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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


鈴のお花見志願

<オープニング>
 桜の季節を迎え、世の中はすっかり宴会ムードで一杯。それを羨ましく思った姉、鈴の命により、玲一郎はお花見を催す事になったのですが…。

<緋井路 桜嬢の場合>

「お花見…」
 緋井路桜(ひいろ・さくら)はほんの少し首を傾げて、考えた。
「ええ。皆でお弁当を持って、桜の花を見るんです」
 考え込んだ桜をせかす事なくそう言ったのは、天 玲一郎(あまね・れいいちろう)だ。以前、とある事件で彼と出会った桜は、その報酬として桃を送ってもらった経緯がある。天家の桃はとても美味しくて、一度礼を言わなければと思ってそのままになっていた。玲一郎の姉も来ると言うし、良い機会かもしれない。こくり、と頷いた桜に、玲一郎はほっとしたような笑みを浮かべた。
「じゃあ、明後日。場所はK公園ですけど、分かりますか?」
再び頷く。以前、一度行った事があった。
「食べ物と飲み物は各自持参、と姉は言っていたんですが…」
 何だったらこちらで用意しても、と言う玲一郎に桜はすぐに首を振った。料理は嫌いではないし、桃の礼をするには丁度良い。玲一郎と別れた後、桜はそのまま買い物に出た。さて、何を作ろう。それにしても、花見と言うのは一体どんなものなのだろうか。玲一郎の話から思い浮かんだのは、以前やったお茶会の風景だった。

 K公園のある駅は、既に人の波で溢れていた。それに流されるでもなく逆らうでもなく、桜は驚くほどすんなりと目的の場所に向かった。当然ながら公園も朝とは思えない人の波だったが、この手の場所での探し物は、桜の得意技だ。少し人気の無い場所に立つ欅の下に行き、そっと手を触れようとした所で呼び止められた。
「あのさ、もしかして君、玲一郎さんの知り合い?」
 玲一郎の名が出なければ、自分に話しかけたものとは思わなかっただろう。振り向いた桜に片手を上げて見せたのは、彼女よりは少し年かさの少年だった。多分高校生くらいだろう。どこか眠たげな金色の瞳が印象的で、何故か手にはパーティ用の紙帽子を持っている。
「あ、やっぱそうなんだ?俺もさ、玲一郎さんに誘われてきたの。良かったぁ」
 桜の返事も待たずに、少年は安堵の息をつくと、行こう行こうと勝手に歩き出した。どうやら場所を知っているらしい。じっと見上げていると、彼は何を思ったか、ああ、と頷いて自己紹介した。
「俺、玖珂冬夜(くが・ふゆや)。玲一郎さんの知り合い。んで、こっちはお土産。鈴さんも来るって言ってたからさ」
紙帽子をくるくると回して見せると、彼はすたすたと歩き出した。桜は少し考えてから、彼の後を追うことにした。公園の中は既にビニールシートが沢山敷かれ、賑やかだ。だが、冬夜はそれらに目もくれず、途中差し入れの蕎麦飯とたこ焼きを屋台で買うと、公園の奥へと向かい、立ち止まったのは、大きな枝垂桜の前だった。茣蓙を広げてちょこんと座る二つの人影を見て、桜が小さな声を上げた。見覚えのある顔だ。桜の反応に、冬夜が当たり!と嬉しそうに笑った。

昼前にもかかわらず、既に公園は花見客で一杯だった。ピンク色の霞のようにすら見える桜並木の下、弁当のにおいと桜の仄かな匂いが辺りに充満している。玲一郎たちも、皆と同じように車座になった。
「ほお、これは凄い!」
 頭に冬夜から貰った紙帽子をちょこんと乗せ、シュラインの広げた弁当に声を上げているのは玲一郎の姉、鈴(すず)だ。朝早くから場所取りをしていたのは何と彼女で、次に着いた黒榊魅月姫(くろさかき・みづき)とはすっかり仲良くなったらしい。真っ白な髪に赤い瞳、髪と同じく白地の着物に身を包んだ鈴と、シックな黒のワンピース、腰まであろうかと言う漆黒の髪に神秘的な赤い瞳の魅月姫が並ぶと、東西のアンティーク人形を並べたような感じだった。魅月姫の隣には貴重な男性客である玖珂冬夜が座り、彼の紙コップにジュースをついでやる玲一郎の横で、桜はぽおっと桜並木を眺めていた。
「それにしても、珍しい顔が揃ったものね」
 メンバーを見回したシュラインが言ったのも無理は無い。どの顔も、バカ騒ぎを好むタイプとは程遠いし、うち2名は完全に未成年だ。
「これで、全部?」
 席に戻った玲一郎にシュラインが聞く。
「まあ、そう言う所です。のんびりとしたお花見になりそうですね」
 玲一郎は、どこか嬉しそうにそう言った。

