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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


鈴のお花見志願

<オープニング>
 桜の季節を迎え、世の中はすっかり宴会ムードで一杯。それを羨ましく思った姉、鈴の命により、玲一郎はお花見を催す事になったのですが…。

<玖珂 冬夜氏の場合>

「うーん…うーん…」
 玖珂冬夜(くが・とうや)は悩んでいた。桜の季節のK公園の前は、既に花見客で一杯だ。
「確か約束したと思ったんだけど…」
 あれは夢だったのだろうかと首を捻る。行きつけの喫茶店。いつも陽だまりで眠りこける彼を、笑って許してくれる店員さん、確か名前は玲一郎さんとか言った筈だ。今度の日曜、花見に行かないかと誘ってくれた時にはさすがに驚いて、一瞬目が覚めたので覚えている。時間も場所も合っていると思うのだが…。
「う〜ん…」
 姉も来るんです、なんて聞いたものだから、彼女へのお土産に、パーティ用の紙帽子なぞ持ってきたというのに。きょろきょろと辺りを見回していると、ふと小さな女の子が目に付いた。緋色と薄桃を重ねた地の着物姿にさらさらのボブカット。周囲から見事に浮いた彼女に目を止めた理由は、その外見だけではない。彼女を取り巻く気が、普通と違ったのだ。
「…変わった気じゃない?」
 冬夜は何故か人ごみから離れ、ひっそりと立つ欅の方に歩きかけた彼女を呼び止めた。
「あのさ、もしかして君、玲一郎さんの知り合い?」
 殆ど当てずっぽうと言っても良かったのだが、きょとん、と振り向いた顔を見て、ビンゴだったと分かった。
「あ、やっぱそうなんだ?俺もさ、玲一郎さんに誘われてきたの。良かったぁ」
 花見の誘いは夢では無かったようだ。無口な子らしいが、招待客の一人と出会えてほっとした冬夜は、彼女の視線に気付いてああ、と頷いた。
「俺、玖珂冬夜。玲一郎さんの知り合い。んで、こっちはお土産。鈴さんも来るって言ってたからさ」
 紙帽子をくるくる回して見せて、歩き出した。玲一郎の言葉を思い出して、途中差し入れの蕎麦飯とたこ焼きを屋台で買うと迷う事なく公園の奥へと向かった。約束が夢でないと分かれば後は簡単だ。鈴の気は知っている。辿るのは訳も無い事だった。
「…あ…」
公園内の気を辿って歩いていくうち、少女が小さな声を上げた。見ると枝垂桜の下で茣蓙を広げ、ちょこんと座る二つの人影があった。一人は玲一郎の姉、鈴。もう一人もどこかで会った顔だが、はっきりとは覚えていない。おお、と顔をほころばせた鈴に挨拶をして、冬夜は共に来た少女を振り向いてにっと笑った。緋井路桜(ひいろ・さくら)と言う名を聞いたのは、玲一郎が来てからだ。

昼前にもかかわらず、既に公園は花見客で一杯だった。ピンク色の霞のようにすら見える桜並木の下、あちこちにビニールシードが広げられ、弁当のにおいと桜の仄かな匂いが辺りに充満している。玲一郎たちも、皆と同じように車座になった。
「ほお、これは凄い!」
 シュラインの広げた弁当に声を上げているのは、玲一郎の姉、鈴(すず)だ。頭には冬夜があげた紙帽子が乗っている。ただ何となく買って来たものだったのだが、鈴はとても珍しがって喜んでくれた。朝早くから場所取りをしていたのはその鈴で、次に着いた黒榊魅月姫(くろさかき・みづき)とはすっかり仲良くなったらしい。真っ白な髪に赤い瞳、髪と同じく白地の着物に身を包んだ鈴と、シックな黒のワンピース、腰まであろうかと言う漆黒の髪に神秘的な赤い瞳の魅月姫が並ぶと、東西のアンティーク人形を並べたような感じだった。魅月姫の隣には貴重な男性客である冬夜が座り、彼の紙コップにジュースを注ぐ玲一郎の横で、桜がぽおっと桜並木を眺めていた。
「枝垂桜かあ…」
 座ったまま後ろに手をつくと、冬夜はのんびりと上を見上げた。枝垂桜は好きだ。この樹もそこそこな樹齢らしく、枝ぶりも良かった。幹の側から空を見上げると、青空をバックに薄桃の花をつけた枝が真っ直ぐに迫ってくる。
「うーん、中々。桜の雨みたい」
 それを耳ざとく聞きつけた鈴が、ころころと笑う。
「えー、だってそう見えない?」
 と言うと、鈴はいやいや、と首を振って、
「さっき同じ事を魅月姫どのが言うた所じゃ」
 と言った。見ると、鈴の向こうから黒髪の少女が静かにこちらを見ていた。
「これで、全部?」
 戻ってきた玲一郎に聞いたのはシュラインだ。
「まあ、そう言う所です。のんびりとしたお花見になりそうですね」
 玲一郎は、どこか嬉しそうにそう言った。

