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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


百鬼夜行〜終〜

 今世間は、空市という街に起こる『百鬼夜行』の事件に大きく関心を寄せていた。
 鎌倉の世に異形の猛威に晒されて滅びかけた小国は、一人の術師によって救われ、異形は己の世界諸共封印されたという過去がある。
 小国はやがて日本という国に内包され、『空市』となり、穏やかな日々を他と変わりなく過ごしていた。
 けれどそれは泡沫の平和。
 やがて封印は弱まり、空市をまた異形の集団が闊歩する。空市を黒雲が覆い、市民は恐れ、そうして九人の子供が空市から行方を晦ませた。
 その捜査を依頼された草間興信所の職員達は、謎また謎の間に目の前で子供を浚われ、異界へ乗り込み子供を救おうとしても簡単に弾き出される始末。
 謎が謎を呼び幾多の夜を異形の殲滅に当てても、異形は絶えず増え続ける。
 やがて第二の協力者としてアトラス編集部の情報力を得、深まる謎を解き解し、また選択肢を失い、それでも核心に近づいていった。

 ――ゆっくりと、終幕のベルが鳴り響く。


◆紅の空 未来への足掛り◆
 異形は朝に弱い。
 その事実は書物にもあったし、また皆が体感した事でもあった。桜塚・金蝉は数時間前、まさにその事実を実感したばかりなのである。
 もう何日も前の事の様に思えもするが、異形達との戦闘からまだ半日も経たない。朝日の昇るのを目にすると異界へと逃げ帰った異形達に、草間興信所もアトラス編集部の面々も小さな休息を与えられた。
 怪我は仲間達の医療で全快したものの夜通しの戦闘で、疲労はかなりのもの。けれど金蝉も他の面々も泣き言は一切言わない。
 今日の夜でケリをつける。それは子供の生きていられる限界点でもあったし、また言葉にせずとも皆が思っている事。
 アトラスの見つけ出した少女、否、鎌倉の世の稀代の術師――空市に封印を施した古河切斗を前に、真剣な面持ちの雁首が揃う。
「滅した筈の異形にしては、数が多いって事だな?」
草間武彦が代表して疑問を口にすると、少女は小さく頷いた。
「封印を施す以前に、数ある術師の前に異形共も多く滅しました。赤、青と呼ばれる巨鬼も同様――故に切子を異界に残した時、彼女の前には女王と数えるだけの異形だけだった筈」
 稀代の術師、古河切斗は二人で一人。切子と千斗の双子姉弟を合わせて古河切斗と呼んだと言う。今目の前にいる古河切斗は切子の能力を持った少女の体に、千斗の魂が入ったモノ。
「あの、じゃあ……僕達が見た赤い鬼は?」
「”鎌倉”の二鬼は太陽の下で確かに瞬滅しました。新しく生まれたのか、あるいは」
「幻?」
「――やもしれません。食を失った彼らが生きていた理由が、生態の変化以外であり得るのならば」
「実際にそうだとして、異形を作っているのは女王なのかしら?そう考えると色々矛盾が生まれてしまうのだけど」
 言葉を曖昧に濁しながら、千斗は申し訳なさそうに瞳を伏せた。
 秋杜にも幻というには彼の異形達は多過ぎだと信じられない。しかし閉ざされた空間では、如何な生物も食を失って生きていけるものでは無い。仮に生態が変化したとして、否しかし、如何様に増殖したのか?
「……共食い、とか…?」
「考えたくねぇけど、そういう事もあり得るだろう」
「その判断は僕にお任せ下さい。この体の能力を使う事は適いませんが、記憶が覚えていますから」
 金蝉はただ瞳を閉じて話に聞き入っている。
 窓の外の天空は、夕焼けの美しいグラデーションに染められていた。


