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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


氷中の樹


 昼前の静かな時間、アンティークショップレンの店主、碧摩・蓮は受話器を静かに置いた。
 売り物と間違えそうなアンティークの電話を、カウンターの隅に押しやる。
 それから蓮は煙管の煙を深く吸い込んだ。
 しばらく煙を溜め、ゆっくりと吐く。
「受けたはいいけど、困ったねえ」
 言って立ち上がり、カウンターの中から一冊のファイルを取り出した。
 その背表紙には「売却済リスト」とある。
「確かこれに入れてあったはず……ああ、あった」
 蓮が開いたページには、プリントアウトされた説明書きと数枚の写真が貼ってある。
 写真には大ぶりの水晶の原石が写っていた。
 鉱石を含んでいるらしく、水晶の中には細い金色の針が多数埋まっている。
 そしてその中央、金の針に囲まれるように緑と茶色の塊が浮いていた。
 蓮は説明書きに目を落とす。

品銘:氷中樹
外観:原石針水晶(ルチルクオーツ)
寸法:長さ210mm
   幅 103mm
特徴:水晶にごく似た物質で構成され、針状の金鉱石(ルチル)を含む。
中央部に120mmほどの樹木のようなものが封じられており、鑑定によるとドライアドの一種。
200年前、森林の破壊により凶暴化したドライアドを、当時の魔術師が封じたということ。
注意事項:乾燥した直射日光の当たらない場所に保管。水、日光は封じられたドライアドに力を与える可能性あり。

 ふん、と漣は首を傾げる。
 説明の最後には備考として、現在の持ち主の氏名などが書かれている。
 この持ち主こそが、先ほどの電話の相手だった。
「取りに来てくれっていわれてもねえ」
 最近この水晶に異変が生じたため、一度見て欲しいというのだ。
 しかも持ち主側では安全な輸送手段がないため、しかるべく人物に引き取りにきてほしいと。
 蓮は電話を聞きながら書き取っていたメモを見る。
「――底部にわずかなヒビ、ね」
 以前からの顧客であったたため、取り扱いに心配はないと思っていた。
 しかし、どうも来客があったときに不用意な扱いをしてしまったらしい。
「早く取りに行きたいのはやまやまだけど、店を空けるわけにいなかいしねえ」
 静かな店内で再び蓮が呟いたとき、入口のドアが開き、軽やかな鈴の音が響いた。
 漣は入ってきた人物を見て、口の端を少し上げた。
「丁度いい、あんたに頼みたいことがあるのさ」

■■■

「ね、ね、いいでしょー?」
 古田・緋赤はカウンター越しに身を乗り出し、碧摩・蓮の顔を覗き込む。
 蓮は少し考えてから、片方の眉を上げた。
「まあ、ないこともないけどね。でも今うちにあるのは、一回しか効かないよ?」
「んー、一回か……まあいいや。報酬からその分引いてよ。ね?」
 頼み込むと、蓮は口の端を上げた。
「わかったよ。ただし、無事に依頼を完遂することが条件だからね」
「もちろん、まかせて」
 緋赤は、にっと笑ってみせる。
「ほらさっさと行きな。外で凰華が待ってるんだろ?」
 蓮から氷中樹の運搬を依頼された緋赤は、居合わせた天城・凰華とともに依頼主の元に行くことになっていた。
 外ではその凰華が車を回して待っている。
「わかってるよー。じゃ、よろしくね!」
 緋赤は蓮に軽く手を振って走った。
 店のやや重いドアを開けると、すぐ近くに凰華の乗った車が見える。
 緋赤は駆け寄り、助手席のドアを開けて飛び乗った。
「ごめん、待った?」
 明るく言うと、凰華は表情を変えず「別に」とだけ答える。
 特にこちらに興味のない様子で、すぐにアクセルを踏み車を発進させた。

