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<東京怪談・PCゲームノベル>


奇兎−逆−

「『あれはバケモノです。故に、滅すべきなのです』。それが今回の事件の、依頼の発端です」
 シン=フェインは火宮翔子にそれだけ告げた。

 見知らぬ少年に“奇兎”という異能種と間違われてから数日後、翔子は憤然とした顔で眼前に座る情報屋を眺めていた。どこから現れてきたかは分からない。だが急に姿を現したそれは、自身の名を「シン=フェイン」と名乗った。少年が明かした依頼者の名を、男はその口で声にしたのだ。
 両足と両肩に銃弾を受け、しかも大量の血液を流していたのだから命は尽きていても可笑しくはない。流石というか何というか、それでも笑顔でシン=フェインは翔子に律儀に挨拶をした。
 怒りを堪え、翔子は依頼について訊いた。彼は素直に、その問いに答えた。真実を知らせるのも仕事の一つだと、何も悪びれもせずに言ったのだ。
「僕が受けた依頼というのは、“奇兎”という異能者を捕まえろということだけです。その手段については問わず、生死についても問わないということです」
「それって誰が?」
「言ったら仕事なくなっちゃいますよ。これでも信用関係で成り立っていますからね」
「そこだけ仕事に忠実なんだ」
 冷笑する翔子に、シン=フェインは溜息を一つだけついて言った。
「そもそも、エフに狙われるとは思ってもいませんでしたけど」
「“F”?」
「僕を殺そうとした少女の名前です。WA型Fの何とかと言います。だから僕はエフと呼んでいます。彼女の能力は“視える”こと。人が死にゆくための線を見ることが出来るそうです」
 不思議そうな顔で翔子はシン=フェインを見やる。その顔を見て、シン=フェインは声を少し潜めた。四肢の銃痕はいつの間にか癒え、穴の空いたスーツに不服そうに指を突っ込みながら、
「遺伝子内臓型異能者」
 呟きに、翔子は眉を顰めた。
「遺伝子内臓型異能者……と。僕らは彼らをそうとも呼んでいます。知っている情報はそれだけです。残念ながら、情報屋でも知らない情報はあります。触れてはいけない情報もありますし、知ってはいけない情報もあります」
「それってどういう、こと?」
「この国の権力者に、いくら僕でも逆らえません。情報と依頼はそれ自体を別物として扱い、深く介入はしません。ジンと立花は手足として使いますが、それ以上でも以下でもありません。要は、そういうことです」
 道具は道具以外の何者でもない、と。その口振りに翔子はかちんと来た。が、暴力に訴えるのも結局は腹が収まらない。仕方なしに、彼女は根本的な疑問を口にすることにした。
「で、一体何なの“奇兎”って。字は分かるけど、何かの幻獣とか、そういう意味なの?」
「半分正解ですが、正しくは昔話です。『銀獣物語』という、口伝の民話です。そこに出るバケモノが、奇兎と言います。因みに、彼らのような異能者を“奇兎”と呼び始めたのは“予言者”です」
「予言者?」
「ええ。神サマ嫌いの予言者」
 それは一体何の比喩なのだろうか、と翔子は思って、二つ名の一種だという結論に辿り着いた。ニックネームやら、あだ名に近いモノだと。
「それで、話を元に戻しますね。銀獣物語に出るバケモノが、今、現実にいる奇兎と同じ姿なんです。だから僕らは同様にそう呼んでいます。その能力は物語のように、多種多様です。ですが、神サマは彼らに全ての力を授けると同時に、罰も与えました」
「……罰?」
「寿命が短いんです。それも、二十歳になるかそこら」
 くつくつとシン=フェインは笑って、壁に深く寄り掛かり背をもたれかかる。視線に映るのは何もない空間で、覗き込むような翔子の視線と合うと顔を俯けた。
「最初に言いましたよね。彼らは……」
「バケモノだって?」
「それもありますが、遺伝子内蔵型異能種。遺伝子に異能の力が刻まれているニンゲン。それはつまり、研究に色々生かせますでしょう? だから必要とする人も沢山います」
 限界だった。話を聞いているよりも、行動を起こした方が少しでも有益だった。シン=フェインは事実を話すが、何かを変えるようなものでは全く成りえなかった。存在として真実を語るだけのモノ。それが一体何の意味があるか分からず、翔子は立ち上がった。玄関に向かう翔子の背に声が投げられる。
「どちらへ?」
「最初に話してくれた、あなたを殺そうとした人とその人質を助けに行くわ」
「間に合いませんよ」
「援軍でも送ったの?」
「いえ、送りません。エフにはまず、近接戦では勝てません。僕が保障します」
「でも助けるわ。二人とも。人質と、エフって子」
「……暇なんですね」
「元はと言えば……」
 ふと、翔子は気付いて口を閉じた。
「そういえばあなた、一度もその……エフって子をバケモノとは言ってないわよね」
「それはそうですよ。彼女は人間なんですから」
「らしくない台詞」
「僕も元々生まれが可笑しい生き物なので、ああいうのには抵抗がない方なんですよ。人間とバケモノの境界線なんて、最近では分からないでしょう?」
 そうだな、と小さく翔子は呟いて、シン=フェインに再び背を向ける。
「あたしを止めないの?」
 問いに、見えないながらもシン=フェインは肯いた。
「行って止めるなり、傍観するなり、殺すなり。それは貴方の自由ですから、お任せします」
 でもですね、と壊れた笑みを浮かべる。
「出来れば誰も殺して欲しくない……ですね」
「依頼は『殺しても可』なのに?」
「依頼は、です。僕個人としては、厭ですね」
「それなら仕事請けなきゃいいのに」
「そういう訳にもいきません。僕にはやらなければいけないことがありますので、少しでも情報が多い方がいいんです」
「生き別れた恋人に会いたい、とか?」
「そういう人間味溢れる展開は、誰も望んじゃいませんよ。僕の場合、もっと血生臭い目的です」
 哀しそうな笑みに、翔子は複雑そうな色を返した。
「そろそろ、行くわ」
 後ろ向きで手を振り、翔子はシン=フェインの前から姿を消した。訪れる静寂に、暫くして深い息がつかれる。

 ……助けてよ。あんたにはそれくらいの力、あるでしょ?

「それは僕でなく、“偽の神”の仕事です。期待するだけ無駄ってもんですよ」
 残るエフの言葉に、悔しそうに呟く。
 誰にも聞かせたくない弱音を独り零し、彼はただ戦地へと赴く女性の無事を祈っていた。
 祈るという行動がどこまでの人間を助けうるのかは知らず、ただただ祈るしかなかった。





【END】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3974/火宮翔子/女性/23歳/ハンター】

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■         ライター通信          ■
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お久し振りです、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

“奇兎”という“異能者”狩りの話でしたが、如何でしたでしょうか?
今回は前回と打って変わって“対話”がメインとなりました。
この事件の全貌(というには大袈裟ですが)はまだ少ししか解明されていませんが、情報屋の口からこれ以上の言葉が語られることはないでしょう。
後は事件の依頼者“Altair”の口からしか語る他ないと思います。
“Altair”とはアルタイル、彦星のことを指しています。
彦星には実は別名があり、依頼者の名前と関係しているという設定があります。
もし興味がありましたら、是非調べてみて下さい。
星の名前や別名は私自身好きなので、よく使わせていただいています。
写真集は思わず買ってしまい魅入ってしまうことも多いので、資料だけとしてでだけでなく、一つの読み物として重宝しています。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