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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


百人一首、しませんか? 〜あるいは振袖鑑賞会〜

起■花よりほかに知る人もなし

「うむ。時代は今、振袖なのじゃ!」
「……いきなり、何を仰るかと思えば」
 来訪者にあけましておめでとうの挨拶をするには、かなり気まずい時期の睦月下旬。
 新年仕様ディスプレイも既に片づけが終わり、弁財天宮1階はすっかり日常の状態に戻っている。
 カウンターの上に直接どかっと腰掛けて、弁天はこぶしを握りしめていた。
「着物ならお正月にお召しになってたじゃないですか、よせばいいのに十二単なんかを。……ちょっとそこどいてくださいよ、弁天さま。邪魔です」
 蛇之助はといえば、ぞうきんを手にカウンターやスツールをせっせと乾拭き中である。
 弁天の突然の思いつきに振り回されていたら身が持たないので、できることならばスルーを決め込もうと必死だ。
「じゃが、振袖はまだ着ておらぬ!」
「誰も止めやしませんから、お好きに着ればいいでしょう」
「いいや! わらわは未婚の女神ぞ! 振袖とは未婚女性の第一礼装! せっかくの晴れ姿、大々的に世間様にアピールしたいのじゃ!」
「ええとですね、現代における振袖の着用基準は、一概に未婚・既婚の別ではくくれないようですが」
「何か企画せねば――おお、そうじゃ、雅やかに百人一首大会じゃ! 綺麗どころの娘御たちに振袖限定で参加するように広報せい! わらわと張り合えそうなシュライン、デルフェス、しえる、みなもあたりは逃すでないぞ、女は競ってこそ華じゃ」
「しかし……」
「あと振袖が似合うのは ――ふむ、月弥もイケそうじゃのう。新年会で倒れてからずっと地下1階で寝込んでいる蘇鼓も、褒め言葉限定要員としてたたき起こして来や。ほれ早く!」
「……ふう」
 ぞうきんを握りしめて、蛇之助は肩を落とす。
 当然とはいえ、スルーはかなわないようであった。そのうえ……。

 # # # #
 
「ほう! あっぱれじゃ、デューク! わざわざ着付け教室に通った甲斐があったのう。すでに師範級の腕前じゃぞえ」
「恐れ入ります」
「勘弁してくださいよ〜! どうして私まで振袖を着なくちゃならないんですか!」
 イベントに合わせて内装が変化する『都合のいいフロア』であるところの弁財天宮地下4階では、壁いっぱいに、【熱血にして優雅! クールなる死闘! 素敵賞品付き百人一首大会♪】と筆文字で書かれた垂れ幕がちゃっかりと下がっていた。
 さらにその片隅には、もしも普段着で来訪したゲストがいた場合、強制的に着替えさせるための小部屋が設けられたのだが。
 今そこで、ちりめん本染めの振袖を着せられてしまったのは蛇之助であった。
 紫地に淡い色調の紅葉と菊と桜と梅を山の稜線に見立てて割り付けた、加賀友禅の逸品である。長い銀髪は弁天の手によって結い上げられ、珊瑚の簪まであしらわれている。
 着付師はデュークだった。「この世界の騎士は、淑女の求めに応じて着付けのひとつも出来ぬでは、一人前とはいえぬのじゃ!」と弁天に吹き込まれたため、律儀にも無料きもの着付け教室にしばらく通い詰めたのだ。
「仕方あるまい。肌も露わなわらわを前にすると眩しくて手が震えると申すゆえ、わらわはデュークから着付けてもらえぬのじゃ」
「申し訳ありません。どうも女性にお着せするのは気恥ずかしくて」
「それじゃ着付けを習った意味がないじゃないですかぁ〜」
「まあ今回は、百人一首に白熱した娘御たちの少々の着崩れを直せれば宜しい。……ふむ、モデルが蛇之助の割には、なかなか見栄えがする。この友禅作家の振袖は、実際に身につけてみないと真価がわからぬでの。デューク、次はこれを着せてみよ。同じ作家の手描き友禅で、作品名は『花の舞』じゃ」
 自分の着替えはそっちのけ、というよりは、膨大な着物コレクションからハレの振袖をチョイスするための参考資料として、蛇之助は着せ替え人形と化した。
 その受難は、百人一首大会の参加者たちが次々に弁財天宮を訪れるまで続いたのである。