□□□

 氷中樹の持ち主は、恰幅の良い中年男性だった。
「あなた方が蓮さんの代理の方ですね、よろしくお願いします」
 そう言って緋赤と、同行した凰華を家の中へと案内した。
 時刻は夜の十時。
 訪問には不向きな時間だが、ドライアドの活動を懸念してのことだった。
 二人が男性に通されたのは、十畳ほどの和室だった。
 部屋の中央に一畳ほどの座卓があり、その上に高さ三十センチほどの円筒形の何かが、黒い巾着に覆われて載っていた。
 男性が巾着の口をほどく。
「これが氷中樹のケースなんですよ」
 その中からは更に黒い布で包まれた円筒形が出てきた。
「これは布も全部遮光生地でして、中には脱酸素剤と乾燥剤を入れてます。他にも色々と気を付けてはいたんですけどね」
 それだけ気を付けていても、結局は客人に破損させられてしまったという。
「まあ、みんな酔ってましたから、出した私がうかつだったんです」
 男性は面目なさそうに肩をすくめて、それから蛍光灯の明かりを更に落とした。
「じゃあ、開けますよ」
 黒い布を解くと、透明なケースに包まれた針水晶が姿を現した。
 円筒形のケースはガラス製のようだった。
 底面が蓋のようになっていて、白い小石が敷き詰められている。
 その中央、ガラス製のスタンドに立てられた原石は、蓮の資料にあった通りに両端の尖った双尖(ダブルポイント)と言われる形だった。
 曇りやクラックが一切見られず、多数の金鉱石の針と、その中のミニチュアのような樹木がはっきりと見える。
 樹は広葉樹のようで、根まで視認することができた。
 緋赤はケースに張り付くようにして氷中樹を見た。
「すごいなー、よくこんなのに封じられたよね」
 と、そこまで言ってはたと気付く。
「あれ? でもドライアドって女の人だよね? これ、木だけしかないよ?」
 隣で凰華も口を開く。
「普通は美しい女性の姿をしていると、よく言われているが――」
「それが、ですね」
 男性が口を挟む。
「これは、ハマドライアドと呼ばれる種類のようです。ドライアドの一種ですが、木と一体化したもののようで」
 初耳だ。
 緋赤はもう一度よく氷中樹を見る。
「そっか、そうじゃないと木ごと封じないよね。質量がありすぎるから、ふつーなら精霊だけ封じればいいもんね」
 男性が頷く。
「そうですね。私もあまり詳しくないんですが、やはり大きさがあるので当時の魔術師はだいぶ苦戦したそうですよ。それで、呪具の一つだった金の針の魔力も借りたと伝えられてるんです。ですから、この針水晶の針は純金らしいですよ」
「純金!」
 そう言われると急に高価なものだという実感が沸いてきて、緋赤は慌てて氷中樹のケースから離れた。

■■■

 凰華は緋赤と男性の話を聞きながら、持ってきていたアタッシュケースを座卓に上げた。
 通常よりも重い音が響き、緋赤が男性がやや驚いたような顔をする。
 ジェラルミン製の本体は対衝撃用に頑強に作られているため、一般的なアタッシュケースよりもいくらか重量がある。
 もっとも、それは凰華にとっては大した問題にはならない。
 凰華はアタッシュケースの蓋を開けながら、二人に指示を出す。
「氷中樹を出していただけますか。それから、あなたは――」
 前半は男性に呼びかけ、続いて緋赤に声をかけると、彼女は元気に片手を上げる。
「はいはい、なに? なにすればいい? あ、さっき蓮さんにパンヤ綿借りてきてたんだよ。これ使う? あと結界も張れるよ。ちょっとだけど。したほういいよね?」
「わかった。ではまず梱包をしてくれ。結界は最後に頼む」
 緋赤の勢いにも動じず、凰華は固定用のベルトを外す。
 男性が白い手袋をはめ、重そうに円筒形のケースを持ち上げた。
 凰華と緋赤がが見守る中、男性は慎重にスタンドから針水晶を外す。
「破損したところを見せてもらえますか」
 念のためにと凰華が言うと、男性は下にしていたほうの先端を上げて見せる。
 木の根側の先端が欠け、一センチほどのひびが二、三本入っていた。
「少しずつですが、ひびが大きくなっている気がするんですよね」
 不安そうな男性の声。
「しかし魔術で作り出したもなら、そう簡単には壊れないのでは?」
 軽く疑問に思った凰華が言うと、男性はやや考えてから口を開いた。
「そうですよね。でも二百年も経っていると言います、多少の綻びができていたかもしれません。でしたら、わずかな衝撃でも壊れるんじゃないかと、蓮さんとも話してたんですよ」
「ああ、成る程」
 凰華は小さく頷いた。
 二百年と言えば、普通の人間なら四世代を超えて続く時間だ。
 自身がその倍以上を生きているため実感がなかったが、言われてみれば確かに、人の魔術に穴を開けるのには十分な期間に思える。
 ひとまず納得したところで、緋赤が男性から氷中樹を受け取る。
「うわ、意外と重いなー」
 言いながら緋赤が氷中樹をパンヤ綿でくるみ、それを凰華はアタッシュケース内に固定した。
 男性が保管用に使用していた脱酸素剤なども一緒に入れ、から黒い遮光生地をかぶせて蓋を閉める。
 硬い音を立てて、ロックがかかった。
「じゃ、結界も張っておくね」
 緋赤が言って、取り出した数枚の符をアタッシュケースに貼り付ける。
(この符の文字は、血か)
 赤茶色の文字が血液であることを凰華は気付いたが、特に質問もせず、ただ結界がケースを覆うのだけ確認した。
 目的が成されるのであれば、それ以外の瑣事にこだわる必要もない。