◆藍の空 決戦の時◆
 空市の家という家に、今は人の気配が一つも無い。市民は須らく空市を避難し、空市には異形を空市に閉じ込める為の結界が張られていた。
 濃藍の空に小さな星が輝く夜、迎え撃つ準備は万端だった。
 かくゆう金蝉も異界に乗り込む準備を整え、蒼王・翼と共に結界の前にて待っていた。前夜から今朝までに追った傷も、仲間達の能力を持って完治。流石に疲労は如何ともし難いが……。
 一時的に張られた結界は、異界から流れくる力のうねりに常人にはわからない悲鳴を上げている。結界主の綾和泉・汐耶の青い顔が金蝉の瞳に映った。
 これが最後の機会。次は無いと誰もが知っている。疲れた等と言っている状況では無いのだ。
 傍らの翼の様に、未だに話し合いで解決したいと思うのは甘い。前夜異界入りして現実を見ても尚――最もその時がくれば容赦を知らない翼の事、そういった意味での心配は一切無い。
 翼が大音声で仲間の名前を呼んだ事で、金蝉はその物思いを解いた。
 坂の下方から柊・秋杜という少年と長い黒髪を風に揺らす真柴・尚道が駆けて来る。
「早くしろ。追いて行くぞ」
「金蝉……」
 金蝉が不機嫌に顔を歪めると、翼が苦笑の元にやんわりと諌めた。
 金蝉、翼、そしてこの二人の計四人でまず異界に乗り込む。女王と相対する事を望んだ彼らが子供の救出を。残った者が異界より出でる異形との戦闘を。
 行動は前回と何ら変わりない。しかし単純にみえるその行動の背景には様々な思惑がある。
 だが金蝉にとっては重大な事では無い。金蝉の目的は異形共の殲滅であり、異界にもはなから戦うつもりで乗り込む。
 結界が揺らぐ。汐耶の指が結界を解こうと円を描き、それを固唾を呑んで見守る者達――。
 金蝉の瞳が僅かに細まり、汐耶の伸ばした腕の先に黒い穴が見て取れた。小さな穴が肥大し、深淵がその口を開き闇を広げる。
 同時にその周りに風が渦巻き、金蝉の美しい金髪を浚う。
 そして背筋を伝う感覚。
「――っち」
 空気が張り詰めるのが分かる。それぞれの武器を握り臨戦態勢を取る仲間達の前で、形を確立した穴から迸る殺気と狂想。おどろおどろしい念が広がり、やがて。
【キキィ……!!】
甲高い叫びと共に、異形が踊り出た。
 沸いて出るそれを一刀両断。それぞれの能力が殲滅せしと振るわれる。
 地獄絵図の再来は糸も簡単に。
「っらぁ!!」
 銃声。断末魔。猛声。爆音。一瞬で世界は変化する。
異形は増す。金蝉は三人と共にそれを蹴散らしながら、穴へと飛び込んだ。邪魔をするものは容赦無く、目に留まる者には魔銃を放ち、そうして金蝉は闇を受け入れた。


◆闇の先 守る者◆
ぼんやりと不気味な色を称えた鬼火に、異形の姿と駆ける粉塵が照らされていた。歓喜に叫ぶそのほとんどが金蝉達に目もくれず、外を求めて走り出て行く。それでも時々は金蝉達に向かって攻撃を放ち、それらの弱き力は一片も振るわれる事なく途絶えた。
「女王さんは、どこなんでしょう…」
背後を突いてくる秋杜は小走りで、きょろきょろと視線を彷徨わせている。
「この間は門を入った瞬間どこかの屋敷の広間に出た、という事だったけど」
翼が律儀に答えながら。
「それは見込めなさそうだ。なあ、金蝉?」
銃を唸らせる金蝉に同意が求められ、彼は瞳だけで頷いた。
 金蝉は異界に入るのは初めてだ。ただこの場に居る誰よりも異形と対して来たものであり、百鬼夜行の事件に当初から協力していた為、この件に関しては良くわかっている。
「王つったら一番立派な屋敷に居るもんと、相場が決まってるけどな」
 余裕のある動作で門を通り抜け、ため息と共に尚道が言う。
「どれがそれなのか、さっぱりわかんねぇ」
背後から飛び出た異形を一蹴の内に退け、もう一度ため息を漏らす。
 昔日の日本を連想させるに十分なその光景は、整然としてどれも同じに見えた。その中に見目にも豪奢な屋敷は意外に多い。
――が、それは。
「杞憂だな」
”ソレ”に気づき、金蝉は嬉しそうに唇を歪めた。
 忘れろと言われても無理な話だ。たぶんその存在は一生忘れられない。
 真っ直ぐに続く道の先に、赤い巨鬼が立っている。その金色の目は自分達に向けられ、門戸を背に何かを守る様だ。背後のソレは街の中にあり尚壁を有し、よくよく見れば違和感を募らせるような分かり易い程の城だった。
 ある意味では突然現れたかの様な。
 背後を見やれば、今までそこにあった入り口の大門が消え後にもただ町並みが広がるばかり。
「奴をぶっ潰す」
女王は城に居る事だろう。そして赤鬼を倒さない事には女王には会えないだろう。秋杜達の侵入を命がけで阻むために、赤鬼はそうして門を守っているのであろうから。
 巨躯が動く。同時にどこに潜んでいたのか異形が家々から飛び出してくる。
 金蝉は素早い動作で飛び出る異形を打ち抜き、弾丸を入れ替えながら一陣の風のように通り過ぎる。赤鬼の振りかぶった手に握られるは棍棒。幾度も人の命を奪っただろう、ぼこぼこのソレを掻い潜り、金蝉は鬼の背後を取った。

