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何かを落としてみませんか?
【序】さわらぬ神にたたりなし
冷え込みの厳しさがようやく和らぎ、例年より開花の遅れた梅も咲きそめる弥生中旬のこと。
今日の弁天のいでたちは、いつもと少々違っていた。
淡い水色の薄絹を使った衣装に、背には妖精風の羽根、右手には魔法の杖。髪は下ろしてとき流し、メイクはややおとなしめ。
これは、異論・反論はあろうが本人の主張によれば、イソップ寓話の「金の斧、銀の斧」に登場する、泉の女神(注:原典ではヘルメス神だそうですが、普及・アレンジバージョンということで)のコスプレであるらしい。
井の頭池を森の中の泉に見立て、水面にすっと立った弁天は、弁天橋から身を乗り出しているハナコに左手を差し向けた。手のひらには、指輪が3つ乗っている。
「これ、そこな娘御よ。おぬしが落としたのは、この金メッキの指輪か、この酸化した銀の指輪か。それともこちらの、百円均一ショップで購入したとおぼしき天然石の質実剛健指輪か」
「いいえ、女神さま。そのどれでもありません。ハナコが落としたのは、買ったばかりのブルガリのブルートパーズリングです。店頭価格が……えっと、いくらだったかなぁ?」
「出鱈目もほどほどにせい! そのような指輪はどこにも落ちておらぬ!」
「そ〜ですかぁ? じゃあアニーベルのダイヤモンドリングだったかも」
「ええい。嘘つきにはお仕置きじゃ! こうしてくれる」
「やぁん〜! お気に入りのエトル・ジャポンのフラワーリング、取っちゃやだー! 返してぇ〜」
「……あのう、おふたりとも」
ハナコの隣で様子を見ていた蛇之助が、
「もう、どこをどう突っ込んだらいいのか判りかねますが、ひとことだけ。……そんなに暇なんですか?」
でしたら、地下1階の接客ルームと地下4階フロアの清掃をお手伝いいただきたいんですけど、と呟いたとき。
池の水面が大きく揺らいだ。ざばーんと水しぶきが上がり、金色の鯉が姿を現す。
「よぉハナコ。カルティエの三連リングとかティファニーのオープンハートネックレスとかなら水底にいくつか見つけたぞ。バブル時代に、カップルが大挙してここで別れた頃の残滓だな」
「それでいいよ! ちょーだいっ!」
「ちと、こころざしが低すぎるぞえ、ハナコ」
「そうですね。『金の斧、銀の斧』ごっこをなさるのでしたら、せめて展開やバリエーションをもう少し工夫なさった方が宜しいかと」
やっと突っ込みどころを見つけた蛇之助に、鯉太郎が顔を向けた。
「……弁天さまとハナコだけでやってちゃ、永遠にこのまんまだぞ。誰か助っ人を呼んで来いよ」
公園出口へ向かう途中、蛇之助は動物園前で足を止めた。
おりしも、デュークとファイゼがゲートから出てくるところだったので、てっきり彼らも招集をかけられたのかと思ったのだが。
何やら、様子がおかしい。
ファイゼは幻獣グリフォンの姿で、ぐったりとデュークの背におぶわれていたのである。
「公爵どの。私は……私はもう駄目です。どうぞお捨て置きを」
「何を言う、ファイゼ。あの凄惨な戦闘に耐え、光のドラゴンの執拗な追尾さえも我々は振り切ってきたではないか。これしきの病で気弱になるな」
「思い起こせば、14でキマイラ騎士団に入団して十余年。勿体なくも団長に任命いただいた矢先の、光のドラゴンの反乱……。なんとか亡命は果たしましたが、エル・ヴァイセなぞ足元にも及ばぬほどの魑魅魍魎が跋扈する異世界東京に、ご傷心のあなたさまを残して逝くのは心残りなれど……。長い間お世話になりました」
「しっかりしろ。この世のあらゆる事象が渦巻き、手に入らぬものなどないと言われる東京のこと。そなたの病を癒す名医もいよう」
「あのう……。ファイゼさんはどうなさったんですか? 体調がお悪いのでしたら、私で宜しければ薬を調合しますが」
「……それがですね……」
デュークの肩に頭を乗せ、グリフォンは弱々しく嘴を動かす。
「いきなり発症した原因不明の病でして……。賢者の石のゴーレムであるイシュアの治癒能力すら、効かないのです……」
「最後の手段として、最近三鷹に開設されたという、神聖都大学病院付属の人外専門診療所へ連れて行くところで――もう少し辛抱しろ」
「私も付き添いましょうか?」
「いえ。蛇之助どのは弁天どのの御用むきを優先なさってください。さ、ファイゼ」
そして蛇之助は、梅の花びらが舞う中、瀕死のグリフォンを背負ったデュークの後姿を見送ったのだった。
「鯉太郎くーん。また弁天さまの横暴に振り回されてますかぁ? 今日は私もお手伝いします。ファンクラブ会長として放っておけませんっ!」
弁天橋の欄干から、桜色の髪をした少女が手を振っている。和服にエプロンといういでたちは、蕎麦屋か甘味処の看板娘といった風情だ。
「おぬしの助力は別にいらぬぞ、みやこ。『井之頭本舗』をおろそかにするでない」
憮然とする弁天に、ミヤコタナゴのみやこは挑戦的にぷいと横を向いた。
「私が公園内でお店を始めたのは鯉太郎くんのためで、弁天さまには関係ありません。それに、留守のときの店長代理はアケミさんにお願いしてありますからご心配なくっ」
「可愛い顔して、勝気な小魚じゃのう」
「ほっといてください。私も池で待機させていただきます」
弁天のぼやきをよそに、みやこは欄干から身を躍らせる。和服姿の少女は、空中でパステルピンクのミヤコタナゴに姿を変え、水面に小さなさざなみを立てた。
【破】類は友を呼ぶ
真っ先に「泉の女神」の犠牲になったのは、久しぶりに公園を訪れた藍原和馬だった。
「あのォ……? 展開とかバリエーションって何の……」
状況が掴めないまま脱力した和馬に、弁天の人差し指が容赦なく向けられる。
「これ。そこな、がっくりポーズのロンリーウルフ。おぬしが落としたものは何ぞ?」
「ロンリーウルフ……。イヌよりはいいけど。って、いったい何やってるンすか」
「見てのとおり、今日のわらわは神秘的で心優しい泉の女神じゃ。お客人が水底に落としたものを、女神の式神たる鯉とミヤコタナゴが探索する手はずになっておる」