□□□

 アタッシュケースを抱えた緋赤を助手席に乗せ、凰華は帰路を急いだ。
 しかし少し行くと前方に投光機の強い明かりと赤い回転灯が見えた。
 通行する車が停められているようで、白いヘルメットの警察官に質問を受けている様子も見て取れる。
「検問か」
「あー、どうしようか。回り道する? それともこれ隠したほうがいいかなぁ」
 緋赤が言うのに、凰華は首を振った。
「いや、余計な動きはしないほうがいい。怪しまれるのも逆に面倒だ」
 ここは普通に通り抜けたほうが得策だと、凰華はスピードを落とした。
 念のため二人の武器だけを隠し、準備万端に窓も開けておく。
 ヘルメット姿の警察官が赤い誘導灯を振って車を止め、浅い礼をして凰華に免許証の提示を求めてきた。
 続いて緋赤のほうを覗き込み、アタッシュケースに目を留めたようだった。
「そのケースは?」
 緋赤が口を開くより早く、凰華は自分の名刺を出した。
 そこには凰華が持つ肩書きの一つである、生物学者であることが明記されている。
「研究用に、知人から資料を借りてきた。何か疑問があればここに連絡を」
 そして念のためと蓮が作成してくれていた預り証も見せる。
 そこにはアンティークショップ・レンの文字と、蓮と依頼主の男性それぞれの署名もある。
 警察官は名刺と預り証、そして凰華と緋赤を見比べ、再びアタッシュケースを見た。
「すいませんが、中を見せてもらえませんか」
 口調は丁寧だが、逆らうことは前提としていない言葉だ。
 しかしそう要求されるだろうことは予測していた。
 緋赤がケースのロックに貼っていた符を外して開け、覆っている布を外してから凰華に渡す。
 凰華は氷中樹をバンドで固定したままで警察官に見せた。
 と言ってもパンヤ綿で包んでいるため、綿の塊にしか見えない。
 警察官は無遠慮に懐中電灯を当てて眺め、それから氷中樹に向かって手を伸ばしてきた。
「申し訳ないが、触れるのは遠慮してもらえないだろうか」
 凰華が言うと、警察官はうろんげにこちらを見る。
「これは非常に高価なものだ。念のため保険はかけてあるが、何かあれば責任問題になる」
 その言葉に警察官はあからさまに嫌そうな顔をした。
 それからもう一度凰華と緋赤の顔を無遠慮に見て、警察官はようやく二人を解放した。