 赤鬼の両腕は、使い物にならなかった。右目は潰れ体の彼方此方が焦げ付き、左爪先の向きが本来の踵の位置に来るほど折れて捩れて、とても戦える状況に見えなかった。
 それでも痛覚が麻痺しているのか、鬼は倒れても立ち上がり残ったモノだけで金蝉達を狙ってくる。そんな巨鬼に容赦の無い攻撃が加えられ、赤鬼は背後に倒れた。
 黒々とした血が地面を濡らし、焼け焦げと異臭を街の中に残す。辺りは闇と静寂に支配された。
「終わった、かな」
 翼の言葉に答えるかわりに、鬼に目もくれずその脇を通り抜ける。
 鬼の命の火は未だ消えて居なかったが、それでも両腕をなくした体を立たせる術無く、唸り声を発しながらもがいている姿には憐憫以外の何も感じられなかった。
「行こう」
 そうして四人は城へと侵入を果たした。


◆光の先 戦う者◆
 赤鬼の後を守るには、城の異形共は小物過ぎた。問題外な程の非力さに、時間稼ぎにしかならない時間が過ぎ、四人は糸も簡単に最上階へと辿り着いた。
 大きな扉を力任せに押し開けるとそこには大広間があり、玉座に悠然と女王が掛けていた。
「来るな、と何度言うたものか」
女王は唇を大きく歪ませ、鋭い瞳で金蝉達を睨んできた。人を萎縮させるに十分なそれに、しかし怯んだのは秋杜だけ。
 金蝉が魔銃を女王の眉間に合わせて構えると、尚道も額のバンダナに手を当てた。
 女王が手をかざし、それは一触即発に見えた。
 が、女王との間に立ちはだかり、翼が二人の手を押しとどめる。
「聞くけれど、キミは何者なのかな?」
「――どういう意味か」
「閉ざされた世界でどうやって生き延び、また増えたのかという事だけど」
女王のこめかみがピクリと波立った。構わず、尚道が続きを引き取る。
「色々仮説は出た。幻、共食い、生態変化――これは仮説の域を出ねーけど、『女王=切子』この線は俺も支持するぜ」
「千斗さんが、おかしいと、言いました……」
秋杜が付け足すと女王が眉根を上げて、一巡の後楽しそうに微笑んだ。
「なるほど、千斗の坊を見つけたか。たかが人の子と侮った事は謝ろう?いや、お主らを人の子と呼ぶは可笑しいな」
 女王がかざしたままの手を心持逸らす。
「くっ」
 ドォンと背後で鳴った音に、金蝉は横っ飛びしながら弾丸を放った。
 一瞬前まで居た己等の場が焦げた木を露に見せている。何度も落ちてくるスパークと轟音に金蝉は避けながら――。
「それがお主の力か、三眼の?」
 額に三つ目の瞳を開いた、兄弟なオーラを持つ尚道。彼が一足飛びで女王の眼前に迫ったが、女王は自身に向けられた尚道の両腕を簡単に捕まえて笑う。
 彼が女王の手を蹴りつけたと同時に深き海を凝縮したような弾丸が撃ち放たれたが、女王が手を翳した一瞬にぼろりと崩れて消える。
「ちっ!!」
 魔銃の力は女王の前で意味を成さない。そう悟ると金蝉は銃を捨てた。
 飛び退いて新たに起こったスパークをかわし、真言を唱える。
 動かぬ女王の背後から異形が現れる。異界の開く気配も何も無いままに――
「幻か!!」
 湧き出る。床の女王の影から生まれる。蠢きだした影が形を取り、襲ってくる。
 女王の顔が心底面白そうに笑み、自身と仲間達に視線を向けながら
「お主らが今頃答えに辿り着いてももう遅い。例え妾が切子童子そのものでも、例え鬼共が幻影でも、お主らに何が出来ような?どちらにせよ妾を倒せぬ限り、人の世に未来は無いわ!!」
 見えぬ力が互いにぶつかり合い、それは物理的な力となって天井を走る。崩落するそれから結界で己を守り、砂埃の晴れた後また空気が震えた。
 双方動かぬまま……一進も後退も見せず、力と力は相殺を続けた。

