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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


The Gate of seventh heaven



 神聖都学園の二階と三階を繋ぐ階段、その壁は、どことも知れない異空間へと通じているらしい。
――――そんな噂が学園の生徒達の間に広がりだしたのは、二週間ほど前の事だった。
いわく、昼夜問わず、学園の制服を着た男子生徒が、その壁をすり抜けて姿を消してしまった場面を目撃した生徒が数人いるのだという。
 もっともそれは学園におこる怪談にありがちなものであり、いざその目撃者を見つけようにも、それはいまいち判然としないままになってしまう。
 他の生徒達が試しに壁に触れてみても、壁はなんの変哲もないただの壁であり、すり抜けることなど出来ようはずもない。

 一方同じ頃、アンティークショップを営んでいる碧摩蓮は、全身から面白くなさげなオーラを漂わせ、煙管をすぱすぱとふかしていた。
いわく、二週間ほど前にどこかから紛れこんでいた小さな鏡が、時間を問わず、怪異をなしているのだという。
もちろん品物に潜む怪異など日常茶飯事な生活をしている蓮の事。ちょっとやそっとの怪異では微動だにすることもないのだが。
「――どうもね、鏡を通じて、得体の知れないバケモンや胡散臭い男なんかが、こそこそ出入りしてるらしいのさ。気配を感じて見てみれば、そん時にはもう、姿なんかどこにも見つからないんだけれどもね」
 蓮はそう吐きだして、苛立ちをぶつけるように、カウンターを指先でトントンと叩く。
こういうのはどうも落ちつかない。うっかり盗難でもあったら話にならないじゃないか。
そう続けると、蓮は問題の鏡を恨めし気に見据えるのだった。


 +

 
 三上事務所のドアを、一人の少年が叩いた。
少年は神聖都学園の制服を着ている。年は17、18といったところだろうか。
しかし少年を迎え入れた三上可南子は、やけに神妙な顔をして、少年と向き合い、座った。
「――――人ではない者がここに来るのはめずらしくない事じゃがな」
 ため息まじりに呟くと、三上は中田が運んできた湯のみを手にする。
「して、魔であるおぬしが、うちに何用じゃ?」
 訊ねると、少年は年にそぐわぬ冷徹な輝きを満たした瞳を緩め、メガネのフレームを指の腹で持ち上げた。
「我が主よりの依頼です。一つ、主が住む場所への通路が二箇所ほど不安定な状態にあるので、そちらを平定し、復旧してほしいとの事」
「不安定な状態、とな? ……なるほど、ついうっかり招かれざる客が入りこまないようにするのじゃな」
 少年は頷き、二つ目の依頼を口にする。
「二つ目は、我が主の元を逃れた使い魔を捕え、主の元に戻すこと」
 指を二本立ててみせる少年を、三上は目を細めて見据えた。
「おぬしがそれをこなせばよいだけではないのか?」
 問うと、少年は首を横に振り、口を開ける。
「主はぼく達以外の方との繋がりを欲しているんです。手を貸してくださる方は多いにこした事はありませんし、」
 少年はふいに穏やかな笑みを浮かべ、
「ぼくも主も、今この時代では、かつての力を全て解放出来るわけではありません。……正直、ぼくでは管轄も異なるんです」
 申し訳なさそうにそう呟いた。



