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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


幻想恋歌 〜絵筆に想い込めて〜

□オープニング

 風が吹くように。
 水が流れるように。
 心はキミへと進んでいく。
 気づいた想いは、幻想の中で巡る。
 恋を歌うように。

 現の世。すべて幻。
 それでも人は愛しき人を求める。
 手を伸ばして――。


□絵筆に想い込めて ――渡会R人

「え?」
 友人の台詞に、僕は帰り支度の手を止めた。黒板の白いチョークの文字を消す学生服の背中。もう一度問いかけた。
「もしかして、バレンタインデーって昨日だった?」
「えっ!? 遅せぇよ! なんだ、R人はクラスの奴等がチョコもらえただの、もらえなかっただのって唸ってるの、気づかなかったのか?」
 黒板消しをバンバンと窓の外で叩く友人。白い粉がまるで煙のように冬特有の澄んだ青空に昇っていった。思い返してみると、女子生徒が男子生徒を呼び出していたように思う。その度に一喜一憂している友人達。
「あれって、チョコレートをもらうために行っていたのか……」
「お前の頭ん中って、相変わらず絵のことばっかなんだからな。俺は今から、ホワイトデーのことで頭がいっぱいだってのに」
「もしかして、木村はチョコレートもらったのか?」
 素直な疑問を口にした後、僕はすぐに後悔した。友人の憮然とした顔が鼻先目前まで迫ってきたからだ。鼻息も荒く木村が叫んだ。
「もらってたら、こんな顔してないってのっ!!」
「わわ、ごめん……でも、ホワイトデーは男がチョコレートをもらったお返しをする日だろ? 木村って――」
「それ以上言うな、R人。確かに俺は誰からもチョコをもらえなかった。けどな、逆に考えたらホワイトデーはプレゼントを持ってきても、あんまり詮索されないだろ? つまり、クラスの女子にからかわれることなく、俺の方から誰かに告白できる日ってことだ!!」
 気合いの入った声が教室に響いた。放課後、すでに人もまばらだったが、その場にいた全員が驚いて木村を見ていた。視線にさらされ、僕の方が恥ずかしくなってきてしまう。
「……で、でも木村って好きな女の子いたっけ? 聞いたことないけど」
「…………う」
「…………う?」
「…………いない」
「……そ、それは――」
 木村はしょげた表情を作って、僕に背を向けた。
「女の子なら誰でもいいんだ!」
 一言叫んで廊下に走り出てしまった木村。あまりの勢いに追うことができない。仕方なく僕は、箒を片付けてひとりで帰ることにしたのだった。

 自宅への道を歩きながら考える。
「そうか……、ホワイトデーはもうすぐなんだな」
 木村の言葉に触発され、僕の頭の中はひとりの女の子のことでいっぱいになっていた。胸がドキドキして考えがまとまらない。ホワイトデーが男の側から告白する日だとするなら、僕がするのは『告白』ということになる。つまりは――。

 好きだって言えるのか、僕は……。

 出会った時からひとりの女性に片思いしている。展覧会で僕の絵を見て、タロットカードを描いて欲しいと言ってくれた盾原柑奈さん。
 実はその時が初めての出会いではなかった。もっと前に僕らは出会っていた。スケッチに行った先で佇んでいた彼女の横顔。一方的に心を奪われた。神秘的な雰囲気を持った人。それ以上に懐かしく、熱い想いが胸に込み上げるのを感じたのを鮮明に覚えている。
 夢の中で蘇る記憶。彼女こそ、生まれるずっと以前から、僕が探し続けていた僕の半身だった。彼女はまだ気づいていないかもしれない。けれど、やっと出会った幸せをどうしても伝えたいと思った。
 僕はきっかけを掴むのが苦手だ。この間のように、いきなり手を握ってしまうような失態はしたくない。
「と、とりあえず告白のことは置いといて。問題はプレゼントか」
 クッキーなどではありきたり過ぎるし、もっと喜んでくれるものがいい。
「マフラーとか……。あ〜これだと、好みがあるしなぁ」
 電車に揺られながらずっと考えていた。

 結局、帰宅するまで良い案は浮かばなかった。自室のベッドに潜り込み、電気を消す。カーテンの隙間から零れてくる月明かり。青白い月光に照らされたイーゼルと描きかけキャンパス。目を一度閉じて、しっかりと見開いた。
「絵を描こう。柑奈さんをイメージした絵……」
 これしかないと思った。やはり僕ができる精一杯を贈りたい。だったら既製品ではなく、僕の手で描いた絵がいい。
 プレゼントは決定した。
 翌日から早速、絵筆をキャンパスの上に走らせた。微笑んでくれる柑奈さんの顔を思いながら、昼夜を問わず、時間のある限り絵を描いた。きっとホワイトデーには描き上がるだろう。