 幻である筈の、しかし確かな命を有した雑鬼達は消しても消しても生まれ疲労は募る。荒い息に弾む肩が憎らしく、強靭な体力を誇る自身のその姿に僅かに嘲笑が生まれた。
 幻を生む術師には傷一つ無く、余裕を貼り付けたまま。幻である異形を滅す一番の方法は術師を倒す事であるのだが、しかし向けた攻撃は悉く弾かれた。
 この期に及んで翼はと言えば意味の無い問いかけを女王に向けている。
「――失っ!」
 滅した傍から異形が生まれ、後を絶たない。翼が本気を出してしまえば一気に型がつくのだ。自身の能力には何故かこの世界の者は耐性があり過ぎる。
 劣勢に陥っていく自身達に、しかし転機はあった。
「騙されてはなりません……!!」
 時間が止まったかと思った。そう思うほど自然に、己の腕が止まり、思考が止まり、仲間が止まり女王が止まった。
「その者に幾ら攻撃をしても無駄です。その方自身本体ではないのです!」
 半壊した屋敷の上空には闇。唯一残った崩れかけの階段で小さな少女が叫ぶ。その背後には二人の――あれはアトラスの協力者だったはずだ。
「……千斗? 酷く茫洋としておるが、お主」
「この空間こそが幻です!!」
女王の言葉を遮って千斗の虚ろな瞳が四方を巡った。
「どういう事だ!?」
「そうだとしてどうする?」
金蝉と女王の言葉は同時。女王の余裕ぶりに舌打ちを漏らす。
 ――が。
「僕たちを甘く見ない事だ」
 翼の言葉と共に、世界は一転する。


◆夜の終わり 消える者◆
「っぎゃああぁあ!!!」
突然照りつけた光に金蝉が瞑目すると、同時に絶叫が響き渡った。ゆっくりと視界を慣らし声の主に目をやる。
 幻である筈の女王が、自身の顔を押さえて蹲っていた。天井に開いた大穴から照りつける太陽に、女王の体から湯気が立ち上り、次第に女王の皮膚の焦げる匂いが充満し出した。
 そのまま転げまわる女王を、金蝉は冷酷に見据える。
「ぐぅうっあああああああ…!」
翼の能力だ。この切り札はさっさと出すべきではないかと小さく毒づく。
「で、子供はどこなんだ!?」
 尚道が女王の胸倉を掴み上げて問う。すると女王の醜く溶け出した顔が露になり、皆が顔を顰めた。
 女王は声にならぬ叫びを上げながら、痙攣を起こし、尚道の手から逃れようと必死にもがく。――哀れだった。
 そのまま女王の体は、太陽の光に滅した。屋敷や街も同時に、何も無い空間へと還る。残ったのは太陽の下の金蝉達。
「……消えた…」
「本体が何処かに居るはずです」
 アトラスの協力者に支えられて、千斗が荒い息の下で言う。
「この光の中、女王も弱体しているでしょう」
千斗の言葉に四方に散る。太陽の照らす、ただただ広がる空間。隠れる所など何も無い。空と大地の間を隔てるものは無いはずなのに。
 金蝉はその場を離れず、千斗を見た。可笑しな位に蒼白な顔。千斗は金蝉の視線に気づくと曖昧に笑った。
 魂と体は旨く融合していると見受けられた。親族といえど他人の体に他の魂が入っているにしては、違和感無く同調している。否、むしろ――。
 それに太陽の下の、この姿はどうか。切子の生まれ変わりである筈の手鞠の体が、何故こうも憔悴しているのか。まるで今先程の女王の様に。太陽から逃げるように、人の影に隠れているのか。
 偶然なのか、それとも。
「子供だ!! 子供が居る!」
「何だと!?」
 遠くに騒がしい声が聞こえる。
「1,2の――10人!! 全員居る……脈もある!!」
 けれども金蝉は千斗の全てを見通そうと全神経を研ぎ澄ませ。
 変わりに、見つけた。
「……いけない!!」
 千斗の叫びが早かったのか、金蝉の両足は地を蹴った。
 耳に届いた声は、今までの響きと全く異なった力強い女の声で、事実を放った。
「切子を殺して下さい!!彼女は、女王は切子自身です……!」

