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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


Grand-guignol −第四夜−

 居る場所も分かっている、後は止めるだけ。
 そうと分かっていながら碧摩・蓮は動けずに居た。なにせあの月蝕人形に自分が操られてしまうなんて思わなかったからだ。
「すいません」
 それでもお店に客は来るわけで、蓮は顔を上げた。
「!?」
 一瞬あのオペラかと思ったが、直ぐに思い直す。
「私は――…」
「ようこそ、オフェーリア・フランベリーニ」
 蓮は立ち上がり、戸口にたつ彼女へと歩み寄る。
 フェリオ・フランベリーニの曾孫である、オフェーリア・フランベリーニ。見れば見るほどオペラと本当にそっくりなのだが、彼女の本当の年齢はこう見えても22歳。かなりの童顔だ。
 蓮は店の扉を閉めると同時に、閉店の札をかける。
「どうしたんだい?草間の方は解決したのかい?」
「いえ…それは、大丈夫です。私はフェリオと決着をつける為に来ました」
 手近な椅子を勧め、二人は腰をかけると、蓮が口を開く。
「フェリオなら、見つけたよ」
「本当ですか!」
 先ほど座ったばかりの椅子から勢いよく立ち上がり、蓮に詰め寄るように迫る。
「ちょっと落ち着きな」
 蓮の言葉に、オフェーリアは恥ずかしそうに椅子に座り直すと、言葉の続きを待つ。
「フェリオの力は強大だ。それに、オペラも頭だけで生きていた。まず、あんたに何か勝算はあるのかい?なければ、犬死するだけだろうね」
「勝算なら、あります」
 決意を込めて答えたオフェーリアの顔には微笑みさえ浮かんでいる。
「月蝕人形の弱点は頭です。ですからオペラが動いているのは理解できます」
 そして、オフェーリアは話し始める。月蝕人形とは何かを。

 そして、一通りの話しを聞き、座っていた足を組みかえる。
 蓮はオフェーリアの言葉に、さて誰を呼ぼうかと思案をめぐらせた。


【1.後継者の少女】

 先日のお見舞いも兼ねて、修善寺・美童は両手に抱えきれるギリギリの大きさの花束を抱えてアンティークショップ・レンまで来ていた。
「美童じゃないか」
 レンのまん前で横付けした車から降り、声がした方へと振り返る。視線の先で軽く手を上げた青年は、先日の騒動に巻き込まれた月宮・誓がこちらに歩いてきていた。
「誓さんは、レンに何か用事ですか?」
 誓に眼から見れば、美童が抱えているその大きな花束は何かと問いたいところだったのだが、先日のお見舞いなのだろう口には出さず、別のことを答える。
「あの双子の人形が気になってさ」
 誓のこの言葉に、美童はほっとしたように肩から息を抜き、レンの扉を開ける。
 扉を開けると丁度蓮が受話器を電話に置いた所だった。
「こんにちは蓮さん。先日は何事にもならなくてよかったです」
 美童は足早に椅子に腰掛けている蓮に近づき、大きな花束を顔を赤らめて差し出しながら、ディナーでも…と誘っている。
「ん…あんたは?」
 そんな美童に誓はやれやれと思いつつ店の中へと視線を移動させると、淡い金髪の少女が眼に入る。
「私は、オフェーリア・フランベリーニと言います」
 優雅に立ち上がり、二人に向けて軽く頭を下げるオフェーリア。だが、彼女の「フランベリーニ」の言葉に蓮に花束を差し出していた美童と、誓の顔色が変わる。
「あんた達も丁度いいところに来たね、オフェーリアと一緒にフェリオをどうにかしてきておくれ」
 軽く頭を下げた彼女に美童と誓は顔を見合わせ、
「気になっていた事だしな。分かった。引き受けよう」
「ボクも蓮さんを操ったフェリオは許せないと思っていたんです」
 お互いの目的は違えど、やるべき事は同じ。
「では、行きましょう」
 そして、二人はオフェーリアに促されるままにレンからある場所へと向かった。
ある場所とは、まごう事なく『宮田邸』。
「里美…さん?」
 宮田邸には、見たことのあるシルエットが一つある事に、美童は首を傾げる。
「美童じゃないか」
 里美の方も、そんな美童に気がつき振り返った。そして、その後から歩く誓とオフェーリアに視線を向けると、
「初めまして。あたりは飯城・里美。あんたも自己紹介したら?今回は仲間なんだし」
 ちょうど里美の影になるような場所に、ゴルフバックを肩にかけた青年が瞳だけをこちらに向けて無愛想に答える。
「上霧・心だ」
 きっとちょうど二人が付いたときに、蓮が電話をかけていた相手なのだろう。
「修善寺・美童です」
 美童の後ろから里美と心の姿を確認し、皆が今回の仲間ならば名前を交わしておく必要があると、
「月宮・誓。今回はよろしく」
 誓は名前を告げてにっこりと微笑む。
「皆さん、蓮さんからの協力者の方と考えてもよろしいですか?」
 最後に、美童の誓の後ろから歩いてきた少女。今回のクライアントであるオフェーリア・フランベリーニが、一同を見回す。
「これで、必ずフェリオを消します。ご協力お願いします」
 と、深く腰を折ったのだった。





