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<東京怪談・PCゲームノベル>


奇兎−狩−

「ああもう最低ね」
 少女は言って、抉れた肩口を抑える。血は止まるはずもなかったが、不思議と少女の手元で止まっている。それでも痛みは全く治まらないのだな、と一人感慨に耽りながら苦笑した。
「……本当、最低」
 少女に両親はいない。いればもう少しマシな生活が歩めただろうが、“真実”を知らされた両親にとってはもはや少女を育てる理由は存在しなかった。バケモノを産んだ母は病み、父はそんな母を責め続けた。だから、家を出た。記憶を消せる天然の異能者に全てを託し、少女は雑踏へと身を消した。
 正面に立つ“狩人”の女性は、冷めた目で獲物の少女を見つめる。紅い唇を舌で舐め、愉しそうに少女へと近付いていく。依頼で殺人を受け入れた、と。そう聞いても不思議と怒りが湧いてこなかったのは、既に両親に捨てられていたことによる諦念からなのかもしれない。
 ……死ぬのか。殆ど確信に近い思いを胸に、少女は静かに目を閉じた。死は確実に迫っているし、眼前の女性のことだから遊び半分に弄り殺すことはしないだろう。先程までの戦闘からそれは本能的に理解した。それは救いでもあった。
 異能者狩りの勃発、それも“奇兎”と呼ばれる特定種だけ。その行為には明らかな裏を感じてしまうが、“網”を持たぬ少女には何も行動を起こすことは出来なかった。出来るのは、死から逃れるだけ。それももはや、万策尽きた感ではあったが。
「あの、何をなさっているのですか?」
 ふいに聞こえてきたのは知らぬ女性の声だった。少女は恐る恐る目を開ける。
「この方怪我をなさっているのですが、手当てをした方が宜しいかと……」
 メイド服の女性、篠原美沙姫は紙袋を手に少女と女性の丁度真ん中に立っていた。紙袋の中身は日用品というよりも、果物や野菜の類が覗いていた。それを足元に置き、少女へと近付いた。近所で市が出ているのかな、と関係のないことを思いながら、少女はそこで唐突に本質的な問題に直面した。
 ……どうしてこの人はここにいるんだろう。ここら一帯の周辺は結界で覆われている。“狩人”の能力らしいが、その実はよく分からない。要は逃げられないし、助けも呼べない。そのはずだった。なのに、どこからこの女性は侵入してきたのだろうか。
「痛くないですか?」
 恐らく、美沙姫も一種の能力者の一人なのだと。二人は同時に同じ結論に導かれた。だが“味方”か“敵”かも分からぬ状態では双方手出しが出来なく、ただただ美沙姫の動向に目を丸くしていた。無言で息を呑む少女に、美沙姫は不安そうな視線を投げかけ続ける。幾度目かの問いに、漸く少女は口を開いた。
「必要ないよ」
 簡潔な一言に、それでも美沙姫は引き下がらなかった。
「でも早く止血なさらないと、命に関わります」
「だから、必要ないんだ」
 少女の言葉に美沙姫は意を得ぬ顔を一瞬見せ、
「このまま死ぬおつもりですか?」
 静かな問いに、少女は安堵したように頷いた。
「このまま生き延びる方法がないし、この先行くところないし。だから、です」
「そちらの方は引いてくださりませんか?」
 “狩人”の女性は苦笑を含んだ声で笑い、簡潔に「否」と拒否した。
「ならば、仕方ありませんね」
 美沙姫の一言で、空気の存在の変質を感じる。異質なものへと、或いは存在の濃厚になりつつあるそれに少女は眉を顰めた。だがしっかりとその眼には、“精霊”と呼ばれるものの存在が映っていた。
「見えるんですか?」
 傷口から手を離し、少女は両手をだらりと下げた状態で肯く。それだけなの、と肩を軽く竦めてみせる。
 女性は軽く後方へ飛び、美沙姫と同様に周囲の存在を異質化させた。だが美沙姫と異なり、幾言かの詠唱を必要とした。
「…………」
 風が舞う。存在は次第に硬質化していき、鋭利な刃物と化す。かまいたちと呼ばれるそれは二人に向かって疾駆していき、だが美沙姫の前で霧散した。風の壁に阻まれたのを確認し、女性は気だるそうに髪を梳いた。
「そっちの方が能力が上、みたいね」
「はい。ですので、申し訳ありませんが引いていただけませんか?」
「あたしが引いても、他の人がやるかもしれないよ。そういう依頼だし。だったら、今この場で楽に死なせてあげた方がいいんじゃない?」
「そうかもしれません。でも、この子は死にたがってはいませんよ」
 その微笑に、少女はきょとんとした顔をして美沙姫をまじまじと見つめる。
「私からもお願い致します」
 ……どうして、ここまで協力してくれるのか。口に出そうとして、少女は止めた。
「ありがとう」
「いえ、どういたしまして」
 追求よりも、ただただ礼を述べたかった。それは明らかに今となっては可笑しい行為で、「死に行く存在」としても可笑しい行為だった。
 最期の言葉。それが礼であるならば、神サマも迎え入れてくれるだろう。寛容に全てを受け入れることはしなくても、その一点だけに関しては認めてくれるかもしれない、と。小さな笑みすら返せずに言った少女の言葉に、美沙姫は嬉しそうに応じていた。
「……何だか興が逸れた。帰る」
 女性は踵を返してその場を後にする。
 それすらもあまりにも唐突過ぎて少女には理解できず、立ちすくむだけでいることが可笑しくなってきた。
「それでは、失礼しますね」
 名乗らず、美沙姫は紙袋を抱え直して少女の元から離れようとする。
 少女は引き止めることは出来なかった。この闘いは少女自身のものであったし、誰一人として巻き込むことが許されていなかった。
 それでも一瞬だけでも少女自身に興味を持ってくれたこと。それが声に出さなくとも、嬉しかった。
 存在の肯定は、それだけで少女に力を与えた。
「うん。またね」
 小さく小さく、少女は美沙姫の背に言った。美沙姫も振り返り、先程と同じ位の笑顔を返した。
 それで、充分だった。

 きっかけは何でも良い。
 歩みだす一歩を与えた女性に、少女は言い尽くせぬ程の感謝をした。
 いつかどこかで出会った二人が再び出会うことになるのは、これからまた少し先の話になる。

 ――その話は、また後日。





【END】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【4607/篠原美沙姫/女性/22歳/宮小路家メイド長/『使い人』】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

“奇兎”という“異能者”狩りの話でしたが、如何でしたでしょうか?
風のようき助け風のように去る。
一時代の英雄みたいな登場と退場……と言ったらかなり語弊がありそうですが、自分とは全く関係のない他人を体を張って助けるというのは、凄いことだと思いました。
“狩人”の女性は仕事故に人を殺そうとしていましたが、所以なしに行動起こすのはそうそうありません。
そのような理由でも彼女の行動は理解し難いものであると同時に、実行へと移すのも難解であると感じてしまいました。
「人を助けるのに理由がいるか?」
とはよく使われる台詞ですが、その言葉を口に出来るようになるには、相当の経験や実践、或いは何ものにも囚われない決意が必要なのかもしれません。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