなくなっちゃって。
 北斗さんが来てくれて、本当に助かりました」
 にこやかにそう言われては、とても今さら逃げることなどできない。

(まあ、引き受けちまったのはこっちなんだし、こうなったらやるしかないか)
 小さくため息をついて、北斗は渋々部室の中へと足を踏み入れた。





 部室の中は、北斗の想像を遙かに超えた惨状を呈していた。
 廊下に出ていたものがかわいく思えるレベルのすさまじい物体が、所狭しと並べられていたのである。
 単体でも十二分に精神攻撃になりうるものが、大量に並ぶことによって生まれる相乗効果には計り知れないものがあった。
 特に、「どこに目をやっても狂気」という状況は、目を休める場所がないということであり、精神衛生上よくないことこの上ない。

 このような状況で、いかにして掃除を手伝うべきか。
 悩んだあげく、北斗はこの部室の中に「狂気の産物でないもの」を見いだすことに成功した。
 これらの作品の生みの親である、笠原和之その人である。

 なるべく周りを見ないようにして、和之の指示を仰ぎつつ行動する。
 それが、北斗の思いついた最善の手段であった。

 とはいえ、いくら精神的ダメージを抑えられると言っても、皆無にまではできない以上、なるべく早く終わらせるに越したことはない。
 そう考えて、北斗は早速手近にあるものを動かすべく、和之の方を向いたままこう尋ねた。
「これはどこ置いとく?」
「とりあえず、そこの棚の上にお願いします」
 よくわからないオブジェを、棚の上に置く。
 特に脳みそに突き刺さるような感じもしないところをみると、少なくとも和之の作品ではなさそうだ。
「これは?」
「それは、あとで倉庫にしまってきますから、適当なところに置いておいて下さい」
 今度は、明らかに和之の手によるものとわかる大きな絵。
 邪魔にならぬよう、そしてなるべく目に入らぬよう、横の壁のところに立てかけておく。
「これは? なんかヌルヌルすんだけど」
「それは……逃がしてあげて下さい」

 逃がす?
 その答えの意味が理解できず、北斗は自分が掴んでいたものに目をやって……硬直した。
 彼が掴んでいたのは、いつぞやのド派手な羽根つきガエルの脚だったのである。

「うわあぁっ! どっからわいたこのナマモノっ!!」
 とっさに、そのカエルを放り投げる。
 カエルはそのまま壁にぶち当たる……かと思いきや、見た目に似合わぬ素早さで体勢を立て直し、壁を蹴って大きく跳んで……よりにもよって、香苗の顔に張りついた。





 そこから先は、もうさんざんである。
 香苗は気絶するわ、カエルは大量に出てくるわ、どさくさにまぎれてオブジェが逃走を図るわと、いつものパターンで騒ぎが一気に拡大する。
 それらのトラブルの全てが一段落したのは、およそ一時間ほど後のことであった。





「それにしても、よくこんなのばっかり作れるよな」
 暴れるオブジェを縛り上げながら、北斗はつい口を滑らせた。
「最初からこんなにうまく作れたわけじゃありませんよ。これも全て先生のおかげです」
 それをほめ言葉と勘違いでもしたのか、少し照れたように答える和之。
「先生って、この大学の?」
「ええ」
 そんな会話の中で、北斗はある疑問を抱いた。
「じゃあ、その前はどんなのを作ってたんだ? 例えば、ここに入って最初の作品とか」
 何の気なしに、それをそのまま口に出す。
 すると、和之は少し考えてからこう答えた。
「最初の作品ですか? 多分、まだ倉庫にあると思います。
 どうせこれから倉庫に行ってくるところですし、ついでに持ってきますよ」
 もちろん、持ってくる、ということは、見せられる、ということである。
 倉庫へ向かう和之の背中を見送りながら、北斗は己の失言を悔やんだ。





 和之は、十分ほどで戻ってきた。
 手には、なにやら平べったい包みのようなものを持っている。
「この絵がそうです。今となっては、ちょっと恥ずかしいんですけどね」
 そう言いながら、彼はその包みを開いた。

 その中から現れたのは、意外なことに普通の風景画だった。

 描かれているのは、どこかの川と、その上に架かった鉄橋。
 夕陽が沈み、空が茜色から藤色、そして葡萄色に変わり、はっきりと見えていた鉄橋の影が周囲の闇に溶けていく。
 その一瞬の様子を、どちらかといえば繊細なタッチで描いた作品であった。

「これ、本当に和之が描いたのか?
 なんつーか、その……ずいぶん作風が違わねぇか?」
 正直な感想を口にする北斗に、和之は遠い目をしてこう呟いた。
「当時は、こういう絵しか知りませんでしたから」
 どうやら、彼も昔は「普通の画家」もしくは「普通の芸術家」を目指していたらしい。
 それが、一体どんな薫陶を受けたら、こうまでとんでもない方向に向かってしまうのだろう?
「しっかし、和之のお師匠様ねぇ。どんな人なのか、一度会ってみてぇな」
 好奇心と怖いものみたさから、北斗は今度も思ったことをそのまま口にした。