 宮田邸の玄関であるドアノブに手をかけた瞬間、画面が一瞬フェードアウトしたような感覚に襲われ、誰もが顔を見合わせる。
 今まで煩いとは行かなくても自然と耳に入ってきていた喧騒が、消えている。
「先手を打たれたのか…?」
 誓はこの空間に出来上がった違和感に、眉を寄せる。どう考えてもある種の結界がこの辺り一体を覆ったように感じられる。だが、どうにも気分はよろしくない。
「この方があたし達にも都合がいいんじゃない?」
 こんな住宅地で手当たり次第に能力を開放したり、されたりしては被害は尋常ではなくなる。里美にとってみては願ったり叶ったりだ。
「この結界のようなものはボク達を逃がさないためのものだと思いますよ」
 先日に、レンを通じて能力者を消そうとしたフェリオは、いつか自分を止めにくるであろう『何者か』が、此処へ来ることを予測していたに違いないと美童は言う。
「どちらにせよ、倒せば終わるんだろう?」
 心の極論に、オフェーリアは苦笑しつつ、
「その通りですね」
 と答える。
 一同は、宮田邸の中へ足を踏み入れると、やはりどこかセピアな風景に違和感を拭えない。
「あたしに心当たりがある」
 自分をここへ言って欲しいと頼んだ少年の情報に、一箇所この屋敷の中で入れない場所があったことを思い出す。里美は一同の先頭を歩くと、一心にその場所へと向かった。
 たぶん、其処こそが、フェリオの力が最大限に引き出される…もしくは、力を生み出している場所。
 見た目的には普通の家と変わらない扉を開け放つ。
「やぁ。待っていたよ」
 にっこりと微笑んで振り向いた真紀―いや、フェリオ・フランベリーニ。部屋の中心で眠る陽一の傍らでオペラの頭を抱え、妖艶に微笑む。
「陽一!」
 自分の後ろにいながら守る事が出来なかった人物。思わず走りこもうとしていた誓を、オフェーリアが止める。
 外から見る質量を超えた部屋の広さに、相手の力量の程が伺い知れた。
「こんにちは、曾おじい様」
 歩みでたオフェーリアが部屋の中へと一歩踏み入る。
「オリビア?」
「いいえ、それは曾おばあ様の名前です」
 かつて愛した者と同じ容姿の月蝕人形オペラ。そして、その血を色濃く受け継いだオフェーリア。
「いいよ…そんな事は別に。いつだって逢いにいけるんだしね」
 立ち上がる真紀の足元から溢れ出る強大な魔力。だが、これはほんの一握りの力でしかない。
「私を止める画策でも思いついたのかな?」
 扉…壁一枚を挟んで違う空間にいたはずなのに、いつの間にか部屋を構成していた空間が廊下にまでのび、気が付けば辺りを覆われていた。
「陽一を…そして、真紀を帰してもらうぞ」
 誓の手に静かに呼び出される、その月宮の名の下に存在する刀『光麒』。その光が淡くこのセピアの空間を白く染めていく。
「…なんとしても、倒す」
 どんな一握りの情報でも欲している心は、ゴルフバックから日本刀を一振り取り出す。
「蓮さんを、操った罪は万死に値します」
 すぅっと美童の傍らに顕現するデーモン『ソウル・ファッカー』。
「あたしは直接的に関係は無いけど、あんたの計画は許せないからね。邪魔させてもらうよ」
 フェリオが悪魔ならば自分の力は脅威とする事が出来るはずだ。里美の後ろには、十字架に磔にされたキリストのような天使に近いデーモン『ジーザス・クライスト・スーパースレイヤー』が顕現する。
「いいよ…全力で来ても」
 余裕の微笑でただ立っているフェリオに走りこむ。
「オペラの歌を聴かせてあげる」
 高々と掲げたオペラの首が、その瞳を開き悲鳴のような声を発した。
「『ソウル・ファッカー』!」
「『ジーザス』!」
 お互いが霊的能力を遮断できる結界を造る事が出来るデーモン二体が、フェリオを挟み込むようにたち、その力を発動させる。
「甘い!!」
 きっと睨み付けたその視線の一瞥だけで、作り上げられた結界が音を立てて崩れていく。
 しかし狙いはフェリオではなく、その手の中のオペラ。
 飛び上がり『光麒』を振り下ろした誓を弾き飛ばし、余裕の笑みを浮かべる。
 だが、それはフェイク。
『…あ゛…あ゛ぁ……』
「オペラ!?」
 掲げたオペラの額に深々と突き刺さる一本のナイフ。すっと立つ心がその手を動かすと、突き刺さっていたナイフが心の手へと戻る。そして、それを引き金として、赤黒い液体が溢れ出た。フェリオの手の中で、どろりとした液体へと変わっていくオペラの頭。それは、ボタボタと眠る陽一の上へと落ちる。

