コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


鈴のお花見志願

<オープニング>
 桜の季節を迎え、世の中はすっかり宴会ムードで一杯。それを羨ましく思った姉、鈴の命により、玲一郎はお花見を催す事になったのですが…。

<黒榊 魅月姫嬢の場合>

「もし」
 声をかけてきたのは、彼女の方だった。
「玲一郎の、お客人ではないか?」
「…ええ。貴女は?」
 と言いつつも、聞くまでも無かったかと黒榊魅月姫(くろさかき・みづき)は心の中で苦笑した。ここからでも充分、彼女の波動は感じられる。白い光の渦のような力の波動。
「玲一郎の姉、鈴じゃ」
 思った通りの答えに、魅月姫は少し目を細めた。真っ白な髪に白地の着物。枝垂桜の下に敷いた茣蓙の上にちょこんと座った彼女は、魅月姫と同じ赤い瞳を向けて微笑んだ。
「よう来て下さった。一番乗りのお客人じゃ」
天鈴(あまね・すず)との出会いだった。

話は三日前に遡る。魅月姫が玲一郎と再会したのは、ふと立ち寄ったコンビニエンスストアだ。色とりどりのデザートを、じっと見上げていた彼女に危うくぶつかりかけたのが、玲一郎だった。
「貴女は…」
 目を丸くした玲一郎に魅月姫は丁寧に挨拶をし、先日の礼を言った所で、この花見に誘われたのだ。皆で集まって食事をしながら桜を見るのだ、と玲一郎は言った。騒々しいのは御免なので、少々悩んだが、行ってみる事にしたのは気まぐれからだ。『お花見』なるものはやった事が無い。桜の下でバカ騒ぎをする人々をテレビで見かけた事があるくらいだ。食事と飲み物は持参、と言われてこれまた悩んだものの、デパートの地下で折り詰めとワインを買って良しとする事にした。朝一番のデパートから真っ直ぐに公園に来て、桜の中を歩いていた所だった。

「ああ、碧珠の…」
 魅月姫が名乗ると、鈴は納得したように頷いた。玲一郎と出会った時、魅月姫は彼が回収しようとしていた宝珠に宿った鬼を貰い受けた。宝珠の名は『碧珠』。
「あのような宝珠が、まだ他にもあるのですか?」
 魅月姫の言葉に、鈴はああ、と頷いた。
「あれは封鬼連と言うてな、それぞれ鬼が封じられた宝珠を連ねた首飾りじゃ。封鬼連だけではない。我が家から流出した品を全て探し出し取り戻すのが、わしらの使命ゆえ。いつ終わるとも知れぬ話じゃよ」
 鈴が溜息混じりに言うと、魅月姫に視線を戻した。
「魅月姫どのもまた、何かを探しておられるのか」
 魅月姫は微かに首を傾げた。
「そう見えますか?」
「見える」
 赤い瞳がじっと魅月姫を見、彼女もまたそれを見返した。やがて鈴がにっと笑い、彼女にコップを渡した。
「桃の酒じゃ。試されよ」
 魅月姫が微かに頷いた。風が吹いて、彼女たちのすぐ上まで枝垂れた桜がそよいだ。桃の酒を口に含みながら、空を見上げる。ほんのりと青い空から、ピンク色の花が真っ直ぐに降りてくるようだ。
「桜の雨…」
 魅月姫が呟くと、鈴も同じように空を見上げた。
「桜の花期は、とても短いと聞く。長くて二週間、満開になってしまえば数日で散り始めるそうじゃ」
 杯を傾けながら、鈴が言った。
「では、通り雨と言った所ですね」
 魅月姫が言うと、鈴が我が意を得たと言わんばかりに微笑んだ。千年の時を一人旅してきた魅月姫にとって、数週間なぞ瞬く間にも満たない瞬間だ。彼女ほどでは無いにしろ、鈴も見かけによらぬ長き時を過ごしてきたのだろう。持ってきた行楽弁当を開いた所に玖珂冬夜(くが・ふゆや)と緋井路桜(ひいろ・さくら)が到着し、続いて玲一郎とシュライン・エマが到着して、二人の会話は途切れた。シュラインには、魅月姫も会った事がある。

