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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


幻想恋歌 〜心届けに〜

□オープニング

 風が吹くように。
 水が流れるように。
 心はキミへと進んでいく。
 気づいた想いは、幻想の中で巡る。
 恋を歌うように。

 現の世。すべて幻。
 それでも人は愛しき人を求める。
 手を伸ばして――。


□心届けに ――宮小路皇騎

 いつ、名を呼ぼう。いつ、貴方の名を呼べるのだろう。
 心の中に刻まれた愛しい貴方の名を。

 きっかけなら、巷に溢れている。拾って、磨いて、届けたい。そう感じ始めたのは、3月の中旬。世は男性が多いに想い悩む、ホワイトデーを迎えていた。
「なぁ、ホワイトデーどうするよ?」
「もちろん、バイトしまくりで。バッグかなぁ」
「へぇ、頑張るじゃん」
 耳の端に零れてきた台詞は、通りすがりの青年からだった。私はキーを打つ手を休め、待ち合わせのベンチから立ち上がった。なんとなく、その青年達を見送ってしまう。
「そうか、もうすぐホワイトデーだったか……」
 言葉にして、脳裏に浮かんだのは久しく逢っていない添野さんの姿だった。溶けるような笑顔。随分とご無沙汰してしまっているのに、それは揺らぐことがない。
「それだけ鮮烈……ということか。思っていたよりも重症だな」
 自分自身に呆れて、思わず笑ってしまった。
 家の仕事に忙殺され、季節感の失われた時間を過ごしていたからか、世間が甘い恋のイベントに向かって活気づいていることに気づかなかった。ましてや、こんな風に世情に疎くなり、仕事以外何もできていない状態だというのに、本能的な部分で、彼女を忘れていなかったのだから。
「喜んでもらえるものを今から用意できるかな。……そう言えば、私は彼女の趣味を何ひとつ知らないんだった」
 ますます頬が緩む。無意識に封じ込めていた自分の気持ちに気づく。彼女のことを知ろうと思えば、聞き出すことも、情報を得ることもできた。けれど――。
「知りたくなかったのかもしれないな」
 ――恐かったのか……。
 胸に手を当てて、考え込む。彼女が他の誰かに抱き締められていることなんて、想像したくもない。いや、それよりも彼女の心がどこへ向かっているのか、それすら知るのが怖かった。私は眼中に入っているだろうか。味わったことのない感情を反芻する。繰り返し、繰り返し、思い描く。
 金の瞳。
 柔らかな長い髪。
 ほんのり色づいた唇。
 慌てて、頭を振った。いったい彼女のどこを見ていたんだ。珍しく上気した頬を左手で扇ぎつつ、ノートパソコンを閉じた。
「恐れては何も起こりはしない。この想いだけは伝えなければ」
 待ち合わせていた相手に断りの電話を入れ、まだ日の高い雑踏の中に歩きだした。

                     +

 手には木箱に入れた銀製の髪留め。彼女は柔らかな木陰イメージ。木の葉を模した銀のそれは長い髪に映えるだろう。目の前には『いにしえ屋』という大きな看板が、いつ入ってくるのかと問うようにたたずんでいる。電話の機能も兼ねる時計の針が2時を回っていた。事故渋滞に巻き込まれ、昼休憩の時間に間に合わなかったのは痛い。
 ともかく、アイテムは揃った。お約束のホワイトチョコ。甘いモノは好きと言っていたはずだ。それから、カード。これはいわゆる保険。口で言えなかった場合、もしくは言ったとして彼女に想いが届かなかった場合。つまり、それほど天然……いや、彼女は私の想いを知らないし、おそらくは予想もしていないだろう。
「なにせ、数回逢っただけの客だからな、私は」
 自分で言って、ちょっと凹む。クールな自分はどこへ行ってしまったのか。ひとつ咳払いをして、古書店の自動ドアをくぐった。

「まぁ宮小路さん! いらっしゃいませ。お久しぶりですね」
「添野さん……」
 一段と美しく見えるのは欲目のせいか。暖かい店内を慌しく歩き回っていたのだろう、冬だというのに額には少し汗が光っている。見惚れてしまったことを、彼女の首を傾げる仕草で気づいた。
「今日参りましたのは、貴方に伝えたいことがあったんです。今から、お時間を頂けますか?」
 私は首を横に振った。狸面の店長が了解の合図を送ってくる。彼の目が嫌な色を放っていることには、目を瞑ることにした。