「いろいろ混ざって無茶苦茶な設定になってますよ? ……まあいいか、じゃあ探してもらおうかなァ」
「ふむ。ものは何じゃ?」
たたみかけられて、かえって冷静になった和馬は考える。
(弁天さまのことだから、ブツが見つからなかったらでっちあげるよな。よし)
「確か、新年会の時に、曰く付きの骨董品を落としたような気が。でっかくて見栄えのする鏡なンすけど」
「鏡じゃな? あいわかった。鯉太郎、みやこ、探して来や!」
金色の鯉とピンクのミヤコタナゴが水面から姿を消す。
実はその鏡は、和馬がアルバイト先でうっかり割ってしまったものだった。それゆえ、どこを探そうと落ちているはずはないのだが。
(でもま、ここで見つかればラッキーだよなア。わはは)
「わ〜! 弁天ちゃんかっわいぃ〜♪」
黒い翼を持った子猫が、弁天の周りをぐるぐると回っていた。
風にはためく薄絹と妖精風の羽根に興味があるらしい。緑色の大きな瞳をさらに見張っている。
「何して遊んでるの? 妖精さんごっこ?」
「ちと違うぞえ、チカ。強いて言うなら『泉の女神』ごっこじゃ」
「そうなの? むずかしい〜」
「ん? その声はチカかぁ? また迷ったのかよ」
いったん水面下に沈んだ鯉太郎が、また顔を見せる。
「迷子じゃないもん。遊びに来たの」
チカ――千影はぷうと頬を膨らませ、弁天橋へ羽ばたいた。黒髪の美少女の姿に変化して、欄干に腰掛ける。
「んと、何を落としたか言えばいいの? そしたら拾ってくれる?」
「よしよし、チカはお利口さんじゃのう。その通りじゃ」
「えっとねえ……。チカの落としものはねぇ……」
しばし小首をかしげてから、千影は言いはなった。
「ししゃも!!!!」
「……そんなこったろうと思った。おい、みやこ。おまえは隠れてろ」
「え? 私、ししゃもじゃないですよ?」
ミヤコタナゴは、きょとんとしつつ水面に浮かび上がった。見つめる千影と、ばちっと目が合う。
「ピンクのししゃもだぁ〜♪」
「ち、違います! ししゃもはサケ目キュウリウオ科シシャモ属。ミヤコタナゴはコイ科タナゴ亜科に属する日本固有種。ちなみに天然記念物です。食べないでください〜〜〜!」
身の危険を感じたみやこは、慌てて水に潜る。
「え〜? 遊ぼうよー。チカね、こんがり焼きたてのししゃもが好きなのぉ」
生ものは食べないのにぃ、と言うささやかなフォローは、みやこの耳には届かなかった。
「ごめんくださいませ。弁天さま、ハナコさま。本日は『金の斧、銀の斧』ごっこをなさるとか」
弁財天宮方向から鹿沼デルフェスが現れた。優雅な声と淑やかな物腰は、こちらが泉の女神であると言っても万人が納得するであろう。
「おおデルフェス! 百人一首以来じゃの」
「はい。バレンタインデーもホワイトデーもご一緒できなくて、寂しかったですわ」
「すまぬのう。実はその時期に合わせて、ラブ要素満載な縁結びビッグイベントを企画してはいたのじゃが」
「ビッグすぎて企画倒れになったんだよね。男女5万人の合コンなんて無茶だよ。有明の某所だって、会場を貸してくれなかったしさ」
「遅ればせながら、チョコレートの差し入れをお持ちしましたの。弁天さまとハナコさまのお口に合えばよろしいのですが」
「おおー! ピエールマルコリー二のクールフランボワーズとサンドリヨンフォンダンの詰め合わせではないか」
「デルフェスちゃん、こっちの小瓶は何ー? おいしそー」
「コンフィチュールですわ。フレッシュフルーツの甘みを生かしたジャムですの。キャンディをとも思いましたが、目ぼしいものが見つからなくて」
「いつもすまぬのう。後ほどお茶にしようぞ。……さてデルフェス。おぬしが落としたものは何ぞや?」
すぐには答えず、デルフェスは弁天の衣装をじっと見つめた。
「そのお姿は泉の女神でいらっしゃいますか?」
「さよう。どこかおかしいかえ?」
「ケルト神話ですと、ナイアードと呼ばれる泉や川に住むニンフですわね。女神であられる弁天さまにはぴったりの役ですが、この場合妖精風の羽根は必要ないかと」
「ほほぉ。衣装指導が入るとは」
「お着替えになるのでしたら、わたくしが持ってきた服をお貸ししますが」
「魔法服だったら、ハナコが預かっとくね。今日はいろんな用途に使えると思うし。弁天ちゃんのは『なんちゃって泉の女神』のコスプレだから、見苦しくてもスルーしてるんだ」
「そうですの……。では、わたくしの落としたものを申し上げますわね。それは、弁天さまの愛」
「なに?」
「……と言いたいところですが自粛いたしまして、弁天さまの1/6フィギュアですわ。それと、世界象姿のハナコさまの等身大石像」
うわー。マニアックだなぁとは、水中で聞いていた鯉太郎の弁である。
++ ++
――そのころ。
「オゥ! この公園は愛に満ち溢れている! リュウたんレッツ☆ゴー♪」
摩訶不思議なピンク色の影が、井の頭公園に忍び寄っていた。
人々はまだ、気づいていない。
++ ++
……いや。本当は気づいていた。ただ、気づかないふりをしていただけなのだ。
人であろうと人外であろうと、理解不能なことに直面すると思考停止状態になるのは同じである。
「やだ、あの子カワイイv あのオジサマも素敵ぃv リュウたん胸キュン☆」
自分たちのことを誰かが物陰から見ているらしいことは、石神月弥も有働祇紀もうすうす感づいてはいた。
しかし実害があるわけではないので、怪しい視線は放置しておくことにしたのだった。
「イソップの『金の斧、銀の斧』って『しょうじきなきこり』の話ですよね。読んだことあります」
月弥は目を輝かせて何度も頷いた。本日の外見年齢は14、5歳の少年であるため、幼い状態の月弥を知っている者には随分と大人びて見える。
だが、口調と雰囲気はいつにも増して無邪気であった。どうやら、寓話や童話の愛読者であるらしい。
保護者として同行した祇紀は、少し離れて静かに佇み、甥と女神の語らいをしばらく見つめていた。
「今日の趣旨はよぉくわかりました。じゃ、遠慮なく行きまーす!」
せぇのっ!
