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<あけましておめでとうパーティノベル・2005>


痛恨のご冥福をお祈りします


 ――プロローグ

 煌々と輝く満月の下、北風がびゅうと吹き抜けていった。その風に、コートの裾を持っていかれて、襟を立てた男が一人……いた。
 目の前にはおでん屋が使っていそうなほど大きな鍋があった。
 葉室・穂積はダッフルコートの前をしめて、茶と赤のチェックのバーバリーのマフラーをつけていた。
 シオン・レ・ハイは相変わらずの高級そうな衣服で身を包んでいる。両手は黒い革の手袋で覆われている。
 三春・風太は新調したばかりのアディダスの黄色い毛糸の帽子を被り、ダッフルコート姿である。
 並ぶ深町・加門はトレンチコート姿。
 相棒のジャス・ラックシータスは革のジャンバーを着ている。
 ここは屋外……正確には森林公園の中だ。ジャスが所有しているキャンピングカーの横で、火を炊いている。五人は鍋を囲うように円になってパイプ椅子に腰かけていた。
 寒空の下だった。
 冷たい風がびゅうびゅうと火を散らす。
 鍋の中では……蟹が……最後の蟹が……ゆらゆらとダシに揺られていた。
 
 
 ――エピソード
 
 ラスト四本の取り合いを見てみよう。
 まず一本目を征したのは、やはり腕っ節がものを言ったのか深町・加門。
 頭が弱い連中が結集したせいか、一人が蟹を掴むと同じ蟹を全員掴んで取り合いになる、という阿呆な状況になっていた。ここに如月・麗子がいたら、他の蟹は彼女に全部食べられていたことだろう。
「お前等、後でわかってんだろうな」
 加門が低い声でうめいた。
 そのうめきは地の神のうめきにも似ていたのだと、聞いている全員が言っている。あれほど真剣に、彼が物事に執着したのははじめてのことではないか、とジャスは証言した。
 見れば加門の持っている箸の、上の部分が割れていた。
 どうやら力を入れすぎて、折れてしまったらしい。
 その握力と悪魔のごときうめきによって、加門はラスト四本の一本を手に入れた。
 次はシオンだった。
「皆さん、これを見てください」
 シオンが取り出したのは五円玉だった。糸のついた五円玉が、ゆーらゆーらと揺れている。全員がじっとそれを見つめた。
「眠たくナーレ眠たくナーレ」
 ……言いながらシオンはグガーと寝こけた。
 あなどるなかれ。なんと、他の四人も見事に眠ったのだった……。
 ――……。
 このままでは毛蟹ごと朝を迎えてしまうところだったが、寝返りをうとうとしたシオンの手が火に触れた為、シオン一人「あちいぃ!」という声と共に眠りから覚めた。
 シオンは全滅の現状を見て「起こさなければ! 凍死してしまう」と冗談抜きで思ったが、毛蟹の存在を思い出しニンマリした。そして、まあ凍死しても解凍すればいいじゃないかと安易に考え、ゆっくり一つ一つ毛蟹を食らってやろうとまず一本食べた。
 その間に寝相の悪い加門がジャスに寝たまま肘鉄を食らわし、ジャスが目を覚ました。
「うわー! シオンさん! 君って奴はなんてずるいんだ! 皆が寝ている間に食べるなんて」
 ジャスの大声に穂積と風太も目を覚ました。
「ああ! 毛蟹が減ってる」
 加門はまだ眠っている。
 シオンはギクリと肩を震わせて、そして言った。
「みなさん、毛蟹なんか食べたくなーい、毛蟹なんか食べたくなーい」
 両手をざわざわ動かしながら言ってみたが、三人は目の前の毛蟹に箸を突っ込んで押し問答をはじめた。
「あ、ゴジラとキングギドラが戦ってるよ」
「もう観たもんそれ」
 ジャスは無慈悲にもそう言い放った。
「あっちの毛蟹の方が大きそうだよ」
 風太が明後日を指しながら言うと、穂積は箸を握ったまま立ち上がった。
「え? どこどこ」
 穂積戦線離脱。
 ふふり、ふふり、と風太とジャスは笑った。
 シオンは一人ボサノバのリズムに合わせて「け、け、けっがにー、け、け、けっがにー、食べたくない食べたくない、食べたくなーい」と唄っている。なんだか唄っている本人が食べたくなくなってきた様子だ。
 そして、風太は片手で頭の帽子を脱いだ。
 そこには! なんと金色のアフロがあった。
「ボクはこの日の為にアフロを用意しておいたんだ。ラッキーの兄貴、頼んだぜ!」
 だがしかし、ジャスはセブンの友達でありある意味では相棒でもある。
「僕にアフロは効かないよ」
 ニヤリ、ジャスは笑った。
 くっ、風太が悔しそうに顔を歪める。
 そしてジャスが安心して毛蟹の足を取り寄せたそのとき、風太は金髪アフロヅラを取り、ジャスの顔目がけて投げつけた。ジャスは驚いて箸を手放した。その隙に風太が三本目の毛蟹の足にかぶりついた。
 ジャスがアフロを振り払って鍋を見下ろすと、そこにはもう一本の毛蟹の足しか残っていなかった。
 その頃、椅子からはみ出して落ち加門がようやく目を覚ました。
 鍋の中身を見下ろして、一つ指を立たせた。
「あと……一本だ」
 低い、低い声だった。
 だが、最後の一つ……誰も譲るつもりはない。
「腕相撲で勝負だ」
 加門が三白眼で辺りを睨む。
「そんなの加門の勝ちに決まってんじゃん、ダメだよ」
 ジャスが抗議した。加門はジャスの胸倉を掴んで「あんだとおらぁ」と……まるでチンピラである。いつものことだが。
「ジャカジャカジャンケンで勝負だ!」
 穂積はそう言って、「ジャカジャカジャンジャカジャカジャンジャカジャカジャカジャカジャン、イエイ!」とポンキッキーズのコニーちゃんの真似をし出した。残念ながら年増のおっさん二人にはまるでわからず、その場は「ジャン」の後シーンとした。パチパチと火が跳ね、木枯らしが穂積の空しさをさらっていく。
 それを見ていた風太は、ジェネレーションギャップを埋めるいい方法を思いついた。
「アミダクジにしようよ」
 そうしようと、皆同意した。
 風太としてみれば、隙を見計らって線を足し自分に蟹足を寄せようという魂胆である。
「アーミダークジー」
 唄いはじめれば、シオンも唄い、なんだか陽気な雰囲気になってきた。このまま蟹ゲットで風太はホクホクの筈である。……と思っていると、穂積と加門とジャスの視線が痛くなってきた。このままでは、線を付け足すなど無理である。絶対バレる。バレたら殺される。
 風太はざっと立ち上がり、アミダクジを足で消して叫んだ。
「こうなったら!」
 そう言った瞬間、なんとセブンが木の上から落ちてきた。しかも、風太の頭に頭を上にして。アフロがクッションになって、二人ともあまり痛くなかったようだ。
「よお、加門、寒いな」
 加門が答える前に、遠くから声が聞こえた。「あっちだ、あっちにいるぞ!」
 ジャスが目をぱちくりさせた。
「どうしたの、セブン」
 セブンが答える前に、テンガロンハットを被ったウェスタンな人間が馬に乗ってやってきた。彼等はブンブンと縄を振り回している。もう一方のウェスタンな男の縄は、なんと暴れ牛の首にかかっていた。
 セブンは悠長に言った。
「どうやら、暴れ牛に間違われちまったらしくて」
 五人はぎょっとした。
 暴れ牛に間違われるラッキーなんてない。
 つまり今日は――!
「逃げろ! アンラッキーデーだ!」
 加門が駆け出すが早いか、よくわかっていない穂積、風太、シオンも逃げ出した。しかし、カウボーイの放った縄は加門の首に見事におさまり、加門は「ぐぎゃ」と蛙が潰されたような声を上げて捕まった。
「アンラッキーデーってなんですか?」
 風太が走りながら訊いた。
 木々の合間に三人を案内し潜めながら、ジャスが小声で答えた。
「三ヶ月に一回、ラッキーなセブンに訪れる超アンラッキーな日だよ」
 捕まったセブンと加門の行方をじっと見ていると、二人はなんと木の棒に両手と両足をくくりつけられ、そのまま火にくべられたらセブンと加門の丸焼きになるのではないかという格好で、ウェスタン野郎達に連れ去られていった。


