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<東京怪談・PCゲームノベル>


アトラスの日に


■ヴェールの境界■

 星間信人の夢の中に、鈴の鍵を宿した人造人間が現れた。
 それは、極彩色の<猫>が現れ、芹沢式人造人間に異変が起きた日の夜の夢だったかもしれない。
 或いは、イギリスから好事家が訪れ、芹沢式人造人間が姿を現した日の夜のものであったか。
 どちらにせよ、目覚めた信人は、すぐに自分の今日のスケジュールを確認した。まずは、今日が何日であるかを知るために。もはや彼は、眠りについたのが『昨日』であるという確信など持ってはいない。眠りについたのは、『明後日』かもしれない。『46億年前』であるかもしれず、『7000万年後』であるかもしれない……。そもそも眠ったのは、『自分』なのだろうか。何もかもが曖昧になり、意味を成さないものになっていく気がしてならないのだ。
 幸い、覚めた朝、信人は『昨日』の出来事を覚えていたし、夢の内容もおぼろげながらも記憶していた。
 ――そろそろ、時間なのでしょうか……ね。
 信人は、にいと口元をゆるめ、ひとまずは、今日も真面目に大学付属図書館へ出勤したのだった。


 リチャード・レイは、突然現れた星間信人の申し出を、いやいやながらも引き受けた。
 申し出というのは、芹沢式人造人間・陸號を見舞いたい、というものだ。レイも信人が危険な存在であることは心得ており、束の間迷っていたが、結局は承諾したのだ。そして、東京郊外のとある建築物を待ち合わせ場所に指定した。
「アトラスで見なくなったと思っていましたが……A.C.S.が回収を?」
「そうです。星辰と地脈の位置を計算し、頻繁に保管場所を変えています」
「ふ、ふ」
 不意に含み笑いをしてしまった信人の横顔を、レイの怪訝そうな視線が見つめた。
「失礼。いやなに、常日頃、陸號さんを『友人』だと言っていたあなたが、保護ではなく、『保管』とは……」
 レイは眉をひそめたが、反論はしなかった。
 もう、陸號はひとの言葉にレスポンスをすることもかなわない、『機械』以下の存在に身を落としたのか。進化したというのか。信人の期待は高まった。
 そして、さまざまな疑問はすぐに晴れた。しかし、予想は裏切られなかった。


 あやしげな記号や呪紋、祈祷文などは、すべてが信人にとって馴染み深いものであった。強固な封印が施された牢獄の中、もはやヒトには見えないものが、鈍色の煙を吐きながらうずくまっている。
 つぎはぎだらけの顔の中、白い光を放つ目が、信人やレイを通り過ぎたところにあるものを見つめている。彼の目は、ガラスで出来ているはずだった――。
 顔にはなんとか陸號の面影があるのだが、やはり、変わり果てていた。つぎはぎの縫い目から、鈍色の触手や爪などが生え伸び、力なくだらりと垂れているのだ。信人も知らない異形と化した陸號は、何もせず、ただそこで呼吸じみた行動を繰り返しているだけだった。
「思ったよりも劇的な変化はありませんね」
「変容はいまも続いていますが、ロクゴウさんの意識ははっきりしているようです。我々に危害を加える様子はありませんし、言葉に対する反応もあります」
「ほう。正常稼動中と言い張っているのですか」
「ええ」
 ふふ、と信人は喉の奥で笑った。
「実に興味深い。このような状態になるのも、彼の任務のうちということかもしれませんね」
「まさか」
 レイは信人の言葉を即座に否定したが、自信はなさそうだった。彼が、「まさか」を望んでいるだけだ。証拠にレイは信人と目を合わせない。信人はレイのその思惑をすぐに見抜き、またしても喉の奥で笑うのだった。
「今や陸號さんは、この覚めた世界にありながら、夢の中のあの世界の生物を呼び込むことが出来る。彼は鍵穴にして鍵、そして門そのものというわけです。――レイさん、ひとつ、試してみようではありませんか」
「……何をです。何を、何のために……」
「本当に、彼があの世界への門であるのか――門だとすると、どの門なのか――知るのですよ。あの世界にしか生息しない生物を召喚するのが、もっとも手っ取り早い。たとえばガグ――たとえば猫――ふむ、アブホースというのも面白い」
「莫迦な!」
「はは、嫌ですねえ、冗談ですよ。僕にもユーモアの精神はありますからね」
「……。試さずとも、以前、猫とガグは現実の東京に現れたではありませんか。いまのロクゴウさんは危険です。むやみに手を出すべきではありません!」
「しかし、あなたにも探究心があるでしょう。あなたも僕と同類なのですよ。まさか、ここまで踏み込んでおいて、まだ素面だとは仰いませんよね、パ=ド=ドゥ=ララさん?」
「……!」
 ぎらりと目を紫色に光らせたレイは、しかし、やはり信人に反論することもないのだ。彼はすぐに信人から目をそむけた。
「接触の呪文を試してみませんか。門を守るあのお方と、覚めたままの状態でお話しする絶好の機会です」
「……古ぶるしきものに、何を問うのだ」
「陸號さんの状態ですよ」
 かつての友人を見つめている灰色の紳士は、信人の言葉など意にも介していないようで――溜息をつき、鉄格子の傍らに座っている監視役に声をかけた。
 物々しい鉄格子は開き、信人とレイは大いなる門を前にした。