――それは、いきなりの出来事だった。
思い切りのいい掛け声とともに、月弥は勢いよく池に飛び込んだのである。弁天と祇紀が止める間もなかった。
「こ、これ! 月弥。微妙に趣旨を誤解しておるぞっ!」
「月弥! 待ちなさい」
ぽちゃんと水が跳ねる。ブルームーンストーンのピンブローチは水底に沈んでいった。
「意表を突かれたのう。よもや、自ら落としものとして特攻しようとは」
「まったく……。自分で落ちてしまったら、誰も女神殿に探索をお願いできなくなると言うに。私が一緒だからかまわないと思ったのやも知れませぬが」
心持ち目を伏せ、祇紀は呟く。
「お手数なれど、探していただけると有り難い」
「むろんじゃ! 月弥のような優れた装飾品を、水底で眠らせるのはあまりにも勿体ない」
「感謝致す。……そうそう、今日参ったのは、弁天殿にお渡ししたいものがあった故」
「なんと! 祇紀どのがわらわに。それは婚約指輪かえ? それとも結婚指輪? 深いおつきあいもまだなのに、ちと早いのでは?」
何もかもすこーんと忘れ、弁天は妄想世界に先走る。
「……いや、先日、骨董屋の仕入れを兼ねて露天やら古物市やらを渡り歩いた折り、ふと目についた髪飾りなのですが――はて?」
袂を探り、祇紀は訝しげな表情になる。さらに懐を探ったが、目的のものは見つからない。
「どうなさった?」
「……落とした……やも知れません。月弥が水に飛び込んだ拍子に」
「なに?」
「困りましたな。弁天殿に似合いそうだと思って買い求めた、珊瑚と桜貝の髪飾りだったものを」
「こここ鯉太郎! みっっみやこっ!! 探せ!! 探すのじゃ〜〜! 井の頭池の水底を掘り返しても見つけ出せ!!!」
「あらぁ……」
弁天橋近くの梅の木に背をもたせかけ、シュライン・エマは成り行きを眺めていた。
「なんて言うか、皆さん、さすがね。弁天さんたちとのつきあい方がとっても手慣れてるわ」
「好きこのんで熟練したわけじゃないけどな……」
「え〜? チカ、弁天ちゃん好き〜♪」
「そうですわね。弁天さまとお会いするのはいつも楽しみですわ」
「弁天殿は、気高くも爽やかな御方ゆえ、交流に難儀することはありませぬが」
和馬と千影とデルフェスと祇紀が、四者四様の感想を漏らす。
「これシュライン。傍観してないで参加せい。おぬしの落としものは何じゃえ?」」
びっと魔法の杖を差し向ける「女神」に、シュラインは苦笑する。
「んー。池に何かを落した事はないのよね」
「そんなことはあるまい。よく思い出すがよい。ほれ、デートの時とか、いかなおぬしでもうっかりすることはあろう?」
「まず、確実に、絶対に、ここでデートはしないもの。ひとりで来たときも、無くなったものなんてなかったし」
「あのさシュラインちゃん。そんな真面目に答えなくても、てきとーに合わせてればいいから」
「ありがとう、ハナコちゃん」
助け船を出したハナコの頭を撫でてから、シュラインは、そうね、と頬に手を当てる。
「落としものは……普通の弁天さん、かしら」
「何じゃとぉー? わらわがいつ、おぬしに落とされたのじゃ!」
思いもよらぬ突っ込みに、弁天は魔法の杖をぐっと握りしめる。力を込めすぎたせいで、ケヤキの枝を削っただけの杖にヒビが入ってしまった。
「だって弁天さん、池から現れたじゃない? それって落ちてたってことでしょ? で、今の弁天さんは『泉の女神』さまだから、いつもの弁天さんじゃないわけよね」
持参した包みを胸の高さに持ち上げて、シュラインはわざと大きくため息をつく。
「あーあ、残念。この前、振袖をお借りしたお礼に焼いてきたケーキ、是非とも『普通の弁天さん』と食べたかったのに」
「…………うむぅ……」
「すごーい、シュラインちゃん。弁天ちゃんあしらいのプロだね!」
言葉に詰まった弁天を見て、ハナコがぱちぱちと拍手した。
「あのー、弁天さま。こんにちは」
絶対絶命の弁天に、救いの女神が現れた。
さらりとした髪に梅の花びらをすべらせながらやってきた、海原みなもである。
「おおお! みなもー。清純可憐な人魚姫よ。よくぞまいった」
「落としものを探してくださるって聞いて、来てみました」
「うむ。遠慮なく申すが良い。おぬしの落としたものは何ぞや?」
こほんと咳払いをして、弁天は胸を張る。
胸の前で細く白い手を組み、みなもはにっこりと笑った。
「あたしが落としたものは『あたし』です」
「……ん? 聞き違いであろうか……。もう一度言うてみよ」
「あたし、です」
「…………えーと」
――どうすれば良いのじゃ? と、弁天は小声で弱音を吐く。
