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<東京怪談・PCゲームノベル>


夢幻館でのバレンタイン


 □オープニング

 「もう直ぐでバレンタインだねぇ。」
 「・・・そうね。」
 「はぁぁ、でもさぁ、どうしてあたし達があげなくちゃならないんだろうねぇ。」
 「・・・そうね。」
 「第一さぁ、バレンタインってもとは恋人同士が贈り物を贈る日でしょう?」
 「・・・そうね。」
 「それがどぉっしてこんな事になったんだろーっ!!あたしだってチョコ貰いたいのにっ!」
 「・・・そうね。」
 「だから日本にはホワイトデーって言うものがあるんだよねっ!大体からして、貰うだけは貰おうって言う考えが甘いんだよねっ!」
 「・・・そうね。」
 「よく、ホワイトデーは3倍返しって言うしねっ!」
 「・・・そうね。」
 「こーなりゃ、結構なもの作って、3倍返しにさせてやろうっ!」
 「・・・そうね。」
 「・・・あぁぁあっ!!でもでも、あたし料理できないんだったっ!どうしよぉ〜っ!」
 「・・・そうね。」
 「・・・リデアちゃん?」
 「・・・そうね。」
 「リデアちゃんっ!」
 「・・・そうね。」
 「リデアちゃんったらっ!!」
 「・・・なに、もな。急に大声なんか出して。」
 「・・っはぁっはぁ。ちょっとぉ!人が折角色々話してるのに、きいてないでしょぉ〜!」
 「聞いてるわ。チョコを作るんでしょう?ココで。」
 「・・まだそこまでは言ってないんだけどね・・。」
 「どうせなら、美麗も閏も呼んだほうが良いんじゃない?」
 「あ、そうだねぇ。・・でもさぁ、美麗ちゃんと閏ちゃんって料理できたっけ?」
 「あれを料理と言えるならば出来ているわ。」
 「・・・誰も料理できないじゃない・・。」
 「私が出来るわよ。チョコレートの菓子くらい。」
 「なんだか投げやりな言い方ですが・・でも、そっかぁ。それなら、いっぱい人を呼んで夢幻館のみんなにチョコを配ろうよ!」
 「良いんじゃない?奏都に言えばキッチン貸してくれると思うし。」
 「よぉっし!それなら張り紙を作ろうっ!」


 『急募:夢幻館でバレンタインに向けてチョコレートを作りましょう!料理の師匠、リディア カラスと助手の片桐 もな、夢宮 美麗、紅咲 閏がお菓子作りを全面バックアップしますっ!皆様どうぞお気軽にお声をおかけ下さい。』

 「っとぉ、これでよし!」
 「・・ちょっと待って。助手って何?」
 「雑用係〜!何でも任せてっ!」
 「はぁぁ〜・・大丈夫かしら・・。」


 〇火宮 翔子

 その日、翔子は夢幻館へと足を運んでいた。
 特に何か用事があると言うわけでもなかったのだが・・・まぁ、特に用事が無かったからこそ、夢幻館に足を運んでいた。
 「翔子さんじゃないですか。お久しぶりです。・・今日はどうしたんです?」
 「ちょっと、みんなどうしてるかなって・・」
 「みなさん元気ですよ。さぁ、どうぞ中へ。」
 最後まで言う前に、ここの総支配人である沖坂 奏都がニッコリと微笑みながら夢幻館の中を指差した。
 「えぇ、ありがとう。」
 翔子はそう言って奏都に微笑むと、両開きの扉を開けた。
 ・・っと・・ピラリと視界の端に映る白いもの・・。
 風に揺れながらも必死になって壁に引っ付いているもの・・。
 翔子はピっとそれをはがすと、マジマジと見つめた。
 「・・お菓子作り・・?」
 「えぇ、そうみたいですよ。もう直ぐでバレンタインらしいので・・。」
 「明日じゃない。バレンタイン。」
 「そうでしたか。」
 「・・もしかして奏都さん、バレンタインに興味ない人?」
 「興味がないというか・・結局の所、ホワイトデーを覚えていれば危害は及ばないと思いますので。」
 奏都が意味不明な事を呟きながら、すっごく遠くを見つめている。
 その視線の先には遥か彼方、大宇宙よりも広いなにか悟りのようなものでも見つめているのだろうか・・?
 「そっか・・私もやろうかしら・・。」
 「お菓子作りですか?」
 「そう。」
 「そうですねぇ・・きっと、皆さん喜ばれると思いますよ。」
 柔らかく微笑みながら、小さな声で“みなさん翔子さんに懐いていますから”と言った。
 「奏都さん、キッチンってどっちかしら?」
 「入って右を行って突き当たりを左です。」
 「分ったわ。」
 翔子は頷くと、扉の中に滑り込んだ。
 その背に奏都が言葉を投げかける。
 「渡す相手は、決まってるんでしょう?」
 渡す相手・・。
 翔子は浮かんできた顔に、僅かに口の端をあげた。