 ――落ち付いた雰囲気の喫茶店。と言っても、図書館に隣接し、本を読みながら食事できるようなカウンタータイプの店だ。壁側に顔を向けて座る。背中側には雑誌の棚が一面に設置してあった。狭く作ってあるせいか、人の目を気にしないで済む設計のようだ。
 食事がまだだという彼女と一緒に一通りの食事を取った。それが終わる頃、彼女への想いを伝えるべく、私は珈琲を一口飲んだ。
「宮小路さん。最近、何か本を読まれました?」
 けれど一足遅く、いつものように彼女の書物談義が始まってしまったのだ。
「私、最近すごくトラベルミステリーに凝っているんです。時間がある時はいつでも読んでいるんですよ。普通のミステリーと違うのは、やっぱり旅情があるからですよね?」
「え……ええ。確かに読んでいるとその場所に行ってみたくなりますよね」
「そう♪ そうなんですよね……。箱根などの温泉なんて、よく題材になっていて、私も行ってみたいなぁって思ってしまうんですよね。ふふふ、宮小路さんと同じですわ」
 言うべき言葉を言えなくなってしまった。それなのに、続いていく会話を楽しいと感じている自分に気づく。苦にならないどころか、何とも不思議な感覚。彼女の語る本の世界に自分も惹き込まれていく。時間を忘れ、鈴のような声に耳を傾ける。それだけで、心が満たされていくのは間違いではないだろう。
「――いつか、素敵な人と旅行できる日がくればいいんですけど」
 添野さんは、甘い吐息をこぼして壁にかかった小さな風景画を見つめている。止めど無く続いていた話が、一区切りついた。と、私は今日の本題を思い出した。魅了されている場合ではない。
 会計を済ませると、喫茶店横の図書館に彼女を誘った。平日の中途半端な時間の図書館は人もまばらで、緩やかなクラッシック音楽が流れていた。文学資料が並ぶ一角、一番人通りの少ない場所。
 新たに始まった書物談義。私はそっと彼女の手を取って、用意してきた髪留めを箱から出して手渡した。
「え…あの、宮小路さん。これは……」
「それは私の本心です。今日という日がどんな日か、気づいてらっしゃいますか?」
「3月14――あっ! ……あの」
「その髪留めをつけてみてくれませんか? 貴方に似合うだろうと選んだものです」
 おずおずと、豊かな黒髪を結い上げ、彼女の髪に銀の髪留めが飾られた。予想通り。
「何故、これを私に……?」
「まだ分かりませんか? 仕方ない人ですね」
 翻弄されているのはどっちだろう。私は、髪留めごと彼女を包むように抱き寄せた。そっと耳打ちする。
「律さん。貴方を愛しています。おそらくは、初めて会った時から……」
 彼女が絶句するのが分かった。驚きもするだろう。今までずっと、ただの客のひとりに過ぎなかったのだから。
「ゆっくりでいいんです。これから、私のことを知って下さい。そして、貴方のことをもっと知りたい――それは身勝手でしょうか?」
「い、いいえ…あの、びっくりしてしまって……。私でいいんですか? 私、すごくぼんやりしてて、あのずっと気づかなくて」
 金の瞳が揺らぐ。
「想いを伝えられたのは、貴方を想う故です。もう一度言いましょうか? ご希望とあらば」
 彼女の頬が上気して赤くなる。そっと体を離したら、下を向いてしまった。可愛い……。思わず、口付けてしまいたくなる。願望を押さえるのに苦労した。

 私達はこれから始まる。
 彼女が私のことをどう想っているのか――それはまだ分からない。
 けれど、心は届けた。確かに。
 未知数だからこそ、世界は希望に満ちているのだから。


□END□

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

+0461 / 宮小路・皇騎(みやこうじ・こうき)/ 男 / 20 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師)

+NPC / 添野・律(そえの・りつ)      / 女 / 23 / 古書店店員

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■         ライター通信          ■
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 大変お待たせしてしまって申し訳ありませんでした。ライターの杜野天音です。病気のせいとは言え、ずっと待っていて下さり、頭の下がる思いです。本当にありがとうございました。
 さて、かなり振りまわされてる皇騎さんですが、ラストは立場逆転です。恋愛に対して鈍臭い律なので、あれっくらいしっかり告白されないと気づかないかも。でも、基本的に恋愛体質なので、気になり始めたらこっちのもんですよ(笑) ということで、しっかり書き込ませて頂きました。彼らの恋がどうなるのか、とても楽しみです(*^-^*)
 これからもどうぞ、よろしくお願い致します。