□ 

「ふゥん、なるホド」
 神聖都学園の中の件の階段に立ち、デリク・オーロフは意味ありげに笑いながら壁を撫でた。
「なんの変哲もない、ただの壁デスねェ」
「…………」
 亜矢坂9・すばるがデリク同様に壁を撫でている。
「……壁だな」
 いくらかの間を置いた後に返事を返すと、すばるは、およそ感情といったものを感じさせない目でデリクを見据えた。
「証言デハ、これを抜けて出入りしていル方がいらっしゃるようデスが……」
 デリクの言葉に、すばるは返事をしなかった。
すばるは自身に搭載されたサーチアナライザを用いて、壁を分子レベルで調べてみようと思ったのだった。
「……む」
 壁を分析していたすばるが低く唸り声をあげたので、デリクはすばるの目線を追いながら訊ねた。
「なにかわかりましたカ?」
「……セメントで出来ている」
「ただの壁だってことデスね」
「コンクリートを下地に、抗カビ対策などがなされた処理を施されている」
「……私が思うにデスね、これはあれですよ」
 すばるの言葉を中断させるように、デリクが自分の顎をさらりと撫でる。
「……あれとは」
「いわゆる都市伝説。何時何分何秒にどこそこに触れると異世界へ連れていかれるとか、そういう類いのものではないかと思うのデスよ」
「うむ、都市伝説」
 言葉を返し、すばるは踵を返し、階段をおりようと足を伸ばした。
その途端すばるは大きな音と共に階段から転がり落ち、大の字になった状態で、やはり感情のこもらない目を瞬きさせた。
「すばるさん、大丈夫デスか?」
 慌てたデリクが小走りに階段をおり、転がったままのすばるを抱え起こす。
「サーチアナライザを起動させたままだった」
 抑揚のない声でそう答え、すばるはすらりと立ち上がる。
そしてむうと小さな唸り声をあげて廊下の方に目を向けた。
「椛司さんだと思いマスよ。学園の関係者に怪しい動きがなかったカ、調べに行くと言ってましたカラ」
 すばるの視線に気付き、デリクが小さく笑う。
 間もなく姿を見せたのは、花東沖椛司だった。椛司はデリクとすばるに気がつくと柔らかな笑顔を浮かべて首を傾げた。
「壁の方はいかがでした?」
 微笑みつつそう訊ねる椛司に、すばるが口を開く。
「コンクリートを下地に、抗カビ対策などがなされた処理を施されている」
「……はぁ」
「なんの変哲もない壁でしタ。私が思うには、これは何らかの都市伝説のようなものが絡むのではないかト」
 デリクが顎を撫でつつ答えた。
「それデ、学園関係者は?」
「あ、はい、それが」
 デリクの言葉に首を向け、椛司は集めてきた情報を順序良く話し出した。

 
去年、学園の男子生徒が一人殺された。
犠牲となった数こそ多くはないが、そのオカルトを匂わせる手口の残虐性もあって、世を賑わせた事件。俗に『タロット殺人事件』という名で呼ばれるようになったその事件の被害者が、その生徒だったのだ。
犯人は既に捕まり、事件はあっけない幕引きをしたのだが、かろうじて犠牲にならずにすんだ少年が一人いた。
その少年もまた、後に学園の名簿に数えられる生徒となったのだ。


「そのため、しばらくの間、学園はマスコミ取材とかで大変な目に遭っていたようです。どの生徒さんも親御さんも、職員の皆様も、よい顔をなさってませんでした」
 椛司はそう述べて目を細め、短いため息を一つついた。
「タロット殺人事件……ふむ、データ確認。犠牲者の数は二名。一人は体を二分され、一人は目玉をくりぬかれていた」
 すばるが雑誌の記事を読み上げるように淡々と述べる。
「で、その助かったという少年ハ?」
 すばると椛司の顔を順に眺め、デリクが問いた。
「その後しばらくして学園に転校してきらようです。マスコミとかが煩わしかったのかしら。でもやっぱりショックが大きかったのか、学園にもあんまり出席してないみたいです。連絡先なども調べてみたのですが、残っていた住所からも退去されていたようで」
 椛司が首をすくめる。
「記録によれば、その生徒は両親共に既に亡くなっているとの事だから、親族のいずれかに身を寄せたのではないか」
 すばるが告げる。
椛司が首を振った。
「学園に通う事が出来る範囲には、その子の親族はいないようです。学園の寮にも在籍してはいないようですし」
「……そうですか。なんだか奇妙な話デスね……」
 デリクが群青色の目を細め、言葉を続けた。
「どうやら壁を通り抜ける事は今はできないようデスし、ひとまずは今回の依頼主の元に行ってみましょうカ」
「そうですね、何か進展があるかもしれませんし」
 椛司が頷く。
すばるは同意を示す前に既に歩きだしていて、廊下を走る運動部の群れにぶつかっていた。
「……サーチアナライザを起動させたままだった」