 「翔子ちゃんだー!!」
 キッチンへの扉を開けた瞬間、何か小さいものが飛んできて・・翔子の腰にしがみ付いた。
 ツインテールの髪の毛をブンブンと振り回しながらギュゥゥっと翔子の腰にしがみ付く・・・。
 「久しぶり、もなちゃん。」
 翔子はにこやかに微笑むと、腰にしがみ付いている片桐 もなを見つめた。
 身長差がある分、翔子はもなを見下ろす形になる。
 「今日はどうしたの!?どうしたのっ!?」
 「これ、私も混ぜてもらおうかなと思ってね。」
 翔子はそう言うと、キッチンの中を指差した。
 「翔子ちゃん、チョコ作るの!?・・・それで、誰にあげるの?」
 「ん〜・・迷ってるんだけどねぇ。」
 「そっかぁ。」
 もなは一つだけ頷くと、翔子の腰に頭を擦り付ける。
 なんだか子犬を見ているようで・・翔子は思わずその頭を撫ぜていた。
 「もな、暑苦しいし鬱陶しいし、何より邪魔だから離れなさい。」
 キッチンの奥から、凛とした冷たい声が響いた。
 可愛らしいと言うより・・美少女と言った面立ちの彼女の名前はリディア カラス。
 今回の料理の師匠でもある。
 「翔子さん、そのちびっ子ウザかったら張り倒しちゃって大丈夫だから。」
 「リデアちゃん酷いっ!」
 もながヒステリックに叫ぶと、腰を更に締め上げる。
 ・・ちょっと腰が痛くなってくる・・。
 「それで、今日は何のチョコ作るの?」
 「トリュフなんかが手ごろで良いと思うんだけど・・・どうかしら?」
 「良いんじゃないかしら?結構簡単に出来るし、見栄えも良いし・・」
 「翔子ちゃん、お菓子作れるの!?」
 「・・う〜ん、料理は作るんだけどね・・。」
 お菓子作りはどうだろう。
 そういう意味を込めて言ったのに、どう思ったのかもなはチンプンカンプンな事を言ってきた。
 「そうか、それじゃぁ光臨しないんだね。」
 ・・何が光臨するというのだろうか・・。
 「あ、そうだ。翔子さん、ちょっとやっていてほしい事があるんだけど・・」
 「良いわよ。なに?」
 「もなと一緒に、道具を出しておいてほしいんだけど・・・」
 「ていの良い小間使い君ですか。」
 ひょこりとリディアの背後から顔を出したのは紅咲 閏だった。
 リディアの背後でブツブツと『使われちゃって可哀想に〜な〜む〜。』などと言いながら合掌している・・・。
 「・・まぁ、簡単に言っちゃうとそうなんだけど・・イヤ?」
 「ううん。やっておくわ。」
 翔子は笑顔でそう言うと、小さな声で『もなちゃんヨロシクネ』と付け加えた。
 「うん!よろしくね!それじゃぁまずはコレを着て!」
 やけにフリフリでぶりぶりのエプロンを出され・・・翔子は思わずその場に固まってしまった。


■チョコレートって、どうやって作るの!?