「シュラインどのと桜どのには、天逢樹に捕らわれた時に世話になった。礼を言う」
 それぞれの紹介が済んだところで、鈴はそう言ってシュラインに酒を注いだ。
「いえいえ。でもまさか、あの中に居たのがお姉さんだったとはねえ」
 シュラインが言うと、桜もこくりと頷いた。
「わしも取り込まれた時には驚いた。少々油断しておってのう。不覚であった」
 と、青海苔を口につけた鈴が酒を飲む。つられたように、桜も緑茶を一口飲んだ。以前、玲一郎に頼まれて探した不思議な樹。その中には沢山の魂が取り込まれていて、その中に鈴も居たのだ。そう言えば、あの時の樹はどうなったのだろう。
「…樹…」
「ああ、天逢樹の事か。桜どののお陰で今は眠りについておる。全ての魂を解放した故、安穏とした良き眠りであろう」
 桜が少しほっとした表情を浮かべると、鈴もにっこりと微笑み、再びシュラインを見た。
「シュラインどのには、あの碧珠の件でも世話になったようじゃしのう。玲一郎から話はよう聞いておる」
「それ程でも…偶然って言えば偶然だし。何だか放っておけない感じもしたし」
 シュラインはこくりと酒を飲んだ。手元の皿には、とりわけられた桜のちらし寿司がある。中々の味だ。
「にしても、コンビニでバイトしてるなんて思わなかったわ」
 シュラインの言葉に微かに頷いたのは、黒榊魅月姫だ。彼女が玲一郎に再会したのも、彼が勤めるコンビニだったと言う。
「あれぇ、喫茶店じゃなかったっけ?」
 と、首を傾げたのは玖珂冬夜。玲一郎はあっさりと頷いた。
「コンビニは夕方からだけなんです。冬夜くんは喫茶店のお客さんでしたね」
「あれがお客と呼べるならな」
 と辛らつに言ったのは鈴だ。玲一郎がくすっと笑って付け加える。
「いつも窓際の席で、よく寝てらっしゃるんですよ」
 どうやら上客ではないらしい。頭をかいた冬夜の小皿には、魅月姫が持参した折り詰めの煮魚と、シュライン特製里芋の煮っ転がし、ポテトのハム巻きが乗っている。手にした飲み物は、桜の持ってきた緑茶だ。
「コンビニに喫茶店ねえ。意外と勤労青年なのね」
 シュラインが言うと、玲一郎はそれ程でも、と微笑んだ。
「でも、そんなに稼いでどうする訳?」
「色々じゃ。この東京でまともに暮らすには、何かと物入りであろ?」
 鈴の答えに複雑な表情を浮かべつつも、玲一郎も頷いた。
「それに、色々と今の世の中を知るにも役立ちますから。でも、僕よりも姉さんの方が収入は多いですよね」
「へえ、何してるの?」
 シュラインが聞くと、鈴はシュライン持参の寿司飯卵巻に箸を伸ばしつつ言った。
「桃を売っておる」
「…行商?」
「みたいなものです。得意先は八百屋さんなんからしいんですけど」
 シュラインの問いに答えた玲一郎は、困ったような笑みを浮かべていた。どうやら、彼はこの商売にはあまり賛成ではないらしいが、鈴は全く意に介していない。ふふんと胸を張って商売のノウハウを語る鈴の声を聞きながら、桜はそっと彼女たちを見下ろす桜の幹に近付いた。はらり、と落ちる花びらに上を見ると、一番太い枝にもたれかかるようにしてすやすやと寝息を立てる玖珂冬夜の姿があった。あんな所に登って、樹は嫌がっていないのだろうか。他の花見客を見回しても、ちょっと煩すぎるような気がしてならない。木々はこの騒ぎを、どんな風に見ているのか。
「教…えて…」
 両の手を触れた瞬間、桜の瞳が青く変化し、視界は転換した。彼女の背丈よりもずっと高い視点。風に揺られる感覚、人々の笑いさざめく声が聞こえる。続いて流れ込んでくるのは樹の心だ。だがそれは、桜が案じたようなものではなかった。
「楽しい…の…?」
 これは驚きだった。桜の頭上で眠る少年についても、樹はただ穏やかに包み込むだけで、拒絶しては居ない。それは彼の特性によるものなのかも知れないが。無論、枝を折られ傷つけられれば悲鳴を上げる。だが、花の下で杯を傾け楽しむ人々を、木々は決して嫌っては居なかった。
「そ…う…」
 桜は同調を解くと、緑茶を手に空を見上げた。ふわりと頬を撫でる風に、はらはらと花びらが舞い落ちる。騒がしいのは好きでは無いが、来て良かったと素直に思った。背後ではシュラインと玲一郎が何やら話し込み、魅月姫と鈴は意味深な会話を交わしつつワイングラスを傾けている。ワインからワイングラスまで、必要道具の一切を己の影から取り出す彼女に、皆最初は唖然とした物だったが、
「何か?」
 と平静な様子で言われては返す言葉もなく、以後深く追及する事は無かった。ちなみに、魅月姫のこの業(?)に一番喜んだのは鈴だ。デザートを用意してきたのはシュラインと桜で、二人とも桃をモチーフにした菓子を作ってきたのには驚いたが、まあ無理も無いのかもしれない。桜の菓子は練りきりで、桜と桃の二種類があった。
「ほお、愛らしいな」
 鈴が嬉しそうに覗き込むと、桜が細い声で
「…あの…桃…美味しかった…から…」
 と言った。どうやらあの桃の礼らしいと気付いて、玲一郎と鈴が顔を見合わせた。
「嬉しいものじゃな。本来ならばわしらの方が礼をせねばならぬのに」
 微笑む鈴に、桜が微かに首を振った。シュラインが持ってきたのは、苺と桃のゼリーだ。
「美味しいです。丁度良く冷えていますね」
 一口食べた玲一郎が言った。
「保冷剤入れといて良かったわ。この陽気なら冷えすぎる事はないと思ったけど。どう?桜茶入れようか」
 シュラインの提案に、桜も頷いた。魅月姫も初めて見るものらしく、興味深げに彼女の手元を見ている。シュラインは彼女たちに桜茶の説明をしつつ、桜のカップにも淹れてくれる。どうやらそこで玖珂冬夜が居ない事に気付いたらしい。上を見上げて立ち上がろうとした彼女を、桜は慌てて止めた。
「・・・平…気だか・・・ら」
 この桜は、彼を拒んではいない。むしろ慈しんでいるようにすら感じられたからだ。
「って言ってもねえ…」
 しばらくの逡巡の後、シュラインがふう、と諦めの息をつく。
「まあ、あんたが言うなら、信じるわ」
 彼女の答えに、桜はほっとして、こくり、と頷いた。シュラインは冬夜の分のデザートを取り分けると、持ってきたタッパーに入れてやった。本人は食べずとも、家族への土産にはなるだろうと言う事らしい。皆がデザートを平らげた頃、コンビニの友人達数人(店長含む)が現れ、夜の部が始まる前にと、桜と冬夜を玲一郎が駅まで送って行く事になった。
「二人とも、今日はありがとうございました」
 歩きながら、玲一郎が言った。冬夜がううん、と笑う。
「よっく眠れたし。ご飯も美味しかったし。シュラインさんて料理上手いんだね」
「みたいですね。桜さんのちらし寿司も美味しかったです。練りきり、残りは貰ってしまってよいんですか?」
 玲一郎の言葉に、桜はこくりと頷いた。元々そのつもりで多めに作ってきたのだ。
「ありがとうございます」
 と、礼を言ってから、彼は少し小さな声で付け足した。
「いつか、うちの桃の木たちの話も、聞いてやって下さい」
「…桃…?」
「ええ。ずっと昔に故郷から無理やり連れてきてしまったものですから。きっと哀しい思いをしていると思うんです」
 少し悲しげな目をして言う玲一郎に、桜は小さく頷いた。

