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<東京怪談・PCゲームノベル>


奇兎−狩−

――少女は伽藍堂の目で“追跡者”を眺め、綺麗な白髪を手で梳いた。

名前:ミリ
年齢:十八歳(外見年齢十歳前後)
容姿:白髪紅眼、長髪
潜伏場所:タワー周辺
能力:“浮遊”

届いたメールに目を通し、簡潔に「了解」との返信を送る。
それから数時間後、先程のアドレスに「発見」との簡易なメールを送信する。

少女――ミリはその様子を静かに待って、言った。
「……用件は、粗方把握している。でも、逃げ切るつもり」
季節は冬だというのに、緑色のタンクトップにジーンズという井出たちながら寒がる様子を全く見せず、ミリは両手を広げて大仰に構えてみせた。自身とあまり変わらない外見の少女は、やってきた少年に向けて、唐突にそう口にした。
瀬川蓮はミリの行動一つ一つを注意深く観察し、今すぐに攻撃態勢に入る必要のないことを確かめる。体育の「休め」のようなポーズの侭観察を続行する。ミリの紅い目と合った。
少女は笑い、
少年は笑い返した。
無言の侭、笑みを交し合った。
腹の探り合いに耐えかねたのか、ミリはふーっと沢山息をはいて根競べを終えたいとの意を示した。それには賛成だ、と蓮も頷いてみせる。
タワーは平日ながら人で込んでいたが、今立っている展望台は二人以外誰もいなかった。風が強いせいよ、とミリは肩をすくめてみせる。これは私の能力のせいじゃない、と。風が冷たく吹くが、意に介せぬ様子で少女は首を傾げた。
「だんまり? もしかして、“追跡者”じゃないの?」
「ううん、当たり。そっちは正真正銘の“奇兎”ってヤツ?」
「当たり」
冷たい微笑に、思わず蓮は身構えた。
これまでに集まっている情報から“奇兎”というのは異能者の一種らしいが、どうも他の異能者とは大きく違う部分があるらしい。種族は人間で、血は雑種。万が一にでも、変異でも起こらぬ限りに“異能”ってやつは起こりえない。その点だけで見ても、この少女の例は興味深いのだろう。欲しい人間も幾らでもいるに違いない。故に金にもなる。
思考を終えると同時に戦闘準備は完了。いつでも戦闘可能。
それでも蓮は動かずに、少女の動きを待った。
……それにしても、だ。思うに、“奇兎”とは何なのだろうか。
その様子にミリは相手の殺気を感じ取り、残念そうな顔で組んでいる腕をほどいた。
「でも、そう易々と引き下がらないつもりよね。で、依頼者は誰? “牽牛”? それとも“偽の神”? もしかして、“統合者”、とか?」
聞き慣れない言葉を耳にし、蓮は顔を曇らせる。その様子を見て、ミリは微笑んだ。
「違うの? なら良かったわ。私達の敵でも、彼らは特別でね……」
「“Altair”――“牽牛”だよ。“彦星”って訳の方が正しいのかな? でも、多分“牽牛”って呼ばれている人」
情報屋からのメールに記載された、依頼者“Altair”。情報屋が依頼者の名前を明かしてどうするんだ、とツッコんだことが妙に印象に残って憶えていたのだ。和名では星座の一種で“牽牛星”、“彦星”と呼ばれている星を指す。
……“牽牛”って名前、或いはあだ名。それとも二つ名か。聞いたことないな。でもこの人が知っているってことは、彼らの間では有名な人物ということなのだろう。
「“牽牛”が依頼者……? 最悪。奴らが動き出したのね」
蓮の言葉に、ミリは小さく舌打ちした。きっ、と睨み付ける目には恐怖の色はなく、怒りや畏怖の色が強く滲み出ていた。狩られることを無慈悲な行いだと思うのではなく、“狩り”を行われることの理由を理解し、それでも殺されることに強い抵抗を抱いているようでな色。異端者に似た色だった。“魔女狩り”が、相応しい形容詞かもしれない。
「見逃して」
言葉に、蓮は首を振る。お金のためかと問うミリに、再び首を振る。
「他にも狩られていく“異能者”がいる。その中にはボクの友達もいるかもしれない。殺されてしまうかもしれない。だから、彼らをリストから除外してもらう。それが約束だから、ごめん」
分かったわ、とミリは微笑みを返し、たんっと軽い調子で地面を蹴った。