「シュラインどのと桜どのには、天逢樹に捕らわれた時に世話になった。礼を言う」
 それぞれの紹介が済んだところで、鈴はそう言ってシュラインに酒を注いだ。
「いえいえ。でもまさか、あの中に居たのがお姉さんだったとはねえ」
 シュラインが言うと、桜もこくりと頷いた。
「わしも取り込まれた時には驚いた。少々油断しておってのう。不覚じゃった」
 と、鈴が青海苔のついた口でちびりと酒を飲む。どうやら桜やシュラインは、以前何かの事件で知り合っているらしいと、冬夜もたこ焼きを頬張りつつ納得した。鈴を見上げた桜が、ぽつりと呟く。
「…樹…」
「ああ、天逢樹の事か。桜どののお陰で今は眠りについておる。全ての魂を解放した故、安穏とした良き眠りであろう」
 桜が少しほっとした表情を浮かべると、鈴もにっこりと微笑み、再びシュラインを見た。
「シュラインどのには、あの碧珠の件でも世話になったようじゃしのう。玲一郎から話はよう聞いておる」
「それ程でも…偶然って言えば偶然だし。何だか放っておけない感じもしたし」
 シュラインの言葉に、鈴がくすっと笑う。
「にしても、コンビニでバイトしてるなんて思わなかったわ」
 シュラインの言葉に微かに頷いたのは、黒榊魅月姫だ。彼女が玲一郎に再会したのも、彼が勤めるコンビニだったのだと言う。それを聞いて、冬夜は首を傾げた。
「あれぇ、喫茶店じゃなかったっけ?」
「コンビニは夕方からだけなんです。冬夜くんは喫茶店のお客さんでしたね」
「あれがお客と呼べるならな」
 と辛らつに言ったのは鈴だ。玲一郎がくすっと笑って付け加える。
「いつも窓際の席で、よく寝てらっしゃるんですよ」
 どうやら上客ではないらしい。頭をかいた冬夜の小皿には、魅月姫が持参した折り詰めの煮魚と、シュライン特製里芋の煮っ転がし、ポテトのハム巻きが乗っている。手にした飲み物は、桜の持ってきた緑茶だ。皆が話し始める中、小皿の料理を片付けた冬夜はそおっと輪を離れた。
「枝垂桜って、好きなんだよねぇ。何となく」
 と、幹を傷つけないようにそっと登る。細身で背の高い彼は難なく一番太い枝に辿りついた。
「いいかなぁ…」
 桜の気はほんの少し揺らいだだけで、彼をそっと包んでくれた。冬夜は枝に抱きつくようにもたれかかりながら、下を眺める。座の中心に居るのは玲一郎の姉、鈴だ。玲一郎は姉さん、と呼んでいるが、見かけはほんの少女だ。けれどそれに騙されてはいけない。彼女の纏う気は玲一郎よりも強く激しい。それを完璧に制御している辺りは、やはり只者では無い。気の性質は全く違うが、同じ事が黒髪の西洋人形、黒榊魅月姫にも言えた。鈴が纏うのが光の渦ならば、彼女が従えているのは果てしの無い深淵だ。彼女が自分の影から皿だの何だのを取り出した時には皆驚いていたが、そのくらい彼女にとっては訳も無い事なのだろう。鈴と魅月姫が並んでいる様は、どこかで見た模様に似ていると、冬夜は密かに思った。来る時に出会った桜嬢は、唯一、非戦闘的なタイプのようだ。気自体は弱いが、鋭敏な感じがする。どちらかと言うと、同調したり読んだりする、そういう性質なのだろう。
「ふう…やめときゃいいのにねえ、ホント」
 体力を消耗する事が分かっていても、冬夜は無意識に人の気を読んでしまう。自分ではどうしようもない癖だった。うつらうつらとしながら、冬夜はシュラインと話す玲一郎に目を向けた。彼の気は、そう、とても穏やかだ。人を安堵させる何かを持っていて、冬夜が彼の居る店でつい眠りこけてしまうのも(と言うより眠りに行ってしまうのも)、それと無関係ではない。この中で唯一、普通の人間の気を持っているのはシュライン・エマだ。だが、とても溌剌としていて気持ちが良い、流れる川のような気だと思ったところで、抗いようの無い眠気が押し寄せてきて、彼はすとんと眠りに落ちた。感じるのは桜の匂い。そして、彼を包む暖かい何か。頬に落ちる花びらすら、気持ちよくて仕方なかった。

