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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


 『貴方を待っている』



「話は大体わかったわ。けどね、どうにもならない事だってあるじゃない?」
 草間興信所の所長である草間・武彦の話を聞いた冴木・煉華は、いつもの表情を見せない、落ち着いた口調で答えて見せる。
「幽霊になった月野・瑞樹の恋人を、無理やりここへ呼び戻す事だってもしかしたら出来るかもしれないけど、そいつに他の女がいるんじゃどうしようもないわよね」
 煉華は、腕組をして頭の中で考えをめぐらす。男に捨てられた事を知らず、真夜中の寂しい道路で、ひっそりと恋人を待ち続けている幽霊。けなげと言えばそうかもしれないけれど、だからと言って、あえて真実を言って悲しませる必要もないと、煉華は思うのであった。
「何か良い策は見つかったか?」
 煙草に火をつけながら、武彦が煉華へと目を向けている。炎を操る退魔士でもある煉華は、思いついた限りの考えを武彦に答える。
「そうね、幽霊だし、力技で消しちゃうことだって可能かもしれないけど、いっくら私でもねー、そこまでしたら良心痛むわよー。それに、その女の幽霊って、ただ道で待っているだけで、危害を加えてくるわけじゃないんでしょ?私に何かしてきたら抵抗するけど、そうでなければそういう方法は使いたくないし」
 煉華は幽霊が出るという道の周辺が書かれた地図に目を落とし、周辺の建物へと視線を移動させる。
「へえ、このあたりってさー、駅の方に行けば色々遊べそうじゃない?デパートあり、アウトレットあり。パチンコもあるし、ゲームセンターも、カジノみたいなのもあるみたいだわね。良さそうじゃない、私的に」
「何だ、お前はギャンブルが好きなのか?」
 武彦が、白い煙を部屋の中に漂わせながら、煉華に問い掛ける。
「勝負は勝つまでやるものよ。パチンコの玉の、あのジャラジャラした音とかね、ゲームセンターの色々な音がミックスされた空気とか感じるとね、もう胸がワクワクするのよ、そういう場所のそばまで来ると、ついつい入っちゃうのよね。いや、むしろ吸い込まれるって言うのか」
 煉華はギャンブルをしている時の自分を思い出して楽しい気分になり、つい幽霊の事も忘れてしまいそうになる。
「その幽霊は寂しく恋人待っているんでしょ、私が話し相手になってあげるぐらいの事は出来るわよ」
 どんな幽霊なのだろうと想像しながら、煉華は武彦に話を続ける。
「行ってあげる事はいくらでも出来る。でも」
 そこまで言いかかると、草間興信所内にある黒電話がけたたましく鳴り響いた。
「ま、とにかく行ってくるわよ」
 電話の方へと歩いていく武彦の後姿を見ながら、煉華はそう呟いた。



