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闇風草紙 〜バレンタイン物語〜
□オープニング□
彼に会って、何かが変わった。それは何だろう?
街の飾りや店先のディスプレイ。世の中は聖なるバレンタイン。
伝えなければ。
これからどうなるかは分からない。でも――。
想いを伝えなければいけない気がする。
熱い頬はきっと貴方を想うから。
□ガーネット・オブ・ガーネット ――弓槻蒲公英
「あの…あの……、な、なんでもないんです未刀さま」
「じゃあ、奥に入ってもいいじゃないか?」
「えっ? ダッ! ダメです!! あの、ご飯ならすぐ作りますから、リビングにいて下さい」
珍しく蒲公英が強行に僕をキッチンから追い出した。やんわりとした彼女の性格から考えて、いつもの状況とはとても言えない。僕は何か手伝えることがあるなら――と、何か忙しげにしている少女に進言したのだった。けれど、この反応。
「『手伝うよ』…すら、言わせてもらえなかった…な」
思わず口から飛び出したのは不満の声だった。憮然とした顔を僕はしているに違いない。通常なら、もしも僕の力が不要ならきちんと断わってくれるのが蒲公英だ。もしくは嬉しそうに、名の如く花のように微笑むのが彼女なのに。
面白くない……。
これがどんな感情なのか知らないが、イライラが募る。1度ならまだ分かるがもう3度目。
「…………理解できない」
ソファに腰を下ろした。隣にいた彼女の父親が、弾みで煙草の灰をテーブルに落した。僕が慌てて灰皿を渡すと、彼は僕以上に憮然とした顔で言った。
「悩め」
「……どういうこと、なん――ゴホ…ですか?」
「さぁな、自分で考えな。俺は教えてやらん、絶対に教えん」
そう言い残すと、灰皿を持ったまま別の部屋へと移動して行った。仕方ないので、僕は散歩に出ることにした。と言っても追われている身、近所の公園をグルリと回ってくるだけなのだが。
玄関を開け、ドアを閉める。と足音が追いかけてきた。蒲公英だった。
「どこに行かれるんですか、未刀さま……あの」
「言わなくちゃいけないものなのか? 蒲公英が僕に隠れて何をしてるのか教えてくれたら、僕も教える」
言いたくないのに、口が勝手に暴言を吐く。彼女を試すようなことを言う。まだ幼い少女にひどいことを言っていると分かっているのに、止まらない。
「…え…………その、別に…何も」
「嘘だ。言えないからそんな嘘をつくのか? 僕は蒲公英を信じてるし、守りたいからここにいるんだ…けど」
「未刀…さま。あの、わたくし――」
蒲公英の赤い瞳が揺れている。宝石のような輝きは出会った頃と何も変わってはいないのに。
これ以上聞きたくなかった。何が変わってしまったのだろう。隠し事をするような子ではなかったはずだ。僕は蒲公英に背を向けて、マンションのエレベーターへ向かった。声さえも追っては来ない。
僕の澱んでいく心が哀しかった。
+
翌日。僕は朝から蒲公英の顔を見ないままに、部屋を出た。公園のベンチに座って、ただぼんやりと空を見上げた。
雲が流れる。風が通り抜ける。
「僕が何かしたのか? 分からない……」
原因を考えてみるが分からない。こんな気持ちのまま、彼女の顔を見たらまた口汚い言葉を発してしまうかもしれない。それが恐かった。これ以上傷付けたくない。昨日の僕の言葉は蒲公英を傷つけただろう。揺らいだ赤い瞳が針のように僕の心臓を刺していた。
空が夕暮れ色に染まる。太陽が西の空へと帰っていく。夜の帳が僕を包んで、白い息が立ち昇った。
「帰れない……か」
僕には帰る場所がないのだ。蒲公英を失いたくない。唯一の居場所。与えられた初めての場所。けれど、今は――――。
「…………さ…まぁ…」
遠く声がした。小さくて儚い。あれは確かに。
「蒲公英!? どうしてここが……」
「探しましたわ…未刀…さま」
「僕は帰れない。蒲公英を傷つけた僕は――」
長い黒髪が抱きついてきた。思わず受け止める。
「た、蒲公英!?」
「ご、ごめんな…さい……。あの、わたくし…これを作っていたんです。未刀…さまのために。あのあの、もらって…く……れます…か?」
僕の服に埋めていた顔をそっと起し、蒲公英はコートのポケットから小さな箱を取り出した。それはブルーのリボンにライムグリーン包装紙で丁寧に包まれていた。
「僕のために作っていたのか……だから、隠してたのか?」
小さな頭が頷く。僕はひどいことを言ってしまった。確かめもせず、一時の感情にまかせて。
両手でそっと箱を受け取った。
「ごめん」
蒲公英の頬が緩んで、いいえと言ってくれた。僕はベンチに彼女を座らせて、箱を開けることにした。リボンをほどこうとしたが、どうにも上手く行かない。クスクスと笑われてしまった。
なんとか開けると、中には丸いチョコレートが3つ入っていた。
「食べていい?」
「もちろんですわ…未刀さまに、食べて…も…らうために、作ったんですも…の」
口に運ぶと、甘くとろけて勝手に目尻が下がっていく。
「よかった……。喜んでもらえて」
「美味いよ。でも、どうして僕に黙って作っていたんだ? 別に隠さなくてもよかったんじゃないのか? お菓子はいつも作ってくれているし」
「え…………/////」
カァ〜と一気に蒲公英の頬が赤くなった。僕は不思議に思いながらもう一度訪ねた。
「え…あの…ご存知なかったんですね。言わなきゃ……ダメ…ですか?」
「知りたい」
おずおずと、蒲公英が耳打ちしてくる。
僕は体を傾けて彼女の吐息を受けとめた。
「2月14日は女の子がチョコレートとあげる日なのです……。あの、す、好きな方に」
今度は僕が赤くなる番だった。愛しくて抱き締めたくなるのを辛うじて抑え、手を握った。
星が燦然と輝く空の下。
燃えているのは赤い瞳。
宝石よりも綺麗な僕の宝物。
□END□
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
+ 1992 / 弓槻・蒲公英(ゆづき・たんぽぽ) / 女 / 6 / 小学生
+ NPC / 衣蒼・未刀( いそう・みたち) / 男 / 17 / 封魔屋(逃亡中)
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■ ライター通信 ■
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いつもありがとうございます。ライターの杜野天音です。
キャー、なかなかに燃えるシチュありがとうございました。こういうの大好きっす(>v<)""!!
如何でしたでしょうか? 色々と書きやすいので未刀視点の未刀の一人称にさせて頂きました。この方が、そっけなくされてイライラする未刀が上手く表現できるので。それにしても未刀も勘違い大王です…相変わらずだわ。
今回バレンタイン物語はすべて石の名前をつけてます。この「ガーネット・オブ・ガーネット」は宝石のガーネットよりも、蒲公英の瞳が嬉しそうな色に揺れているのが一番という意味です♪ やるなぁ未刀。さぞかしチョコ美味しかろう。
プレゼント喜んでもらえたら嬉しいです(*^-^*)
次回またご参加さい。ありがとうございました!
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