 三上事務所にはセレスティ・カーニンガムの姿があった。
彼は何やら神妙な面持ちで、しかし悠然と、緑茶を口に運んでいる。
「学園の方はいかがでしたか?」
 湯呑をテーブルに置くと、セレスティは微笑しつつ問いかけた。
同時のタイミングでデリクもまたセレスティに訊ねる。
「そちらの方はどうでしたカ?」
 
 セレスティはふと首を傾げて前髪をかきあげ、説明を始めた。




 
 アンティークショップで問題になっている鏡の調査に向かったセレスティは、まずは丁寧な挨拶を店主に述べて、件の鏡を手に取った。
 顔の全体を覗くことも出来そうにない、小さな鏡。さらに言えば鏡面は薄く汚れていて、本来の用途は成せそうにない。
しかし骨董品のそれとして見れば、周りに施された銀細工などは美しく、細やかだ。
置き物としての価値としてだけでも、一見するにふさわしいものではあるだろう。
「……で、どうだい?」
 店主である蓮が、カウンターの向こうから、気だるそうな視線をセレスティに向ける。
「そうですね」
 返し、セレスティは細い指先で鏡面を撫でながら、くすりと小さく笑った。
「霊道、というものが在るというのは、ご存知ですか?」
「ああ、なんだかそんなモンがあるっていうよね。あたしには知ったこっちゃないけどね」
 紫煙を一筋吐きだし、蓮は首を傾げた。
「ようは、そういったような通路が、この鏡を通して出来あがっているのですよ。……私が見たところでは、それは故意に作られた道であるようですが」
「故意にだって?」
 蓮がカウンターの向こうでわずかに身じろぎする。
「どうやら前にこれを持っていた主が、通路を開けたようですが。……しかしこのような骨董品を、10代半ばの少年が持っていたとは」
 どこか感心したようにそう告げて、持参してきた聖水の入った小瓶の蓋を取る。
「……子供だって?」
 口にしていた煙管を離し、蓮が目を細ませた。
「ここ数週間、子供がうちに来たことなんか一度もないよ。その鏡は、あたしが知る限り、二週間くらい前からそこにあった。運んできた可能性があるとしたら、その辺りにやってきた中年の男くらいなもんさ」
「……しかし私が見る限りでは、この鏡を手にした事があるのは、蓮さんと、以前の持ち主だったと思われる少年の姿くらいなのですよ」
 小瓶をテーブルに置き、セレスティはふと表情を固くする。
「もちろんセレスさんの能力を信じないわけじゃないさ。……鏡が自分の意思でここにきた、って事も……考えられる事だよねぇ」
 
 それきり黙りこんでしまった蓮を横目に、セレスティは聖水で鏡面を洗浄し、簡易的な封を施した。

「とにかく、これでひとまずは通行できないようになったはずです。簡易的な処置ですから、後程きちんとした処理を施しにあがりますよ」
 




「……どうも気になりますネ」
 テーブルを囲み、デリクが不意に口を開ける。
「なにがですか?」
 のんびりとした声音で返したのは椛司だ。
すばるは出された湯呑を口にしたまま、無表情にデリクを見据えている。
「イヤ、依頼人が仰る”主”という方……。その方が本当に悪魔を使役するだけの力をお持ちならバ、なぜ対象の悪魔を契約で縛り付けないのだろうか、と思いましテ」
「同感です、デリクさん」
 静観していたセレスティが身を乗り出して目を細めた。
「それをしないというのは、やはり何らかの理由があるからでしょうか。……私が考えていることが、単なる杞憂であればと思うのですが」
「どういった事を考えていらっしゃるんですか?」
 椛司が訊ねる。
「つまり、依頼人の主は、本来であれば押さえ付けておくことが出来る対象を、わざわざ私達に依頼してきたのではないか、という事ですよ」
 セレスティは涼やかな声でそう返し、絹の光沢を放つ銀糸を指先で撫でつけた。
「……理解しかねる」
 すばるが湯呑を置いて瞬きを一つする。
「セレスティさんが鏡に触れて覗いたという相手は、少年であったといいマス。そして椛司さんが調べてきた事柄にも、少年は関わってきていマス」
 デリクが眼鏡のふちに指をかけてニマリと笑んだ。
「すなわち、キーワードは少年にある、という事だな」
 すばるが口にすると、四人はそれぞれに立ちあがり、事務所の奥でこちらを見ている三上可南子に頭をさげる。
「依頼人も神聖都学園の生徒でしたよね。学年とクラスは分かっていますから、依頼人本人にお会いしてみましょう」
 柔らかな口調とは裏腹に、そう告げる椛司の目には、ひやりとした輝きが滲んでいる。
その言葉に頷き、デリクはやれやれとため息をついた。
「面倒にならなければいいのデスが」