 とりあえず何とか奏都から普通のエプロン・・と言ってもかなりファンシーなものだったが・・を借りて着ると、戸棚に向かい合った。
 出すのはボールとなべと・・。
 「フライパンと、コップと・・それからフライ返しも必要でしょう・・?」
 まったく必要ない。
 それよりも、もなは何を作りにここにいるのだろうか・・・。
 「もなちゃん、リディアちゃんから言われたのは、なべとフォークとボールとバットと・・」
 「バット・・?それじゃぁ冬弥ちゃんもいるね。」
 そっちのバットではない。
 そもそもお菓子作りに必要ないではないか・・。
 「そっか、お菓子作りって結構精神的なものもあるしね。」
 彼はそれのはけ口か。
 翔子は心の中で彼に向かって合掌すると、結構広いキッチンの中をクルクルと動き回った。
 ボールを出し、なべを出し・・・。
 「あっ!」
 もなが小さく声を上げると、急に厨房から走って行ってしまった。
 ・・・どうしたのだろうか??
 翔子はもな後を追いかけた。
 「もなちゃん、誰か来たの?」
 玄関まで走った先、そこにはリディアと1人の少年・・桐生 暁の姿があった。
 金髪で赤い瞳が印象的な・・。
 「翔子ちゃん、ほら、買出しに行ってくれてた人!暁ちゃん!」
 「初めまして、火宮 翔子と申します。」
 「こちらこそ・・桐生 暁って言います。」
 翔子が丁寧に頭を下げ、暁が頭を下げながら手を差し出す。
 それをとり、軽く握手を交わすと2人で微笑みあった。
 「ちょっとー!2人で良い感じになってないでっ!ほら、チョコ作るよー!」
 もなが2人の間に割って入り、ベリっと2人を引き剥がすとキッチンへと引っ張って行った。
 「・・可哀想な暁さんと翔子さん。」
 リディアの呟きは、広い夢幻館には響かなかった。


