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私を初詣に連れてって!
癖のある水色の髪に浅黄の着流しとは良く目立つ。
髪をあらゆる色に染め替えられるようになって久しい昨今だが、これほどまでに違和感なく収まっているのも珍しい。やはり眉毛も同じ水色をしているからだろうか。すらりと背が高く人目を引き誰もが思わず振り返ってしまう立ち姿に、興味本位や好奇心も手伝って見入ってしまうのはその中性的な顔立ち故だろうか、若く見えるのに妙な貫禄さえ漂わせている。
それは、初詣にナンパをなどと考える不純な娘さんたちにも好意的に止まったが、結局、彼に声をかけるつわものはいなかった。
いや、彼は彼ではない。
性別、女。雪森・スイは、髪と同じ水色をした睫毛の下から覗く青い目を細めて不機嫌そうに目の前の人混みを眺めていた。
彼・・・いや彼女は、現在押しも押されぬ迷子である。
お正月といえば初詣、と家主に連れてこられたはいいが、普段では見た事もない人ごみにはぐれてしまったのであった。しかし迷子になったぐらいで動揺するような彼・・・いや彼女ではない。世の中なるようになるものだ、と妙に悟ってスイは所持金5円でおみくじやら露天商を練り歩き、このほど、5円では何も出来ない事を思い知ったのであった。
「・・・・・・・・・・・・」
何とも世知辛い世の中である。
道行く人々が自分を好奇の目で振り返るのを見やりながら、スイはふと考えた。
――見物料取れないかな。
よほど切迫していたのだろうか。
******
大きなエンジン音を近所迷惑も顧みず轟かせ、1300CCという国内ではちょっとお目にかかれないような排気量の大型バイクは、その公園の入口で止まった。
2m近い巨体をバイクからおろし、ヘルメットをはずすと予想に反する事無く凶悪なまでの恐ろしい顔が現れる。職業、悪役俳優は強面が命。CASLL・TOだ。
朝から公園に散歩に来ていた人たちが一瞬固まってそそくさと逆方向へ消えていく。よく咆える犬でさえ尻尾をこちらに向けて走り出す始末だ。それもいつもの事なので、今更いちいち落ち込んでもいられない。CASLLは天を仰いだ。新年、幸先悪いスタートを切ってしまいそうだ、と。
あっという間に人気のなくなった公園で、初詣に行きたいと彼を呼び出した張本人、シオン・レ・ハイがニコニコ顔でCASLLを出迎えた。
「あけましておめでとうございます」
「あ・・・あぁ、あけましておめでとうございます」
深々と頭をさげたシオンにCASLLも畏まったように頭を下げた。顔は怖いが中味は外見に反して慎ましやかな彼である。彼はシートの下から予備のヘルメットを取り出すとシオンに手渡した。
「ありがとうございます」
シオンは嬉しそうに渡されたヘルメットを被ると当たり前のようにバイクに跨った。いや、跨ることは悪くはない。その為にヘルメットを渡したのだから。
「おい?」
思わずCASLLがシオンの肩を叩く。
当然だ。シオンが座ったのは前だったからである。しかも嬉しそうにハンドルなんか握っちゃったりして、自分が運転する気満々だ。
「後ろに座ってください」
シオンが振り返って、何でもない事のように言った。
あまりに自然に言われたので促されるままに、つい、CASLLは後ろに座ってしまう。
「乗ったことはあるのか・・・?」
不安げにCASLLが尋ねた。
「ハイッ! CASLLさんの後ろに乗ったことがありますっ!」
シオンは元気よく答えて、ハンドルをぐいっと捻った。エンジン音がCASLLの不安を吹き飛ばそうと高らかに響き渡る。が、それは不安を更にかきたてるだけであった。
CASLLが「質問の仕方を間違えた」と思ったときには、既にバイクは勢いよく走り出した後だったのである。
教訓。質問は正確に。「運転した事はあるのか?」
しかし、「初めてですっ!」という言葉を聞きながら後ろに乗るよりはずっとマシだったかもしれない。
映画の撮影でだってこんな恐ろしいカーアクションを演じた事はない。
そもそも撮影時は安全が確保されているものなのだ。最近ではCG合成が主流だから、こんな恐ろしいカーアクションを実演するような事はなく、故にそれをリアルで体験する日がこようなどとはCASLL自身思ってもみなかったのである。
「こっ・・・交通ルールは知ってるのか?」
「ハイッ! いつも後ろで見てましたから大丈夫です。赤信号は止まる。青信号は進む。黄色信号はスピードをあげる、です」