 異界を出でた先は、まだ闇の色濃い空市だった。夜空には満天の星が輝く。
 けれど何時もは穏やかな世界は騒然としており、爆風が巻き上がって人を包み隠す。けれど今空市に居る多くは能力者。そうしてこういった事象に長けた者達だ。混乱は小さい。
 出でた筈の異形の躯が駆け下りる先々に転がっている。けれど既に事切れ動くものは無い。
 金蝉は強烈でいて弱弱しい力を追って、ただ走った。
 熱気と冷気がぶつかり合い出来た湯気で、中心に起こっている事は定かではない。けれど躊躇い無くその中に足を踏み入れ、金蝉は唖然とした。
 水上・操が両手に刀を持ち、古田・翠の繰る式紙が対するは。
 古河千斗の器、手鞠そのもの。類似等という域ではない。双子でもそこまで【同じ】では無い。
 血走った瞳。唾液を垂れ流す異形じみた裂けた口。けれど纏う空気は手鞠そのもの。
 故にその者の着物が浅黄色であったのなら、金蝉とて見違えただろう。その者の着物は黒く、所々骨を露にする肌が、異界で見た惨事にぶつかる。
 溶けて爛れた醜い姿。夜闇の中その姿を晒す者は、太陽の下に身を置いていた異界の者のみ。
 あれが、女王。
 炎を生み出し唸る獣のようなそれは、アールレイ・アドルファスを前に溶解を進め――その姿に仲間達の、一瞬前まであった躊躇いが消える。
 少女は覚束ない体の前に、強大な力を持て余す。
 そうして呆気なく、刃がその体に沈んだ。

 
◆朝の始まり 残る者◆
「……いや。いやじゃ……」
 赤黒く、どこか緑を帯びた血がコンクリートを濡らしていく。瞳をなくした眼窩から、骨しか残らぬ体から、夥しい血が流れていく。
 けれどそれは幻でしかない。切子童子と呼ばれた天才術師の、精巧な幻影――。
「一人は、いや……一人は寂しい、怖い、辛い……」
 倒れた少女の体から声は嗚咽混じりに発せられ、それをただ信じられない面持ちで見る事しか出来ず、手鞠が現れた事に誰一人気がつかなかった。
「千斗、千斗……せん、とは何処か……?」
 まるで母親を求める子供の様だと思った。否、事実彼女は子供だったのだろう。
 骨となった切子の傍に、手鞠が寄り添う。
「千斗は、何処か……?」
「あの方は、輪廻の中に……」
 千斗である筈の手鞠がそう言って、切子の冷たい頬を撫でる。
「また、置いて捨てられるか……?妾が、切子が異形の王だから……」
「いいえ。あの方は一緒には生きられぬから、だから僕を作りました。僕が、これからの貴方と一緒に逝きます」
 じりり、とわけも無く後退する。それは何か神聖を伴った子供達の楽園のようにさえ思えて、今自分達がそこに居る事が罪なではと思えて。
 白む景色の中、動けない。
「あの方の代わりが僕では嫌かもしれませんが、この国を解放する事を許して下さい」
 昇った本物の太陽が切子と手鞠、そして全てを照らす。
 明るい光の中。
 錯覚だったのかも知れない。
 美しい童子が、妖艶な美女が、小さく微笑んだ。
 そして次の瞬間淡く明滅して、何をも残さず消えた。
 残された手鞠が太陽を背にゆっくりと振り向く。その姿もぼんやりと朧げに、けれどその顔は切子には似ても似つかない。
「切子は人でありながら、異形の王。暗い感情との間でせめぎ合い、封じられてしまった子供なのです。切子はただ、不器用なだけ。――あの方に会いたかっただけ」
 やがて手鞠の体が大気に薄れ、彼女を通して向こうの景色が透き通る。
「千斗様を責めないで下さい。彼もまた不器用な方。相容れぬ運命の双子が、ただ自分の幸せと姉弟の幸せを願っただけなのです」
「千斗は、貴方でしょう……?」
掠れた声に首を振って、少女は何事かを紡ぎ――けれどそれは言葉になる事無く、永遠に失われた。