■■■

 緋赤は小さく舌打ちをした。
(やっばいなー、これ)
 間もなくレンに着くという距離になって、抱えているアタッシュケースが生き物のように暴れだしたのだ。
 結界と膂力で抑えてはいるが、いつケース本体が壊れるとも知れない。
「ね、ちょっとやばい感じなんだけど」
 凰華に言うと、彼女はこちらも見ずに頷く。
「わかっている」
 彼女は短く言って、更にスピードを上げた。
 数分でレンの店先に着いた車は、横付けに停止する。
 緋赤は助手席のドアを開け放って飛び降りた。
「蓮さん!」
 店に飛び込んだ緋赤が叫ぶのと、腕の中のアタッシュケースが大きく跳ねるのとは同時だった。
「うわっ!」
 押さえ切れなかった緋赤の腕から、ケースがカウンター向こうの蓮へと飛ぶ。
 と、後ろから駆け抜けた凰華が飛びつくように腕を伸ばし、ケースの持ち手を掴んだ。
 そのまま抱え込んで着地。
 緋赤も駆け寄るのを見て、蓮が煙管の煙を短く吐く。
「騒がしいね、どうしたんだい」
「蓮さん、のんきに煙草吸ってる場合じゃないよ! 検問にひっかかっちゃって、もー大変なんだって!」
「ケースを開けるように言われて従ったが、おそらくそのせいで破損が広がった。中でドライアドが暴れている」
 二人が言うのに蓮は一度頷き、
「そうかい。とりあえずここで騒がれると困るね。裏においで」
 悠然と立ち上がって二人を案内する。
 雑然とした店内を抜け、古びた扉を蓮が開けると広い裏庭に出た。
「こんなとこ、あったんだー」
 緋赤は軽く驚きながら辺りを見回す。
 裏庭は三十坪はあるだろうか、周囲に植え込みなどはあるものの、それ以外は芝の植えられた平らな土地で、暴れまわるにはよさそうだった。
「頼む」
 凰華にケースを差し出され、緋赤は受け取る。
 暴れるケースを今度はしっかりと抑え付けながら、
「どうするの?」
 聞くと凰華は、腰に下げていた剣を抜く。
 優美な曲線を描くそのその刃が明かりを反射した。
 凰華が緋赤から距離を取り、魔剣を構える。
「とりあえず弱らせる。開けたら退いてくれないか」
「うん、わかった」
 緋赤は頷く。
 符を剥がしてロックを外すと、ケースが弾け飛ぶように開いた。
 中から出てきたのは巨木。
 綿やベルトの引きちぎった欠片を撒き散らしながら、正面にいた凰華へと突進する。
 緋赤はすぐに横飛びに手を突いて側転し、その場から離れた。
 二度回転して着地すると、凰華が剣を振る様が見えた。
 白い羽の残像を引きながら、剣は襲い掛かる木の根を斬り、枝を斬る。
 と、斬撃にはじかれた枝が緋赤に向かって飛んできた。
 大人の腕ほどもある太さの枝が眼前に迫った。
■■■