 帰りの電車の中、ぐっすり寝込んでしまった冬夜の横で、桜は窓の外をずっと見ていた。町の中に所々見える、ピンク色の霞。その下を通る人は皆、年に一度の華やぎを見上げて行くのだろう。だが、彼らは知らない。桜たちもまた、彼らをずっと見守っている事を。降車駅のアナウンスが流れる。桜はすやすやと寝息を立てている冬夜を、起こすべきかどうか悩みながら、もう一度窓の向こうを振り返った。

終わり。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/ シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1233/ 緋井路 桜(ひいろ さくら)/ 女性 / 11歳 / 学生&気まぐれ情報屋&たまに探偵かも 】
【4682 / 黒榊 魅月姫(くろさかき・みづき) / 女性 / 999歳 / 吸血鬼(真祖)・深淵の魔女】
【4680 / 玖珂 冬夜(くが・とうや) / 男性 / 17歳 / 学生・武道家・偶に何でも屋】

<登場NPC>
天 鈴(あまね・すず)
天 玲一郎(あまね・れいいちろう)

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■         ライター通信          ■
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緋井路 桜様
二度目のご参加、ありがとうございます。ライターのむささびです。今回は少々静かなお花見になりましたが、たまにはこんなのも良いかなとNPCをぞろぞろ出す事もなくおさめさせていただきました。お楽しみいただけたなら幸いです。
桜嬢には、やはり枝垂桜と会話していただきました。彼女と木々(植物)との交感シーンは難しいのですが、つい書きたくなってしまうものでもあります。今回は鈴とも会話していただき、ありがとうございました。またいつかお目にかかれる事を願いつつ。

むささび