 最初の月蝕人形は―開放。

「あああぁぁああ!!」
「んな!?」
 フェリオを中心として渦を巻く魔力。そして彼自身が作り上げた空間が音を立てて崩れていく。
「まずい!」
 里美は辺りを見回し、軋みを上げる屋敷を素早く見渡す。唯一の救いは、一番外側の結界が崩れ去っていない事だった。
「何が起こったんですか!?」
 美童は『ソウル・ファッカー』に守られながら難を逃れ、辺りを見回すが、気が付けば何の事は無い、普通の宮田の家の一室に立っているだけだった。
 静寂を取り戻した部屋の真ん中で、倒れたままの陽一を残し、フェリオは姿を消している。
「陽一!?」
 その姿を確認した誓は、足早に彼へと走りこんだ。
「ダメ!誓さん」
 オフェーリアが制止の声を発したのと、走り出したのは同時だった。
 誓が陽一の傍らに膝をつき抱き起こそうとした瞬間、閉じていた瞳がカッと見開かれ、
「陽…一?」
自分に向かって無表情に伸ばされた手が、まるで他人事のようスローモーションで写る。
そして、舞う淡い金色のヴェール。
「ぁぐっ……!」
「オフェーリア!?」
 誓と陽一の間に割って入ったオフェーリアの首に、陽一の手が食い込んでいた。
「大…丈夫…です。私だって…マスター…だも、の」
 大の男なら片手で掴めてしまいそうなほど細い首。
「『ソウル…』」
「やめ…て…大丈夫…だから」
 その魂を器から外し止めようとした美童に制止の声を掛ける。
 必死で苦悶に耐えながら、オフェーリアは陽一の頭に手を伸ばす。
「もう…人を、殺す必要は…ない、の。ここに…おいで……一つに、なりま…しょう」
 陽一の中からその呪縛を解かれるように滲み出る淡い黒の霧。それが、オフェーリアの手の中へと吸い込まれていく。
「気を失っているな」
 床に倒れたオフェーリアと陽一。
 事の起こりをただ見つめていた心は、二人に歩み寄るとぼそりと呟いた。