承■いまを春べと咲くやこの花

「ええと……」
 がらんとした1階フロアを見回して、石神月弥は首を傾げた。髪飾りの大きな青いリボンが揺れる。
 今日の月弥の外見年齢は14、5歳。濃い青地に百花模様の振袖を着た姿は、どこからどう見ても愛らしい少女である。
「あれれ? もうみんな集まってるころだと思うんだけど」
 草間興信所で見かけた、おそらくは鯉太郎作と思われる強烈極彩色ポスターによれば、ちょうど開催時間のはずである。だが弁天や蛇之助はおろか、他の参加者たちの気配もない。
 途中、ボート乗り場や動物園前を通りながら、鯉太郎やデュークやハナコに合流できるかとも思ったのだが、彼らの姿も見えなかった。
「直接会場に行っていいのかな。百人一首大会って地下何階でやるんだっけ……?」
 開催場所を表記したポスターの文字を脳裏に甦らそうと、カウンターに手をついて月弥は眉を寄せる。だが、思い浮かぶのは24色の蛍光ペンを駆使した超絶文字の色合いばかり。肝心の情報に関する記憶はすっぽり埋もれたままだ。
「んー」
 ……とはいえ、月弥が考え込んでいた時間は僅かだった。
「地下4階でしょ」
「地下4階ではないかと思いますわ」
「あのー。地下4階じゃないでしょうか」
「弁天さんのいつものパターンだと、地下4階ね」
 本日の参加者である綺麗どころの華やかな声が次々に1階フロアを満たし、疑問をあっさり解いてくれたからである。
「そう……か。そうですよね」
 得心した月弥に、まず声を掛けたのは嘉神しえるだった。
「月弥くんが着てるの、アンティーク振袖でしょ。良い着物ね」
「しえるさんも。それって京友禅ですか?」
 あでやかな着すがたに、月弥は目を見張った。しえるの振袖は、深い黒の地に牡丹や梅や菊などの四季の花があしらわれ、幻想的な金彩が施された見事なものだった。
 しえるはいつになく照れくさそうに笑う。
「まあね。気に入ってるけど、もっと渋めのものにしようかなとも思ったの。その帯もいいわね、白地に草花文。誰のお見立て?」
「あ、着物も帯も小物一式も、伯父さんからお年玉でもらったんです」
 月弥は両袖をひょいと持ち上げた。ぼかした青の濃淡の美しさや、きっちりと詰め込まれた百花模様の繊細さがより良くわかる。
 ……その袖から一瞬、白く細い手が現れて、すぐに引っ込んだ。どうやら月弥の振袖は曰く付きで――おそらくは妖怪『小袖の手』の振袖バージョンらしい。皆、気づいたはずなのにあえて突っ込まないあたり、揃いも揃って大人物ばかりである。
「お似合いですわ。お顔映りもとてもよろしくて」
 鹿沼デルフェスが、手持ちの風呂敷包みを抱え直し、にっこりと目を細める。デルフェスが身につけている振袖も青地のアンティークで、こちらは辻が花の文様が流れるように描かれた上品なものだった。
「皆さんとても綺麗です。大会が始まったら写真撮らせていただきますけど、今、何枚か試し撮りしてもいいですか?」
 なぜか大きなバケツをふたつ携えている海原みなもは、どこからかさっそくカメラを取りだした。2、3回立て続けにシャッターが押される。
 みなもの振袖は、なかなかの変り種であった。翼に似た袖の形といい、全体のシルエットといい――鳥――を模しているようである。浅黄の地には菱形と渦巻型の雲、その間に雄鶏を配した文様も、どこか異国的でユニークであった。
「みなもさんの振袖の模様……。珍しいですね。発祥が古い時代のものみたいだけど」
「わたくし、初めて拝見しましたわ」
 骨董品には馴染み深いはずの月弥とデルフェスが、揃って不思議そうな声を上げる。
「『ノイン・ウラの酉』――干支の酉にちなんだのね。漢代における経錦の代表的なものよ」
 かつかつとヒールの音を響かせてカウンター前に来たシュライン・エマが、希少な図柄をあっさり看破した。
 そういうシュラインは、シンプルなベージュのスーツ姿である。
「……まあ」
 デルフェスはシュラインの質素ないでたちに驚いた声を上げた。
「シュラインさんは振袖をお召しではないんですのね。勿体ないですわ」
「勿体ないから、普段着で来てしまったの」
 軽く肩をすくめ、シュラインは先頭を切って地下への階段を降りはじめた。