 夕暮れも過ぎ、空は薄く闇を浮かべている。
学園にはまだ運動部で練習している生徒や教師が残っているが、校舎の中にはその影がほとんど見当たらない。
「依頼人はまだ残っていますかネ?」
 首を傾げるデリクに、すばるが目線を持ち上げて廊下の奥を見据えた。
「こちらに歩き寄ってくる二名の男子生徒を確認」
 すばるの言葉に、他の三人が同時に顔を上げる。
薄暗い廊下の向こうから、確かに二つの人影がこちらに寄ってきているのが分かった。
「……3年の野田充明君と、2年の今鞍流君ね」
 椛司が呟いた。

 姿を見せたのは神聖都学園の制服を着た二人の少年で、学年章を見る限り、椛司の言うように、3年と2年であるようだ。
椛司の声を聞いたのか、今鞍という少年が、恐縮したように肩をすくめた。
「野田君の依頼をうけてくださった方々ですよね。……初めまして。本来であれば、僕が直接伺うべきだったのですが……なにぶんにも時間をとれずじまいでして」
 今鞍が丁寧に言葉を述べる横で、野田という少年が静かに頭をさげる。
その二人を訝しげに見ているのはセレステイだ。
セレスティはひとしきり二人を見やった後に、いつものやんわりとした笑みを浮かべ、足を半歩進める。
「キミは鏡がお好きですか?」
 微笑しつつ訊ねる。
野田はわずかに眉をしかめたが、今鞍の方は表情を変えることなく頷いた。
「そうですね。特にてのひらくらいの大きさの、手頃な大きさのものが」
「骨董品ですとか?」
「アンティークは好きです。そうそう、最近いいアンティークショップを見つけたんですよ」
 なるほどそうですか。そう返し、セレスティはついと口を閉ざした。
「……ところで、この学園には、七不思議のようなものはありませんでしょうカ? 例えば階段の数が違うだとカ、ベートーベンの目が光るだとカ」
 デリクが問うと、野田がわずかな沈黙の後に答える。
「階段の壁をすり抜けて出入りする人影を見た、という噂を、よく聞きます」
「それそれ、それデスよ! その噂とやらヲ、詳しく聞かせてくれませんカ?」
 眼鏡の奥で群青色の目を輝かせ、大きく首を振る。
「詳しくといっても……」
 困惑してしまったのか、野田はそれきり口を閉ざしてしまった。
思案顔で返答に詰まっている野田を横目に、今鞍が口を挟む。
「僕が個人的に見聞した限りでは、例えば5時59分59秒だとか、そういう数時の並びの時に、多く目撃されているようですよ」
「ははァ、なるほど! ……おっと、それなら皆さん、もうすぐ時間デスよ!」
 時計の針を確かめて、デリクが三人を見渡した。
「もうすぐ7時ですもんね。……ご依頼されたお探しものが、その通路の中にいるかもしれませんし。行ってみましょう」
 椛司が静かに告げると、すばるが先頭をきって歩き出した。
背には薄刃のセラミック剣――オッカムレイザー――と、ショットガン――マックスウェルマスターキー――を背負っている。
戦闘に向かう気まんまんといったその姿を、セレスティが微笑みながら眺めている。



 所々に灯る明かりの他には、足元を照らすものさえない。
ひやりとした廊下は、四人が歩く足音だけを響かせている。
やがて階段の壁を前にした四人は、後ろについてきた二人の少年の気配を感じつつも、時計の針の動きに神経を向けた。
正確に秒読みするすばるに合わせ、なんの変哲もないはずの壁に手をそえる。
触れたその瞬間、四人の体は壁を通りぬけ、その向こうの世界へと足を踏み入れた。
しかしそこは、
「……学園の階段ですね」
 セレスティが呟いた。

