コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『貴方を待っている』



 薄明かりの部屋の中、突然電話のベルが鳴り響いた。部屋の中央、沢山の本が積み上げられた机のそばに座っていた青年は、静かに電話の受話器を取った。
 銀色の髪に青い瞳、何よりもどんな者をも魅了する美しい姿。セレスティ・カーニンガムは、自らの願いにより人間と変わらない姿を得た人魚であったが、完全ではなく車椅子での生活を送っていた。
「恋人を信じて待ち続ける幽霊ですか」
 電話の相手は、草間興信所所長である草間・武彦であった。セレスティはその電話で東京郊外のとある道路で、女性の幽霊がずっと恋人を待ち続けている事を知った。
「幽霊とはいえ、事故で身体を失い、未だに迎えに来ない男性を待つ姿は、幽霊とはいえ大変悲しい事です」
 セレスティは武彦と会話をしながら、人気のない道路で女性が、一人寂しく恋人が迎えに来てくれるのを待っているのを想像し、とても悲しい気持ちになるのであった。武彦の話によると、その幽霊をどうするかは自分で判断して欲しい、という。
「彼女をどうにかする方法はいくつもあるでしょう。しかし、このままでは女性の時が止まったままで、何も変わらず現実で立ち尽くしたままの姿になるのです」
 そう武彦に答えながら、セレスティは過去様々な依頼で出会った幽霊の事を思い出していた。
「彼女に本当の事を話すのは簡単でしょうね。しかし、本当の事を話したとしても、彼女は迎えにくると信じている男性を待っているのですから、逆にその事に執着して自縛霊のようにずっとそこにい続けるという可能性も否定出来ません」
 それでは、お前はどうするつもりなんだと、電話口で武彦が問い返してきた。
「私は真実を話す事なく、納得して頂くのが最善だと思います。これから、その女性のところへ向かいます。彼女が出現する場所は東京の郊外でしたね」
 ゆっくりと立ち上がると。セレスティは幽霊に対する様々な思いを描きながら、幽霊のいる場所へ向かう支度を整えるのであった。



 東京の郊外とは言っても、都会から相当に離れた場所、というわけではなく、武彦がセレスティの体を気遣ってくれて、その場所まではタクシーで向かう事となった。
 車椅子をタクシーに積み、セレスティは高速道路を通って、東京郊外の町へと到着した。
「この町に、幽霊の女性がいるのですね」
 東京の都心部からタクシーで1時間ほどで来られるこの町は、東京の郊外にある町の中では大きい方で、駅前には大手企業のデパートやコンビニエンスストアーが点在し、その間に地元の店が並んでいる。都心部の繁華街にあるようなオープンカフェもあり、駅前の人通りはかなり多いが、少し駅から離れると、一気に人気がなくなる。ここは繁華街ではなく、東京のベットタウンと言った方が相応しいだろう。
 強い光がセレスティにとって天敵であり、また幽霊が夜中に出現するということから、かなり遅い時間に出発した為、あたりはすっかり暗くなり、駅から家へと帰るビジネスマンやOLの足音がまわりから聞こえてきていた。
「ここは都会と違って、せわしさが感じられない…」
 視力が極めて弱いセレスティは、代わりに鋭い感覚を身に付け、肌でこの町の雰囲気を感じ取っていた。
「さて、彼女のいる道へ行かなければ」
 武彦の話では、幽霊の女性、月野瑞樹はこの近くにある十字路で命を落としたのだと言う。とても見通しの悪い道路で、いつ事故が起こってもおかしくないような場所なのだという。そんな道路を放置しておくのもどうなのだろうとセレスティは思ったが、霊的なものを感じる道を目指し、車椅子を移動させた。
「おそらくは、この道がその十字路でしょう」
 かなり遅い時間のせいか、人も自動車もほとんど通らなかったが、セレスティは自分の今いる場所から霊的な気配を強く感じていた。
「そこにいるのはどなた?」
 セレスティの背後から、小さくて弱弱しく、今にも消えてしまいそうな細い声が聞こえた。
「ああ、貴方はここに来たけど、貴方は私の恋人ではない。あの人は、いつになったらここへ来るのでしょうか」
 酷く悲しそうな声であった。
「貴方が月野・瑞樹さんですね?私はセレスティ・カーニンガムと申します。貴方の事を探しておりました」
 セレスティは車椅子から立ち上がって、杖をつきながら落ち着いた足取りで幽霊の女性、月野・瑞樹へと近づいた。
「私の事を?どうして?もしかして、私の恋人を連れてきてくれたの?」
「いいえ、私は貴方に話をしにここへ来ました。貴方は、ずっとここで恋人を待ち続けていると聞きました。もう何日も」
 相手を落ち着かせ安心させるような、ゆっくりとした口調でセレスティは話を続けた。
「しかし、私はその貴方の姿を見ると悲しくなるのです。なぜなら貴方はすでに事故でお亡くなりになっており、生きている人間である恋人には、貴方を迎えに来る事は出来ないからです」
「私が事故で?あの人は迎えに来ないって?そんな事はないです、だって、あの人世界の果てまで私と一緒に行くと、そう行ってくれたんだもの。例え私が幽霊でも、あの人はきっと迎えに来てくれると、そう信じています。だから、私はずっとここで待っているのです」
 幽霊となりながらも、恋人への強い思いは、生きている時と何ら変わりはないだろう。セレスティには瑞樹の表情はわからないが、その細い声からは年頃の女性の、恋人への恋する感情が伝わってくるのであった。
 それを受けてセレスティは、やはり、この方にはまず自分がすでのこの世に存在しない事を、伝えなければいけない、と思った。
「瑞樹さん、これから私について来て頂けないでしょうか。ご案内したいところがあるのです。いえ、この近くです」
 車椅子に腰を降ろしながら、セレスティは瑞樹に尋ねた。
「あら、どうして?そこに何があるのですか?」
「来て頂ければわかります。貴方が恋人さんにお会いしたいと思うのなら、このままついてきて欲しいのです」
 しばらく沈黙が続いた。恋人に会う、という言葉を聞いて、瑞樹なりに考えるものがあったのだろう。
「わかりました。セレスティさん、そこへ私を案内して下さい。あの人に会えるのであれば、私どこへでも行きますもの」
 そう答えた瑞樹のその言葉が、セレスティには余計に悲しく感じるのであった。