 凰華は、切り飛ばした枝が緋赤の方へ飛んで行くのを見た。
 直後に響く鋭く短い声と、硬いものを叩き割る音。
 緋赤が手刀で枝を割ったのだと視界の端で確認し、凰華は更にハマドライアドの巨木へ迫った。
 先ほどの技量を見るに、周囲のことは緋赤に任せても心配はないと判断する。
 凰華は巨木ハマドライアドに視線を据え、魔剣・ルインブレイズ≠振るった。
 豪雨のように突きかかる枝を斬り落とし、足元から跳ね上がる根を踏み砕き、巨木の幹へと近付く。
 三メートルほどの距離まで達したとき、唸るような羽音とともに、ハマドライアドの幹から黒い点のようなものが湧き上がった。
 よく見れば、それは蜂の大群だった。
 凰華は進んでいた足を止めた。
 腕は休みなく剣を振るう。
 枝や根を迎撃しながら蜂の相手をするのは、少々手間だ。
 そう思ったとき、
「まかせて!」
 後ろから緋赤の強い声に重なって、轟音が響いた。
 同時に蜂の大群の一部が吹き飛び、その後ろの巨木まで枝葉を散らす。
 凰華が一瞬後方を確認すると、いつの間にか緋赤が後ろに陣取っている。
 彼女は黒い拳銃を二挺構え、蜂に目がけてその弾を放った。
 弾は的確に蜂を狙い撃ち、その衝撃波で周囲の蜂も散らし巨木も削る。
 しかし蜂に思ったよりの硬度があるのか、後ろの巨木に達するころには弾丸の威力がそがれている。
「堅い蜂だなー!」
 緋赤が言いながら、それでも蜂を打ち抜く手を止めない。
 凰華は蜂の群れを彼女に任せ、弾道を遮らないように斜めに回り込む。
 ハマドライアドは蜂と銃撃に気を取られたか、凰華への攻撃がおろそかになっている。
 それでも数本の枝と根が唸りを上げて迫ってくるが、凰華はそれを斬り、飛び越えてかわす。
 そしてついに巨木の幹へ到達した。
 ざらついた樹皮に手を突き氷の力を発動する。
 手を中心として瞬時に霜が発生した。
 一瞬にして白い霜が木を覆い尽くし、軋む音を立ててドライアドは動きを止めた。
 その全体が凍りついたために、急激に辺りの気温までもが低下する。
 軽いものが地面に落ちる音が連続し、凰華が振り向くと固まった蜂が地面に転がっていた。
 母体が凍りついたため、蜂も活動を停止したようだった。
「はー、すごいねー」
 拳銃を下げたままの緋赤が、白い息を吐きながら凍りついた木を見上げた。
 裏庭の出入り口の側、戦闘場所とはだいぶ離れて様子を見ていた蓮がゆっくりと歩いてくる。
「終わったみたいだね。で、どうするんだい?」
 凰華は小さく頷いてから、
「僕の力で再封印します……水晶の元素と氷を混ぜて固定し、後から氷が溶けてもいいようにする」
 凰華がアタッシュケースを探して辺りをみると、緋赤が笑顔で差し出す。
「これでしょ?」
「ああ……ありがとう」
 言うと緋赤が軽く驚いたような顔をして、それから嬉しそうに笑った。
 その反応を不思議に感じながら、凰華はケースを受け取る。
 アタッシュケースの中と辺りに散った水晶の破片を集め、凰華はそれに片手をかざした。
 一瞬で水晶凍りつき、硬い音を立てて粉末状に砕ける。
 凰華は精神を集中させて、粉末状になった氷と水晶の混合物を宙に浮かせる。
 光る霧のようなそれを、慎重にハマドライアドの周りに展開する。
 元々針水晶に込められていた魔力を利用して結界を張り、閉じ込めて収縮させていく。
 緋赤と蓮が見守る中、凰華はゆっくりと霧を広げ、巨木を覆っていった。
 あと一息で完全に包囲できると思ったそのとき、巨木の幹が砕ける音を立て、その内側からなにかが飛び出した。
 それはうっすらと霜に覆われた、緑の髪の女性だった。
(ドライアドか!)
 精霊は水晶と氷の結界をすり抜け、凰華に向かって駆けながら抜き手を構えた。
 結界に集中していた凰華は、咄嗟に反応が遅れる。
 瞬きをする間に、ドライアドの抜き手が凰華に振り下ろされた。