 「大変大変!アレがないよ!!」
 キッチンに荷物を置き、奏都が用意したというエプロンを身につけた時、買い物袋を漁っていたもながそう叫んだ。
 「なにがないの?」
 「ほら、アレだよアレ!」
 もなはそう言って空中を無駄に指しまくる・・。
 アレとかコレとか、よく口にする言葉だが大抵の場合“アレ”や“コレ”では物事の半分も伝わらない。
 そもそもアレとかコレと言われても具体的になんだという話である。
 「ほらぁ、アレがないとチョコが作れないじゃないっ!!」
 ジタバタともどかしそうな表情を覗かせながら暴れるもなを尻目に、アレの指し示すものを思い浮かべる。
 それがないとチョコが作れない・・。
 今日作るのは、トリュフ・・。
 チョコレートはさっきあったし、ココアパウダーもあったし、生クリームも、ココナッツも・・・。
 「あ、そうだ!カカオだよ!!」
 ・・・いったいこの子はどこから作るつもりなのだろうか。
 「もな、後でカカオ買ってきてあげるから、大人しくしてなさい。」
 「えーだって、今作るんでしょ?カカオがなかったら・・」
 「いいから、大人しくしてなさい。」
 リディアがピシャリと言い放ち、暁と翔子の顔を見比べた。
 「それでは、手順を言うんで・・。まず、テンパリングと言って・・」
 「まって!?パーマのやつココにはないよ!?」
 リディアが真面目に説明をしようとすると、もなが話の腰を折る。
 「もなちゃん、テンパリングってパーマは関係ないと思うの・・。」
 「テンパリングって温度調節の事でしょ?」
 翔子がもなをなだめ、暁がスパリと正解を言い放つ。
 どうして暁がテンパリングを知っているのかは謎だ・・。
 「そう。温度調節の事です。・・ちなみにもな、パーマとチョコレートの関係を3つ以上30字以内で答えよ。」
 「えっと、色が同じ。」
 ・・既にそこで間違っている。
 「まず水気のない包丁とまな板でチョコレートを細かく刻み、乾いた小さめのボールに入れます。」
 リディアの支持で翔子と暁はまな板と包丁を取ると、開封したチョコレートを細かく刻んでいく。
 日常生活でよく料理をする翔子はもとより、暁も手馴れた様子でチョコを刻んで行く。
 リディアにいたってはプロに近かった。
 なにより刻むスピードが違う・・。
 3人が必死になってチョコを刻んでいる間、他の面々はと言うと・・。
 もなは自身の手をスッパリ切りそうだという理由で包丁を持つ事を許可されなかった。
 夢宮 美麗は包丁を持たせてはいけないという暗黙のルールがあるらしく、キッチンの隅で優雅にお茶を飲んでいる。
 そして閏はと言うと・・サラサラチョコ作りに参加する意思はないらしく少し離れた位置で暁が買ってきたスナック菓子をボリボリと食べている。
 まったくもって、この3人は何のためにいるのか分らない。
 「次に湯せんにかけ、46℃になったらはずし、チョコが溶けたら水を張ったボールに入れて混ぜながら26℃まで下げます。40℃の湯に当てて再び湯せんにかけ、チョコが32℃になったら出来上がり。」
 暁と翔子はリディアに言われたとおりに湯せんにかけ、水を張ったボールに入れ、再び湯せんにかけた。
 それなりに手際よくぱっぱとこなす2人に対し、やはりプロなみの腕前を見せるリディア。
 そして・・“湯せんにかけろ”と言われたのに直接火であぶってチョコを焦がすもな。
 閏は既にお昼寝タイムに突入しており、美麗はまたしても暗黙の了解によって大人しく部屋の隅に座らされている。
 それなりに広いキッチンが、この3人のせいで酷く狭いものに思える・・・。
 「大変大変!!チョコが焦げちゃったよ!暁ちゃん、翔子ちゃん!」
 もながそう言って、こげたなべを片手に走ってくる。
 「もなちゃん、湯せんにかけないと。」
 「ゆせん〜ゆせん〜・・あ、そっか!」
 もなは納得の顔をすると、パタパタと奥へ走った。
 「翔子さん・・」
 「なに?」
 「もなちゃんさ・・今俺達の手元見てた?」
 暁がチョコの温度を気にしながら翔子の方にチラリと視線をなげた。
 「私達の顔を見ていたように思うけど・・。」
 「だよねー、俺もそう思う。」
 2人の手元では、湯せんにかけたチョコがトロリと溶けてきていた。
 「ねぇ、暁君。」
 「はい?」
 「もなちゃんさ、湯せんの意味を分ってたと思う?」
 「・・多分、もなちゃんなりに理解をしてたとは思いますけど・・。」
 「そうよね、もなちゃんなりによね〜。」
 2人はそう言うと、盛大なため息をついた。
 そう。もなは“湯せん”の意味を理解したのかも知れない・・それも、自己流の“湯せん”を・・。
 「キャー!!大変!なんかこれ、薄いよ!?」
 トテトテと走ってくるもな。その手に乗っかる、銀色のボール。
 その中で、チョコと水が分離している・・・。
 「あぁ、やっぱり・・。」
 「お約束ね。」
 「え!?だって、湯せんで溶かすんでしょう!?」
 確かにそうだが・・こちらが言ったのは“湯せんにかけろ”だ。
 そんな直通の意味ではない。
 そもそも、もなは“湯せん”の意味をちっとも理解していない。
 「もなちゃん、湯せんって言うのはね・・」
 「あったかい水でしょう?」
 それはお湯である。



