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Carnival 〜嬉璃の天敵〜
「今年もこの日が……」
隠居座敷わらし嬉璃は、あやかし荘・管理人室の部屋の中をいったりきたり。
「どうしたの?嬉璃」
そんな嬉璃の行動が不思議で、因幡恵美は首を傾げる。
「今年もこの日が来たのじゃ!」
だから、この日って何の日だ。
「こ〜んに〜ちは〜」
「来たぁ!!」
嬉璃の叫びが管理人室に響く。恵美は足取りも軽やかにあやかし荘の玄関へと顔を出すと、中学生くらいの男の子が一人、にこにこと笑顔を浮かべて立っていた。
「どうしました?」
「今年も僕の神社のお祭りが始まるから、嬉璃ちゃんにお知らせにね」
「お祭りあるんですか?嬉璃はそんな事一言も言ってなかったですけど」
「そうなの?面白いお祭りだから、ぜひキミにも参加してほしいな」
少年の言葉に、恵美はちゃっかり日にちを聞いている。
「わしは行かぬぞ!」
「あ、嬉璃ちゃん」
やっほーと手を振っている少年こと、天津拓海。
「ひ…日子根殿のお祭りなど……きー!悔しい!!」
そう、去年の“楠木町清比良祭り”に嬉璃が送り込んだ年男追いかけ部隊は、天津日子根命である拓海に尽く邪魔され誰一人として成功しなかった。
「だって、試練がなきゃ楽しくないでしょう?」
「お祭りに試練など必要ないのじゃ!」
嬉璃の剣幕にも、のほほんと笑って拓海は一人余裕顔である。
「今年は本当に面白そうだから参加してね」
今年の年男はちょっと特別だから。
と、拓海は恵美にお祭りのチラシを手渡すと帰っていく。
正直長年生きているとはいっても、天津神に妖怪である自分が逆らえるはずがなく――…
そして、嬉璃の中にふつふつと湧き上がる闘志。
「今年こそは日子根殿に勝ってみせようぞ!」
嬉璃は手当たり次第にあやかし荘に訪れた人々を巻き込んで、拓海の思惑通りに、お祭りに乗り込む事にした。
【結局最後に残ったのは】
「おのれ、逃げおって……」
嬉璃が忌々しげに小さく呟き、柳眉を吊り上げて振り返ると、あやかし荘の玄関で何が起こっているのかいまいち理解していない来栖・琥珀に、満面の笑みを浮かべた。
「琥珀はいい奴じゃのぉ」
白狼の姿に戻り、それでも瞳をパチクリさせていると、嬉璃が自分の上にまたがってくる。
「嬉璃さん…?」
まるで馬にまたがった戦国武将のごとく嬉璃は、
「いざ往かん敵地へ!」
と、ふんっと鼻息も荒く琥珀を駆り立てたのだった。
嬉璃と嬉璃にまたがれた琥珀と恵美は思いのほか人が多いお祭り会場で、このお祭りの知名度と大きさを知る。
「どうじゃ、凄いじゃろう」
一人このお祭りを昔から知っている嬉璃は、さも誇らしげに腕を組むが、ここは敵地である。
恵美と狼の姿のままの琥珀は、本部へと赴くと、参加者の証ともなる公式疾走ルートが記載されている地図を受け取る。
琥珀の分は、上に乗っている嬉璃が受け取った。
「ここからじゃ年男さんが見えませんね」
あまりの人の多さに、年男が行水をするであろう出水川が見えない。
「仕方ないですよ。年男さんが走り出したら先頭になるでしょうから、それで追いかけましょう」
琥珀は恵美にだけ聞こえるように答えを返し、お祭り開始をその場で待つ。
さぁ今年もやってきました清比良神社恒例『清比良祭り』!!
今年の年男…いや、年ナマモノは かわうそ? だぁ!
皆〜準備はいいかぁ!!
得物は持ったかぁ(ぇ)!!
司会はご存知、天津拓海でぇす!
「なんじゃと!」
「か…かわうそ?さん!?」
そう、嬉璃の天敵とも言える天津日子根命―天津拓海の声によって紹介された年男に、嬉璃は瞳を大きくし驚きを隠せない。
(得物…ですか)
どうして獣である自分が本部で止められなかったのかという理由が、拓海の開始の言葉によって理解する琥珀。
要するに、触るためなら何でもごじゃれと言っているのだ。
だったら、琥珀の上に乗っている嬉璃も参加者としてはOKって事。でも、これって本当に毎年何事もなく終わってるのかな?と思わされてしまうけど。
運動会でよく聞く銃声が辺りに鳴り響いて、周りに居た人達が一斉に動いた様を見て、かわうそ? が走り出したようだと理解する。
一番最初から人の壁に囲まれて かわうそ? の姿なんて一切見る事ができない。
なにやらあやかし荘でよく見たことがあるような気がする高校生の女の子が、その山をピョコピョコとジャンプして中心を伺っていた。
「ゆくぞ琥珀!」
むしろ行け琥珀!と言った方が正しいのではないだろうかと思わされる気迫で、嬉璃は琥珀を駆り立てる。
人の波からすり抜けた かわうそ? は、拓海の自転車に併走するように爆走していく。
「「「………」」」
まるで風の様に三人(見た目には二人と1匹)を通り越していった かわうそ? に思わず沈黙。
「追いかけるのじゃ!」
「言われなくても!!」
まるで、白狼である自分にスピード勝負を仕掛けられたような感覚。
もともと楽しい事は大好きだし、楽しめるんなら楽しまなくちゃ。
「待て〜!日子根〜!!」
走る琥珀、その上で拓海に思わず呼び捨ての嬉璃。
呼ばれた事に気が付いたらしい拓海は振り返ると、本当に嬉しそうにへにゃっと笑った。
べちょ。
「あ……」
拓海に飛びついた嬉璃が、地面とお友達になっている。
琥珀は顔を上げると、てへっと笑った拓海が、巧みなドライビングテニックで先へと進んでいく。
そして、
次に待っているのはぁっとと、どいてくださーい。司会妨害は厳禁ですよ〜。引いちゃいますよ〜
などというアナウンスが、町内へと響き渡った。
|Д゚)人(゚Д|
人型へと戻った琥珀は、悔しがる嬉璃を恵美に託して、かわうそ? を追いかける事にした。
匂いを頼りに かわうそ? を追いかけると、やはり爆走するママチャリと同じスピードで走る かわうそ? が居た。
だが琥珀がそれよりももっと驚いたのは、普通に考えたって早いママチャリに着かず離れずのスピードで食いついている街の人達。
白狼の自分とも互角に走っているような人さえもいる。
(毎年こんな風なのかな?)