■■■

 緋赤は愛用の武器、FN5.7を連射した。
 今まさに凰華に飛びかかろうとした、ドライアドの額に次々と穴が開く。
 精霊は顔を仰け反らせてよろめく。
 しかし蜂と同じくその体にも硬度があるらしく、ケプラー繊維ですら撃ち抜く5.7mm弾が貫通しない。
(ちょーっと結構やばいかもっ)
「早く封じちゃって!」
 緋赤が叫ぶと、凰華の表情にわずかに力がこもるのが見えた。
 水晶と氷の粉末がうごめき、巨木を覆う。
 その内側で、くぐもった鈍い音がした。
 見ると、凍り付いている巨木が、無理矢理に枝や根を動かし抵抗している。
 その度に枝や根の折れる音が響き、木片や葉が飛び散る。
「嘘でしょー!」
 緋赤は精霊に銃を連射しながら思わず半歩下がった。
 銃弾をうけながらも、ドライアドがじりじりと凰華へ迫ってくる。
「こっちも効かないし!」
「まあ、そうだろうね」
 緋赤の後方で、蓮がのんびりと答える。
「ていうか蓮さん、のんきに言ってないで! なんとかしようよ!」
「なんとかねえ。ああ、そういえば緋赤、あれを使えば止められるかもしれないね?」
 蓮の言葉に緋赤は一瞬考え、それがレンを出る前に話したもののことだと気付く。
「あれって、あれ? でもっ、えー嘘でしょーっ!」
「ちょうど今持ってきてるからね。あとは店の中を探さないと何もないよ。どうする?」
 凰華の結界が徐々に包囲を固め、本体の木のほうは動きを止めつつある。
 しかしドライアドは、少しでも銃の連射が止めば凰華に肉迫する勢いだ。
 FN5.7はすでに一度マガジンを排出、装填しなおしていて、いい加減残弾もあやうい。
 かと言って符を展開している余裕はない。
 緋赤は、うー、と唸ってから叫んだ。
「あーもう、わかった、わかりました! わかったから早くーっ!」
「じゃあ頼んだよ、ほら」
 蓮が言って白い小さなビー玉を投げてよこす。
「ちょっ、投げないでよーっ」
 緋赤は左手で銃を連射しながら、右のグリップから手を離しビー玉を掴む。
 右の銃がトリガーガードで人差し指に引っかかっている状態で、そのまま緋赤は走った。
「どいてー!」
 凰華の前に回りこみ、地面の霜を削って急停止。
 右腕を水平に強く伸ばし、掌のビー玉を親指で弾き飛ばす。
 半ばやけになって飛ばした指弾は、ドライアドの眉間に深く食い込んだ。
 衝撃で精霊が後方に吹き飛び、眉間の奥でビー玉が割れる音がした。
 ドライアドが巨木に叩きつえられるのと同時に、ガラスの中に封じられていた白い粉末がその顔面を覆う。
 と、ぴたりと精霊の動きが止まった。
 ゆっくりと膝を折り、地面に倒れる。
 ドライアドが地に伏せると、凍った巨木の動きも完全に止まった。
「どいてくれ、封じる」
 凰華が言い、倒れた精霊もろとも輝く霧が覆う。
 閉じた結界は見る間にその大きさを縮め、取り込まれた精霊と木が小さくなる。
 二呼吸ほどの時間で、結界は元の大きさになり、双尖の針水晶と化して止まった。

□□□

 緋赤は安堵と落胆の混じった複雑なため息を突いた。
 凰華が芝生の上に転がった針水晶を拾いながら緋赤を見る。
「今のは、眠り砂か?」
 言われて、緋赤は口を尖らせた。
「そう。せーっかく会長に持っていけると思ったのにっ」
 出掛けに蓮に交渉していたのは、最近あまり寝れないという恩人への贈り物のことだった。
(ちょっとは喜んでもらえるかなーと思ったのに)
「それは、すまなかったな」
 緋赤が針水晶を睨みつけていると、凰華が表情を変えずに口を開いた。
 思いがけず謝られて、緋赤は意味もなく慌てる。
「え、あ、えーと、あんたが悪いんじゃないよ。うん、そう、悪いのはこれ! これだから!」
 針水晶を指差して必死に言い募っていると、蓮が苦笑するのが見えた。
「まあ、そういうもんならまた入荷するだろうさ。そんときは連絡してやるから、買いにくるなり報酬に持って行くなりしたらいい」
「あー、うん、わかった、そんときに欲しかったらそうする。ていうか忘れないでよ、絶対教えてね!」
「わかったよ。しかしあんたは元気だねえ」
 呆れたように笑う蓮に、緋赤は、にっと笑って見せた。

■■■

 昼下がりのアンティークショップ・レン。
 客のいない店内で、店長の蓮の声が紫煙とともに流れた。
「無事に届いたかい? それはよかった。――え? 以前より冷たい気がする? まあ別に溶けやしないから、安心しな。――ああ、それじゃ、また」
 蓮は電話を切ると、煙管の煙を吸った。
 カウンターの上には、ページを広げたリストが載っている。
 そこには新たに封じられた氷中樹の写真と、今日着で依頼主に返送した明細が貼られていた。
「ま、結果よければ全てよし、だろうさ」
 蓮は呟いてリストを閉じると、カウンターの中に戻した。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【4047/古田・緋赤(ふるた・ひあか)/女性/19歳/古田グループ会長専属の何でも屋】
【4634/天城・凰華(あまぎ・おうか)/女性/20歳/生物学者・退魔師】


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■         ライター通信          ■
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ご参加ありがとうございます。
初めまして、ライターの南屋しゅう です。
今回は非戦闘、戦闘とで描写を分けましたので、
他の方のノベルも読んでいただけると、
また違った視点で楽しんでいただけるのではないかと思います。
至らぬところも多々あるかと思いますが、
楽しんでいただけましたら幸いです。