 「それじゃぁ、テンパリングが終わったので、トリュフ作りに入ります。」
 リディアはそう言うと、近くにあったボールを引き寄せた。
 「生クリームを沸騰直前まで温めて、細かく刻んだチョコレートを入れ、木ベラでかき混ぜながら溶かしてブランデーを加え、チョコが全部溶けたらボウルの底に氷水をあててよくかき混ぜます。・・っとまぁ、ココまではやっておきました。皆さんがちびっ子を相手にしている間に。」
 「むー!ちびっ子じゃないよ!」
 「それじゃぁ、お荷物の相手をしている間に。」
 微妙に否定が出来ないため、苦笑いでその場を乗り切る。
 あの後散々湯せんのかけ方を教えたのだが・・・どうもいまいち分かっていないような節がある。
 「チョコをパラフィン紙の上に絞り袋で絞り出し、手で丸めて冷蔵庫で冷やして固めます。」
 リディアが薄い紙を敷いたバットをそれぞれに配る。
 無論、それぞれと言っても暁と翔子にだが・・。
 「あれ?リデアちゃん、あたしのバットは?」
 「向こうの部屋に用意してあるから、存分に叩いてきな。」
 「?」
 ハテナマークいっぱいの顔をしながら、もなは隣の部屋へと入って行った・・。
 「リディアさん。バットって言ってもさ、それって・・」
 「なにこれぇ!!バットジャン!!」
 しかも到底お菓子作りには使用できそうもない、振り回すほうのバットだ。
 「コレもお約束ね。」
 「邪魔でしたんで、追い出しました。」
 「あぁっ!!しかも鍵がかかってる!!」
 その鍵を閉めたのは、扉の一番近くにいる美麗だった。
 「いいの?もなちゃん1人にして。」
 「1人じゃないから大丈夫です。」
 「・・・1人じゃない・・??」
 ニヤリと微笑むリディアに、2人はまったく同じ人物を想像していた。
 夢幻館一のヤラレキャラ・・・。
 「冬弥ちゃぁぁ〜ん!これはなにかなぁ〜〜〜??」
 「うぉ!?もな!?ってか、なんで急にこんな所に・・っつーか、その右手に持ってるものはなんだ!!??」
 「冬弥ちゃんもリデアちゃんの味方なんだ!?」
 バキ
 「な、ちょ・・分けわかんねぇ事言ってねぇで・・・」
 バコ
 「早くあそこの扉を開けなさい!!」
 ガシャン
 「だから、俺は何も知らな・・・ちょっ・・だれか〜!!!」
 冬弥の絶叫と、もなのバットの音が重なる。
 暁と翔子は動かしていた手を休め、扉の方に向かうと丁寧にお辞儀をした。
 模範的な綺麗なお辞儀の仕方だ。
 そして・・掌と掌を合わせた。
 “な〜む〜”
 「リディアさん、あっちに冬弥がいるの知ってたでしょ?」
 「えぇ。モチロン。」
 「ねぇ、私思うんだけど・・あそこに冬弥さんを呼び寄せたのって、リディアちゃん?」
 「・・・ひ・み・つ☆」
 リディアがやけにご機嫌な様子で悪戯っぽく微笑んだ。
 ・・その微笑が、全てを肯定している。
 「冬弥、生きてるかな?」
 「もなだってそこまで馬鹿じゃないわ。5体があるかは保障できないけど、少なくとも命はある・・はず?」
 リディアが死ぬほど間を持たせた後に言った。しかも語尾を疑問形にして・・。
 「まぁ、冬弥さん・・運動神経良いし。」
 「もなも良いですけどね。」
 「冬弥は悪運強いし・・。」
 「もなは殺人兵器なみですけどね。狙った獲物は逃がさない・・みたいな。」
 「「・・・・・・・・・・・・・・」」
 リディアはどちらの味方なのだか、いまいちよく分からない。
 そんなこんなで、お料理ベタなもながいなくなったおかげでスイスイと事は進み、何の問題もなく次の段階へと移った。
 「次は先ほどテンパリングで作ったチョコレートを使います。冷やして固めたチョコレートをテンパリングしたチョコにくぐらせ、網にとり、固まる直前にココアパウダーもしくはココナッツを周りにふりかけます。」
 目の前にはテンパリングしたチョコの入ったボールと、先ほど固めておいたチョコの入ったバット、ココアパウダー入りの茶漉しと、ココナッツの入った小さめのボール、そしてフォークと網が置かれている。
 まずフォークで先ほど先ほど固めたチョコを取り、テンパリング済みのチョコにくぐらせ、網の上において少し固まるのを待つ。
 完全に固まる前に茶漉しでココアパウダーをかけるか、ココナッツの上を転がしてコーティングする。
 スイスイと進む作業は、何度も言うがもながいないからである。
 この3人なら1時間で終わる作業も、もながいると3時間はかかってしまうのだから・・。
 「暁様、翔子様、これを・・。」
 チョコ作りに没頭する2人に、美麗が小さな箱とリボンを手渡した。
 組み立て式のプレゼントボックスのようだが・・すでに組み立て済みになっており、後は出来上がったチョコを入れれば完成だ。
 「・・これは・・??」
 「わたくしからのプレゼントです。何もお手伝いできませんでしたし・・どうか貰ってくださいませ。」
 美麗はそう言うと、ペコリとお辞儀をした。
 「わぁ・・可愛い。キラキラしてるわね・・。」
 「ありがとう、美麗ちゃん。」
 七色に輝く銀の包みと、ピンク色の可愛らしいリボン。
 そして、箱の中ではふわふわの紙が綺麗に鎮座している。
 「これを中に入れて、その上にチョコを乗せると良いよ!」
 何時の間に起きたのか、閏が薄い紙を2人に差し出した。
 それは透けるほど薄く・・それでいてよく見ると天使の絵が描かれている。
 中央にいる美しい天使の手に持たれた小さなハート。
 そこには・・・。
 「I love you・・?」
 「そうです、それは本命用。義理用はコッチに沢山あるから。」
 閏が数枚の紙の入ったビニール袋を差し出す。
 こちらも先ほどと同じ絵が描かれているが・・最大に違う所があった・・。
 天使の持ったハートの中央に書かれている文字・・。
 「思いっきり“義理”って書かれてるな・・。」
 「そうね、どっからどう見ても“義理”ね。」
 何故だか柔らかく微笑む天使が悪魔に見えてくる。
 「まぁ、最初に義理ですって言って渡せば大丈夫じゃない?」
 それはそうだが・・それにしたってココまで正々堂々“義理”と書かれていれば、ちょっと寂しい・・。
 しかし、これは使える!
 「それじゃぁ、作ったチョコをプレゼントボックスに入れて。」
 リディアの支持で、プレゼントボックスにチョコを詰める2人・・。
 その顔はどこか“たくらみいっぱい”“夢いっぱい”の顔をしていた。