 次の月蝕人形は―暴走。

「コメディが…壊された……。来なさい、メロディー、シンフォニー」

「な…何だい?」
 レンに安置されていた双子の人形を納めていた箱が内側から震えだす。
 自ら動きを止めた事に、さしたる封印も施していなかった箱の蓋は無残にもばらばらに砕け散り、中からゆっくりとメロディーとシンフォニーが歩み出た。
「「マスターが呼んでいる」」
 瞠目する蓮に二人はいっさいの関心を持つ事無く、レンから飛び去った。





 何の感慨も感じられないほど自然に、気を失ったオフェーリアを抱きかかえている心をため息混じりに見つめる誓。
 倒れた陽一をリビングのソファに寝かせ、里美は今までずっと何かを考え込んでいた。
「なぁ、その子死のうとしてない?」
 首筋にくっきりと手の跡が残っている少女を見て、呟く。でも、その問いには誰も答えられない。
 薄っすらと瞳を開けたオフェーリアは、心に抱きかかえられている事をぼんやりと見つめて、その上着の裏の小さなナイフに目を留めた。
「眼が覚めたか?」
 腕の中から人形のような少女を下ろし、心は問いかける。だが、オフェーリアの視線は心が常備しているナイフへと注がれていた。
「そのナイフ、一つ頂いてもいいですか?一応…護身用に」
「ああ…構わないが」
「ダメだね」
 心が手渡そうとしていたナイフを遮ったのは里美。
「あんたは、あたし達が守ってあげるさ。だから、そんな物は持つんじゃない」
 強い意思を込めた瞳でオフェーリアを見据え、里美は心へとナイフを突っ返す。
「分かり…ました…」
 瞳を逸らしたオフェーリアの行動に、
(やっぱりこの子、死のうとしてる)
 里美とオフェーリアのやり取りから、何を口にしたらいいか分からずにしばしの沈黙が訪れる。
 そして、宮田邸の玄関の扉を開けた。
「「メロディー、シンフォニー!?」」
 開け放った玄関のまん前に立っていたシンメトリーの硝子の笑顔。誓と美童はその顔を見た瞬間驚きに瞳が見開いた。
 レンに居たはずの双子人形が、今ここに居る。
「「マスターに必要とされた」」
 純の月蝕人形と違い物理的攻撃を加えてくる双子人形。
「あの人形は、何!?」
 庇われるように一番攻撃が当たらない場所で立っていたオフェーリアが瞠目した。
「本物の真紀だよ」
 その光景を高みの見物と決め込んでいたフェリオの声が響く。どうやら、楔が二つなくなっても力を安定させる事に成功したらしい。
「ダメです!」
 ナイフを構えていた心の手を、オフェーリアがしがみ付いて止める。
「壊せば、真紀が死んじゃうね」
 そのやり取りを見て、フェリオがクスクスと笑う。
「フェリオ自身は止められなくても、あんた達くらいは止められるさ」
 踏み込んだ双子人形が動いた瞬間。
里美のデーモンが当たり一帯に結界を張り巡らせる。あからさまに力を半減させたメロディーとシンフォニーの動きが鈍る。
「お前たちの相手は出来ない」
 傷つけられないならば、誓も先日対峙したシンフォニーに有効だった結界を思い出し、展開させその動きを封ずる。
「その人形の核が本物の真紀さんの魂なら、ボクにはさしたる脅しにはなりませんね」
 美童のデーモンは魂を集める能力がある。今までも操られた蓮や陽一の魂を月蝕人形の操り糸から開放した。
 美童のその一言で、二つの結界の力で動けなくなった双子人形から、その核である魂を引きずり出した。
 『ソウル・ファッカー』はその魂を鳥籠に保管して、美童に手渡す。
「やっぱり捨て駒は、捨て駒…か」
 器を失った魂の制限時間は24時間。
 誰もが、その長く短い時間に息を呑んだ。
「これで、最後ね……」
 フェリオが寄り代にしている器の、本当の魂を手に入れた。なら、もう何の制限も無い。
 オフェーリアの手には、先ほどまで心の手の中にあったナイフ。
「止めなさい!心」
 全てがスローモーションの世界。