 そこは見紛うことのない、神聖都学園だった。
ただ一つ、さっきまでの学園との決定的な違いを除き。

「でも、これは……」
 呟いた椛司の言葉を、すばるが繋げた。
「左右が逆になっている」

 その言葉通り、四人の目の前に広がった光景は、今まで彼等がいた学園と左右が逆になった世界だった。
夜の静けさも暗闇も同じもののように感じられるが、しかしまだ残っていたはずの運動部の声が聞こえない。
「これが通路なんデスかねェ」
 言いつつ階段をおりるデリクに続き、すばるが軽い足取りで階段に足をかけた。
「とにかく、ここが通路になってイテ、その使い魔がここを通っているとすれバ、このどこかに潜んでいる可能性もありますよネ」
 階段をおりきったデリクが振り向いて三人を見据える。
「レンさんの方に繋がっていた通路は私が封じておきましたから、出入りするとすれば、こちらの通路になるだろうと思いますしね」
 セレスティが、ステッキで階段を叩きならした。
「二箇所の他に通路がなければ、ですがネ」
 デリクはにまりと笑みを浮かべ、眼鏡を指の腹で押し上げた。

 階段は四人を他の階へと招くことはなかった。
つまりは彼等が足を踏み入れることが出来たのは、学園の二階にあたる部分のみだったのだ。
一階に行く事も屋上にのぼる事も出来ない階段が、暗闇にのまれるように、そこにある。
 四人は何度か他の階への渡りを試したが、それが適わない事を知ると、誰ともなしに二階の探索を始めた。
「教室には、鍵が掛かっているんですね」
 椛司が教室のドアを引きながら言うと、すばるがずいと乗り出してマックスウェルマスターキーを手にした。
これはショットガンなのだが、殺傷能力はなく、扉のみを破壊できるという代物だ。
すばるはそれを無表情に起動させ、扉はあっけなく微塵に砕けた。
中を覗くが、そこは生徒のいなくなった暗い教室。
すばるはひどく事務的に、行く先々の扉を砕き、中を確かめた。
「……誰もいないようだ」
 最後の教室を前にして、すばるは小さなため息を洩らす。
「今は留守なのではないだろうか」
「いえ、あの、こんなに大きな音をたてていれば、逃げてしまうのではないでしょうか」
 言葉を選びつつ椛司が首を傾げると、すばるはむうと小さく唸り、眉を寄せた。
「しかし、出入り口がさきほどの場所ならば、私達とすれ違わずに向かうことなど出来ないのですし」
 セレスティが微笑する。
「まぁまぁ、この教室を確かめてから考えまショウ」
 場をとりなすようにデリクが発するのを待ち、すばるが再び扉を破壊した。
埃や塵が舞いあがり、月光に照らされてもうもうとたちのぼる。
「……確認」
 すばるが一言呟き、すうと片手を持ち上げた。
吸い寄せられるようにそちらを見つめた三人の目に、老人の姿をした一人の魔が映りこんだ。




「考えてみれば、この通路を作ったのは、依頼されてきた方、でしたよね」
 セレスティがステッキで教室の床をついた。
「正しくはその主の方……さきほどお会いした今鞍さんですよね」
 椛司が教室に立ち入り、すぐ前にある机に片手をつく。
魔はじわりと動いたが、逃げようともせずに、こちらの動きを確かめている。
「なぜ今鞍さんは、学園とレンさんのお店の二箇所に通路を通したのでしょうか」
 セレスティが訊ねると、デリクが肩をすくめてみせた。
「コレは私の憶測デスが……今鞍さんはレンさんのお店の何かに用事があるのではないでショウか」
 デリクが椛司の横に立つ。
魔はやはり静観していたが、突然態度を豹変させて、獣のような口をグワと広げた。
 跳ねあがり、四人を突破しようとした魔に向けて、四人の手がそれぞれに伸ばされる。
セレスティは水の輪をもって魔を縛り、デリクが呼び出した陣にそれを押さえつけた。
椛司は虚空から抜き取った刀を手に取ってそれを魔の喉に突きつけ、すばるはシュレジンガー魚雷を魔の頭に押し当てた。
「このシュレジンガー魚雷は命中率50%だが、この距離からならば、間違いなく当たる……だろう」
 呟き、すばるは静かに指を動かした。
魔は四人に囲まれた状態で咆哮し、やがて人の言葉を吐きだし、言葉を告げようとした。
しかしそれは不意に現れた二人の少年の手によって遮断された。