「弁天さま弁天さま」
目立たぬように水面から顔を覗かせ、白い蛇がそっと呼びかけた。
「なんじゃ蛇之助。今までどこで油を売っておった」
「あんまりですっ。『金の斧、銀の斧』ごっこにおつきあいくださる方を必死で集めてたんじゃないですかっ! それはともかく、シュラインさんやみなもさんの依頼にオーソドックスに対応するとしたら、方法はひとつしかありませんよ」
「いったい、どうせよと?」
「金と銀の弁天さまやみなもさんをお作りするしかないでしょうね。……まあ、弁天さまの金銀バージョンはご勘弁いただくとしても、みなもさんの作成は避けて通れません」
「しかし」
「海水を材料にすれば、何とかなるんじゃないでしょうか。海には微量ながら、さまざまな成分が溶けていますので」
「じゃが、ここは淡水ぞ。海水など、どこから持ってくるのじゃ」
「水底へ潜ったと見せかけて、ボート乗り場奥の作業場で、鯉太郎さんがこっそりアイテムを捏造なさってます。和馬さんが落としたと仰る、『異世界に通じる鏡』と、デルフェスさんが落とし……てはいないと思われる弁天さまとハナコさんの像を」
「出来た鏡を水底に沈めて、異世界の海に一時的に繋げるか……。そういえば、たった今までそこにいたハナコがおらぬぞ」
「ハナコさんも、アイテム作成に鋭意協力中です」
「……やれやれ」
「そろそろギブアップなさって皆さまに謝りますか?」
「いいや! わらわは諦めぬ。以下続行、雨天決行じゃ!」
言い出しっぺの弁天も何をやっているやら判らなくなりかけたころ、新しい客人が登場した。
それも、破壊力抜群の謎の存在が。
春先だというのにコートを着込んで帽子をかぶり、ブーツを履いて手袋までしている。その全てのコーディネートをピンクで統一しているのだ。
怪しい人物は、よくよく見れば目鼻立ちの整った金髪の男性である。キマイラ騎士団の正装をさせれば似合いそうでもある。が、どうやらこの貴公子は、地球上はおろか異世界にすら存在しない薔薇色の黄金郷に君臨しているようであった。
「オゥノォォォォォ!!! 美しい! そして気高い! もうたまらんですよマドマーゼル!」
「何者じゃ? 名を名乗れい!」
「オゥマドマーゼル! わたくしは愛の狩人リュウイチ・ハットリ。ご挨拶代わりに踏んでください☆さあさあ!!」
奇怪なダンスを踊りながら近づいてきたリュウイチは、欄干の上に器用に寝そべった。
一同がずざざざっと遠巻きにする中、弁天はちょっと考え込み、手始めにぽいと魔法の杖を放り投げてみた。
リュウイチの頭にすこーんと当たって、杖は池に落ちる。愛の狩人はそれだけで身悶えた。
「オオオゥ! 貴女はまさしくワタシの女王様ァァ!」
「……ふむ。そのテンションの高さ、やりおるなおぬし」
好敵手に遭遇したときの剣豪のような目できっ、と睨み、弁天は人差し指をリュウイチに向けた。
「おぬしは何を落とした。答えよ、リュウイチ」
「落しもの……?」
フッと髪を掻き上げて、リュウイチは笑みを見せた。白い歯がきらりと光る。
「見抜いていらしたとは流石です。確かにわたくしには、ここで落としたものがあります」
「ほう。それは何ぞ?」
「こ・こ・ろ、ですよマドマーゼル」
胸に手をやり、リュウイチは恍惚とした表情で空を見上げる。
「そしてそのこころの名は『恋』。ああ、何て罪作りなお方なの女王様ったら!」
「……なぜ急に口調が変わるのじゃ!」
「リュウたんすっかりフォーリン☆ラヴしちゃった。テヘ☆★♪」
「テヘ☆★♪と来たか。むぅぅぅぅ、ラブパワーで負けてなるものか!」
「……弁天さまァ。このお芝居、いつ終わるンすか?」
激動の流れに歯止めが利かないことは十分わかっているが、一応、言ってみる和馬であった。
++ ++
(にぎやかですね。井の頭公園には、面白い方々がたくさんいらっしゃるとは聞いていましたが)
セレスティ・カーニンガムは、弁天橋を遠まきにして、ゆったりとした歩みを止めた。
今日は春めいた陽気で、風もさほど強くない。あまり身体に負担をかけない程度なら、散歩がてらに出かけるのも良かろうと、異界化したこの公園に足を向けてみたのだった。
しかしどうやら公園の住人たちは、客人を巻き込んだ奇妙なノリの設定で、即席のイベントを行っているらしい。
(楽しそうなお芝居をなさっているようで……。後で私も遊ばせていただきましょう)
持参していた水晶玉を、そっと池に落とす。手のひらに収まるくらいのクリスタルの玉は、すぐに水に紛れて見分けがつかなくなった。
(さてと……おや?)