「思ったよりも賑やかじゃない、東京郊外だと聞いて、どんなもんかと思ったけど」
 幽霊が出る道路の最寄り駅にたどり着いた煉華は、早速周辺にどんな施設があるかを見回し、どの店にどんな順番で行こうかと目星をつけていく。
 東京郊外にあるその町は、都心のマンモス駅である新宿や渋谷ほど混雑している場所ではなかったが、駅前には大手のデパートがあり、飲み屋などの飲食店もあり、週末はかなり賑やかなのかもしれない。パチンコやカジノ、ゲームセンターといった店が所々に点在し、煉華はどこをどう遊び歩こうかと、今から楽しみになっていた。
「この町には、出来たばかりのアウトレットがあるのよね、確か」
 少し前に、この町に西東京最大のアウトレットモールが出来たと、煉華は雑誌で見た事がある。沢山の有名店が軒を並べたそのアウトレットモール内には、服や装飾品はもちろんの事、沢山のレストランやアミューズメント施設も揃っており、週末ともなればイベントが行われ、都心の方からもわざわざ遊びに来る人がいると知り、煉華は一度は来てみたいと思っていた。
「じゃ、早速行くとするかしらね!」
 楽しみでウキウキしながら、煉華はアウトレットモールへと向かった。沢山の買い物をし、レストランも行きたいところは大抵まわった。
 午後はアウトレットで思い切り買い物をし、夕方から駅前のパチンコ屋に入り浸り、腹が減ったらそばのファーストフードで食事をし、また別のゲームセンターへ行って格闘ゲームや音楽ゲームに打ち込む、という事を繰り返しているうちに、時はどんどん流れ、今日はこのあたりでやまておくか、と煉華が思った時には、夜の11時をとっくにまわっていた。
「そろそろ終電だわね、帰らないと」
 そう呟いた煉華であったが、足は駅ではなく、さらに離れた道路へと向かっている。
「確か、このあたりだったわよね、興信所のあの人が言ってたのは。このぐらいの時間なら、もう出て来てもおかしくないはずだけど」
 見通しの悪い十字路に、煉華は立っていた。
「なるほどねー、こんな道じゃ事故が起きるのも無理はないかもしれないわねー」
 狭まった十字路で、まわりにある家の壁はどれも高く、スピードをかなり落として、細心の注意を払って走らなければ、すぐに事故が起こるだろうと思うような道路であった。その道のわきにあるガードレールの足に、小さな花束が置かれているのを見て、煉華はやっぱりここで間違いない、と自分がここへ来た理由を自分の中で再確認するのであった。
「けど、幽霊とどんな話をしたらいいのやら」
 その時煉華は、自分の後ろに何者かが立っている気配を感じた。生身の人間とは違う、まったく生命の感じられない冷たい気配。煉華は後ろを振り返り、そこに長い髪を後ろに垂らし、ワンピース姿の細身の女性がいる事に気がついた。背は低め、強風が吹いたら飛ばされてしまいそうな弱々しさを感じる。さらに体は透き通っており、女性の体の向こうに、後ろにある壁の模様が透けて見えていた。
 しばらく、最初にどんな言葉をかけようかと迷った煉華であったが、やがて幽霊に一歩近づき、口を開き言葉を出した。
「私は冴木・煉華って言うの。あんたは月野・瑞樹って言うんでしょう?」
「はい、そうです。私のことを知っているのですか?」
 蚊の鳴くような小さく細い声で、幽霊が答えた。
「とある場所でね、あんたの話を聞いたのよ。このあたりで女性の幽霊がずっと立っているってね。ここでずっと待っているなんて、寂しくないかなって思って。私で良ければ、話し相手になってあげるわよ?」
 そう言って、煉華は笑顔を浮かべて見せた。
「有難うございます。確かに貴方の言う通り、私はここでずっと待ち続けているのです。私の大好きだった人を、ずっと」
「なるほどね。あんたみたいな美人が好きになるんだから、きっと素敵な人なんだろうね。その人は、どんな人なの?二人でどんな場所へ行ったか、話してくれない?」
 煉華がそう言ったとたん、瑞樹の死者の乏しい顔に、わずかな笑顔が現れた。
「とても素敵な人でした。いつも私の事だけを想ってくれて、本当に嬉しくて」
 恋人との会話や、デートした場所、二人で過ごした様々な思い出話を、とても嬉しそうに瑞樹は話すのであった。煉華はあいずちを打ちながら、へえ、とか、ふ〜んとか言いながら、瑞樹の気が済むまで、話を聞いてあげた。
「おっとごめん、そろそろ帰らないといけない時刻だよ。あんたはずっとここへいるんでしょ?また来るから」
「もう行ってしまうの?でもとても楽しかった。こんなに楽しい気持ちになったのは久しぶりでした。また会える日を楽しみにしています、煉華さん」
 煉華が駅の方へ戻る時にも、瑞樹はいつまでも煉華の方を見つめていた。そのずっと自分を見送っている瑞樹の姿が、煉華にはどこかせつないものがあるようにも感じるのであった。
 


 翌日も煉華は昼間はアウトレットやデパート、夕方からはパチコンやカジノに入り浸っていた。
 ギャンブル好きの煉華であったが、どうもその才能自体はないらしく、せっかく銀行から降ろしてきた金も、あっという間に底尽きてしまうのであった。
「ったく悔しいね!もう少しで勝てるところだったのに!」
 負けた悔しさで息も荒々しくしたまま、煉華は再び幽霊のいる十字路へとやってきた。
「煉華さん?何をそんなに怒っているのですか?」
「さっきギャンブルで負けてしまったのよ!勝つまでとことんやるつもりだったのね、金がなくなってお手上げ状態だよ」
 瑞樹が闇から染み出すように姿を表し、煉華を見てクスクスと笑っているように見えた。
「煉華さん、とても楽しそう。ちょっと、羨ましいです」
「私のこれが?そんなに羨ましい事かしら?」
 とぼけたような顔をして、煉華は瑞樹を見つめた。
「だって私は、この場所から離れる事が出来ないから。幽霊となった私にはもう、自由に動きまわることは出来ないんです。だから、煉華さんが羨ましい」
 瑞樹の声は元々細い声ではあったが、今の言葉はさらに小さく弱々しい声だった。
「私には、あんたの行き先や居場所を決める権利なんてないけど」
 煉華はそっと呟いた。
「だから、あんたがここで恋人を待ち続けるのを止めるつもりなんてないわ」
 瑞樹からの返事はなかった。遠くで、電車が走る音と自動車が道を通過する音だけが聞こえていた。
「今日は遊んでたら遅くなってしまったからね。来たばかりだけど、今日は帰るよ」
 それでも瑞樹の返事がないので、煉華はそのまま駅へと向かう事にした。
 角を曲がる前に、煉華は瑞樹の方を振り返ったが、瑞樹はずっと下を向いたままであった。