□義理の方々

 全ての作業が終わり、あまったチョコを暁が持って来たフルーツにつけて食べ、最後にきちんと後片付けをすると・・一同は解散した。
 目指すは“彼”だが、その前にもなにもチョコをあげよう。
 翔子はそう思うと、手に持ったお菓子の袋を見つめた。
 とにかく“彼”は最後のトリだが、まずはあんなにチョコをほしがっていたもなにも・・。
 「あ、翔子ちゃんだ!!」
 聞きなれた声が翔子を呼んだ。
 「もなちゃん・・・っと・・。」
 振り向いた先、なんだかとっても傷ついたバットが目に入る。
 ・・・血が付いていないのが、冬弥の生を教えてくれる。
 まぁ、拭いちゃってたら分んないけどね。
 「大丈夫!冬弥ちゃんは殴ってないから。」
 ふんと、鼻息荒く挙句自慢げに話すもなだが・・そんな所で自慢されてもである。
 一般常識的に、バットを振り回して誰も殴らなかったからと言って・・・自慢にはならない。
 「はぁぁぁ〜でもあたし、チョコ食べたかったのにぃ。」
 「そうだわ、はいこれバレンタインプレゼント。」
 翔子は持っていた袋から、綺麗にラッピングしたチョコ菓子をもなに手渡した。
 ラッピングは先ほど手先の器用な美麗がちゃっちゃとやってくれたものだ。
 「うそ!?良いの!?ありがとー!!もう、翔子ちゃん好き好き!!」
 「ありがとう。」
 ツインテールをブンブンと振り回しながら喜びを表現するもなに、翔子は苦笑するとその手からバットをそっと取った。
 「これは、私から奏都さんに渡しておくわね。」
 「うん。そーしてくれる?そのバット結構重くって・・。」
 ロケットランチャーを担ぎながら平気で走り回っている彼女の言う台詞ではない。
 「翔子ちゃんは、これからどっかいくの?」
 「う〜ん。冬弥さんにもあげようかな?って思って。」
 「そうなんだ?」
 「うん。それでもなちゃん・・」
 翔子はチラリと周囲に目を配ると、声を静めた。
 「冬弥さんの弱い仕草とかって・・知ってる?」
 「冬弥ちゃんの??」
 「そう、例えば・・髪を掻き揚げる仕草だとか・・」
 「あ、冬弥ちゃんは顔を近づけられるのに弱いよ。それも、急にふあって。」
 「そうなの!?」
 「後、涙に弱いけど・・これはわたたたしちゃうからあんまり・・かな?」
 「そっか、分ったわ。心に留めておくわね。」
 翔子はそう言って人差し指を口元に当てると、にっこりと微笑んだ。
 「ねぇ、翔子ちゃん、今日・・楽しかった??」
 「どうしたの、急に。」
 「う〜ん・・なんとなく。ね、楽しかった?」
 「えぇ。とっても。そんなに簡単じゃなかったけど、やっぱりみんなで作るのは楽しいわね。」
 「本当!?またやろうね!」
 ・・・ちなみに、今回もながした事と言えば・・・。
 1、カカオがないと叫ぶ
 2、テンパリングとパーマを結びつける
 3、チョコを焦がす
 4、チョコと水を混ぜる
 5、バットで冬弥を襲う
 ・・なんだ、結構色々とやっているではないか。
 まぁ、それがチョコ作りにどのような効果をもたらしたかはまったくもって謎だが・・。
 「それじゃぁ、またね、もなちゃん。」
 そう言って先を急ごうとする翔子の背後に、もなが手を振りながら叫んだ。
 「そうだっ・・ホワイトデーは覚えてろよ〜!」
 ・・・いったい翔子が何をしたと言うのか・・。
 「あ、間違えた。ホワイトデーはお礼参りに行くから、楽しみにしててね!」
 むしろ来ないでくれ。
 「それじゃぁ、また今度ね〜!」
 しかも、間違えたまま言いなおさないもな。
 もしかして・・・本当にお礼参りに来られるのでは・・。
 ふっとよぎるそんな即死フラグに、翔子は思わず顔を引きつらせた。
 ロケットランチャーを担いで走ってきて、いつも通りツインテールを振り回しながら笑顔で手を振るもな。
 『翔子ちゃん、それじゃぁこれからお礼するね!』
 ズガーン・・。
 家は崩壊である。
 翔子はそんな最悪なシナリオを頭の中から追い出そうとした。
 しかし・・頭の中によぎるのは笑顔でロケットランチャーを担ぐもなの姿だった。