弁天たちに声を掛けるタイミングを見計らっていたセレスティの前に、小さな羽を持った肉団子のようなものが飛んできた。ステッキにぶつかって、ころんと地に落ちる。
ひょいと片手で拾い上げたそれは、世にも不思議な生き物だった。セレスティの美貌と只者ではなさそうなオーラに恐れをなして汗をかき、4本の脚をばたばたさせて震えている。
「なんとも珍しい動物ですね。どなたかのペットでしょうか」
「そいつは帝鴻って言うんだ。ぶつかって悪かったな」
すたすたと近づいてきた舜・蘇鼓は、セレスティの手から汗っかきのペットを受け取った。
羽ばたく帝鴻を連れ、その場をあっさり去ろうとする。自己紹介をするでもなく、なぜ自分がここにいるのかも説明しないままに。
「――どういたしまして。何か、探しものですか?」
問われて蘇鼓は、びくりとして振り返る。
「そう、見えるか?」
「見えるわけではないのですが、そんな気がしたので。――きっとあなたの探しているものは見つかると思いますよ。この公園で」
おごそかな神託にも似たことばを、ふうん、と流し、蘇鼓は帝鴻と共に公園内をうろうろと歩き回った。
セレスティの言ったとおり、あるものを探索している最中だったのだ。
「あら、蘇鼓先輩。奇遇ね」
弁財天宮前を横切ったとき、聞き覚えのある華やかな声が掛けられた。
見れば案の定、嘉神しえるだった。淡い色のワンピースにレースのショールをあしらった春らしいいでたちである。
手にした桜花模様の風呂敷包みは、おそらく花見弁当であろう。
「だから、先輩じゃねぇって」
「何してるの? 弁天さまに会いに行かないの?」
「別に、用事があるわけじゃねぇからな」
「ふぅーん?」
ひた、と、しえるは真正面から蘇鼓を見据える。
「2週間ほど前、蛇之助から聞いたんだけど、彼のパソコンを誰かがこっそり使った形跡があったんですって。怪しいサイトを片っ端からネットサーフィンしてた履歴が残ってたみたい。藁人形中心の呪いグッズ通販サイトだったそうよ」
「ぎく。……いや、そりゃ弁天の仕業だろ?」
「いーえ、弁天さまなら隠さないで堂々と見るでしょ。でね、さっきここに来る途中、瀕死のフモ夫を背負ったデュークとすれ違ったのよねー。いきなり原因不明の病に倒れてしまったって」
「わはは、だらしないなぁ。幻獣騎士団長ともあろうものが」
「……蘇鼓さん、確か百人一首大会の参加賞で、グリフォンの羽根の携帯ストラップをもらってたわよねぇ。それ、今どこにあるのかしら?」
「いやぁいい天気だ! 散歩日和だ! 行くぞ帝鴻!」
白々しく口笛など吹きながら、蘇鼓はそそくさとしえるから離れる。
(ちっ。やたら勘のいい女だぜ)
――そう。
サイトで売られていた藁人形がイイお値段だったため、自分にも作れそうだと思った蘇鼓は、小遣い稼ぎも兼ねていくつか作成してみたのだ。
それなりに妖力をこめたため、正真正銘の呪いの藁人形が完成した。是非とも効果を試したくなり、手近にあったグリフォンの羽を髪の毛に見立てて仕込んだのである。そして、どの木に打ちつけようかと持ち歩いていたところ、いつの間にやら落としてしまい、仕方なく探しているところであった。
(でも、フモ夫にそんな効果が出てるんなら、俺の呪いグッズも大したもんだな。……本格的に通販すっか)
人の迷惑かえりみず、いにしえの妖怪は個人事業の立ち上げを試みるのであった。
【急】毒を以て毒を制す
「お? そこな美形は初めて会う気がせぬぞ。はて……どこかで」
ステッキで身体をささえて歩み寄ってきた美貌の青年を見て、弁天は記憶を探る。
「以前、ゲーム中の迷路や、異界の某ホテルで邂逅したかと」
柔らかく微笑むセレスティに、弁天はぽんと手を打った。
「それもあるが……そうじゃ、今朝方読んだファッション誌で特集しておった『美形度で選ぶ世界のセレブ』でダントツ1位の、リンスター財閥総帥ではないか!」
「セレスティ・カーニンガムと申します。お見知りおきを」
「うむ! わらわは美形の顔と名前は絶対忘れぬ! して、ここに何かを落とされたかえ?」
「はい。水晶玉を。先ほど池を眺めながら手に持っていたのですが、うっかり転がり落ちてしまいまして」
「そのような大事なものを。リンスターの総帥は、優れた占い師でもあるはず」
「鯉太郎くんにはお手数をお掛けしますが、探してきていただけませんか」
静かに言うセレスティに、弁天の目が胡乱そうに細まる。
「――解せぬのう」
もし見つからない場合、そんな貴重品はとても捏造できない。そう踏んで、何とか探索を避けるつもりなのだ。「湖の女神」の姑息さを知ってか知らずか、セレスティはあっさり謝る。
「……すみません。水晶玉は自分で落としました。私も水の力を持つ身、独力で探せますのでご心配なく」
「さようか。しかし、なにゆえに」
「鯉太郎くんで遊んでみるのも楽しそうだと思いまして」
えっ? と、鯉太郎が池から顔を出す。落としものの捏造をひととおり終え、水中に戻って来たのだ。
弁天はにやりとほくそ笑む。
「聞いたであろう、鯉太郎。水晶玉を探すのじゃ! 総帥が占いにお使いになる貴重な品、くれぐれも粗相のないようにな」
++ ++
「……さあシュライン。おぬしが落としたのはこの金のわらわか、こちらの銀のわらわか」
淑やかな女神が2名、池から現れた。ハナコがデルフェスから借りた魔法服を着こんで金銀のメイクを施した、スキュラのシノブとラミアのミドリであった。
「あーあ。……ご苦労さま。もういいわ、ケーキはたくさんあるからみんなで食べましょう。蛇之助さん」
「は、はい?」
いきなりの指名に、蛇之助は白蛇の姿のまま、池から上がって欄干に乗った。