 さらに翌日、煉華はパチンコ店へ行く前に遠回りをして、瑞樹のいる十字路へと歩いた。
「瑞樹、煉華だよ。今日は遊びに行く前に来たよ」
 おととい、昨日と変わらず、瑞樹は道に立っていた。しかし、その姿は昨日までと比べると、輪郭がぼんやりとし、体がさらに薄くなっているようにも感じた。
「煉華さん、今日も来てくれたのね。嬉しい…」
「ねえ瑞樹、あんた昨日より体が薄くなってないかしら?私にはそう見えるんだけど」
 煉華がそう尋ねると、瑞樹は少し間を置いてから言葉を返した。
「私なりに、色々考えたの。煉華はこうして私に会いにきてくれる。それは私の事を思ってくれるからでしょう?」
「そ、そうだなあ」
 そう言われて、煉華は少々照れくさくなった。
「だけど、あの人は。私の愛したあの人は、いつまで待っても来ない。私の事を思ってくれているのなら、もうとっくに来てくれているはずだわ」
 煉華は何と言葉をかけていいかわらず、ずっと黙っていた。
「何かに気づく事よりも、自分の中でわかってて、それを認める事の方が辛い時もあるかもしれない」
「瑞樹、あんたさ」
 予感はしていたのだ。もしかしたら、瑞樹はすでに恋人だった男の気持ちが自分にはないと言う事を悟っているのではないか、ということを。どんなに待っても男がそこに現れないということが、瑞樹にとっては一つの『答え』であり、瑞樹がその答えをすでにわかっているのではないかと、煉華は感じるのであった。
「ごめんなさい煉華さん。私、少し考え事をしたい」
 瑞樹がそう言うので、煉華は頷いて見せた。
「わかったわ。私これから遊びに行くけど、帰りにまたここへ戻ってくるわ。それじゃあね」
 それが瑞樹との最後の別れとなった。
 煉華が奇跡が起こったと思ったほど、珍しくパチンコで大勝利を収め、たくさんの景品を腕いっぱいにかかえ、瑞樹のいる十字路へ戻ってきた時には、すでに瑞樹の姿はなかった。名前を呼び、ずっと待ち続けても瑞樹は姿を見せることはなかった。
 翌日も、そのまた翌日も、煉華は夜遊びの行き帰りに十字路を通ったが、瑞樹に会うことは2度となかった。
「やっぱり、もう気づいていたんだわね。だけど認める事が出来なかった。自分で気づいた真実に。それを認めた時、瑞樹はこの世に未練もなくなったのかもしれない」
 煉華は瑞樹の最後の笑顔を思い出すと、やがて目の前にあるギャンブル場へと足を踏み入れた。
「まったく、生きているっていうのはいいね、こうやって自由に楽しむ事が出来るんだからね!」
 今日も煉華は、夜の町へと入り、大好きなギャンブルに熱中するのであった。(終)



◆◇◆ 登場人物 ◆◇◆

【4702/冴木・煉華/女性/27歳/退魔師】

◆◇◆ ライター通信 ◆◇◆

 冴木・煉華様
 
 こんにちは。新人ライターの朝霧青海です。発注頂き有難うございました!
 設定の方をどう生かそうとあれこれと悩みましたが、やはり煉華さんの遊び好きの面は多く出そうと思い、シリアスな幽霊との会話と遊びに夢中になっている煉華さんと、両面を書かせて頂きました。
 物語の中で出てくる町は、朝霧がよく行く町のいくつかを合わせて設定しておりまして、煉華さんが色々な場所へ遊びに行く様子にそれらの風景を重ねながら執筆しておりました。
 実は朝霧はあまりギャンブルはやらないので、本当にギャンブル好きな人は、こういうところではどうしているのだろうと、わからない面もありましたが、書いているうちに、パチンコも面白そうかも、とか思ってました(笑)
 少しでも楽しんでいただければ、と思います。それでは、今回は本当にどうも有り難うございました!