 鈍色の煙の向こうから、果たして、古ぶるしきものはやってくる。
 現の中に現れるのは、これが初めてか、さてはもう飽きるほど訪れているのか。
 レイよりも上背のある神だったが、その姿は脚と2本の腕を持つヒト型であるかどうかさえ定かではない。神の化身は、ヴェールをかぶっている。
<これより、『窮極の門』である……>
 延命せしものは、沸々と地の底から沸き上がるような、天から降り注いでくるかのような、不可思議で厳かな声でもって、ふたりの探究者を歓迎した。
<戻るは容易く、進むは困難。『鍵』を携えしものどもよ……門を超える覚悟があるというのか>
 ヴェールの中で、神は、頭にあたるものをわずかに下げた。
<『鍵』……『鍵』……ほう……ほほ、う……『第一の門』を……たばかったか……>
 その声には、何の感情もない。少なくとも怒りや失望はなく、ただ結果のみを告げている。
<ズカウバの智恵か……千の貌の守護者のさしがねか……>
「我々は、『第一の門』を超えたということですね」
 信人の声も、さすがに、わずかながらも震えていた。恐怖のためではない。感動のためだ。彼は間違いなく、覚めている。覚めているというのに、夢の中に存在する神が目の前に立っているのだから。
<いかにも……いかにも。これより、『窮極の門』である……すでに、覚悟を抱きしものが、おまえたちと同じ生物が……超えようとしているのだ。まやかしの鍵でもって……>
「まさかそれは、芹沢博士……?」
<いつまで偽り続けるか……いつまで世界を求めるか……それは、おまえたち次第だ……覚悟を抱きしとき、おまえたちは何かを得るだろう……>
 鈍色の世界が強く、濃く、うねり、歪んでいく。
 信人は手を伸ばし、ヴェールに触れようとした。
 しかし、彼が掴んだものは、得体の知れない皺だらけの生物の灰色の皮に過ぎなかった。皮は手袋をはめたままの信人の手が掴むと、みちみちと肉から剥がれていった。それは、あたかも、ぼろぼろのころもであるかのように。
「おお!」
 感極まり、思わず大声を上げる信人――
 その襟首を、強く掴んで引き寄せた手は、リチャード・レイのものであった。
「もう、目覚めろ!!」


 星間信人の夢の中に、鈴の鍵を宿した人造人間が現れた。
 彼は目覚め、その日が何日であるかを確かめる。
 13月65日でないことを祈るばかりだ。
 ここが夢であり、現実の檻と、門の外であることを願うばかりである。
 彼の手に、不確かな感触がのこっている――
 ヴェールを掴み、剥ぎ取ったような感触が。




<了>

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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【0377/星間・信人/男/32/私立第三須賀杜爾区大学の図書館司書】

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               ライター通信
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 モロクっちです。いつも本当にお世話になっております!
 いろいろひっくり返して記憶と照らし合わせながら書くこの世界、とても素敵なものなのですが……星間様、どんどんどんどん遠いところに行ってしまわれる……。本人が幸せそうなのがいちばんの問題なんですよね(笑)。
 夢と現の曖昧な境界の世界、堪能していただけたのならば幸いです。それにしても『古ぶるしきもの』って、名前カッコイイですねー。