「弁財天宮の地下1階に持って行って。接客ルームには、もうお茶会の準備が出来てるんでしょう?」
そして白蛇の首に、ケーキの箱がくくりつけられたのだった。
++ ++
「ではみなも、おぬしが落としたのは、この金のみなもか、こちらの銀のみなもか」
みなもが、増えた。
こっそり異世界から流用した海水を何万トンも使用し、裏技の限りを尽くして作成した自信作である。本物のみなもは金銀を見比べて歓声を上げた。
「すごいです。えっと、両方です」
「……ちゃっかりさんじゃのう」
「あたしを増やしたのにはわけがあるんです。ひとりより2人、2人より3人の方が弁天さまから色々と学べるかなぁと思って」
「わらわに何を聞きたいのじゃえ?」
ぽっと頬を染め、本物のみなもはうつむいた。驚いたことに、金銀のみなもも同じような反応を示す。
「弁天さま流の、男性との交際術をおうかがいしたいです」
「おうかがいしたいです」
「したいです」
トリプルで言われ、弁天はうーむと腕組みをした。
「みなもはちと奥手じゃが、焦らずともモテまくりであろう。普通にしてて良いのではないかえ?」
「でも」
「でも」
「でも」
「いざ『その時』になって、知識不足や力不足だったら」
「きっと後悔すると思うんです」
「思うんです」
「しかしのう……。可憐な娘御はその存在自体が武器ゆえ、あえて耳年増であったりする必要も、アダルトなわざを取得しておく必要もないと思うのじゃ」
さらに重なる「でも」の三連発を、片手を上げてやんわりと制する。
「もちろん、おぬしの気持ちもわからぬではない。ひとつだけ、教えてしんぜよう――殿方というものはじゃな」
弁天は、まずセレスティを指し示した。
「いかに社会的地位があり、経済的な余裕があり、容姿に恵まれていようとも」
次に、和馬を見る。
「鋭敏な五感と、特殊な能力と、不老不死の身体を持っていようと」
さらに、祇紀を。
「深い教養と、鋭い洞察力と、大人の落ち着きを持った御仁であろうと」
そして、リュウイチを。
「1秒間に銀河系全域を7周り半しそうな萌えパワーに溢れた、前人未到の境地を行くラブ・チャレンジャーであろうと」
最後に、リュウイチの側なら目立つまいと、こっそり紛れ込んでいた蘇鼓を指さす。
「紀元前からの長命を誇る古神であり、音楽的素養に優れ、呪いグッズ作成に長け……む? これ蘇鼓、そこにおったのか。フモ夫が具合を悪くしたのはおぬしのせいじゃな?」
「呪いくらい気合で跳ねのけられなくて、なーにが騎士だよ。て、話ずれてんぞ。続けやがれ」
「そうじゃった。まあそんな殿方であろうと、好いた娘御の前では雨に濡れた子犬も同然のか弱い生き物、恐れるに足らずと言いたかったのじゃ」
「……そうですか」
「ですか」
「ですか」
考え込むみなもたちを見て、納得してくれたか、うむうむと勝手に頷いた弁天に、祇紀が手招きをする。
「弁天殿」
「どうなさったのじゃ?」
「私が落としてしまった髪飾りを、たった今、みやこ殿が探し当てて届けてくださった。これは元々、弁天殿に差し上げようと思うて持ってまいったもの故……」
その手には、珊瑚と桜貝で作られた細かな細工の髪飾りがあった。近づいた弁天の髪に、祇紀はそれを手ずから飾る。
「思った通り、ようお似合いだ」
笑顔など滅多に見せぬ魔剣の付喪神が、珍しくもにこりと微笑む。
弁天は単純に舞い上がった。
「おおっ! 祇紀どのの愛の告白、しかと、がっつり受け止めたぞえ!!!」
「告られてないない」
ひょっこり戻ってきたハナコが、素早く突っ込みを入れる。
「弁天ちゃんは反面教師だからね、みなもちゃんたち。『先走ればかわされる』ってこと、覚えとくといいよ」
++ ++
「ほーれ和馬。おぬしの落としものが出来上がっ、いやげほんごほん、見つかったぞえ」
小さなコンパクトを受け取って、和馬は首を捻る。
「あのー。こんなんじゃないンすけど。俺が割った、じゃなくて落としたのはもっとこう、でっかいヤツで」
「ひとつでは足りぬかえ? ならたくさんあるから、いくらでも持って行くが良い」
「だーかーらー」
「弁天ちゃーん。チカのししゃもはぁ?」
「それはのう、ちと人道上の理由により、他のものに変更願いたいのじゃが」
「そーお? じゃあ、うさぎさーん♪」
「……食用かえ?」
「ううん〜。可愛がるの〜」
にこにこと、千影はあくまでも無邪気である。が、何となくスルーした方がいいような気がして、弁天が頭を悩ませていたところ。
「あれっ? チカのピアス、なくなっちゃったぁ」
黒い翼の美少女は、自分の右耳を確かめて急におろおろし始めた。
「どうしよう。この前お揃いで貰ったばかりなのにぃ」
「まあ大変。恋人とのペアですのね?」
気遣うデルフェスに、千影はううんと首を振る。
「ママ様がくれたのー。チカの飼い主ちゃんとのお揃いなのぉ」
「……飼い主?」
つい猟奇な想像をしてしまった和馬に、シュラインが苦笑する。
「あるじと眷属に似た関係じゃないの? 弁天さんと蛇之助さんみたいな」
「しょうがないのう。池に落としたとも限らぬから、全員総出で捜索するとしようか」
「あのねあのね、10センチくらいのエメラルドでね、細長いの〜。くすん」
++ ++
「ねえ、ピアス落とした人いる? 今、梅の木の根元で見つけたんだけど」
一同が散らばって、文字通り草の根を分けて探しているさなか、しえるは悠然と右手を差し出した。
白い手のひらの上で、シャープなエメラルドが輝いている。
「それ、チカの〜! どうもありがとう」
「大事なものなのね。良かったわ」
「しえる! やっと来おったか。随分と遅かったではないか」
「あのね、私は忙しいの。弁天さまみたいに暇を持てあましてるわけじゃないのよ」