 残るは告白だけだった。

                  +

 描き上がった絵を持って、僕は柑奈さんの前に立っていた。暦では春。水緩む3月。けれど、空気はまだ冷たくて彼女の唇から白い吐息が零れている。呼び出したのは早朝の教室だった。
 タロットカードの依頼を受けてから、ほとんど顔を合わせることはなかった。むしろ避けられてさえいるのではないかと、疑心暗鬼してしまうこともあった。それでも想いは募り、こうして作品の中に息づいている。だから、どうしても渡さなければいけない。直接彼女の手に。
「渡会さん。何かご用でしょうか」
 どこかぎこちない言葉。久しぶりに見詰めた白い頬が、わずかに赤く色づいている気がするのは、僕の欲目だろうか。見惚れていたことに気づいた。慌てて油紙に包んでいた絵を差し出した。
「これを――これを、あなたに渡したかったんです」
「え……。あの、受け取れません。それは渡会さんの絵でしょう? 私…あなたに何もしてませんから」
「いいえ。これは僕の気持ちなんです。最初に逢った時、僕が言った言葉を覚えてますか? ずっと探していた……と言いましたよね。僕の本心です。いや、僕の願いでした」
 賭けに出た。無関心を装っている彼女の指先が震えているのが見える。困ったように首を横に振った。
「渡会さんは勘違いしてるんです! 私は確かにあなたが探していた人物かもしれない。でも、私には心に決めた人がいて――」
「――キース・ルゴー、ですか?」
 柑奈さんが息を飲む。驚愕に見開かれた目。唇が小さく開いた。
「ど…どうして……。どうして、その名前を渡会さんが知っているんですか!?」
「理由はひとつですよ」
 僕はゆっくりと誘導する。夢から得た真実へと。
「わ、私はずっと彼を探していました。彼の魂を受け継いだ人を。でも、誰が前世なんて信じますか? 話しても本気にされないことくらい私は知ってます。だから、このことは誰にも言わなかった。なのに、なのにどうして、あなたがその名前を知っているの!? 私だけの記憶のはずだった……」
「そうです。前世を知るのは同じ過去と同じ記憶を持っている者だけ。夢を見ました。僕の前世の名が、キース・ルゴーだったこと、そしてあなたの名前がカレン・エヴァニアだったことを――」
 言葉が終わる前に、柑奈さんの神秘的な青い瞳が潤んだ。頬を涙が零れていく。
「僕は前世を信じます。それ以上に、前世の記憶に縛られることなく、僕は今のあなたが好きなんです。ずっと、ずっと前から。遠くを見詰めるあなたを初めて見た日から」
 柑奈さんのたったひとつの行動も見逃さないよう、僕は見つめ続けた。一歩、また一歩と、彼女が近づいてくる。

 手に届く。

 距離がなくなった。僕は机に絵を立て掛け、両手を開いた。腕の中にすっぽりと小さな肩が埋まる。
「過去で失った恋は、ここから始めましょう」
「…………うう。なんて、呼べばいいのか分からない…。嬉しくて、信じられなくて……」
「信じて下さい。証拠なら、ちゃんと心の中にあります」
 もう言葉はなかった。嬉しくて、体温を感じられる距離で、柑奈さんを抱く喜び。衝動は押さえ切れない。
「柑奈…さん」
 呟いて、僕は彼女の唇に自分の唇を寄せた――。

                +

 目覚ましの音。
 愛しい人の姿は急激に薄れ、現実が戻ってくる。
「夢……だったのか、そうか」
 僕はちょっと照れながら、ひとり頭を掻いた。明日は、ホワイトデー。どんな結果が待っているか分からない。
 けれど、負けられない。
 キース・ルゴーの想いには、前世以上に彼女を想っているのだから。
 

□END□

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

+2941 / 渡会・R人(わたらい・あきと) / 男 / 17 / 高校生

+NPC / 盾原・柑奈(たてはら・かんな) / 女 / 17 / 高校生(占術部部長)

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■         ライター通信          ■
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 大変遅れて申し訳ありません。ライターの杜野天音です。
 こんなに長期に渡り遅延しているにも関わらず、ずっと待っていて下さって本当にありがとうございました。ライターとしてやって行けないのではないかとも考えたのですが、こうして楽しみにして下さっている人がいる限り、精一杯頑張っていこうと想います。本当にお待たせしてしまってすみませんでした。
 R人くんを書けて嬉しかったです。今度は夢でなく、本当に結ばれる日を楽しみにしております。では、今後ともよろしくお願い致します。