 と、突然、和之の表情が曇った。
「……先生は、もういないんです」
 ぽつりと一言、寂しそうにそう呟く。
「亡くなったのか?」
 尋ねる北斗に、和之は首を横に振った。
「いえ、二年ほど前に、突然姿をくらましてしまったんです」
 突然の失踪とは、また穏やかでない。
「なんか、失踪するような理由でもあったのか?」
 北斗がそう問いかけてみたが、和之はそれには答えず、かわりにこんなことを言った。
「失踪直前まで先生がいたと思われるアトリエには、使われていた形跡の残る画材と、なぜか無数のマリモらしきものが散乱していました」

 絵を描いている最中に、アトリエから突然の失踪。
 そして、アトリエに残された、あるはずのない無数のマリモ。

 これらの物証と、これまでの経験から、導き出される結論は一つ。
 
「それって、まさか……」

 違うと言ってくれ。
 そう念じながら、北斗はなんとかそこまで言葉を絞り出す。

 ところが、返ってきた答えは、まさに「期待は裏切り、予想は裏切らない」ものであった。
「先生の作品が原因である可能性は、極めて高いと思います」

 なんと、あの時空まで歪める「アート」は、和之のオリジナルではなく、師より受け継がれたものだったのである。
 そして、それはおそらく、和之から誰かに受け継がれることも十二分にあり得る、ということを意味する。
 いや、それどころか、和之の兄弟子に当たる人物が、ひょっとしたらすでに何人もいるのかもしれない。
 それを仮に二人と仮定しても、和之を含む三人がまた三人の弟子を持つとすれば――。

 いつか悪夢で見た、「パブリック・精神攻撃・アート」だらけの世界。
 そんな世界が現実となる日も、実はもうすぐそこまで迫っているのかもしれない。

 その恐ろしい未来予想図に、北斗は頭を抱えた。





 その後もいろいろなトラブルが頻発し、結局掃除が終わったのは深夜になってからのことだった。
「過去の作品と向き合っていたら、なんだかいろいろアイディアが浮かんできた」という和之を残し、北斗は逃げるように――まあ、実際に逃げるためでもあるのだが――家路についた。

「すっかり遅くなっちまったな」
 時計を見て、小さくため息をつく北斗。
 その視界に、不意に白いものが飛び込んできた。

 顔を上げてみると、いつの間にか粉雪が舞い始めている。
 今日一日、ずっと毒々しい色彩に囲まれていた北斗の目に、真っ白な雪はいつにもまして美しく映った。

 少しうきうきした気分になりながら、雪を眺めつつ歩く。
 そんな北斗の周りにも、雪は、音もなく静かに降りしきり――。

 ぼた。

 不意に、背後であってはならない音がした。
 なにか、柔らかく、湿った、重いものでも落ちたかのような音。

 見てはいけない。絶対に振り返ってはいけない。
 本能の声に従って、北斗は歩き続けた。

 しかし、その不吉な音が止むことはなかった。
 数秒おきに、背後で同じ音が繰り返される。
 しかも、その音はだんだん大きくなってきている。
 音の発生源が大きくなっているのか、それとも――。

 ついに、六割の恐怖と四割の好奇心とに負けて、北斗は後ろを振り返った。

 その鼻先をかすめて、握り拳ほどもある、緑色の球体が湿った音を立てて目の前に落ちる。

 マリモだ。
 それも、ただのマリモではなく、真ん中あたりに何か割れ目のようなものがある。

「まさか……?」

 おそるおそる、北斗が手を伸ばしたその時。

 突然、割れ目の部分が大きく開いた。

 中にあったのは目。
 マリモそのものとほとんど変わらぬ大きさの目。
 それも、かなり血走った、一目でヤバそうだとわかる目。

 つまり、降ってきていたのは単なるマリモではなく、「マリモの皮をかぶった目玉」だったのだ。

 その「マリモの皮をかぶった目玉」が、くわっと目を見開いて北斗を睨めつけている。
 あまりと言えばあまりの光景に、北斗は思わず数歩後ずさり、それから大慌てで回れ右をした。

「み、見てない! 見てない見てないっ!!」
 自分に言い聞かせるようにそう叫びながら、北斗は全速力で家まで走ったのだった。

 必死の努力も空しく、彼がその日悪夢にうなされたことは言うまでもない。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0568 / 守崎・北斗 / 男性 / 17 / 高校生(忍)

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■         ライター通信          ■
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 お久しぶりです、撓場秀武です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。

 さて、「和之の最初の作品」の方ですが、あえて「最初の作品はマトモ」説の方をとらせていただきました。
 もっとも、作品自体はマトモであっても、和むような話には全然ならないあたりがらしいといえばらしいと思うのですが、いかがでしょうか?

 ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。