言ってしえるは、花見弁当の包みを解く。
「なんじゃと……お?」
怒鳴ろうとして大きく開けた口に、お重に詰めていた昆布巻きがひとつ、放り込まれた。
……ごっくん。
飲み込んだ弁天の顔が紫色にそまる。額にはびっしり汗が浮いた。
紫から赤に、赤から蒼白に変化する弁天をじぃぃっと見ていたしえるは、やがて大きなため息をついた。
「やっぱ、不味い……わよね?」
「みみみみずー!! 水をよこせーい」
人間形に戻って走ってきた蛇之助がペットボトルを渡し、弁天の背をとんとんと叩く。
ごくごくと水を飲み干してひと息つき、弁天は額の汗を拭った。
「今のは……まさかとは思うが、食べ物かえ?」
「……はぁぁ。頑張って作ったんだけど無謀だったわ。蛇之助、コレ廃棄しといて」
がっくりと項垂れて手渡された弁当を、蛇之助はしっかと抱きしめる。
「そんな。せっかくしえるさんが作ったお弁当を捨てられません! 私がいただきます」
「駄目よ。貴方は絶対に食べないで! お腹壊すわ」
「……ちょっと待てぃ。わらわなら何を食べさせてもいいのか?」
憤慨する弁天を、しえるは横目でちらっと見る。
「そういえば、落としモノごっこをしてたんだったわね。探してもらおうじゃない」
「……いやぁ、無理に参加せずとも良いのじゃが」
凄まじい気迫に、弁天はびくびくする。その襟元を掴んで、しえるは詰め寄った。
「私が落としたのはね、料理の才能」
「そんな、捏造できないものを落とされても」
「りょ・う・り・の・さ・い・の・う。だっておかしいじゃない! 文武両道パーフェクトなこの私が、料理だけ異常に苦手だなんて。きっと才能を落としちゃったに違いないのよ!」
「それを言うなら、ついでに裁縫の才能も落としたかのう」
「とにかくっ、さあ出しなさい拾ってきなさい弁天サマ!!!」
「……おっ、見つかった。こんなところに俺の『グリフォンの羽つき藁人形』が!」
草むらにいた蘇鼓が、緊張をぶった切って大声を上げた。
金褐色の羽根をひらひらさせた藁人形を握りしめ、しえるを見やり、ついで蛇之助を見る。
「んなこと気にすんな。大した問題じゃないだろう。メシくらい彼氏に作らせてやれよ。なぁ?」
お重を抱えた蛇之助は、こくこくと何度も頷いた。
弁天の襟元から手を離したしえるは、その様子にくすりと笑う。
「……そうね」
++ ++
うっすらと光の筋が差し込む水底で、ブルームーンストーンのピンブローチは、埋もれた遺物たちの悩み相談に乗っていた。
バブル全盛期に買われて贈られて捨てられた、カルティエのリングやティファニーのネックレスやブルガリのブレスレットたちは、バブルがはじけてからもずっとこの場所から離れられずに、それぞれ思うところや訴えたいことがあるようだった。
「そうだねー。別れたからって、何も捨てなくてもいいよね。アクセサリーに罪はないんだから」
「でしょ〜? いらないんだったら、質屋に持ってくとかリサイクルショップに売るとかすればいいじゃい」
「ねー。そしたら他の女の子に買ってもらってさ、もうひと花咲かせられるのに」
「でもねー。何人もの男のひとに同じリング買ってもらって、ひとつだけ残して他は質屋に持ってくコ、いたなー」
「みんな、辛い思いをしてきたんだね」
雰囲気に馴染んだ月弥が、すっかり聞き上手になったころ。
ようやく、捜索の手が届いた。
「月弥くん。月弥くーん? どこですか〜?」
桜色の小魚が、声を張り上げて必死に泳いでくる。
「あれ? 君は」
「ご挨拶がまだでしたっけ。ミヤコタナゴのみやこと申します。今日は鯉太郎くんのアシスタントを務めさせていただいてます」
「そうなんだ。どうもありがとう。……このまま、見つけてもらえないかと思った」
みやこの尾ひれに引っかけてもらい、ピンブローチは水底を脱した。リングとネックレスとブレスレットが、弁天への土産として救出されるのは、それから1時間後のことである。
++ ++
「そうそう、鯉太郎クンに是非探してきて欲しいモノがあるんだけど」
「なんふぁ?」
しえるに聞かれ、鯉太郎は抹茶生大福を頬張ったまま返事をした。
客人11名が揃ったところで、一同は小休止中である。
お茶会タイムの前ではあるが、祇紀が差し入れてくれた茶菓子を鯉太郎が食べたいと言い出したため、弁天橋付近にベンチを並べ、蛇之助がお茶を運ぶことにしたのだ。
「『弁天サマの慈愛に満ちた広〜い心』よ。池のどこかに沈んでない?」
「ないと思うひょ」
「捜索してよ。世界平和の為に!」
「しえる! おぬしはそんなにわらわとバトルがしたいのかや?」
弁天が怒りのオーラを立ち上らせて、べきぼきと指を鳴らしたとき――
ざざざざーん。
水面が異様に盛り上がったかと思うと、ふたつに大きく割れる。
中から現れたのは――金色の鱗も眩しい、ドラゴンだった。
小山ほどの大きさのドラゴンは、しかし戦闘意欲はないらしく、自分が何故ここにいるかも判らなさげにきょろきょろしている。
「デュークさん、ではありませんわね」
おっとりとデルフェスが言い、シュラインは指先を顎に当てる。
「違うわね。公爵さんは一つ目だもの。このドラゴンは三つ目……ということは、もしかして」
「出おったな。光のドラゴン、ゲオルク・ヴュッセル!」
戦闘モード全開で、弁天は片手を伸ばす。池の水が竜巻さながらにうねり始めた。
「あ。そっか、しまったぁ。『異世界に通じる鏡』の失敗作を池に落としちゃったから、エル・ヴァイセのゲートが開いたんだ」
ハナコは肩をすくめ、変身ポーズを取った。
「戦う気はなさそうだから、ちょっと脅かして追い返すか。弁天ちゃん、あんまりいじめちゃだめだよ?」
++ ++