 最後の月蝕人形は―侵蝕。

「貴方の恋心、孤独は私が手に入れたわ。だから――…」

 鈍く光る銀の切っ先。


 そして、舞い散る……
 赫い赫い華――



「オフェーリアァ!!」



【2.マスターという存在】

 誰もが聞き覚えのない声にその動きを止める。
「トラ…ゴイ、ディア……?」
 沈黙を突き破ったのは、フェリオの呟きだった。中性的な容姿の男性が、オフェーリアを抱きしめ慟哭している。
 フェリオの呟きが正しいのなら、今オフェーリアを抱きしめているのは最後の月蝕人形『トラゴイディア』。
「ぐあぁ…ああああああ!」
「な…何だ?」
 だが、その事実に皆が気付くよりも早く、フェリオの身体に変貌が訪れた。
 胸を押さえ服をきつく握り締めるフェリオの腰が折れる。突然の変貌に、誓はその姿を見つめる。
「黒い…翼?」
 腰を折るように苦しさに瞳を見開くフェリオの背に、幻視とも近しき透明な黒い翼が浮かび上がる。
「引きずり出します!」
 真紀の体から分離し始めたフェリオと、そして悪魔の魂。美童の『ソウル・ファッカー』が、その魂を拘束しようと籠の檻が空から舞い散る。
「全ての楔が消えたからと言って…私自身が弱い、わけではない!」
 まるで暴走するように解き放たれた魔力が、舞い落ちた檻を弾き飛ばす。
「踏ん張んなさい!『ジーザス・クライスト・スーパースレイヤー』」
 十字架を背負った里美のデーモンの後光が強く光り輝きだす。
「どれだけ、性能が良くても…実力の差は確かにあるんだよ!」
 フェリオの背中の羽根が、ドンドンと色を濃くしていく。今まで真紀の顔を保っていたフェリオの姿が、悪魔へと変貌していく。
 舞い上がる黒い魔力が、『ジーザス・クライスト・スーパースレイヤー』の後光を多い尽くしてく。
「はぁ!!」
「覚悟!」
 左右から挟み撃ちにするように飛び上がった誓と心の刃が、重力の加速度をつけてフェリオへと振り下ろされる。
「……っ!?」
 二人に顔を向ける事さえもせず、広げた両の掌が、右は誓の『光麒』を、左は心の刀を受け止めていた。すっと開いたフェリオの瞳は金色に輝き、黒い刺青のような紋章が体中を覆っていく。
「ぐぁっ!!」
「…がは!!」
 ざっと足元から湧き上がる魔力に誓と心は弾き飛ばされる。
「…かはっ!」
 その瞬間フェリオの口から噴出す黒い血。溢れ出る魔力に器が耐えられず、崩壊を始める。
「このままじゃ、真紀の体が死んでしまうよ!」
 せっかく本当の真紀の魂を見つけたのに、真紀の体が死んでしまったら、本当の『死』を迎えてしまう。
 里美は一度弾かれた『ジーザス・クライスト・スーパースレイヤー』に振り返り、一度ぎりっと唇をかむと、
「心、あいつの動きを止めておいて!誓、悪魔の魂に傷を!美童、弱った魂を捕まるんだ!奴は…あたしが必ず封印する!!」
 物理的な攻撃を得意とする心に、誓の『光麒』が避けられないように動きを止めさせる。そして、心の力によって範囲対象が変わる『光麒』によって直接魂の力を殺ぎ、力が弱くなった所で美童の『ソウル・ファッカー』で魂を拘束し、最後に、『ジーザス・クライスト・スーパースレイヤー』で封印する。
 それが、里美の考えた作戦だった。
「分かった」
「最後の、かけですね」
「成功させるぞ」
 心の腕から流れ出る血が、力を持ったように紅の刃を作り出していく。
「これを使うと俺は貧血で倒れるからな、成功させろよ」
 二番手である誓に向けて、心は瞳を向ける。
「分かってるさ。これで、終わりだ」
 その誓の言葉を引き金にして、心の血から作り出された無数の『血刀』がフェリオを囲み、致命傷を避けながら一本ずつフェリオに向かって突き刺さっていく。
 フェリオは荒い息で口から吐き出した黒い血を手で拭い、眼前に迫る血の刀に瞳を大きく見開くと、風を逆巻かせた。
「力…技か…」
 逆巻いた風が飛び上がった灰色の粉塵が辺りを覆いつくし、その視界を奪っていく。
「っ…?」
 そっとフェリオは顔を俯かせる。
 胸の辺りから伸びた、光る刃。
「お前が悪魔なら、俺の浄化の力は辛いものかもしれないな」
「お前ぇ…」
 仰け反るように背を曲げ、苦痛に歪む顔を誓に向ける。
 誓は、そっと瞳を閉じると、突き刺さった『光麒』に持っている全ての力を叩き込むように浄化の力を注ぎ込む。
「ぐああぁぁああ!!」
 フェリオの叫びと共に、空から振り落ちる籠の檻。その檻が地面に突き刺さった瞬間を見計らい、誓はその背中から飛び去る。
「今度こそ捕まえなさい!『ソウル・ファッカー』!!」
 誓の力を一心に叩き込まれたフェリオは、足をよろめかせる。徐々に小さくなる檻に真黒な力が押し込まれていく。そして、背に生えていた翼もその肌に刻み付けられていた刺青さえも吸い込んで、小さな鳥の籠が倒れた真紀の上で浮いていた。
 黒い力は籠から抜け出そうとその檻を変形させていく。
「…行くよ『ジーザス・クライスト・スーパースレイヤー』」
 背後の十字架の光が、まるで新しい太陽を生み出したかのように辺りを覆いつくしていった。





