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<東京怪談・PCゲームノベル>


闇風草紙 〜バレンタイン物語〜

□オープニング□

 彼に会って、何かが変わった。それは何だろう?
 街の飾りや店先のディスプレイ。世の中は聖なるバレンタイン。
 伝えなければ。
 これからどうなるかは分からない。でも――。
 想いを伝えなければいけない気がする。

 熱い頬はきっと貴方を想うから。


□シフォン・サファイア ――月宮奏

 深い森はあなたの印。
 どこまでも柔らかく、それでいて固く美しい宝石のようで。


 毎年のことだった。バレンタインには兄と亡くなった母と、それからお世話になった人や親しい人にチョコレートクッキーを贈ることにしている。だから、もちろん綺麗にラッピングされてテーブルに並んでいる箱の数々は、毎年同じ光景なのだ。

 彼、喜んでくれるのかな……。

 降り積もっていくのは、不安。今年は例年とは違うモノがひとつ。初めて渡す相手がいた。名前を衣蒼未刀と言う。僅かに語った過去と、年齢しか知らない。
 それでも募る特別な想い。
 目を閉じると、すぐにでも脳裏に浮かんで微笑む人。
 私は並べたチョコの中から、一番気に入っているラッピングを選んだ。胸に抱える。そっと小さな紙袋に入れて、靴を履くため玄関へと向かった。日頃、クールと言われることの多い私の性格。けれど、彼の前に立つ時は少し変化するらしい。それは自分でもはっきりと分かる、色彩の変化のようで。

 「……しい」から。

 想いを表わす言葉が見つからない。
 海色をした私の瞳とは違う、未刀の青い瞳。
 最初から囚われていたのかもしれない。亡き母の想い出が眠る森で出会った時から。繰り返し繰り返し、私は彼を訪ねた。いつもそこにいて、私の歌を聞いてくれる存在。ただ、それだけでしかあり得なかったはずなのに、次第に心が寄り添っていくのを感じていた。歳相応の恋を私は初めてしているのだろう。
 目を閉じると広がっていく光。それは暖かく心を癒す灯。
 彼といると感じる感覚をどうか、同じ気持ちで感じていて欲しいと願って止まない私がいる。

                      +

 森へ足を踏み入れた。森の針葉樹林の間から零れ落ちる光が空気に溶けていく。静かな空間。
 外人墓地の奥。あるのはわずかな小道だけ。静かに森が佇んでいることさえ、忘れ去られたような場所。出会った時と同じように旋律を刻む。冷えた空気が振動して、私の声はどこまでも響いていった。
「……やっぱり」
 私は呟いて、足を止めた。
 目の前には少年。眠り姫のごとく、大きな樹木に凭れたまま眠っている想い人。

  『奏ちゃんは、どんな人に恋をするのかしら』

 眠る未刀の顔を見ていて、母の言葉が蘇る。胸の中で答えた。きっと、この人なのだと。
 おそらく、本物だろう。この想いは。今まで誰にも感じた事のない本当の想い。兄を敬愛する気持ち、父や母を愛しむ気持ち、ほのかに感じる憧れ――そのどれでもない。
 私はすぐ傍まで歩いて、隣にそっと座った。地面からは冷たさが伝わってくる。今は2月。いくら晴れていて、日差しが照りつけているとはいえ、直接腰を下ろすには寒い。
「未刀」
 小さな声で呼んでみるが、反応がない。このままでいたら、風邪をひいてしまうのではないかと心配になった。いつもなら、私が来た事に気づくと目を覚ますのに、今日は声をかけても起きない。
「よっぽど、眠いのね……。未刀、起きて」
「ん…」
 もう一度呼ぶと、彼の瞼が動いた。唇が開いて私の名を呼んだ。
「……かな、で…?」
 声だけで私と分かってくれる。そんな簡単なことが素直に嬉しい。胸が温かくなる。
「こんなところに座ったまま寝ていると風邪をひくわ」
「…どう…して? ここはこんなに暖かい」
 未刀が緩く微笑んだ。目覚めたばかりの青い瞳。いつもより優しく見えるのは気のせいだろうか?
「暖かい? あ……ほんと」
 確かに、彼の浮かした腰の下はとても暖かだった。大地と太陽と樹木と人の体温が作り出す暖かさ。彼がずっと、冷たい世界で暮らしていたことを思い出した。自分という存在を否定された世界。力だけを求められた場所。あれから口にしないけれど、冬の地面を暖かく感じるほどに、未刀のいた世界は冷たかったのだろう。
「奏。隣に座っていてくれるか?」

 しばらく、互いに何も言わずに肩を並べて座っていた。零れ落ちる陽射しが心地よい。流れてくる風の中に彼の香りが交じり合っていて、目を閉じていても未刀の存在を強く感じてしまう。触れ合う肩は熱くて、否応なく森にきた目的を思い出させた。
「……今日は、これを渡しに来たの」
「何? 奏が何か持ってくるのは珍しい。いつも歌ってるから飲みモノが多いじゃないか」
「そう? これは私の作ったチョコクッキー。未刀は甘いの好きよね?」
 彼は頷きながら、貰う理由を図りかねている様子だった。未刀は知らないのかも知れない。今日と言う日の意味を。私は今日がどんな日であるか、彼に教えてあげることにした。
「今日はバレンタインデー。想いを伝える日。ありがとうとか、ごめんとか、色々な思いを、誰かに。私の想いは――――」
 ニの句は繋げられない。
 ゆっくりと細くとも逞しい腕が私を抱き締めたから。
 言葉が止まる代わりに、心臓が激しく恋を叫び始めていた。わずかに見える彼の頬は赤い。きっと私の頬もそれに負けないほど赤く染まっているだろう。
 彼が耳元に囁いた。

「奏が大事だ。たくさん知りたい……僕は、僕でありたい奏のために」

 なんて言えばいいんだろう?
 なんて答えたらいいんだろう?
 存在を否定されていた彼が、自分のためじゃなく、私のために未刀自身でありたいと言ってくれた。
 嬉しくて。嬉しくて。嬉しくて。
 どうやって伝えればいいのか分からない。
 私はその想いにどのくらいの言葉を返せばいいんだろうか?

 彼が甘く、もう一度囁いた。

「奏の心は、もう知っているよ」
 と。
 

 深い森はあなたの印。
 澄んだ空は私の想い。
 永遠を祈ろう。それが私の答え…だから。


□END□

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

+4767/月宮・奏(つきみや・かなで)/女/14/中学生:癒しの退魔士:神格者

+NPC/衣蒼・未刀( いそう・みたち) /男/17/封魔屋(逃亡中)

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■         ライター通信          ■
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 初めてのご参加、本当にありがとうございました。ライターの杜野天音です。
 初めての方だったので、説明が増えてしまいましたが、口調等は合っていましたでしょうか?
 それにしても、奏ちゃん綺麗ですね! 未刀もそりゃ惚れますわ(笑)
 ええと題名は今回のバレンタイン物語についてはすべて石の名前をつけてます。で、「シフォン・サファイア」は奏ちゃんと未刀の瞳の色を表わしています。最初にシフォンとつけたのは、やはり恋をして大好きな人を見る時の目って、柔らかいですよね(*^-^*) なので、甘くて柔らかいシフォンに例えてみました。『好き』という言葉を使わずに…というご指定でしたが、台詞は如何でしたでしょうか?
 お気に召しましたら、幸いです。プレゼント喜んで貰えると嬉しいです♪

 本編のオープンがなかなかですが、またご参加下さいますようよろしくお願い致します。ありがとうございました!