「ありがとうございました、皆さん。おかげで使い魔を戻すことが出来ました」
 やんわりとした口調でそう述べたのは、この場所にはいないはずの少年、今鞍だ。
わずかに驚愕してみせた椛司に微笑みを見せると、今鞍は野田に目を向けて、軽く瞬きをする。
野田はそれを合図にしたかのように、ゆっくりと歩み、捕らわれたままの魔に向けて小さな壷を向けた。
魔はひどく暴れたが、成すすべもなく壷の中に吸い込まれていった。
 四人が訝しげに自分を見ているのに気がつくと、今鞍は困ったように首を傾げ、
「72柱は壷の中に封じられているという記述じゃないですか。僕はソロモンの記憶と能力の断片を継ぐ者です。魂を同じくする者である以上、彼等を取り締まるのも僕の仕事なんですよ」
「契約で縛り付けないなんて、お優しい方なんデスね」
 今鞍の言葉に間髪をいれず、デリクが口の片側を吊り上げた。
「今の僕には72もの悪魔を縛り付けておくだけの力は、まだありませんから」
 今鞍はデリクの言葉に微笑して答える。
「まだ、ですか」
 セレスティがふと目に輝きを灯す。
今鞍の隣で、野田がセレスティを睨み据えた。
しかし今鞍は野田を片手で制し、にこりと笑んで頷くのだった。
「ええ、今はまだ、ですよ」
「……一つよろしいですか」
 椛司が口を挟む。
今鞍が頷くのを待って、椛司は静かな声音で問いた。
「私が見た限り、さきほどの魔は何ら悪事を働くわけでもなく、まして私達に攻撃を加えたりということもしませんでした。……それを捉えるという行為が意図するものを、教えてほしいのですが」
「彼は牙を剥きましたでしょう」
「――――あなたが姿を見せた瞬間です」
 椛司の言葉に、今鞍は喉を鳴らして笑う。
「僕に回収されるのを恐れたのでしょう」
「回収」
 すばるが言葉を返した。
「取り締まるという言葉と回収という言葉が意味するものは異なるが、どちらが正しいのか」
 今鞍が笑った。
場の流れにこらえきれなくなったのか、それまで静観していた野田が踏みこんですばるの喉に手を伸ばした。
その目は人のものとは異なり、獣を思わせるそれへと変容している。
真紅の斑がはいった緑色の目ですばるを睨みつけ、低く唸るその声もまた、獣のそれを思わせる。
咄嗟に放ったシュレジンガー魚雷は命中率50%を誇るだけあって見事に外れ、小柄なすばるの体は野田の手によって壁に押し付けられた。
しかし野田の首元には、既に椛司が手にした刀の切先があてられている。
すばるは感情の一片をも浮かべない目で野田を見上げ、それから椛司の顔を確かめた。
椛司の顔はどこか剣士を思わせるような、凛とした空気を漂わせている。
 壁に押し付けられたすばるの体が、壁の中へと少しづつのめりこんでいく。
野田は横目に椛司を見やり、聞き取れないほどの小さな舌打ちを一つついた。
「今の僕には、かつての力は片鱗ほどしかありません。とてもじゃないが、72もの悪魔を縛り付けておくだけの力には及びません」
 デリクが形成した陣に囲まれながらも、今鞍はその微笑を変貌させない。
「けれど、それでも僕は、少しづつかつての力を取り戻してもいます。……将来的には72の使い魔を全て手元に集めることが出来るでしょう」
 低く笑いながら、今鞍は指をぱちりと鳴らす。
途端に周りの風景がぐにゃりと歪み、四人が立っていた廊下が安定を失った。
いつのまにかすばるから離れていた野田が、今鞍を庇うように立っている。