 # # # #

「うぉー。吃驚した。別嬪ぞろいで豪勢だなぁー!」
 地下1階の接客用フロアを抜け、さらにその地下に続く階段へ向かった5人を、素っ頓狂な声が追いかけた。
 振り返った彼女らが目にしたのは、虹色のきらめきを放つスパンコールの集合体だった。
 よくよく見ればそれが派手な羽織袴であり、その着用者が舜・蘇鼓であることが判明するのだが、それには息を呑んでからたっぷり3分半の経過を要した。
「新年会以来かしら? お元気そうでなにより……というわけでもなさそうね」
 蘇鼓の大声は空元気であり、体調はすこぶる悪いらしいことは、聴覚に優れたシュラインならずともわかった。
 なぜなら蘇鼓は、右手で頭の上に氷嚢を吊るし、口には体温計をくわえていたのである。
「あぁ。新年会の時、うっかり酒を飲んじまってさあ。あれからずーっとこのフロアの部屋をあてがわれて寝込んでたんだよ」
 病人の記号のようなスタイルに、シュラインは怪訝そうな顔をする。
「あの時は私もいたし、蘇鼓さんがお酒苦手なのは知ってるけど。……でも、そんなに具合悪くなるくらい飲んでた?」
「飲んだんだよっ! ビールを一口もな!」
「ビール一口で倒れたのっ?」
 酒豪のしえるが、聞き捨てならじと突っ込みを入れる。
「そんなにすごい下戸だったなんて。見かけによらないわね、蘇鼓先輩」
「誰が先輩だっ!」
「ごめん、大先輩の間違い。二年ダブってたものね。留学生のくせに」
「……夢の話かよ! そんなもん、さっさと忘れろ」
「でも、そんなにひどい二日酔い、じゃなかった三週間酔いなのに、百人一首大会に出て大丈夫ですか?」
 心配そうなみなもに、蘇鼓は頭に氷嚢を乗せたまま胸を張った。
「だって賞品が出るんだろ? 参加しないわけにはいかないじゃねぇか!」
 
