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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>
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「底無し沼」
◆1◆
海原・みそののところに電話があったのは、日も傾くかという頃だった。電話の主、碧摩・蓮は、多少言いづらそうにしていたのだが、やがて要件を告げた。
『ニュースで報道されていただろう。国立プルミエ美術館から盗まれた壷「底無し沼」を、戻してもらいたいんだよ』
「わたくしが、ですか? ですが、大変恐縮ですが、わたくし運動神経の方がちょっと……」
みそのが言葉尻を濁すが、
『大丈夫さ。頼りになる助っ人にも声をかけてある。今回は、どうもあんたの力が必要なんだよ。本当は、小さな子どもをこんな犯罪じみた依頼に関わらせるのはどうかと思うんだけどねえ」
なるほど、最初に蓮が言いにくそうにしていたのは、どうやら彼女の良心によるものだったらしい。
みそのは、電話越しに微笑んだ。
「大丈夫です、蓮様。私の力がお役に立つのならば、それくらいの危ない橋、見事わたってみせます」
電話の向こうから、くすくすと笑う声が聞こえ、それから
『橋を渡るのは良いけどね、途中で転んだりしないでおくれよ』
しっかり心配されてしまった。
■
みそのは、彼女の趣味と実益を兼ねた黒い服に身を包んでいた。ついこの間届いた特注品だ。一見すると、ただの黒いフリルをふんだんに使用したワンピースに黒タイツという出で立ちだが、ボタンひとつでスカートが外れ、マントが現れるのだ。
「こういうこともあろうかと、作ってもらっていて本当に良かったですわ」
服というのは外へ向けて着るものだ。誰かに見てもらいたいし、機能がついていればそれをいかしてみたい。
「けれど、あの壷……。製作者の思いがとてもこめられているように感じましたわ」
テレビ越しではあるが、その姿は拝見済みだ。あの手の壷は、製作者の思いがこもればこもるほど、味わい深い色を出すといわれている。
そんなことを考えているうちに、「アンティークショップ・レン」へ辿り着いた。ドアを押し開ける。
中にはすでに、二人の人物がいて、みそののほうを見ていた。一人はアンティークチェアに座り、穏やかなまなざしでみそのを迎え入れていた。思わず言葉を忘れてしまいそうになるほどに美しい顔立ちをしている。そして、それとは別に彼とは何か通じるものを感じた。本質的なところで、どこか似ている。
と、もう一人の男――背の高く細身な、少々神経質な印象を与える男が、溜め息混じりに呟いた。
「――キミがここの店主のわけ、ないよね」
黒髪に、ピンクのメッシュという奇抜な髪型、全体的なファッションのアクセントにもピンクが使われている。もう一人の男とは別の意味で、目を奪われる。
みそのは相手の観察を終えると次に言葉の意味を考えた。そして答える。
「ここの店主は碧摩蓮様ですよ。わたくしは、海原みそのと言います」
と、その時店の奥から音がした。3人は同時にそちらを見やった。
「待たせていたようだね」
ようやく、店主の登場である。
◆2◆
「集まってもらったのはほかでもない、あの壷を、もとの場所に戻してきてほしいんだ」
碧摩・蓮は、パイプを吹かすとなんでもないことのように切り出した。場所はそのまま店先であり、三人はめいめい売り物であるらしい骨董の椅子に座っている。
「壷を戻すと簡単に言っても、私たちに依頼するのにはそれなりの理由があるんでしょう?」
セレスティが言った。蓮はうなずいて、
「あの壷の製作者は、明治時代の陶芸家、渡辺琉斎(わたなべりゅうさい)という男さ。彼は、風光明媚な田舎町でこの壷を作った。彼の村には、村の奉り神が棲むという沼があった。その沼の美しさをたたえて、壷を作ったんだそうだ」
「もしや、その沼の方に、何かあったんですか?」
みそのが首を傾げて訊ねる。
「勘が鋭いね。その通りさ。村はやがて、ダム建設のために消えてなくなった。沼も一緒さ。その後、壷はその価値を認められてプルミエ美術館に収められることになった」
セレスティ、みそのの二人がうなずいて納得の素振りを見せた時、
「でもさぁ〜、それがどうしてボクらに依頼する理由になるわけ? 全然関係ないじゃ〜ん」
それまでの経緯をメモに書きとめていた黒酒が頭を上げた。
蓮は、真紅の唇の端を吊り上げた。
「関係ないと思うかい? じゃあ例えば、これを盗んだ男が、自分の意思ではなく壷の意思によって盗みを働かされたのだとしても?」
「壷の意思で?」
言葉を繰り返したのはセレスティだった。黒酒はしばらく蓮を見据えながらペン先でノートをこつこつと叩いていたが、
「――へぇ。それなら話は別だね」
さらさらとメモに記述していく。
「さて、急で悪いんだが、今日の夜にでも戻しに行ってもらいたいんだ」
「本当に急ですね」
セレスティが感想を述べると、
「どうも、この壷はあたしの店じゃ居心地が悪いらしくてね。これ以上置いておくと何をされるか分かったもんじゃないんだよ」
蓮は肩をすくめた。本当に困ってはいるらしい。
「で、どうやって潜入するか、その手順を今から話すよ――」
◆3◆
「セレスティ様が、中へ入られたようですわ」
物陰から、セレスティが美術館へと招かれる様子を見ていた二人である。今回の任務では、セレスティが客として美術館に入り人員の目を引く役目を帯びた。建物の設備に対しては、黒酒のデーモンがいる。