 セレスティが腕を揮うと、四人を囲むように水が姿をあらわした。
それは大きな球体を作り上げ、崩れていく空間から四人を守り、浮かぶ。
「……一介の人間が、72もの悪魔を使い魔として手中しすることは、難しいだろうと思いますが」
 涼やかな声でセレスティが訊ねると、今鞍はくつりと笑って振り向いた。
「人間ならば、ね。――――僕は彼等の力を取りこむことで、自ら悪魔になるのですよ」
 笑う声が響く。場が、見る間に崩れていく。
今鞍と野田は笑い声のみを残し、その場から姿を消した。
「待ってください!」
 椛司が腕を伸ばした。
同時、すばるの眼から一閃、ビームが放たれる。
ビームは崩れていく空間を切り裂き、元の神聖都学園への道を開いた。




 それ以来、彼等の姿が学園内で見られることはなくなった。

しかしデリクが告げた言葉が、彼等に対する小さな疑念を残すことになる。
「……すばるさんを押さえつけた時の野田さんデスが、あれは悪魔オセの特長を備えていまシタ」
「オセ、ですか?」
 椛司が首を傾げる。
「魔界の豹総統。大きく優美な豹の姿をしていて、真紅の班が入った緑色の目をしています」
 すばるが自分の中にプログラミングされた情報を口にした。三人の目が自然と彼女にそそがれる。
「人を望む姿に変える力を持っています。人を幻覚によって惑わしたり、発狂させたり、隠された秘密や品物を見つけだす力があります。ただし凶暴なので呪文によって従属させないと食い殺される危険性があります」
「ちょっと待ってください」
 セレスティがすばるの言葉をさえぎった。
「人を望む姿に変える力があるならば、私達が会ったあの少年と、レンさんの店に来たという壮年の男性が同一であるという可能性も、充分に考えられますよね」
 デリクが頷いた。
「さらに言えば、姿を変え、今も彼等はこの学園にいるという可能性もありマス」
「……誰かになりかわっているとか」
 椛司が呟く。
沈んだ場の空気を壊し、デリクが唸るように口にした。
「自ら動かねばならない事態が起こってるんですかネ?」

 夜は静かな闇を漂わせ、重々しい空気をふりまいている。
学園の窓からさしこむ月光ばかりが、四人の影を見つめていた。
 




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【2748 / 亜矢坂9・すばる / 女性 / 1 / 日本国文武火学省特務機関特命生徒】
【3432 / デリク・オーロフ / 男性 / 31 / 魔術師】
【4816 / 花東沖・椛司 / 女性 / 27 / フリーター兼不思議系請負人】


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■         ライター通信          ■
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今回このノベルを担当させていただきました、エム・リーと申します。
(窓開けをした当初は高遠一馬という名前でしたが、その後エム・リーに改名いたしました)
まずはご参加いただき、まことにありがとうございました。
PC間の相関・一人称などは確認させていただきましたが、問題等ございましたらお申しつけください。

>セレスティ様
いつもお世話様です、セレスティ様。
今回は私の力が至りませんで、レン側の調査はセレスティ様お一人ということになってしまいました。
最近思ったのですが、セレスティ様を書くにつれ、なんだか少しづつ感情を露わにする方になってきたように感じられます。…あくまで優美で余裕を持った方として書いていこうとは思うのですが…;

>すばる様
はじめまして。ご発注ありがとうございます。
面白い設定の方だなというのが第1印象でした。その設定やイメージを崩すことなく反映できていればと思うのですが、いかがでしたでしょうか。

>デリク様
いつもお世話様です。
今回、デリク様はとても冷静で、かついたって普通な方となったかと思います。
…私が書くデリク様は、いつもトリッキーになってしまいがちなので…。
こんなデリク様もまたよし、と、書きながら妙にニヤついてみたり。

>椛司様
はじめまして。ご発注ありがとうございます。
新撰組・沖田さんのイメージを投影してみよう…と思いつつ書かせていただきましたが、いかがでしたでしょうか。
女性でありながら、きりっとした印象を覚えました。



お察しのように、このノベルは「以下、続く」になります。
主にレンと学園とで窓開けすることになりますので、お気に召していただけましたら、またご利用くださいませ。
誤字脱字等ございましたら、どうぞお気軽にお申しつけください。
それではまた依頼やシチュノベでお会いできますよう、祈りつつ。