 ――エピローグ
 
 そして四人、砂まみれになった蟹鍋の前に立ち尽くしている。
「こんなことになるんなら、仲良く分けて食べてればよかったね」
 穂積が悲しそうに言った。
 全員がこくりとうなずく。
「この蟹は、加門達の代わりに埋めてあげよう」
 ジャスがうっと言葉を詰まらせた。
 あの姿では、どう考えたってあのカウボーイ達は加門とセブンを丸焼きにしたに違いない。
「ボクが最初蟹を取り分けたとき足を一個多くとらなければ」
「私が加門さんの碗の蟹を二本、盗み食いしなければ」
「おれが半分家で蟹シャブにして食わなければ」
 と、それぞれが冥福の言葉を唱えた。
 ジャスが手を合わせて祈るのを止めて、言った。
「はい?」
 加門とセブンのご冥福をお祈りします。
 
 
 ――end
 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2164/三春・風太(みはる・ふうた)/男性/17/高校生】
【3356/シオン・レ・ハイ/男性/42/びんぼーにん(食住)+α】
【4188/葉室・穂積(はむろ・ほづみ)/男性/17/高校生】

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■         ライター通信          ■
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痛恨のご冥福をお祈りします にご参加ありがとうございました。
楽しんでいただければ幸いです。

文ふやか