みそのが小声で言うと、黒酒もその長身をいかして上体を通りへと覗かせて確認した。メモ帳をパタンと閉じ、ポケットにしまうと、地面に置いていた、壷の入った箱を持ち上げる。
「じゃ、僕らも行っくよ〜ん!」
デーモン『ピンキー・ファージ』に命じ、辺り1km四方を支配下に置く。壷は、ただこうして持っているだけならば何も害は加えない、と骨董店主は言っていた。それならば何をすれば害をなす存在になるのかと聞きたかったが、時間がないとはぐらかされた。
「いざとなったら、やっぱり壊しちゃおうかな〜」
「今、何かおっしゃいましたか?」
「気のせいじゃないのォ〜〜〜ん?」
みそのを煙に巻き、美術館へと向かう。
厳重なロックも、たくさんの監視カメラも、この『ピンキー・ファージ』の支配下にある。どうやっても逃れられないのさ、と言った感じだ。
みそのが転びかけるというアクシデントもあったが、黒酒のとっさの行動でことなきを得た。
「物質は支配できても、そこに生じる音まではどうにもならないんだからさぁ〜、せめてジュータンの上でこけるとか、できないかなァ?」
「す、すみません……」
二つの影は、着実に目的の場所へと近づいていた。
明治時代に作られた美術品の並ぶフロア、『文明開花の間』には、絵画や壷、彫刻など数多くの展示品が静かにたたずんでいた。しかし、フロア中央の台の上にだけ、何も置いていない。すなわち、そこにこの壷がおいてあったということだ。
「なぁ〜んだ、簡単じゃ〜〜ん」
黒酒は肩をすくめた。これで報酬がもらえるならば、今回はだいぶわりの良い仕事だ。
「……その壷を、元あった場所へ戻せば、今回の依頼はお終いということですね」
「戻してから、ここを脱出したら終わりだよ。さぁて、さっさと終わらせて帰りたいなァ」
黒酒は、壷を持って台に向かっていく。
ただそれだけのことなのに。
みそのは、心がざわめくのを感じていた。
◆4◆
『何故、我をここに戻そうとするのじゃ』
頭の中に響く声。御守殿とみそのは思わず辺りを見まわした。天井の高い美術館の中に反響するかのような声だった。けれど、それらしい人影はない。それ以前に、それが普通の人間の声ではないことを、二人はどこかで気付いていた。
「やっぱ、この壷って事じゃ〜〜ん」
黒酒は壷をそっと床に置いた。熱いような冷たいような、長い間持っていてはこちらに害を与えそうな気配がしていた。
「何故、ここに戻るのがお嫌になってしまったのですか?」
みそのが訊ねた。「声」を聞こうと耳を澄ませる。しかし、壷は「声」では答えなかった。代わりに、目の前にぱっと長閑な田舎の風景が広がった。これが、この壷の作られた、いわば出身地なのか。空気も水も綺麗な所で作られた、製作者の愛情を存分に受けて作られた壷だ。
清清しい、水の気。静謐な流れ。
それが、壊された。水の気は乱れ、もとの上質な気は永遠に失われた。
『それでも、ここにわずかだが気を感じ、ここにいても良いと思っていたのじゃ』
「ここに? わたくしは、気を感じられませんが……あ」
みそのは、耳を澄ませるかのように目を閉じた。
「堰きとめられて……いいえ、ちがう。今にも絶えそうになっています」
黒酒が見つめる中、壷の模様がまるで水面がうねるようなみずみずしさを持ち始めた。
『ささやかな願いまでをも打ち砕くか、人間よ! 我はほとほと失望した……』
「待ってください。わたくしが、流れを呼び戻しますから」
「呼び戻すぅ〜?」
「はい。水は、古来から龍と深い繋がりを持ちます。あなたさまの生まれ故郷に満ちていたのは、水の気の中でも最上級の――龍気ではないでしょうか。この地下に流れているのも恐らくは……。何かがそれを阻んでいるのだとしたら、私の力ならば、流れを戻せるかもしれないですから」
みそのは黒酒に向かってうなずき、壷に向かって深くお辞儀をすると胸の前で手を組んだ。向くのは東の方角、青龍のつかさどる方位だ。
ゆっくりとした呼吸が、辺りの空気の色をも変える。特別な人間にしか感じられないはずの「龍脈」の流れを、黒酒が一瞬感じた時に、壷がかすかに明るい色に閃いた。
◆5◆
「壷は無事に戻されたようだね」
アンティークショップ・レンの店主、碧摩・蓮は、次の日の新聞の一面を見て微笑んだ。「盗まれたはずの壷が元に戻る!」の文字が踊る。その記事の下のほうに小さく、「トンネル浸水、新地下鉄計画見なおしへ」という記事が載っていた。
Fin.
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【1388 / 海原・みその / 女 / 13 / 深淵の巫女】
【0596 / 御守殿・黒酒 / 男 / 18 / デーモン使いの何でも屋(探査と暗殺)】
(発注順)
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■ ライター通信 ■
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初めまして、ライターの月村ツバサです。
今回は「底無し沼」の依頼をお受け下さりありがとうございました。
水に関する能力をお持ちの方が二人いらっしゃったので、どう動いていただくか考えるのが楽しかったです。
海原みその様には深淵の巫女として能力を使っていただくことにし、二手に分かれて行動してもらいました。
他の方のノベルを読まれると、自分のものとは違った面が見えるかもしれません。
感想、苦情等はお気軽にどうぞ。
2005/02/05 月村ツバサ
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