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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


白の診療所



□始まり

 山の中にひっそりと佇む小さな個人診療所。そこにどうやって来たのか、どうして来たのか、門屋 将紀は覚えていなかった。
 「ここどこ?」
 声は辺り一帯に響き渡るものの、それに答えはない。
 ただ虚空を漂い混じりあい、消滅する。
 「何で知らんとこに・・?」
 頭では理解していない状況なのに、身体だけは本来の目的を解かっているのか、足は確実に診療所へと向かっている。
 軋む扉を開け、中へ入るとそこは真っ白な部屋だった。
 真っ白な壁、真っ白なカーテン、真っ白な・・・窓の外・・・。
 将紀ははっと我にかえると、引き返そうと思い、扉に手をかけた・・しかし扉は開け放たれる事を拒むかのように将紀の力に抵抗する。
 「いらっしゃいませ?」
 そう声をかけられ、振り向くと診察所の中から小さな女の子が小首をかしげながら走ってきていた。
 真っ白なドレスに身をつつんだ、白い肌の女の子・・・。
 「あんた・・誰?」
 「貴方、先生に用があるんでしょう?さぁ、早く早く!こっちこっち!」
 「どこに連れて行くん??」
 グイグイと手を引かれ、案内された先は小さな診察室だった。
 初老の先生がドカリと椅子に座り、カルテ片手になにやら考え込んでいる。
 「この男の人、お医者さん?ボク、どこも悪くないで?」
 「先生、患者さんよ。」
 将紀の言葉など聞こえていないかのように、少女は目の前に男性を“先生”と呼び、将紀を“患者”と呼んだ。
 少女の声に反応して“先生”は顔を上げると、ニッコリと将紀に向かって微笑んだ。
 「やぁやぁ、待ってたよ。さぁ、早速だが治療を始めようか。」
 「ちりょうって・・??」
 少女に問いかけるものの、少女は将紀の言葉が聞こえていないかのように・・ゆっくりと将紀を目の前の椅子へと座らせた。
 「大丈夫、何も心配する事はないよ。すぐに終わるからね。」
 先生はそう言うと、将紀の目を隠すように手を伸ばしてきた。
 ビクっと肩が上下し・・しだいに落ち着いていく。
 それは丁度眠りに入る直前のような、穏やかな波のような・・・・・・。


■記憶の記録

 『もっと将紀の事も考えてやれ言うとるんや!』
 真っ暗だった視界が明るくなり、ぼやける頭に聞こえてきたのはそんな怒鳴り声だった。
 怒りを含んだ、感情むき出しの声・・。
 ガシャンと何かが壊れるような音がして、将紀は思わずビクリと身体を震わせた。
 殺風景な部屋の中、閉じられた扉の向こうでは・・何が起こっているのか直ぐに思い当たった。
 “またや・・”
 将紀はぎゅっと拳を握ると、扉の向こうの会話に耳をすませた。
 怒鳴りあう男女の声。
 お父ちゃんと、お母ちゃんの声・・・。
 『将紀の事だって考えてるじゃない!』
 『それが足りへんから言うとるんや!』
 二人の喧嘩の中心はいつだって将紀だった。
 怒鳴りあう言葉の中に聞こえる自分の名前。
 怒りを含んだ声で呼ばれる名前は、酷く嫌いだった。
 名前を呼ばれるたび、徐々に体を蝕んでいく感情が疎ましい。
 それに飲まれないように・・強い力で迫り来るそれに抵抗するように、将紀は耳を塞いで布団に潜り込んだ。
 “キーン”
 と言う甲高い音が耳の中で尾を引き、全ての音を打ち消す。
 やがてその音が掻き消えると、再び塞いだ向こうから怒鳴り声が聞こえてくる。
 ギュっと目を瞑り、更に塞ぐ手に力を入れる。
 “キーン”
 先ほどよりも更に甲高い音で、怒鳴り声を撒き散らす。
 やがてその音が掻き消え・・・。
 それの繰り返しだった。
 段々と痛くなってくる耳には構いもせずに、将紀は何度も何度もそれを繰り返した。
 両親の喧嘩がおさまるまで、あの怒鳴り声が聞こえなくなるまで。
 真っ暗で息苦しい中、将紀は考えていた。
 どうして喧嘩をするのかを。
 どうして自分の名前を呼ぶのかを。
 『ボクがいるからけんかするんかな・・?』
 全ての原因はボク?
 ボクがいなかったら、お父ちゃんとお母ちゃんは仲良くなるんかな?
 そうやったら、ボク・・。
 滲む視界が、真っ黒な世界を僅かに揺らす。
 堪えきれずに漏れる嗚咽が熱い。
 布団の中に吐き出される息が、暑苦しさと息苦しさを倍増させる。
 それでも、頬に流れる涙は冷たかった。
 瞳から零れ落ちた時は熱い涙も、頬を伝い・・布団に落ちるまでには冷たくなっていた。
 しっとりと濡れ行く布団は熱く、苦しく、冷たい。
 そして将紀は、そうやっているうちに何時しか暗い眠りの世界へと引きずり込まれていくのだった。


