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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


幻想恋歌 〜太陽と空〜

□オープニング

 あなたと出会えてよかったと、思える自分がいる。
 空は青。
 風は凪。
 両手いっぱいの笑顔を、ずっと見ていたいと願う。
 それは自分だけじゃないと信じているから。


□太陽と空 ――水鏡千剣破

 ふと、見上げた空。太陽が眩しい。山際には成長し続ける入道雲。
「すっかり夏だわ……」
 私は呟いた。隣にいた千剣破が吹き出して笑った。
「柑奈ったら、当たり前のこと言うんだね」
「でも、本当でしょ?」
「そうだけど……、ねぇ何か思い出すことでもあるの? 声がなんだか寂しそう」
 隠し事はできない。千剣破が神の使役である巫女だから分かるのではなく、きっと私のことを心配してくれているからなのだ。
「聞きたい? そう言えば、話したことなかったよね」
 親友が頷くのを確認して、私は木陰になったベンチを指差した。
「そこに座って。やっぱり話さないとダメね……というより、知っていてもらいたいわ。あんな事がまたあって、千剣破に逢えなくなることが万が一にもあるなら嫌だもの」
「柑奈……」
 千剣破が私の真剣な目に気づいて、少し言葉を切った。でも、すぐに目を輝かせて私の両肩を掴んだ。
「もぉ〜言ったじゃない♪ どんなことがあっても、あたしは帰ってくるって」
「分かってるわ。分かってるけど……やっぱり嫌なのよ。あんなに苦しい時間を過ごしたのは、私になって初めてだったから」
「? 私になって?」
「その説明もするわ……。座りましょ。ここだと暑くて倒れてしまうもの」
 河川敷に面した公園。その川に向かって置いてあるベンチに私と千剣破は腰かけた。水鳥が気持ち良さそうに、水面に線を描きながら泳いでいるのが見えた。
 つがいだろうか?
 とても仲睦まじい様子で、互いの羽根を身繕いし合っていた。 

 私が今までに誰にも話さなかったことを、彼女に伝えなくてはいけない。心配しているのは、以前千剣破が生死の境目をさ迷ったことがあるからだった。高い的中率を誇る私のタロット占いでも、恐ろしい結果しか見えない中、彼女は仕事に向かった。それが矢もすれば、永遠の別れになるかもしれないというのに。
 苛むのは不安感。
 失うことへの恐怖。
 それはずっとずっと昔、私が私でなかった頃の記憶につながってしまう。大切な人を失ってしまった過去に。
「ふぅ…何から話せばいいのかしら。いっぱいあり過ぎて……。ね、千剣破が聞きたいことは何?」
「うーん、そうだなぁ……まずは夏に何か思い出があるのかってこと」
 短くなった影が一瞬消えた。入道雲が一際大きくなった気がする。視線を空から地面に下ろし、私はひとつ息を吐き出した。
「夏はね……とても哀しい出来事があった季節…なのよ」
 千剣破の左右色の違う瞳が一瞬揺れた。感情を押し殺すことの苦手な子。自分の気持ちに素直でまっすぐ。そんな彼女だからこそ、私はずっと胸に秘めていたことを言える。本当はもっと早く言うべきだったのかもしれない。けれど、言ってしまったら現実感を失いそうだったのだ。
 淡くて脆い記憶。心にしっかり杭を打ち、抱え込んでいないと夢と見紛う記憶。そんな私に言葉にする勇気をくれたのは、もちろん私の大切な親友千剣破だった。
「私、前世の記憶を持って生まれたの」
「前世って……、生まれる前の記憶を持っているってこと? それはどんな――」
「今と同じよ」
 瞼を閉じると、すぐにでも再生されるビジョン。
「私は占い師だったわ。今と同じタロットカードを使う…ね」
「もしかして、柑奈が探してる彼もそう……だったの?」
 頷く。やはり、千剣破は気づいていた。私が彼を探していることを。彼女の前ではその事実を隠そうとしたことはなかったから、当然かもしれないけれど。些細な行動から、私の悩みや気持ちを汲んでくれる千剣破の優しさを感じた。おそらく言葉にせず、私に気づかれないように彼女も探してくれていたのかもしれない。
「うん。でも、私が探している彼は過去の人」
「え? ……じゃあ、探しても出会えないってこと?」
 私は首を横に振った。
「まだ、どんな人か分からないのよ」
 
 背は高いのかしら?
 眼鏡はまた掛けているの?
 髪は黒髪?