転■われても末にあはむとぞ思ふ

 広大な地下4階フロアいっぱいに、畳が敷き詰められている。
 部屋の中央部には白い取り札が一面の雪のように散らされ、すでに準備は整っているようだった。今日のゲームは「散らし取り」を主に行うつもりらしい。
 弁天、デューク、鯉太郎、ハナコは、未だ普段の服装のままで控えていたが、何故か蛇之助の姿は見あたらなかった。その代わりとでもいうように、薄紅地に花車文様の振袖を着た銀髪の美女が、読み札を手に頬を染めてうつむいている。
 不本意ながらしばらく弁財天宮に居候していた蘇鼓は、今日に至る流れが何となく伝わっていたので、その美女が無理矢理女装させられた蛇之助であることはすぐにわかった。
(ご苦労なこって)
「弁天さまー」
 みなもがにこにこと弁天の側に行く。
「遅ればせながら明けましておめでとうございます。これ、ささやかですがどうぞ」
「おお、みなも。今年も宜しゅうにな。……して、この超ダイナミックな大バケツふたつは一体……?」
「お年賀です。各種海草を詰め合わせてきました」
「産地直送じゃな。コラーゲンたっぷりでお肌に良さそうじゃ。……さて、皆の者!」
 取り札を囲んで車座になった参加者6名に、弁天は右手の拳を振り上げる。
「よくぞ来てくれた! 百人一首大会開始の前に、さあ、わらわの美しい振袖姿を褒めよ讃えよ!」
 そう叫んだ瞬間、苦笑して立ち上がったのはシュラインだった。
「とか言って弁天さん、まだ着替えてないじゃない。……どの振袖にするか、迷ってるんでしょ?」
 図星をさされて、弁天は狼狽える。
「う、うむ」
「いっそ、片っ端からお色直しすれば? ついでにコレクションの振袖の中から、私にも一式、貸してくださらないかしら」
 スーツ姿で来たシュラインは、もともと弁天から振袖を借用するつもりだったらしい。併設されている着替え専用小部屋に弁天とシュラインが向かいかけたところを、デルフェスがつと引き留める。
「そういえば、デュークさまや鯉太郎さまやハナコさまも、まだいつものお召し物ですのね」
 弁天は無念そうにぼやいた。
「いっそ全員に振袖を着せてしまおうとしたのじゃが反抗しおっての。デュークや鯉太郎が嫌がるのはともかく、ハナコに至ってはわらわのコレクションがことごとく気に入らぬと申すのじゃ」
「それは、どうしてですの?」
「……サイズの問題だよっ! ぜーんぶ、ハナコには大きいの!」
 たたたっと側にやってきたハナコがふくれっ面をした。
「でしたら」
 デルフェスは自分の持ってきた風呂敷包みを差し出した。
「わたくしも予備の着物を何枚か、お店から持ってまいりましたの。小さな女の子用の振袖も、男性用の和装もございます。宜しかったらスタッフの方々にどうぞ」
「ほんとー? ありがとう、デルフェスちゃん」
 ハナコは喜々として着替え部屋に走る。
 なにがしかに思い至ったシュラインは、デルフェスの耳元に口を寄せた。
「お店にあった着物って――つまり、曰く付き?」
「いいえ。普通の着物ですわ。……ほとんどは」
「ほとんど?」
「はい。成人女性用の振袖もありますので、シュラインさんも如何ですか?」
 秘密めいた笑みを浮かべるデルフェスに、シュラインも微笑みを返す。
「弁天さんの友禅コレクションと、アンティークショップ・レンの在庫の中からレンタル振袖を選べるなんて、なかなか贅沢ね」

 青と藤色の染め分け振袖に着替えて戻ってきたシュラインが、百人一首は初心者だという月弥やデルフェスやみなものために、肩慣らしのお遊びとして「坊主めくり」を提案した。
 いったん蛇之助から読み札を借り、裏返しにして積みかさね、順番にめくっていく。
 男性の絵札の時にはそのまま。女性の絵札を引けば、今までにめくった札を全部もらえる。運悪く坊主の絵札が出てしまったら、自分の札を全部返さなければならない。
 このゲームについては、ビギナーズラックが発現した。一番多く札を集めたのはみなもで、次点がデルフェスだったのである。
 本大会での優勝候補と目されているしえるやシュラインは何度も坊主札を引いてしまい、嘆く姿がみなものカメラにばっちりおさめられることとなった。

 白熱した坊主めくりも、その後の散らし取りの練習も、弱体中の蘇鼓はまるっきり成績が振るわなかった。
 舞台は本大会に移り、まずは弁天による開会宣言が行われた――のだが。
「皆さま。本日は晴れやかにして雅やかな麗姿でのご参加、感謝にたえません。百人一首大会とは銘打っておりますものの、この催しの趣旨は皆さまがたのお美しさの鑑賞でございます。ゆえに、お集まりくださった時点で、すでに本会は大成功をおさめたと言えましょう。ゲームは付録のようなものではございますが、ごゆっくりお楽しみいただければ幸いです」
 ――どよっ。
 とても弁天の口から出たとは思えない真っ当な挨拶に、一同はざわめいた。……顔を見合わせて頷いているデルフェスとハナコを除いて。
 弁天は今、薄紅色地に桜の花びらと古典模様の手鞠が散りばめられた振袖を着ている。これはおそらくデルフェスから借りたアンティークショップ・レン秘蔵の品であろう。この振袖は身に付けた者の性格を、しとやかな大和撫子に変化させてしまうらしい。
(……頭痛ぇ)
 氷嚢で額を冷やしたまま、ぐったりと胡座をかいている蘇鼓の耳に、蛇之助が読み上げる歌が響く。
 しえるやシュラインや月弥(の振袖から伸びた手)が、素早い動作で取り札を攫っていった。
(やれやれ。今日は1枚も取れそうにねぇな)
 ふと蘇鼓は、畳に目を落とした。膝の陰に隠れた、1枚の取り札が目に入る。