自信満々に答えられては二の句も出ない。もしかしてシオンのセリフを聞いていた人がいたなら「黄色信号は止まるです!」と、突っ込んだかもしれないが、既にそういう問題は通り越している。当事者から言わせて貰えば、
「いや、さっきから赤信号も止まってなっ、ぎゃっ・・・・・・」
赤信号にも果敢に突っ込んでいき、横断歩道を渡る人混みを減速もせずに避けようとして、シオンが突然、力一杯ハンドルを切ったのでCASLLは思わず舌を噛んだ。このまま喋っていたのでは、いつか舌を噛み切ってしまうかもしれない。今は何も語らず、振り落とされないようにシオンにしがみついてる方が懸命なような気もしてCASLLは口を閉ざした。
殆ど運任せで、けれど神業で疾走するバイクは、やがてゴールへと差し掛かる。
視界に神社の鳥居が見えてきた。
「ところで・・・・・・」
シオンが後ろに声をかけてきた。至って普通に。何でもないことを話すように。
「なんだ?」
CASLLが訝しみつつ尋ねる。
「ブレーキってどうやるんですか?」
「なにぃ!? いっ・・・・・・」
CASLLは顔を蒼褪めたが、ブレーキの方法を説明する前に、またもや舌を噛んでしまった。
どうやら今まで赤信号もチキンレースよろしくノンブレーキだったのには、そんな事情があったらしい。などと、落ち着いてる場合でもない。このまま突っ走れば正面の電柱に激突してしまう。
CASLLからの回答が得られぬまま、シオンはとりあえず心当たりを試してみる事にした。
ハンドルをぐいっと捻る。
バイクは減速すぜ、更に加速した。
今までの奇跡みたいなハンドル捌きも、こうなっては限界である。
そもそも鳥居はくぐるものであった。
それを2人は飛び越えた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ〜〜〜・・・・・・」
雄たけびは、どこまでもどこまでも続いていた。
******
「よく、生きてるな・・・・・・」
スイは目の前に降って来た2人の男を半分呆れつつ残りの半分で妙に感心しながら見下ろして、しみじみと呟いた。
見物料、などと半分冗談で、でも半分本気で一歩を踏み出しかけたら、突然、
見知った顔が空から落ちて来たのである。
言わずと知れたシオンとCASLLだった。彼らの乗っていたバイクは恐らく今頃電柱の傍で大破している事だろう。
CASLLを下敷きにしたシオンは上半身だけ起こして言った。
「あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとうございます」
咄嗟にスイが答える。敬語とは無縁の彼・・・いや彼女だが、さすがに正月の決まり文句はそのままらしい。
「スイさんも初詣ですか?」
シオンがCASLLの上からどいて立ち上がる。
「あぁ」
スイはぶっきらぼうに応えた。
「雛太に5円渡されたんだが使い道がなにもない」
「その5円はたぶんお賽銭ですよ」
とりあえず今は生きてる事に感謝しとこう、と心底思うCASLLはシオンを怒るでもなく、地面に転がったまま顔だけスイの方へ向けて言った。それから「あけましておめでとうございます」と言って立ち上がる。
「オサイセン?」
スイが聞いた事もない言葉に怪訝な顔をした。
「そうです。お賽銭です。初詣といえばお賽銭です。皆でお賽銭に行きましょう」
シオンが神社の本堂の方を指差しながら意気揚々とのたまった。
また、あの人混みの中に入るのかと思うとスイは内心で辟易した。満員電車並みの息苦しさである。その上、皆歩いてるから揉みくちゃにされるのだ。面倒くさい事この上ない。しかし、そんな事ではデパートのバーゲンセールで勝ち残れませんよ、とシオンに意味不明な言葉で窘められ、スイは渋々入っていく事になった。
とはいえ今度は意外にも楽に本堂まで進めてしまった。迷子になるような事も、なりそうになる事もない。
さすがはCASLL、強面は便利である。
誰もが彼の為に道を作るので、彼の後ろを歩いていれば殆ど揉まれる事無く歩けてしまうのだ。よい、拾いものをした。スイはちょっぴり感動した。
言われるままに目の前の『賽銭箱』と書かれた大きな箱に5円玉をほうりこむ。
「――で、何が貰えるんだ?」
スイが期待をこめてCASLLに尋ねた。
「神様のご加護とやらです」
CASLLが答える。
「何!? そんなものの為になけなしの金を払ったのか!?」
慌ててスイは賽銭箱の中を覗き込んだが、5円玉は既に箱の奥底へ落ちた後だった。
スイはエルフである。エルフにはいかなる神の信仰もない。故に神を信じないスイに神のご加護などあってなきが如しである。それなら精霊に日頃の礼をする方がよほど有益というものだろう。
