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<東京怪談・PCゲームノベル>


奇兎−狩−

「見つけた」

何を見つけたんだろう、と思った。欲しいものが見つかったのか、会いたい人に会えたのか。どちらにせよ、関係ないな、と思って、渡辺綱は学校からの帰路を続行した。
すれ違い様に見た声の主は、綺麗な少女だった。歳は同じ頃。
ふいに下段から放たれた刀を寸前で避けられたのは、ある種奇跡だったのかもしれない。

「……何の、用?」
用など聞かなくても分かっている。この少女は綱を殺す気だということ。そしてそれは計画性のない突発的なものではなく、ある程度の情報を携えているのだということ。
依頼者が誰だとか、少女自身の怨恨かは分からない。
考える前に、既に「鬼」を殺しすぎていた。

いつかはこんな日が来ると思っていた。

「殺す、という用です」
少女は予想していた回答を、静かに口にした。口調はひどく丁寧なものだった。
剣を正眼の構えで切っ先を綱に向け、次に間合いに入ったら容赦なく切り殺す、と目が語っていた。
「なんで、殺すんだ?」
綱の問いに、少女は気だるそうに「知る必要はない」と端的に述べた。まあ確かに、殺す相手に殺す理由を与える必要はない。死ぬ人間に語る言葉はそれだけで無駄だ、とは言いすぎだが、やる気がそげることは事実だ。
……まさか、「鬼」を狩る人間が逆に狩られるとは、ね。自嘲気味に笑うが、足が震えて仕方がない。逃げろ、と脳は命令していても、体が素直に従ってはくれない。だがそれに反して、頭は意外に冷静に事態を観察している。
少女のエモノは剣。手馴れている様子、動きからして、その世界での玄人なのだろう。
「……狩られる気持ちを知っていますか?」
少女はふいに問う。
「知る必要はないですし、知りたいとは思いませんが、知っているに越したことはないですしね」
「…………死にたく……ない」
つまらなそうに少女は綱の回答を吟味し、
「それもそうですね」
と頷いた。
つう、と頬を汗が伝う。厭な汗だ、と綱は拭うこともせずに立ち尽くす。

殺される。

……思考はクリアに、死への画像を紡いでいる。少女に勝てる自信は、実のところあまりない。綺麗だし、その顔を傷付けるのもどこか気が引けてしまう。生との天秤に掛ければ微々たるものだが、こちらが相手を傷付ける理由は、どこにも存在しない。
……殺されたくないから、殺す、か。そういう気分なのかも。
圧倒的な力の差を感じる。
空気が全く異なる。
息をするのだけで、押し潰されそう。
「鬼」が相手の時だと、彼らが何人いてもどんなに大きくても齢を重ねていても、負ける気は全くしなかった。
……こういう話がある。「鬼」に対して強い人間でも、人間相手には決して強いとはいえないのだという話。対鬼戦闘と、対人間戦闘では全く異なるのだそうだ。「鬼」 に比べ、人間には悪知恵がある。故に僅かで勝敗を決する場合には、人間が最後の地に立っていることが多いという。確かに、力技では劣ることは明らかだが、経験値を重ねた人間の間では軽く乗り越えられる壁でしかない。
少女は明らかに、対人間戦闘に長けている眼を持っていた。
対して綱は、対鬼戦闘に長けている眼を持っていた。
「ところで、あなたは本当に“奇兎”ですか?」
唐突に少女はそのようなことを口にした。
「どうも私には“奇兎”か否かの違いが分からなくて、教えてくれませんか?」
「……何? “キト”って」
綱は辛うじて言う。“キト”という単語の変換もよく分からないのに、意味すら分からない。少女はなおも訝しげに綱を眺め、
「あの情報屋、リストが適当すぎやしませんか?」
そのようなことをぼそりと口にした。
少女は剣を収め、綱に向けて静かに詫びを述べた。
「申し訳ない。人違いでした」
……人違いで殺されるとこだったのか。と綱は思いながらも、不覚にも腰をぺたりと地につけてしまった。
差し出される手もないし、受け取る手もない。
少女の目は、綱の目の中を覗いていた。
「もしかして、狩りは専門分野ですか?」
「……「鬼」のね」
無愛想な答えに、少女は意を得たように頷いた。
「どうりで」
一息ついて、少女は詫び代わりにと“奇兎”の存在について簡易に説明をした。“奇兎”とは“異能者”を大別したときの一区画だという。種族が人間以外であったり、血の流れであったり、おおよその“異能者”はそのような流れを汲んで“異能者”たらしめているが、彼らは全くその法則に当てはまらないという。
その捕獲或いは殺害が彼女達に求められた“仕事”であり、綱は間違えてそのリストに載ってしまったというわけだそうだ。
「そういう訳ですので、情報屋の方にはこちらから言っておきます」
そう言って、少女は去った。
「……はあ、終わったか」
未だ震えの止まない手を反対の手で掴み、綱は深く嘆息した。
……狩られるとは、こういうことだったのか。理由などお構いなしに、自分が自分であるという存在である限り、標的からは外れない。生まれながらの存在を殺さない限り、自己を否定し続けない限り、常に死神は纏わりついてくる。死神は殺しても、新たな死神が殺しにくる。怨嗟を共に、更に巨大な鎌を携えた死神は自分の血をぶちまけに来るだろう。殺しても殺しても、終わらない。なんという、恐怖。
「…………」
それは確実な未来でもあった。
確率ではなく、確定なもの。
背筋を突き抜ける、悪寒、或いは死神の鎌。
それでも、むざむざ死ぬわけにはいかない。
それが、多分、償いかもしれない。
「さて、行くか」
声に出して、動く。否、声に出さないと動けなかったのかもしれない。
制服に付いた土を払い落とし、綱は前へ進んだ。

これからも、「鬼」を狩る。
躊躇いはない。
それでも、願おう。
この連鎖が終わることを。





【END】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1761/渡辺綱/男性/16歳/高校二年生(渡辺家当主)】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

“奇兎”という“異能者”狩りの話でしたが、如何でしたでしょうか?
“狩る”人間、“狩られる”人間。
その後者に視点を置いて、書いてみました。
“理由は存在にあり”という論理がはたらく世界での生死の駆け引き。
ただ訳もなく“狩られる”側に回った心情は、恐怖以外の何物でもないのかもしれません。
立ち向かう強い人間もいますが、“狩られる”ことについて真っ向に向き合うこともまた強さの一つではないでしょうか。
それが文章で伝わっていれば良いな、と思います。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