■I love you

 手すりに寄りかかり、空を見上げる冬弥をそっと壁際から見つめる。
 恋心を抱いたいたいけな乙女がそっと意中の男性を見つめるかのように・・・。
 しかし、そんな繊細な心を持つ乙女ならばこんな笑い方はしないだろう。
 ニヤニヤと、何かをたくらんでいるかのような・・・。
 「冬弥さん。」
 「うぉ、翔子!?」
 にゅっと出てきた翔子に驚いた冬弥が、ズザっと後ずさりをする。
 「あ〜・・ビックリした。脅かすなよ。もなかと思った・・。」
 「バットは奏都さんに渡しておいたわ。」
 「そっか。・・で?どうした?もな達とチョコ作ったんだろ?楽しかったのか?」
 「楽しかったわ。それにしても、リディアちゃん上手いのね〜。」
 「あぁ?リデアは上手いな。まぁ、その他諸々は別だけどな。」
 「冬弥さんってば・・。」
 「お互い様だ。」
 冬弥はクスリと小さく微笑むと、月を見上げた。
 そして瞳を瞑り・・・。
 「そうだわ、冬弥さん・・あの・・。」
 「んあ?」
 翔子はもじもじと顔を赤らめた。
 無論、これは思いっきり演技である。
 「どうした・・??」
 「あのね。あの・・」
 翔子はふわりと冬弥に顔を近づけた。
 驚いた冬弥が後に下がろうとして手すりにぶつかり、僅かばかり顔を歪める。
 「ちょっ・・な・・なんだ・・??」
 「あのね・・あの・・っ・・これ・・。」
 翔子はもじもじと、後ろ手に持ったチョコを差し出した。
 視線は伏せてあるが、視界はしっかりと冬弥の動きをチェックしている。
 「ん・・あぁ、サンキュ。なんだ、俺にも作ってくれたのか?」
 「うん。・・・貰ってくれてありがとう。」
 なんだけ結構普通の冬弥に、翔子は少しガッカリした気持ちでじっと冬弥を見つめていた。
 予想では、もっとわたたたと・・・。
 その時翔子はある事に気が付いた。
 冬弥の耳が・・・真っ赤だ・・。
 それはもう、茹蛸級に・・・。
 それでも何とか強がっている姿は、いっそ愛らしい。
 翔子は沸きあがってくる笑いを噛み殺すと、空を見上げた。
 「月、綺麗ねー。」
 「そうだな。」
 「冬弥さんは、夜は嫌い?」
 「夜のが好きだ。色々・・暗ければ見えないからな。」
 ・・冬弥の物言いに、翔子は僅かに首をかしげるとそっと、手すりから手を放した。
 「それじゃぁ、私この辺で・・」
 「帰るのか?」
 「えぇ・・。」
 「こんな遅くに?あ〜・・奏都にでも送ってもらえよ。危ないし、暗いし、ほら・・アイツ車運転できるし・・。」
 「でも、私今日はバイクで来たし。」
 「そっか。それじゃぁ、くれぐれも気をつけろよ。変な奴いたら、急所を刺してもOK!」
 「・・ダメじゃないかしら・・。」
 「いや、正当防衛だろう。」
 「過剰防衛よ。」
 翔子が言い、クスリと微笑んだ。
 それにつられて冬弥も僅かに微笑む・・・。
 「それじゃぁ、良かったらそれ食べてね。」
 「あぁ、ありがとう。それじゃ、またな。」
 「また・・。」
 翔子はヒラヒラと手を振ると、ついと冬弥に背を向けた。
 