昼前にもかかわらず、既に公園は花見客で一杯だった。ピンク色の霞のようにすら見える桜並木の下、あちこちにビニールシードが広げられ、弁当のにおいと桜の仄かな匂いが辺りに充満している。
「ほお、これは凄い!」
 シュラインの広げた弁当に鈴が声を上げた。彼女の声に魅月姫も重箱を覗いてみたが、成る程、折り詰め顔負けの見事な料理が並んでいる。隣には貴重な男性客である玖珂冬夜(くが・とうや)がおり、彼の紙コップにジュースをついでやる玲一郎の横で、ぽおっと桜を眺めているのは、緋井路桜(ひいろ・さくら)。こちらはその名の通り桜色と緋色を重ねた柄の着物姿だ。大騒ぎする学生達や親子連れが主な公園の中で、魅月姫たちのグループは異色とも入れる顔ぶれだった。メンバーを見回したシュラインが、珍しい顔ぶれだと言ったのも無理は無い。皆バカ騒ぎを好むタイプとは程遠いし、うち2名は完全に未成年だ。賑やかしアイテムと言えば、冬夜が鈴に持ってきたパーティ用紙帽子くらいだったが、これが彼女の頭に乗ると、やけに似合ってしまってそのまま外を歩けそうな気すらするのが不思議だった。
「これで、全部?」
 席に戻った玲一郎にシュラインが聞く。
「まあ、そう言う所です。のんびりとしたお花見になりそうですね」
 玲一郎は、どこか嬉しそうにそう言った。

「シュラインどのと桜どのには、天逢樹に捕らわれた時に世話になった。礼を言う」
 それぞれの紹介が済んだところで、鈴はそう言ってシュラインに酒を注いだ。
「いえいえ。でもまさか、あの中に居たのがお姉さんだったとはねえ」
 シュラインが言うと、桜もこくりと頷いた。
「わしも取り込まれた時には驚いた。少々油断しておってのう。不覚じゃった」
 青海苔を口につけたまま酒を飲む鈴を、桜がぽおっと見上げて、呟く。
「…樹…」
「ああ、天逢樹の事か。桜どののお陰で今は眠りについておる。全ての魂を解放した故、安穏とした良き眠りであろう」
 桜が少しほっとした表情を浮かべると、鈴もにっこりと微笑んだ。そして、視線は再びシュラインに戻る。
「シュラインどのには、あの碧珠の件でも世話になったようじゃしのう。玲一郎から話はよう聞いておる」
「それ程でも…偶然って言えば偶然だし。何だか放っておけない感じもしたし」
 シュラインはこくりと酒を飲んだ。手元の皿には、とりわけられた桜のちらし寿司がある。中々の味だ。
「にしても、コンビニでバイトしてるなんて思わなかったわ」
 シュラインの言葉に微かに頷いたのは魅月姫だ。
「あれぇ、喫茶店じゃなかったっけ?」
 と、首を傾げたのは玖珂冬夜。玲一郎はあっさりと頷いた。
「コンビニは夕方からだけなんです。冬夜くんは喫茶店のお客さんでしたね」
 ほお、と鈴がぱちくりと目を見開く。
「いつも窓際の席で、よく寝てらっしゃるんですよ」
 どうやら上客ではないらしい。玲一郎に言われて、冬夜はへへっと頭をかいた。手にした小皿には魅月姫が持参した折り詰めの煮魚と、シュライン特製里芋の煮っ転がし、ポテトのハム巻きが乗っている。手にした飲み物は、桜の持ってきた緑茶だ。
「コンビニに喫茶店ねえ。意外と勤労青年なのね」
 シュラインが言うと、玲一郎はそれ程でも、と微笑んだ。
「でも、そんなに稼いでどうする訳?」
「色々じゃ。この東京でまともに暮らすには、何かと物入りであろ?」
 鈴の答えに複雑な表情を浮かべつつも、玲一郎も頷いた。
「それに、色々と今の世の中を知るにも役立ちますから。でも、僕よりも姉さんの方が収入は多いですよね」
「へえ、何してるの?」
 シュラインが聞くと、鈴はシュライン持参の酢飯卵巻に箸を伸ばしつつ言った。
「桃を売っておる」
「…行商?」
「みたいなものです。得意先は八百屋さんなんからしいんですけど」
 シュラインの問いに答えた玲一郎は、困ったような笑みを浮かべていた。どうやら、彼はこの商売にはあまり賛成ではないらしい。だが、鈴は全く意に介していない。
「よう売れるぞ。ほれ、玲一郎が以前シュラインどのや桜どのに送った、あの桃じゃ。仙界の桃を移植したものでな、清浄なる気を含んでおる故、味も滋養も逸品ぞ」
「でも、一つ3000円で売るのはそろそろやめた方が良いと思いますけどね」
 溜息交じりに呟く玲一郎に、鈴は何を莫迦なと眉根を上げてきっぱりと言った。
「一旦値を下げれば二度と元の値では同じように売れん。それが商売というものよ。もしも高うて売れんようになったら、付加価値をつければ良い」
 全く、と頭を抱える玲一郎の横で、シュラインがぼそりと呟いた。
「…事務所に欲しい人材だわ」