「オオゥ! トレビァーーン! 何て勇ましい女王様! 象さんも素晴らしいですゥ♪」
弁天と世界象に恐れをなし、光のドラゴンはあっさりとエル・ヴァイセに帰還した。
その間、一同は何事もなかったように大福を食べ、お茶をすすっていた。
ただ、リュウイチだけはハイテンションになったあまり、弁天橋に身を乗り出していたのだが。
「おい、気をつけろよ。そんなに池の近くに行くと落ち」
………どっぼーーん。
和馬が注意している最中、リュウイチは落ちた。
よりによって、和馬の足につまずいて。
「あらら」「落ちたのぉ?」「落ちたようですわね」「落ちたね」「落ちられてしまわれたか」「落ちちゃいました」「何も落とさなくても」「落としたがったな」「おや……。今、リュウイチさんが落ちた気配が」
9人から突っ込まれ、和馬は顔面蒼白である。
これからの展開がどうなってしまうか、想像できたのだ。
ほーほっほ、と、弁天の高笑いが響き渡る。
「これ、和馬。おぬしが落としたのは、この赤のリュウイチか、それともこの青のリュウイチか。ピンクか黄色か緑か」
「なんで5人もいるンすかー!」
「出血大サービスじゃ。好きなのを選ぶがよい」
「選べませんよォ。俺が落としたのはピンクの……でいいんだっけ? あれ?」
「よくぞ正直に申した!」
「いや、あの、ですからね」
「全員、おぬしのものじゃ! まるっと持ち帰るが良いぞ」
5色のハート型エクトプラズムが、うにょーんと和馬を取り囲む。
――それはそれとして、小休止はほのぼのと続いていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1252/海原・みなも(うなばら・みなも)/女/13/中学生】
【1533/藍原・和馬(あいはら・かずま)/男/920/フリーター(何でも屋)】
【1883/セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)/男/725/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【2181/鹿沼・デルフェス(かぬま・でるふぇす)/女/463/アンティークショップ・レンの店員】
【2269/石神・月弥(いしがみ・つきや)/無性/100/つくも神】
【2299/有働・祇紀(うどう・しき)/男/836/骨董屋店主/剣の付喪神】
【2617/嘉神・しえる(かがみ・しえる)/女/22/外国語教室講師】
【3678/舜・蘇鼓(しゅん・すぅこ)/男/999/道端の弾き語り/中国妖怪】
【3689/千影(ちかげ)/女/14/ZOA】
【4310/リュウイチ・ハットリ(りゅういち・はっとり)/男/36/『ネバーランド』総帥】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、神無月です。
この度は、即席「泉の女神」による「金の斧 銀の斧」ごっこにご参加くださいまして、まことにありがとうございます。
皆様、それぞれユニークなものを落としていただき(WRが勝手に落としたものもありますが)、にぎにぎしい展開と相成りました。
長文ぶっちぎりになったため、個別部分を分割しようかとも思ったのですが、大勢でのにぎわいも捨てがたく、わいわいがやがや錯綜したままの状態で、どーんと行かせていだたくことにしました。
今回も、失礼して粗品やら引換券やらをお持ち帰りいただいております。今後の怪談ライフのお役に立てば(……立つのか?)本望でございます。
□■シュライン・エマさま
さすがはシュラインさま。うっかり落としものをすることはないご様子。なのにお付き合いくださったばかりかケーキまで焼いて来てくださって。ありがとうございました〜。
□■海原・みなもさま
金銀のみなもさま、可愛いですね。このあと、どういたしましょう〜? お父様におまかせして宜しゅうございますか?
□■藍原・和馬さま
おおおお疲れさまです〜。今回、一番の受難をこうむられた気が(……いつも?)。あわわわ、すみません〜〜〜。
□■セレスティ・カーニンガムさま
こちらの異界では初めまして! 弁天も申しておりますが、初めての気がしないばかりか、ずっと以前からの知古だったような……。水晶玉は、無事に見つかったかと。はい。
□■鹿沼・デルフェスさま
デルフェスさまにはいつもお気遣いいただいて(感涙)。置き場所に困るかとは思いますが、粗品を包ませていただきました。ご笑納くださいまし。
□■石神・月弥さま
お迎えに行くのが遅れまして申し訳ありません(笑)。おかげさまでバブル時代の遺物も(一部ですが)報われました。
□■有働・祇紀さま
髪飾りをありがとうございました! 相変わらずのさらりと渋いそつのなさに、乙女心(……誰の?)がドキドキです。
□■嘉神・しえるさま
いやいや、お料理やお裁縫くらい、しえるさまが出来なくても無問題でございますよ。誰かにやらせましょう(笑)。
□■舜・蘇鼓さま
アイテムをご使用いただき、ありがとうございます〜! せっかくですので、バージョンアップ版をお返し申し上げました。
□■千影さま
ご来園ありがとうございます! ししゃもならぬミヤコタナゴがちょろちょろした回でございました。魚系NPCは、こう、千影さまに心惹かれるようでございます。
□■リュウイチ・ハットリさま
初めましてー! リュウイチさまのご活躍を、いつも物陰から楽しませていただいてました。勝手にリュウイチ戦隊を作成してしまったことを、お詫びしながら後ずさり(書き逃げかい)。
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