音もさせずに少女は宙に浮き、
宙に二本の足で立った。
能力である“浮遊”の力を使って、
綺麗に立っていた。

空中に浮遊した少女は、両手の平を少年に向ける。
「私の能力は知ってる?」
そのまま静止し、ミリは問う。
「“浮遊”」
答えに、ミリは複雑そうな笑みを浮かべた。
「うーん、“牽牛”の情報もイマイチね。ネーミングセンスがない」
そして、広げた手の平をぎゅっと握り締めた。
途端に圧縮されていく周囲の重みに、蓮は両膝を付いて辛うじて倒れるのを堪える。頭が重いとか、体がだるいとか、そういったレベルなんてもんじゃない。重力の値が彼女によって操作されているのだ。
ふいに先程の思考が続行される。見たところ、というかあの強かな情報屋は種族云々といった基本データを違える筈がない。ということはミリは人間であり、遺伝的に受け継いだ訳でもなく、突然その力を手に入れたということになる。一つ気になるのがその幼すぎる外見。特異な力を手に入れた副作用がそれだとすれば納得もいくが、恐らくそれだけではないに違いない。他にも知らない何かが、あるのだろう。
「今はまず、この状況の打破だね」

ふいに感じた空間の異様さに、ミリは訝しがる。
何かがぼこぼこと生まれてくるような、見えない何かを掴んでいるような感覚に、ミリは蓮のいる位置を凝視する。何も見えないが、何かがいる感触。
そしてそれは突然弾けた。
「ひっ」
小さな悲鳴を上げて、ミリは周囲にいつの間にか群がっていた下級悪魔にその攻撃の矛先を変える。
「やだ、何、これ」
重力から解かれた蓮は弾かれたように立ち上げリ、宙でもがいているミリの足首を掴み、地上へと引っ張った。一瞬の行動にミリは反応出来ずに、素直に重力に従った。
だが蓮はバランスを崩して落下するミリを、その身を挺して寸前で受け止める。受け止めて、自身の行動に困惑した。どうやら蓮はミリに死んでもらいたい、とは殆ど思っていないようだ。
依頼は果たしたい。
しかし、殺したくない。
……なんだよ、それ。すごい迷惑な感情じゃないか。蓮は暫く無言で考える。だが結論は出ない。苦笑が漏れるしかなかった。
ミリが意識を取り戻す。腕の中で呻きながら小さく動き、だが唐突に動いたときには口を塞いだ掌の間からは、真っ赤な血が零れていた。

“奇兎”は脆い存在なのだと、思った。
欠陥品だらけの“異能者”。
そういうことなのかもしれない。

ミリは立ち上がり、けほ、と小さく咳きをして口端から血を流した。戸惑ったようにそれを拭い、再び咳き込んだ。
「あのさ、死んだことにしてあげてもいいよ」
唐突な蓮の言葉に、ミリは片目だけを細めて睨む。
「体の部位のどこか持ってくるのでもいいみたいだから、髪の毛ちょこっと貰えればそれでもいいんだけど……」
言いかけて、途中で口ごもる。女性にとって髪の毛というものは、時として命より大事だという話を聞く。ミリもそのような思考の持ち主だとしたら、この計画は無に返さねばならない。そもそもの問題として、情報屋の情報網に二度と載らずにいられるか、という最重要項目もあるにはあるが、一度リストから外れてしまった人間の生死を確かめるような行動には、そう滅多やたらに起こさないだろう。
兎に角、助けたかったのだ。
「いいわ」
呆気なく、ミリは答えた。
「とはいえ、この体もあまり持たない。あまり意味のある行為じゃないとはいえるけどね」
自嘲気味な笑みを浮かべ、ふいにそれを消してミリは右手で左耳近くの髪の一房を掴む。空いた左手でその端の方を掴み、一気に引き抜いた。
蓮は手渡す銀髪を大事に受け取って、仕舞う。
半分だけ短くなった髪の毛を指差し、ミリは不恰好ね、と言って苦笑いをした。
つられて笑う少年も、不格好な笑みでミリに向き合った。
「じゃあね」
明日学校でまた会うことを、約束が果たされることを知っているかのような軽い口振りで、ミリはタワーの上からひょいと身を投げた。

死ぬわけではない、
ただ前に進むためだけの道として、
少女は宙に飛び出した。

「さて、と」
少年は両腕を上空に伸ばす。当面の問題としては、どうやってあの情報屋に嘘を通し尽くすか、ということだろう。実際、なんとでもなるか、という気持ちが幾分かはたらいているので、然程重要な問題でないという事実もある。
どうしてこのような行動を起こしたのかは、あまりよく分からない。
それでも、悪くはないな、と頭の底で考えて、誰もいないタワーで一人空を仰いだ。





【END】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1790/瀬川蓮/男性/13歳/ストリートキッド(デビルサモナー)】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

“奇兎”という“異能者”狩りの話でしたが、如何でしたでしょうか?
本編では一体どういう仕組みをもった人間なのかは断片的にしか語りませんでしたが、他の能力者とはどこか違う脆さを持っています。
構造面であったり、精神面であったりと様々ですが、今回のミリの場合は分布相応な外見と吐血を伴う病気です。
そして、彼女らの総称である“奇兎”というのは、とある理由からです。
それほど捻ってはいないので、恐らく簡単にばれてしまうでしょうが。
もっとネーミングセンスが欲しいです、私も。
登場人物の名前にも、もっと魅力的な名前を付けられるよう、語彙を増やして生きたいです。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