しかし、そんな事は露ほども知らないCASLLは続けた。
「そうですよ。ご縁がありますようにと5円玉を入れて、こう拍手を打ったら、お願い事をするんです」
パンパンパン。
スイは拍手を打った。神は信じていないが払ってしまったからには5円分働いてもらわないと困るのである。
彼女はわざわざ声に出してお願いをした。
「金がたくさん入りますように」
「・・・・・・・・・・・・」
CASLLは頬をひきつらせた。
その傍らでシオンがなにやら財布と一生懸命格闘していた。生来の貧乏症(誤字にあらず)がわざわいしているのか、体が動かなくなってしまったようである。必死で脳からお賽銭を出せという指令を送っているのだが、まるで条件反射のように手が動かない。たった1円が投げ入れられないのだ。普段は子供銀行という名の募金箱に平気で貯金しているというのに。
「体がいうことをききません」
と呟くシオンにCASLLが呆れていると、後ろから押し寄せた人ごみにシオンは背中を押され、その拍子に財布を中味ごと賽銭箱へ落としてしまった。
「あぁ!?」
シオンが悲鳴をあげた時には全財産は賽銭箱の中へ消えた後である。
しくしくしく。
賽銭箱に縋るようにして泣き崩れるシオンにCASLLはかけてやる言葉が見つからない。
するとスイが、願い事をして後はそれが成就するのを待つだけだと言わんばかりで、泣き崩れるシオンには目もくれず、おみくじを引きたいと言い出した。
結局、泣いてるシオンを引きずって3人はおみくじ機の前へ。
本当は巫女さんが受付をしている方へ行きたかったのだが、CASLLの顔に恐れおののいたのか受付の巫女さんが恐怖に硬直してしまったので、仕方なく自動おみくじ機となったのである。
CASLLは、金を持たないスイとシオンに100円づつ手渡した。
言いだしっぺのスイが一番最初に100円玉を投入する。受け皿に出てきたおみくじを開いてスイが言った。
「吉大?」
「あぁ、それは大吉ですよ。良かったですね。一番いいんですよ」
「横書きは左から読むんじゃないのか?」
「昔は右からだったんです」
教えてやりながら今度はCASLLが100円玉を投入する。
シオンはといえば、このおみくじで今年の全てが決まってしまうのだと一球入魂の構えで、100円玉に何やら念をこめるのに忙しいようだった。
受け皿に出てきたおみくじを取りCASLLが中を開く。
「大きくぺけ?」
スイがCASLLの手元を覗き込んで読んだ。
【大凶】の二文字にCASLLはがっくりと肩を落とし、両手を地面について項垂れた。彼は常々思っていた事がある。奈落の底は上げ底になっている、と。
もしかしたら、これまでの経過を振り返れば容易に想像の出来る結果ではなかったか。しかし彼は一縷の望みをかけていたのである。せめて、末吉。これからいい事がありますように、と。
続いてシオンが念を込めた100円玉を投入した。
出てきたおみくじの中を開く。
「――おや? これは一体どういう事でしょう?」
首を傾げるシオンにスイも覗き込んだ。
「ん?」
「あぶり出しでしょうか?」
「あぶり出し?」
奈落の底まで沈んでいたCASLLが立ち上がってシオンのおみくじを覗く。
そこには何も書かれてはいなかった。白紙というやつである。時に人はそれをこう呼ぶ――印刷ミス、と。
かつて、お笑い界で奇跡の男と呼ばれた男がいた。山崎ほうせんか。彼もまた白紙のおみくじを引いたつわものの1人である。はっきり言ってありえない。狙って出せるものではない。故に、シオン・レ・ハイもまた、奇跡の男と呼ぶに相応しいだろう。
内心で、先にシオンに引かせれば良かったと思っていたCASLLは更に思った。ある意味大凶で良かったかも、と。
「すげぇなぁ。何も書いてないって事は好きに書けってことか?」
スイが言った。
「なるほど。自分で好きに書けばいいんですね」
シオンは一つ頷いて、書いた。
【特大吉】
達筆である。
果たしてどこから筆を持って来たのか。
傍らの祈祷所にある申し込み用の筆ペンが一本減っていたとしても全く問題なしだろう。
「どうします? おみくじ結んでいきますか?」
CASLLが尋ねた。彼自身は結ぶ気満々だ。
「結ぶ?」
スイが、またもや知らない日本の風習に出くわして不思議そうに首を傾げた。
「内容が気に入らなければ、あぁやって結ぶんです」
そう言ってCASLLはおみくじが繁った枯れ木を指差した。木々の生命力にあやかって木におみくじを結び更なる加護を得ようという日本古来の風習である。とはいえ、生命力に溢れた若木ではなく、枯れ木に結んでいたのでは、あまり加護を期待出来るとも思えないのだが。