のほほーんと走っている人もいれば、奇声を発しながら追いかけている人もいる。空を見上げれば誰か飛んでるし、屋根伝いに追いかけてる人だっている。
確かに、凄い面白いお祭りだ。
このまま後を追いかけるようにしては、確実に追いつけないかもしれない。
嬉璃から受け取った公式ルートに視線を落とせば、この辺り一体の地図に公式ルートは赤くプリントされているというもの。これならば回り込む事が可能かもしれない。
同じように回り込む作戦で行こうとしているらしい人が何人か見受けられる中、琥珀も迂回ルートを探す。
道を外れても かわうそ? の匂いは鼻で追いかけられるし、迷う事は無いだろう。
かわうそ?屋上へ駆け上がったぁ!!
「え?」
余りにも突飛なアナウンスに、思わずかくっとこけかける琥珀。
なぜ屋上??
屋上があるとすれば、この地図から行けば丁度中間辺りにある楠木中学校しか思い当たらない。
琥珀は軽く駆け足状態で中学校へと向かうと、運動場から上を見上げてみた。
……まったく見えない。
上から下は見やすいが、下から上が見やすいはずが無い。
自分も屋上に登ろうかどうしようかと迷っていると、やっぱり屋上に上ろうと考えている人が何人かいたらしく、その人達を校内へと入らないように『清比良祭り実行委員会』の腕章をつけた人達が入り口を閉鎖していた。
「……うわぁ」
程なくして、かわうそ? とママチャリが屋上から駆け下りてくる。
その光景に誰もが口をあんぐりと開け、一瞬動きを止めた。
「あ、かわうそ?さん!」
だが琥珀はその誰もが止まっている隙をついて かわうそ? に話しかける。
|Д゚) ん?
まだ爆走状態になっていない かわうそ? に着いていく事は琥珀には造作ない。
「嬉璃さんがね、かわうそ?さんとお話しがあるそうなんです」
だがこの問いに答えたのは かわうそ? ではなく拓海。
「あはは、嬉璃ちゃん作戦を変えたね」
去年は屈強な男集団だったような気がするなぁ、などと言いながら、琥珀を見る。
「一緒に来てくれないなら、強硬手段に出ますけど?」
そんな琥珀の言葉に、拓海はクスクスと笑うと、
「女の子にすればいいってモノじゃ、ないよ?」
と、ニヤリと不敵に微笑む。そして、きょとんと眼を瞬かせる琥珀。
「嬉璃ちゃんに、自分で追いでって言っといてね」
じゃ〜ね〜と手を振って、かわうそ? を追い立てるように拓海はママチャリをこいでいってしまった。
|Д゚)人(゚Д|
琥珀は一人歩きながら、嬉璃が言っていいた、
『去年も邪魔されて〜』
の言葉を思い出す。確かに、司会がお馴染みっぽいあの拓海が一緒に年男と併走していたら、嬉璃の企みなど成功しないような気がする。
「おぉ琥珀、かわうそ? はどうじゃった?」
声をかけられ顔を上げれば、リンゴ飴や綿菓子、お面を頭につけ、なにやらお祭り満喫全開だ。
「私に追いかけさせといて、自分はお祭り楽しんでたんですね!」
むすっと頬を無くらませれば、嬉璃はそれがどうしたといわんばかりの表情で、
「なぜわしが汗水流さなければならんのじゃ」
「知らないですよ!」
この無精全開の嬉璃を見て、拓海が言っていた「自分で〜」の意味が此処に来て何となくやっと分かったような気がした。
琥珀は嬉璃から背を向けると、こうなったらお祭り…もとい屋台を満喫してやる!と意気込んで、手始めに近くにあった駄菓子を買い込んだ。
こうして、琥珀の清比良祭りは終わりを迎えたのだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【3962 / 来栖・琥珀 (くるす・こはく) / 女性 / 21歳 / 古書店経営者】
【NPC / かわうそ? / 無性別 / ? / かわうそ?】
【NPC / 天津拓海 / 男性 / ? / 中学生】
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■ ライター通信 ■
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Carnival 〜嬉璃の天敵〜にご参加くださりありがとうございます。ライターの紺碧です。力ずくで〜はちょっと神様ご本人目の前ですので無理でした、ハイ。この後、琥珀様がきっと心行くまでお祭り(屋台)を満喫していただけたと信じております。
それではまた、琥珀様に出会える事を祈りつつ……
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