 その後しばらくは、皆それぞれに寛いで過ごした。鈴の持ってきた桃の酒は、殆どがシュラインと鈴の胃に収まってしまい、魅月姫のワインの出番となった。ワインは勿論、グラスから何からを自らの影から取り出す彼女に、皆唖然としていたようだったが、中でも鈴は大喜びだった。
「凄いのう、魅月姫どの。それは便利じゃ。キャスター付きトランクなぞ要らぬな」
 と魅月姫には少々分かりにくい喜び方だったが、悪い気はしない。
「葡萄酒は久しぶりじゃ。いつもは酒と言えばあの桃の酒ばかりでのぅ」
 鈴が溜息を吐く。
「とても美味しかったけれど」
 魅月姫が言う。
「玲一郎が作るのじゃ。あいつは昔から手先が器用でな」
 酒造りに手先が関係あるのだろうか。しばし考えたが、良く分からなかったが、鈴は魅月姫の様子は意に介さずに、今度は家に来ると良い、作りたても中々なのだと屈託なく笑った。デザートを用意してきたのはシュラインと桜だった。桜の菓子は練りきりで、桜と桃の二種類があった。
「ほお、愛らしいな」
 鈴が嬉しそうに覗き込むと、桜が細い声で
「…あの…桃…美味しかった…から…」
 と言った。以前桃を貰ったという礼らしい。
「嬉しいものじゃな。本来ならばわしらの方が礼をせねばならぬのに」
 微笑む鈴に、桜が微かに首を振った。シュラインが持ってきたのは、苺と桃のゼリーだ。
「美味しいです。丁度良く冷えていますね」
 一口食べた玲一郎が言った。
「保冷剤入れといて良かったわ。この陽気なら冷えすぎる事はないと思ったけど。どう?桜茶入れようか」
 シュラインの提案に、少し嬉しそうな顔をしたのは、桜だ。魅月姫も初めて見るもので、興味深げに彼女の手元を見ている。
「浮いてるのは桜の塩漬けよ。だからちょっとしょっぱいけど、桜の匂いがするの」
 と聞いて、魅月姫は鈴と顔を見合わせて頷いた。
「美しい飲み物ですね」
「そうじゃのう。これもまた良し」
 桜茶の少し強い香りと、デザートの甘みは中々調和が取れていて、鈴もうむ、と感慨深げにしている。余程美味かったのかと思ってみていると、鈴はにやりと笑って呟いた。
「桃が売れんようになっても、こういう手もあるのう。保存も利きそうじゃ。後で作り方を教わりたいものよ」
皆がデザートを平らげた頃、コンビニの友人達数人(店長含む)が現れ、夜の部が始まる前にと、桜と冬夜を玲一郎が送って行った。後はもう、お決まりの宴会で、シュラインが密かに用意していたロシアン大福は大いに場を盛り上げた。
「こういうのは嫌いなんじゃないかと思ったわ」
 鈴も混ざってのバカ騒ぎを、少し離れた場所で見守っていた魅月姫に声をかけてきたのは、シュライン・エマだ。
「確かに、もう少し静かな方が良いとは思いますけれど…でも」
 と、魅月姫は大笑いする鈴をちらりと見やってから、上を見上げた。夜空にくっきりと映える薄桃の花が、ほんの微かに風揺らいでいる。
「夜の桜も、良いものです」
「なるほどね」
「そう言えば、鈴さんが後でゼリーの作り方を教えて欲しい、と仰ってましたけど」
 隣に腰を下ろしたシュラインに言うと、彼女は訝しげな顔をした。
「ゼリー?…ああ…でも」
「桃が売れなくなった時の用心だそうです」
 二の句の告げないシュラインに、玲一郎がすみません、と言いたげに微笑んだ。
 
終わり。



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/ シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1233/ 緋井路 桜(ひいろ さくら)/ 女性 / 11歳 / 学生&気まぐれ情報屋&たまに探偵かも 】
【4682 / 黒榊 魅月姫(くろさかき・みづき) / 女性 / 999歳 / 吸血鬼(真祖)・深淵の魔女】
【4680 / 玖珂 冬夜(くが・とうや) / 男性 / 17歳 / 学生・武道家・偶に何でも屋】

<登場NPC>
天 鈴(あまね・すず)
天 玲一郎(あまね・れいいちろう)

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
黒榊 魅月姫様
二度目のご参加、ありがとうございます。ライターのむささびです。今回は少々静かなお花見になりましたが、たまにはこんなのも良いかなとNPCをぞろぞろ出す事もなくおさめさせていただきました。お楽しみいただけたなら幸いです。
魅月姫嬢には鈴ともう少し会話して貰いたかったのですが、多くは描写できませんでした。至らずすみません。折り詰めの殆どは、どうやら鈴の腹におさまってしまったようです。ごちそうさまでした&ありがとうございました。またいつかお目にかかれる事を願いつつ。
むささび