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光 〜世界で1番好きな人〜
シンと静まり返った朝。
「わぁ〜」
カーテンを開けると、そこは一面の銀世界だった。
「雪だぁ!」
千影は子猫の姿のまま、転がるように外に走り出し、ふかふかの雪の中に飛び込む。黒い毛並みの子猫は暫く夢中になって、辺りを駆け回っていた。
庭の片隅に作られたブリティッシュガーデンの小さな噴水には薄く氷がはり、木々は雪化粧をしている。
つめた〜ぃ。と千影は、笑いながら雪が付いた頭をふるふると軽く振る。
体についた細かい雪が飛び散り、太陽の光を反射してきらきらと輝く。
「きれー」
木々に積もった軽いパウダースノーが風に舞い落ち、まるで光のシャワーの様に無数の光を散らす。
「キラキラだ」
冷たく澄んだ、冬の朝の空気の中に踊る沢山の小さな輝きが、千影には主である少年の姿に重なって見えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
暗い緩慢とした闇の中。千影の最初の記憶は、ただ闇に塗りつぶされた空間にいたのだという曖昧なもの。何故そこにいたのかまでは、分からない。ただ揺蕩だけの小さな、小さな魂としてそこにあった。
自我もなく、流れていく時間すらも気に留めぬ、ただそこにあるモノだった。それが、千影の最初の記憶。
それが何時のころか分からない、闇の中に光を感じた。
と、いうよりも小さな光が現れて初めてその意識は、自分が闇の中にいたのだということを知った。
アレハ ナニ
ゆっくりと、輝きを放つものに近づきそっと手を伸ばした時、千影は初めて闇の中から抜け出した。
闇から抜け出た、四肢をゆっくりと動かす。今までなかった生身の体の感触に戸惑いながらも、自分を呼んだものを探した。
目の前で先ほどまで、光として感じていたものが大きな声で泣いている。
……?…
状況がまったく分からなかったけど、火が付いたように泣き声をあげる白くふわふわとした存在に擦り寄り、涙にぬれる頬を小さな舌でなめ上げる。
ナカナイデ ナカナイデ アタシガ イッショニ イテアゲル
あたしが守ってあげるから、泣くのをやめて。千影は本能でそれが守るべき相手なのだと知っていた。優しく頬をなめる少しざらついた舌に、今まで泣いていたそれはきょとんとした目で見上げる。
アナタヲ キズツケル スベテノモノヲ
アタシガ ゼンブ トリノゾクカラ ワラッテ ワラッテ
「なんだ、顔は母親似なのに、力は父親似か」
少し残念そうな声が、小さな毛玉のような千影を抱き上げた。
「こらこら、齧るなよ。お前にも名前を付けてやるから」
突然の事に驚いて、抱き上げる指に小さな歯を立てる。
「ん〜?お前女の子か。そうだな…光に追従するもの…闇…じゃ、少し音が強すぎるな…かげ…影…千影…お前の名前は千影にしよう」
…チ……カ…ゲ……?…
大切なきらきらの光とはまた違う、青白い神秘的な月光を纏うその人があの人と千影の名付けの親。
その時から、千影は千影になった。たった一人の自分だけの光の為に。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ぽんと、少女の姿になり雪の上に降り立つ。ブーツの靴底の下で新雪がキュキュっと音をたて、小さな靴の形に沈む。
「ママ様はあったかいお日様の光だしぃ〜」
千影の周りにある光も人それぞれに違う。雪の上にパタパタと足跡をつけながら、踊るように駆け回る。
ミトンを嵌めた手に雪を掬い、陽光の下に舞い上げる。軟らかい木漏れ日の中で、千影は黒のふわふわのファーが付いたボレロとスカートの裾を翻し、楽しそうにくるくると回る。
「キラキラがいっぱいだぁ♪」
ふわふわとしたウェーブをえがく千影の髪にも、粉雪が降り注ぎ日の光を浴びてその言葉の様にきらきらと光る。
たくさんのやさしい光を纏う、家族に囲まれて今日も彼女は彼らの傍で笑っていられるから。
「みんなキラキラ。でも、チカはやっぱり……」
ズット ズット イッショニイテアゲル
あの時から、変わらないあの人との約束。
「チカ!」
風邪を引くから家にお入り。優しく呼ぶその人と一番最初に初めてあったその瞬間に約束をしたから。
1番好きなキラキラは……。千影はくるりと身を翻し、その腕に飛び込んだ。
アナタガ アタシノ イチバンノヒトダカラ
【 Fin 】
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