 荒い息をつき、一同はやっと先ほどの声に顔を向けた。
「オフェーリアは大丈夫なのか!?」
 一番最初に駆け寄ったのは、誓。
 だが、泣き崩れているディアの腕の中…いや、どこにもオフェーリアの姿はない。
「あはは…はは……」
 ディアは狂ったような笑いを浮かべ、まるで誓の姿など見えていないかのように立ち上がり、ゆっくりとその場を離れていく。
「お…おい?」
 呼びかけにさえもまるで反応する事無く、ディアは去っていく。
 美童は倒れている真紀の傍らに膝をつき、メロディーとシンフォニーとして二分させられた魂をそっと身体に戻す。
 土気色だった真紀の顔に徐々に赤みが戻り、正常な心音がその胸から響いた。
 生き返った真紀を自宅まで送り届け、一同はレンへと戻る。
 レンでは、蓮が一冊の本を一心に読みふけり、彼らの帰りに気が付くと顔を上げて微笑んだ。
「その様子だと、上手くいったみたいだね」
 パタンと閉じた、本は――…
「オフェーリアが……」
 里美は苦虫を噛み潰したような顔で、蓮に向けてそれだけ告げる。誓は貧血で倒れた心をレンの店にあるソファに座らせると、息をついた。
「あぁ、朽ちたんだろう?」
 レンの言葉の意味が分からなかった。
 朽ちる?
 死んでから放置させられたわけでもない死体が、朽ちる事などありえない。
「オフェーリアは最初からそのつもりだったみたいだね」
「蓮さん、その本は?」
 最後に店へと入った美童が、蓮が閉じた本へと視線を向ける。
「月蝕人形の、造り方さ」
 蓮の言葉に、気を失っている心以外の全員が驚きに瞳を大きくする。
「魂を操る『マスター』と呼ばれる存在は、老いるでも、枯れるでもなく、その死体は灰と消える…」
「そん…な……」
 愕然と里美がその場に膝を着く。
 封印したのに、解決したはずなのに、でも、なぜこんな終わりなのか。どうして、自分はオフェーリアが自らに向けて振り上げた短剣を止められなかったのか、
「俺は、認めない!」
 死ぬ事でしか全てが解決させられない結末なんて、認めたくない。
「認めるも認めないもない…いま、このままが真実だよ……」
 全員に背を向け、そう呟いた蓮の顔は見ることはできなかった。
「一年くらい、寿命を短くしてもいいとは思いませんか?里美さん」