 〇おまけ

 「な・・ななななななななななな・・なんだったんだ・・っさささささっきのは・・。」
 「・・もしかして、翔子・・俺の事・・」
 「いやっ、そんなはずはないっ!冷静になれ!冷静になるんだ俺!!」
    ・・・ジー・・・
 「ってぇ、やっぱどっからどー見てもこれは本命くさいっ!」
 「どーしろって言うんだよ・・おい・・。」
 「こういうのは普通、あのフェミニストの奏都か、男のクセに女っぽい麗夜か、はたまた傍若無人の俺様の魅琴か・・そうじゃないのか!?」
 「なんで俺!?なんで一番普通の俺が本命チョコなんか!?(←ワケが分らなくなってきている)」
 「・・・はっ!!!!もしかして・・この中にラブレターなんか・・・」
 「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!どうしろっつーんだよいったい!!」
 「いやいや、待て俺。俺の勘違いって事も・・」
    ・・・ジー・・・
 「やっぱ何度見ても本命くさいっ!!」
 「どうすれば・・あぁぁぁ・・」
 「・・・仕方ない、ここはいっちょ開けてみるか・・」
   ・・・・・・・・パカっ・・・・

      『義理』


 「義理?あぁ、義理か。あ〜なんだ、よかった。あ〜も〜、驚かすなよ〜」
 「・・・って、義理?」
 「いやいや、じゃぁあの時もアレはなんだったんだよ・・」
 「・・・・もしかして俺・・・騙された?(←正解)」
 「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
 「あんにゃろー・・!くそ、人をおちょくりやがって・・」
 「・・はっ!もしかしてこの場も見てたりとか・・(←正解)」
 「しょぉぉぉぉ〜こぉぉぉ〜〜!!!怒らないから出てきなサイっ!(←既に怒っている)」
    ・・そー・・・
 「やっぱり冬弥さんって面白いわ〜(←陰から見物中)」
 「ったく、なんで俺ばっかり、なんで俺ばっかり〜!!」


   『ヤラレキャラなんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!』

        〈END〉


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 ■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

  4782/桐生 暁/男性/17歳/高校生兼吸血鬼

  3974/火宮 翔子/女性/23歳/ハンター


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 ■         ライター通信          ■
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  この度は『夢幻館でのバレンタイン』にご参加いただきありがとう御座いました!
  ライターの宮瀬です。
  夢幻館でバレンタイン・・やっぱりコメディーに走ってしまっておりますが・・。
  今回はリディアがかなり活躍しました!
  そして・・もなが足を引っ張りました・・。
  何時にも増して騒がしい夢幻館でしたが、お気に召されれば光栄です。

  火宮 翔子様
 
  何時もご参加ありがとう御座います。
  今回は徹底的に冬弥をからかっていただきました!
  冬弥は急に顔を近づけられるのと、涙に弱いのです。
  それはもう、オロオロと・・・。
  義理チョコ大作戦では、冬弥の独り言が見られたりと・・・ww

   それでは、またどこかでお逢いしました時はよろしくお願いいたします。