 色んなことを想像してみる。私の占いは、彼に関することだけ精細を欠くから。雲に隠れた太陽みたいに朧げ。
「柑奈が柑奈じゃなかった時に経験したのは、彼との……別れなの?」
「千剣破ったら、相変わらず率直ね。こういう時はさりげなく聞くものよ」
 私は沈みかけた気持ちが浮上するのを感じた。千剣破の千剣破らしい問いに、くすくすと思わず笑ってしまう。私の笑みに答えて、彼女は困ったように笑った。
「ごめん、そうだよね…」
「蒸し暑い日だったわ。彼はね、私のタロット占いの師匠でもあった人で、私は彼の手元にいつも魅入られていた。その日は朝から珍しくお客の来ない日で、ぼんやりふたりでお茶を飲んでいたの。そうしたら突然、夕立が降って――そう…窓の外を覗くと、こんな風に入道雲が大きくなっていたわ」
 千剣破が私の視線を追って、空を見上げた。太陽を今にも隠さんばかりに発達した積乱雲。
「柑奈、降ってきそう」
「移動しながら話しましょうか……。この間、できたばかりの喫茶店に行くのはどう?」
「いいよ。でも、遠くない?」
「4時半までは大丈夫よ。朝、天気は占ってきたもの」
「じゃあ、大丈夫ね♪ 柑奈の占いは本当によく当るから」
 私達は並んで歩き始めた。空はまだ青空だったが、さっきよりも少し暗い。
「どしゃ降りの中、ひとりの男性が尋ねてきたわ。見てもらいたい人がいるからって……。初めは断わった。本人が来なければ占う意味がないから。でも、占ってもらいたい本人が病床で動けないから――だから、彼は馬車で出かけた」
「いい人…だね」
「うん」
 そう、いい人だった。問いかける苦言も効果なくて、私よりひと回りも年上のくせに子供っぽくて。いつもおどけて、カードで遊んでいた。だから、失ってしまうなんて思わなかった。
「――馬車は横転したわ。ぬかるみに車輪を取られて」
 話しているのが過去である以上、千剣破には先の展開は分かってしまう。口元を覆って、私以上に悲しそうな目をしている。

 ――きっと私が泣いているからね……。

 涙が零れていた。拭う先から、頬が濡れていく。
「……柑奈」
「…ん、……大丈夫よ。急がなきゃ、降ってくるわ」
 小走りに喫茶店へと急ぐ。走りながら、千剣破がタオル地のハンカチを渡してくれた。頬に当てると暖かくて、千剣破の匂いがした。

                +

 喫茶店に入る頃には、私の涙は止まっていた。ハンカチは洗って返さなければ。こんなに濡れてしまったから。
 占い通りの時間に激しい雨が降り始めた。大きな窓ガラスにたくさんの雨粒が当っては、流れていく。ふたつの紅茶とケーキを注文して、私は言葉を再び紡いだ。
「私が駆けつけた時、すでに虫の息だった。辛うじて、胸のポケットから手渡されたのが【太陽のカード】だった」
「じゃあ、あの時渡してくれたのは――」
「そうよ。意味は、『将来につながる幸せを掴みたい。明るい状況を迎えたい。幸せな恋愛や結婚がしたい。自分を認められたい』そんな、幸せなことばかりを示したカード 」
 千剣破が豊かな髪をテーブルの上に投げ出して、頬を天板の上に乗せた。下を向いて、私からは表情が見えない。くぐもった声で、小さく言った。
「――めん…」
「え…? 千剣破?」
「ごめんね、柑奈。……あたし、そんな大事なカードを持ったまま、危険な場所に――」
 彼女の震える手を握り締めた。
「私は千剣破だから渡したの。そう言ったでしょ」
「でも!!」
 千剣破が顔を上げた。涙が目にいっぱい溜まっている。緩く微笑んで、私は首を振った。
「ううん。彼は私に【生きろ】って言ってくれたの。来世で逢おうって。だから、千剣破にも生きて欲しかったの。運命に負けないくらい強く」
「柑奈ぁ……」
「千剣破。私の友達でいてくれてありがとう。これからも傍にいて。私が彼と現世で出会える日がきた時、一番に喜んで…ね」
 大好きな親友が無言で頷く。私は握り締められた手をいつまでも両手で包んでいた。彼女の優しさが染み込む。
「ほら、ケーキがきたわ。食べましょう。いつまでも泣いていると、私がふたつとも食べてしまうわよ」
「バカ…柑奈」
 ようやく、顔を上げて苦笑した千剣破。私は込み上げてくる感情を嬉しく思った。彼が恋しいのと同じくらい、私は千剣破が好きだ。

 大切な彼と彼女。
 太陽と空に似て。

 彼が太陽なら。きっと彼女は空。
 どこまでも青い。私の心を透明にする高く澄んだ――。


□END□

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

+ 3446 / 水鏡・千剣破(みかがみ・ちはや) / 女 / 17 / 女子高生(巫女)

+ NPC / 盾原・柑奈(たてはら・かんな)   / 女 / 17 / 高校生(占術部部長)

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■         ライター通信          ■
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 久々の「幻想恋歌」でした。ライターの杜野天音です。
 相変わらず柑奈視点の一人称で書かせてもらっています。やっぱり書きやすいですね(*^-^*)
 今回は完全なお任せだったので、本当に好きに書かせてもらって……これでいいのか? と自問しつつ。それでもとても楽しく書かせて頂きました。いかがだったでしょうか?
 前回生かしきれなかった伏線の【太陽のカード】を使用しています。カードには柑奈の想いが詰まっていたんですね。喫茶店のシーンでは千剣破のまっすぐなところが表現できているなら嬉しいです。 
 ではでは、なかなかオープンできない「幻想恋歌」ですが、これからもどうぞよろしくお願いします♪
 楽しんでもらえたなら本望です(>v<)""