【閉幕】

「蓮さん、お食事くらい付き合ってあげたらいかがですか?」
 受話器を置いた蓮に、淡い金髪の少女が語りかける。
「はい、行きましょう蓮さん!」
 ここに今少女が存在できているのも、ほぼ美童の力によるものが大きい。自分から何かを貰うよりも、蓮と食事に着たいという美童の意を汲んで、少女は頼み込む。
「仕方ないね……」
 その一言に、美童はその美少女然とした顔に笑顔を浮かべて蓮をエスコートしていった。
「そろそろ行く?」
「はい。里美さん…本当に、何て言ったらいいか……」
 申し訳なさそうに瞳を伏せ、ぎゅっと胸の前で拳を握り締める。
「まぁ、あたしもあんな終わりは嫌だったしね」
 でも、ちゃっかり修善寺財閥から5億請求済みの里美。
「また、何かあったら呼ぶといい」
 月宮の名は、癒しをもたらす浄化の光。この先何か困った事があったら役に立てるだろう。今度は、癒し手として。
見た目の年のころは殆ど妹と替わらないが、年齢だけは1つしか違わない事に、誓は伸ばしかけた手を止める。
「蓮さんは、いるか?」
 今回の依頼解決の報酬としてもらおうと思っていた情報を聞きに顔を出した心に、
「蓮さんなら、美童と食事に行ったよ」
「…出直すか」
 一瞬の沈黙の後、それだけを呟き店から背を向けかけて、止まる。
「幸せにな……」
 かなり小さな位置にある少女の頭をなで、この先何者にも縛られる事なく生きてくれるよう、願う。
 撫でられた頭に、きょとんと手を置いている少女の横をすり抜け、店を出掛かった心を引き止めるように、誓はその肩を掴む。
「おまえ…彼女はアレでも22歳なんだぞ…?」
 少しは考えろよ。
 何を?とでも言わんばかりに首をかしげた心に、誓は盛大なため息を付いて、その場にうな垂れる。
 そんな二人のやり取りを見て、クスクスと笑う里美と少女。
「本当に、皆さんありがとうございました」



そして、月蝕の夜は、来た――




fin.



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0638 / 飯城・里美 (いいしろ・さとみ) / 女性 / 28歳 / ゲーム会社の部長のデーモン使い】
【0635 / 修善寺・美童 (しゅぜんじ・びどう) / 男性 / 16歳 / 魂収集家のデーモン使い(高校生)】
【4768 / 月宮・誓 (つきみや・せい) / 男性 / 23歳 / 癒しの退魔士】
【4925 / 上霧・心 (かみぎり・しん) / 男性 / 24歳 / 刀匠】


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■         ライター通信          ■
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 Grand-guignolアンティークショップ・レン最終話にご参加くださりありがとうございました。ライターの紺碧です。オフェーリアの元に現れた彼の正体が気になる方は草間興信所でのノベルを読んでいただけると謎が解けます。っといいますか、今回詰め込みすぎですねごめんなさい。
 最終話ご参加ありがとうございます。やはりどうにも僕は冷酷系のPC様を上手く扱う事が出来ないような気がします。ですから今回も美童様はやっぱり蓮さん大好き路線をつっぱしってます。すいません。美童様のプレイングにオフェーリアの自殺が里美様との力で〜との記述があったおかげで、このエンディングを迎える事ができました。ですが5億使わせてしまってごめんなさい。
 それではまた、美童様に出会える事を祈りつつ……