「気に入ったなら、肌身離さず持ってればいいんです」
心願成就の為におみくじをお守り代わりに持つのである。或いはおみくじに書かれた教訓を戒める為に持つわけだが。
「じゃぁ、持ってる」
スイが答えた。大吉に満足しているらしい。
「私も持ってますよ」
当然です、と胸を張ってシオンも答えた。何と言っても特大吉である。
結局、CASLLだけが枝におみくじを結んだ。
「さて、お参りも済んだしどうしましょう」
シオンが2人に尋ねた。
「綿菓子とやらが食べたい」
スイが言った。
「お金あるんですか?」
CASLLのこれは愚問である。
スイは上目遣いに、じーっとCASLLを見上げた。
「・・・・・・・・・・・・」
結局こうなるのか、と内心で溜息を吐きつつCASLLが諦めたように財布に手を伸ばしかけたところで、ふとスイの視線がCASLLからそれた。
つられたようにCASLLがその視線の先を追いかける。
太陽を浴びてキラリと銀色に光るものがあった。
気付くとシオンもそれを凝視している。
CASLLはその直後の光景を見ながらビーチフラッグを思い出していた。青い海、白い砂浜、照りかえる太陽、そこに2人のビキニ姿の女の子がわれ先にと旗を取りに行く。
実際には男が2人・・・失敬、男が1人と男みたいな女が1人、ものすごい形相で、たった1枚の500円玉を取りに走っていたのだが。
CASLLは2人の執念に圧倒されながら、半ば呆然とそれを見守っていた。
500円玉に2人の手が伸びる。
果たしてあの500円玉はどちらの手に!?
無意識にCASLLの方が手に汗握ったりなどして。
結局、結論から言えば、500円玉を手にしたのは2人のどちらでもなかった。
彼らが500円玉を取ろうとした瞬間、それよりわずかに速く小さな別の手がそれを拾いあげていたからである。
「ママー、ごひゃっ・・・・・・」
500円玉を拾った少年の声は、それを掲げて母を呼ぼうとした「ひゃっ」の部分で突然転調した。
ものすごい形相で睨みをきかせる2人の顔に全身を強張らせて硬直している。
差し出された2つの手を交互に見やりながら、オロオロとしていた。
「おいおい。子供からかつあげでもする気か? みっともない」
CASLLが3人の間に割って入った。
「ひっ・・・・・・」
少年は更に喉の奥をひくつかせ悲鳴にならない悲鳴をあげると、500円玉をCASLLに向かって差し出した。
「え?」
訝しみつつCASLLが500円玉を受け取ると、少年は泣きながら脱兎の如く母の元へとその場を立ち去っていったのである。
「・・・・・・・・・・・・」
どうやら少年には、500円玉に掴みかかる2人の執念というよりは怨念じみたものすごい剣幕より、CASLLの顔の方が怖かったようだ。
かくして500円玉はCASLLの手の中に収まった。
それをスイとシオンがじ〜っと見ている。
「・・・・・・・・・・・・」
結局こうなるのだ。
自分のだと言い張る2人にCASLLは自らのポケットマネーからそれぞれ500円玉を出してやった。
そうしてCASLLは思う。
奈落の底は二重底になっている、と。
2人は貰った500円玉でそれぞれ、わたあめやお好み焼きを買ってご満悦風だ。とりあえず2人の嬉しそうな顔にCASLLは満足するしかない。
「さて、そろそろ帰りましょうか」
シオンが言った。
「そうだな」
CASLLが応える。
「ところで、どうやって帰りましょう? バイクはもう走れませんし・・・・・・」
「あ・・・・・・」
シオンの言葉にCASLLが目を見開く。
そうだ、すっかり忘れていた。
自分のバイクは今――。
来る途中 電信柱と 派手にキス
誰が弁償 してくれるんだろう? (字余り)
CASLLは両手両膝を地面について、がっくり項垂れた。
「仕方ありません。タクシーで帰りましょう」
あまりのショックに立ち直れないでいるCASLLを尻目にシオンが提案する。
「お。じゃぁ、私も乗っけてってよ」
スイが言った。
まるで意気投合したように2人はタクシー乗り場へと歩き始める。金を持たない2人が。
そうしてタクシー乗り場からCASLLに向かって手を振るのだ。
「早く来てくださーい」
そうしてCASLLは思う。
奈落の底は一体何重底になっているんだろう・・・・・・と。
■END■
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