「…くん、冬夜くん」
 目が覚めた時には、大分陽が傾いていた。辺りを見回すと、既に片付けを始めているグループもある。
「何?お開き?」
 枝の上で器用に伸びをする冬夜に、玲一郎が一度ね、と言った。
「未成年の君たちを、夜の部まで付き合わせる訳には行きませんから」
 俺なら平気なのに、と言おうとして、冬夜は玲一郎の隣で彼を見上げる桜に気がついた。確かに、小学生を夜まで引っ張りまわす訳には行かないだろう。
「そだね。俺そろそろ帰るよ。その子も途中まで一緒?」
「らしいです。駅までで良いそうですから、お願い出来ますか?」
「おっけー」
 冬夜はひらりと枝から飛び降りた。

「二人とも、今日はありがとうございました」
 歩きながら、玲一郎が言った。冬夜がううん、と笑う。
「よっく寝れたし。ご飯も美味しかったし。シュラインさんて料理上手いんだねぇ」
「みたいですね。桜さんのちらし寿司も美味しかったです。練りきり、残りは貰ってしまって宜しかったんですか?」
 こくりと頷いた桜に礼を言ってから、玲一郎は、
「いつか、うちの桃の木たちの話も、聞いてやって下さい」
 と付け足した。
「…桃…?」
 桜が首を傾げる。
「ええ。ずっと昔に故郷から無理やり連れてきてしまったものですから。きっと哀しい思いをしていると思うんです」
 少し悲しげな目をして言う玲一郎に、桜は小さく頷いた。
「あの子、樹の気持ちが分かるんだ?」
 定期を持っていない桜が、切符を買いに行くのを見ながら、冬夜が聞いた。
「ええ。まあそういう事も出来るようです。以前、それで助けていただいた事があるんですよ」
「お姉さんの事?」
 玲一郎が頷く。冬夜はふあああ、と欠伸をした。
「まだ眠りたりないんですか?あんなに寝たのに」
 呆れ顔の玲一郎に、冬夜はやっぱり欠伸をしつつ、
「玲一郎さんの近くに居ると、眠くなるんだもん、俺」
 と言い返した。
「僕のせい?」
「そ、玲一郎さんのせい。だからさ」
 目を丸くした彼に向き直って、冬夜はにかっと笑った。
「お店で寝てても、おこんないでよね」
 怒った事なんか無いでしょう、と玲一郎が笑った所で、桜が切符を買って戻ってきた。
「では、桜さんを頼みます。…二人とも、次は家にいらしてください。桃でよければ、年中お花見、出来ますよ」
 はーい、と冬夜が返事をし、桜はぺこりと頭を下げた。

 帰りの電車の中、結局、ぐっすりと眠りこけてしまった冬夜を起こしてくれたのは桜だった。彼女が起こしてくれなければ、多分、まだ電車に乗って行ったり来たりしていた事だろう。『お願いします』などと言われたのに、役割がまるであべこべになってしまったのはちょっとまずかったかな、と思いつつも、たっぷりと睡眠をとった冬夜は気分良く駅からの道を歩き出した。桜並木がピンク色の霞をまとって揺れている。桜たちはそれぞれに、この花と同じ柔らかで妖しげな気を漂わせており、冬夜は目を閉じてそれを感じながらゆっくりと歩いた。

終わり。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/ シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1233/ 緋井路 桜(ひいろ さくら)/ 女性 / 11歳 / 学生&気まぐれ情報屋&たまに探偵かも 】
【4682 / 黒榊 魅月姫(くろさかき・みづき) / 女性 / 999歳 / 吸血鬼(真祖)・深淵の魔女】
【4680 / 玖珂 冬夜(くが・とうや) / 男性 / 17歳 / 学生・武道家・偶に何でも屋】

<登場NPC>
天 鈴(あまね・すず)
天 玲一郎(あまね・れいいちろう)

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■         ライター通信          ■
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玖珂 冬夜様
初めてのご参加、ありがとうございます。ライターのむささびです。今回は少々静かなお花見になりましたが、たまにはこんなのも良いかなとNPCをぞろぞろ出す事もなくおさめさせていただきました。お楽しみいただけたなら幸いです。
今回は期せずして皆玲一郎とは既知の方々ばかりで、かつての事件にも言及させていただきました。冬夜氏には少し退屈した場面もあったかも知れませんね。すみません。冬夜氏がよく昼寝に訪れると言う喫茶店には、鈴も行った事があったようです。紙帽子は夜の部にも活躍し、大事に持って帰ったとの事。ありがとうございました。またいつかお目にかかれる事を願いつつ。
むささび