 ――われても末に あはむとぞ思ふ

 77番、崇徳院の歌だった。
(……ふうん。こんなところで、お前の詠んだ歌を目にすることになるとはな)

 # # # #

 歴史とは勝者が編纂するもの。
 だから、保元の乱に破れて讃岐に配流となった崇徳院に、出自の判らぬ赤毛の楽師がずっと付きしたがい、その最期を看取ったことを、歴史書が伝えることはない。
 鳥羽天皇の第一皇子、顕仁親王と呼ばれていたころから、蘇鼓は彼に楽師として仕えていた。
 ――そなたは、父親と仲が良いか?
 ある日、楽曲の合間に、皇子はそう問うた。
 彼が本当は鳥羽天皇の息子ではないこと、実の父が白河上皇であることを、誰もが知っていた。彼の運命は、父親たちによって狂わされつつあった。
 ――そりゃもう。溺愛されてますけど?
 ――ならば、そなたとは話が合わぬな。
 皇子はひどく機嫌を損ねたが、それでも蘇鼓をお払い箱にはしなかった。崇徳天皇となっても、やがて鳥羽上皇に謀られて退位を勧告されても。

『われ日本国の大魔王なり、皇を取って民となし、民を皇となさん』
 そう血書した写経を海に沈めたときも、蘇鼓だけは傍にいた。
 侘びしい配流の地で、崇徳院は髪も切らず、髭も剃らず、爪すらも伸ばしたままだった。
 ――あのかたは、生きながらにして、天狗になられました。
 様子を見に来た者たちは、都に帰ってそう報告したという。
 華やかな宮中にいたときは、恋の歌を詠んだりもした貴公子であったのに。

「瀬を早み 岩にせかるる 滝川の」
 ちょうど蛇之助が、その歌を読んだ。
 蘇鼓は反射的に、取り札に手を伸ばす。それは、しえるとほぼ同時だった。
「あー。すまん。俺のお手つきだな」
「……同時だったわよ。判定してもらいましょう」
「いいよ、別に」
 かつて宮中を彩っていた女性たちに勝るとも劣らぬ着物姿が妙に眩しく、蘇鼓はぽりぽりと首すじを掻く。
(見ろよ、顕仁。この別嬪さんたちを。あれほどお前が憎んだ国は、また新しい年を迎えちまったぜ?)
「まあ蘇鼓さま、お顔の色がお悪いですわ。大丈夫ですの?」
 気遣って弁天が顔を覗き込む。
「うるせー。てめぇはもう着替えてこい」
「同感。そろそろ、お色直ししてきたら?」
 弁天の肩を掴み、着替え用の部屋に回れ右をさせてから、しえるは蘇鼓に向き直った。
 白い取り札が、膝の上にすっと置かれる。
「この札はあなたに譲るわ」
「何だとぉ?」
 勝ち気な瞳を、ふと柔らかく細めて、天使の末裔は微笑む。
「たぶんあなたは、別れたひとにはもう逢えないんでしょう? だけど私は、また逢えるもの」