 突然に始まった百鬼夜行は、こうして唐突に終わりを告げた。
 ただ残された者達はその呆気なさに立ち竦み、秋杜が意識を失って倒れるまで、誰も動く事が出来なかった。


◆終幕◆
 桜塚・金蝉は眉間に深い皺を寄せて、ホテルのロビーのソファーに身を沈めた。
 どっと押し寄せてくる疲労が許せない。全て終わったとばかりのテレビが煩わしくてたまらない。
 確かに子供は助かり、空市を苛めていた百鬼夜行の事象は消え去った。杞憂は晴れただろう。嬉しいだろう。
 それは結構だ。
 草間・武彦がようやっと笑顔を浮かべた事も、けして間違いでは無い。
 でも胸のやり切れなさはどうすれば良いのか。女王と共に消えた手鞠は結局最後まで自身らに真実を述べず、振り回されて終わった。
 煙草をくわえ込み緩慢な腕で灰皿を持ち上げ、金蝉は渾身の力を持ってそれを窓へと投げつけた。
 窓にぶち当たった灰皿は粉々に砕け、うるさい音を立てて床へと散らばる。
 夢では無い。澄んだ音は事実を金蝉に訴えた。
 崩れて消えた空市の大鐘は、死した魂への鎮魂歌を紡いでいたのだ。荒ぶる魂を鎮める鐘は古河切斗が、力無い術師が封じた姉へ向けた唯一の謝罪。
 本来鈴の音とは魂を導く為のもの。
「荒れてるな」
 苦笑に顔を上げれば、そこには草間の顔。割れたガラスの灰皿に目を向けて、言う。
「うるせぇ」
「昔から続くからって、複雑に考え過ぎたな。簡単な理由、簡単な術。そんでヒントはあらゆる所にあったっていうのに」
悔しそうな草間の顔は見なくても窺えた。同様に金蝉の顔もそうなのだろう。
 全てを知り、全て思い通りに終えた者は、きっと古河切斗。の施した空市の術は切子を鎮める為だけのものであり、力無い千斗は金蝉ら術師の力を借りてそれを成し、切子は己を解放する為に百鬼夜行を起こした。古河切斗はそうする事で自身の罪を清めた。
 贖罪の時は終わったのだ。
 全て、古河切斗の思惑通りに。それが胸につっかえるものの理由。
「この件はもう俺の手を離れた」
 武彦がぼそりと呟いて、煙草に火をつける。二つの紫煙が天井に昇る様は、太陽を目指して消えた二つの魂の様に。
 ――これは、そう。
 草間興信所にとっては確かな、終幕だった。


FIN

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2916 / 桜塚・金蝉(さくらづかこんぜん)/ 男性 / 21歳 / 陰陽師】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1449 / 綾和泉・汐耶(あやいずみせきや)/ 女性 / 23歳 / 都立図書館司書】
【2158 / 真柴・尚道(ましばなおみち)/ 男性 / 21歳 / フリーター(壊し屋…もとい…元破壊神)】
【2797 / アールレイ・アドルファス / 男性 / 999歳 / 放浪する仔狼】
【2863 / 蒼王・翼(そうおうつばさ)/ 女性 / 16歳 / F1レーサー 闇の皇女】
【3461 / 水上・操(みなかみみさお)/ 女性 / 18歳 / 神社の巫女さん兼退魔師】
【3999 / 柊・秋杜(ひいらぎあきと)/ 男性 / 12歳 / 見習い神父兼中学生】
【4084 / 古田・翠(ふるだみどり)/ 女性 / 49歳 / 古田グループ会長】

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■         ライター通信          ■
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 こんばんわこんにちわ。ライターのなちです。またもや凄まじい遅延、申し訳ございません。その上長く、しかも最後は無理矢理な展開気味……いえ考え通りに終わったのですが、第三部でもってくるには一杯過ぎたやも……。
と、とにかくはご参加、有難うございました!!これにて『百鬼夜行』終了になります。間が開いてしまったりと、長々とお付き合い有難うございますvそして散々ご迷惑をおかけいたしましてすみませんでした。
 またどこかでお会いできる事を夢見まして、皆様のご活躍密かに楽しみにしております。