□診断

 はっと目を開けた時、そこはあの真っ白な診療所だった。
 つぅっと零れ落ちる涙の理由を答えられなくて、将紀はただ零れ落ちるに身を任せた。
 突然ふってわいた、悲しみと言う名の感情。
 それは丁度あの時の感情と似ていた・・。
 「ボク・・。」
 「今、少しだけ君の記憶を覗かせて貰ったんだよ。よしよし・・。」
 先生は穏やかな微笑を見せると、将紀の頭を柔らかく撫ぜた。
 「それで・・お父さんとお母さんはどうなったんだい?」
 「・・お父ちゃんとお母ちゃんは・・。結局りこんしてしもうた。」
 「そうだったのかい。」
 「ボク、お母ちゃんについていくことにしたんや。・・今は、東京のおっちゃんの家に預けられとる。」
 「そうか、そうか。辛かったねぇ。」
 「お母ちゃんお仕事忙しくて会えんけど、ボクがまんする。」
 カチャリと背後で扉が開き、あの少女が入ってくる。
 手にはカルテを沢山持って、眩しいくらいに真っ白な服を着て・・外からの光を引き連れて・・。
 白い室内に、オレンジの光が充満する。
 「けどな、おもろいおっちゃんおるから平気や!」
 「・・君は強いね。そして優しさも持ち合わせている。」
 先生はそう言って将紀を立たせると、少女の方へ行くように目で合図をしてきた。
 「今回は薬はなしだ。その代わり、ビタミン剤を出してあげておくれ。」
 「わかりました。」
 少女は一つだけ頷くと、将紀の手を取った。
 「君に、一つだけ・・私から“治療の言葉”をあげよう。」
 にっこりと微笑む白衣の先生。
 その顔はどこか悪戯っぽくお茶目で・・可愛らしい印象を受けた。
 「誰もが君の事を愛しているよ。」
 「え・・?」
 聞き返す前に、扉は閉じられた。
 「さぁ、こっちよ。」
 少女がグイグイと将紀の手を引っ張り、ロビーへと案内する。
 その力は強く、とても少女の力とは思えなかった・・。
 「はい、これ。ビタミン剤。」
 コロリと手に乗せられたのは、薄ピンク色の可愛らしい錠剤だった。
 しかし、可愛らしいからと言って飲もうと言う気にはなれない。
 どちらかと言うと、飲みたくなくなってくる・・・。
 「ほら、今飲んで。はい。」
 ババっとコップを差し出され・・将紀は仕方なくそれを飲み干した。
 目を瞑って、ゴクリと・・。
 「それではまたご縁がありましたら。」
 少女の声が穏やかに耳に響き、胸が温かくなってくる。
 フワフワとした、それでいてワクワクとした温かさだった。





 「坊や?こんな所で何してるの?」
 「え?」
 呼びかけられた振り向いた先、ちょっとゴージャスなおば様が不思議そうな顔で将紀を見下ろしていた。
 そこは見慣れた町並みだった。
 何時も通る道、何時も見る風景・・。
 「あ・・なんでも・・」
 「そ?夜になったら危ないから、はやくお家に帰りなさい。」
 夕暮れに染まる空を指しながら、おばさんは微笑むとどこかへ歩き去って行ってしまった。
 将紀は、いまだ温かな胸を押さえると小首をかしげた。
 先ほどの事は夢だったのではないかと・・・。
 真っ白な診療所、見知らぬ山。
 考え込むように彷徨っていた視線が、ふと手に持ったモノにとまった。
 透明な硝子のコップ・・・。
 将紀はしばらくそれを見つめた後で、家路を急いだ。


         〈END〉



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 ■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

  2371/門屋 将紀/男性/8歳/小学生


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 ■         ライター通信          ■
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 初めまして、この度は『白の診療所』にご参加いただきありがとう御座いました。
 穏やかで温かく、ゆっくりと時の流れる診療所内。
 今回は“ビタミン剤”と“言葉”だけの治療となりましたが、如何でしたでしょうか??
 柔らかく温かな雰囲気が出ていればと思います。

  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。