 ――しえるから渡されたその札が、今日の蘇鼓のたった1枚の取り札となった。

結■をとめの姿しばしとどめむ 

「ある意味、予想通りかのう」
 6人の取り札を回収して並べ、弁天は大きく頷いた。
 本大会直前、デルフェス持参の大和撫子変換振袖に着替えたときは、性格がしとやかに変化して大いに皆を戸惑わせたが、何度かのお色直しを経て、今はいつもの調子に戻っている。
「しえる50枚、シュライン24枚、月弥23枚。デルフェス、みなも、蘇鼓が仲良く1枚ずつ」
「月弥さんの、と言いますか『小袖の手』さんのご健闘ぶりは凄かったですね。お疲れさまでした」
 蛇之助にねぎらわれた月弥の振袖は、細い手を片方だけ出してVサインを作った。
「ポスターに書いてあったけど、成績優秀者には、確か上位3位まで賞品が出るのよね?」
「興信所の経費節減になるものだと助かるわぁ」
「やったー! この振袖着てきて良かった! 伯父さんにお礼言わなきゃ」
 口々に言うしえるとシュラインと月弥をまあまあと押しとどめ、弁天は鯉太郎に目配せをした。
「出番じゃ、鯉太郎。3名様分の賞品作成依頼を受注したぞえ。おぬしの芸術的センスを爆発させて良いぞ!」
「よっしゃあ! 少し待ってな! すげぇフィギュアを作ってやるぜ!」
 そう叫んで鯉太郎は飛び出していった。3人の心に、いやぁーな予感がよぎる。
「……すげぇ……?」
「フィギュア……?」
「それって……?」

 しえるとシュラインと月弥に、鯉太郎クリエイター作の『振袖姿のフィギュア1/8スケール』がそれぞれ手渡されたのは、それから1時間後のことであった。
 
 # # # #

「なんだぁ? 成績優秀者だけが何かもらえるのかよ? 参加賞はどうした参加賞はっ!」
 モノがどのようなブツであれ、とにかく蘇鼓は賞品をゲットしたかったらしい。札1枚取得組を代表して弁天に詰め寄るのだった。
「むぅ……。そう言われても、参加賞の用意はしておらぬでのう……」
「とにかく何かよこせー! あんたらも参加賞欲しいよな? なっ?」
 同意を求められたデルフェスとみなもは、顔を見合わせてから首を横に振る。
「わたくしは特に……。皆さまと楽しく過ごせましたからそれで宜しいかと……」
「あたしもいいです。いろんなことを勉強できましたし、家族へのお土産に写真をたくさん撮りましたし」
「うーむ。欲のない娘御の言葉は心に響くことよ。あいわかった」
 無欲の勝利というべきか。
 弁天は急遽、参加賞を設けることを決めた。

 しかしそれは、今年の干支であるところの、酉に関係する幻獣騎士団長の悲劇を招いたのであった。
 弁天から、幻獣の姿で来るようにとの呼び出しを受けた某グリフォンは、いきなり小部屋に引きずりこまれ――

「やめてください許してください弁天さま。そんなところをっ、あんまりです、あああ〜〜〜っ!」

 すわ18禁表現かと耳を疑うような絶叫が響いたが、奪われたのは騎士の貞節ではなく、後頭部の羽根であった。
 その羽根を加工した携帯ストラップが、参加賞として、デルフェスとみなもと蘇鼓に配布される運びとなったのだ。

「私はあまりお役に立てませんでしたね……」
 着付けに長けた参加者が多かったため、着崩れを直す出番もなかったデュークが呟く。
 手持ちぶさたのあまり、蛇之助の帯結びをふくら雀から重ね縦矢に変更しながら。
 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1252/海原・みなも(うなばら・みなも)/女/13/中学生】
【2181/鹿沼・デルフェス(かぬま・でるふぇす)/女/463/アンティークショップ・レンの店員】
【2269/石神・月弥(いしがみ・つきや)/無性/100/つくも神】
【2617/嘉神・しえる(かがみ・しえる)/女/22/外国語教室講師】
【3678/舜・蘇鼓(しゅん・すぅこ)/男/999/道端の弾き語り/中国妖怪】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、神無月です。お待たせいたしました!
この度は、振袖コラボと題しました企画のノベルサイドにご参加くださいまして、まことにありがとうございます。
百花繚乱の華やかさは貴重な経験でございました。
なお、「転」の部分は、お選びになった歌も含め、それぞれが関わったシーンごとに微妙に変化しております。他の方々の目に映ったご自分を覗いてみるのも一興かと存じます。

そして今回は、作中での「賞品」をお持ち帰りいただくことになっておりますっ。お邪魔でございましょうが、ご笑納いただければ幸いです。

□■舜蘇鼓さま
黒一点の面目躍如、振袖を圧倒するようなスパンコール羽織袴をお召しになっての新年会からのご滞在(?)、お疲れさまでございました。しえるさまとの取り札の一致はもしかして運命かも? どきどき。