 瑞樹のいた十字路から15分ぐらい歩いたであろうか。さらに駅から離れたその場所は、静かな墓地であり、人はセレスティ達以外は誰もいなかった。
「ここは、墓地ですね?」
「そうです。さあ、もう少し奥へ参りましょう」
 セレスティはこの場所へくる前に、武彦に電話をして瑞樹の墓の場所を確認しておいた。瑞樹の葬られた場所があまりにも遠かったら、この方法は使えないと思ったが、幸いにも近くの墓地に埋葬されたと聞いたので、セレスティは瑞樹をこの場所へと案内した。
「ここです」
 車椅子を止めて、ひとつの墓の前でセレスティは小さく答えた。
「このお墓、月野・瑞樹って書いてある」
 その瑞樹の言葉には、どこか怯えたものが感じられた。
「少々強引な方法かもしれませんが、ここは間違いなく貴方のお墓なのです。事故でお亡くなりになりになったのですよ。今、私と話している貴方は、肉体を持たない存在、人ではないのです」
「でも、私…」
 悲しそうな声で、瑞樹が呟いた。
「例え体を失っても、人の思いと言うのはいつまでも残るものなのかもしれませんね」
 瑞樹を包み込むような優しい声で、セレスティは答えた。
「貴方の恋人が、今どうしているのかは私にはわかりませんが、ずっと待ち続けている貴方を、いつまでも迎えに来ないと言う事は、貴方を迎えに来れない事情があるのでしょう。それならば、貴方だけ先にあちらの世界へ行って、待って頂いているのが良いのではないでしょうか?」
「あちらの世界?皆が、あの世と言っている世界の事?」
 瑞樹の問いかけに、セレスティはゆっくりと頷いて見せた。
「人はいつかあの世界へ旅立つ事になるのです。それは貴方も知っているでしょう?貴方が恋人を待つ場所は変わるだけの事ですから、何も問題はないと私は思うのです。すでに、貴方と恋人の住んでいる世界は異なっているのです。ですが、いずれは貴方の愛した人も、来るのですから」
 再び沈黙に包まれた。セレスティの耳には、風が木を揺らす音だけが聞こえていた。もちろん、セレスティは瑞樹の恋人が別の女性と海外へ行ってしまった事も知っている。
 だが、時には嘘をつく必要があると言う事も知っているのだ。嘘も方便と言うけれど、何かを解決に導くための嘘ならば、それは逆に必要なのだと、セレスティは瑞樹と話していて感じるのであった。
「そう、ですね。セレスティさんの言う事は間違いではありません。私、何となくはわかっていたのです、いつまでも彼が来ないので、何かがおかしいって。でも、あの人を思う気持ちが、私をずっとあの道に押さえつけていたんです」
「貴方は本当にその男性を愛しているのですね」
 落ち着いた声で、セレスティが言葉を返した。
「私はきっと、自分が生きてない事を知らないのではなくて、認めたくなかったんじゃないかと思うんです。ですがセレスティさん、貴方とお話して良かった。私の中で決心がつきました。私は、私のいるべき世界であの人を待ちます。たぶん来てくれると、信じています。いえ、信じたいですから」
 その言葉を最後に、瑞樹の気配はまったくなくなり、セレスティ一人だけが、墓地の中に残されていた。
「しかし最後の瑞樹さんの言葉。もしかしたら彼女は、例え同じ世界にいても、もう迎えに来てくれないと言う事を、わかっていたのかもしれないですね」
 セレスティはとても複雑な思いを抱えながらも、再び車椅子を動かし、墓地から出て、タクシーのいる町の方へと向かった。「さあ私も、そろそろ帰りましょう…瑞樹さん、どうか次の世に生まれたら、幸せになってください」
 そう小さく呟くと、セレスティは町へと帰って行ったのであった。(終)



◆◇◆ 登場人物 ◆◇◆

【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】

◆◇◆ ライター通信 ◆◇◆

セレスティ・カーニンガム様
 
 初めまして。新人ライターの朝霧青海です。発注頂き有難うございました!
セレスティさんは車椅子の生活で、視力も光を感じる程度、と設定にあったので、どうやって物語を展開していこうかと悩みました。
 普通の人と違って、活発に動き回ることが出来ないと思いまして、他のこのシナリオに参加して頂いたPCさんと比べると、かなりスローテンポで物語が動いています。瑞樹とのやりとりは、セレスティさんらしく落ち着いた雰囲気を壊さずに描いて見ました。
 それでは、今回は本当に有難うございました!