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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


人喰いの鬼
 
 
「明日美、大変。また出たんだって!」
 朝、教室で顔をあわせるなり朝比奈麻衣が言った。「また出た」というのは、最近学園内に出没している「人喰い鬼」のことだ。誰が人喰いと言いだしたのかは分からないが、人間が被害にあったという話を明日美は知らない。聞くのは猫や犬といった動物ばかりで、(大変には違いないけど)麻衣のように騒ぐほどではないと思うのだけど。
「それで今度はなにがやられたの? ペットの子豚?」
「なに呑気なこと言ってんの! 今度は三年の先輩だってば」
「えっ?」
「先輩たちが有志を募って鬼退治しようとして、逆に返り討ちされたんだって。命に別状はないみたいだけど、一人は腕を食い千切られたって大騒ぎになってるよ!」
 嫌な予感がした。深刻な事態だというのに麻衣の表情はどこか楽しそうだ。
「……もしかして変なこと考えてない?」
「分かる? こんな面白そうなこと放っておくなんて勿体ないじゃん」
「危ないって。今度は大怪我だけじゃすまないかもよ」
「ヘーキヘーキ。なんとかなるっしょ」
 この根拠のない自信はなんなのだろう、と明日美は呆れて溜息がこぼれてしまった。それに問題の鬼がどこにいるのかも分からないのに……。
 
 
 変だ。すばるは思った。
 今、世界を変容させるほどの超常現象が神聖都学園から派生しつつある。その調査及び排除を極秘に行うのがすばるの使命で、そのために転校生として学園に潜入している。
 この学園はある種のワンダーランドで、すばるの超定番汎用装備ドリルハンドすら、ほぼ無条件で受け容れられる希有な環境だ。同時にそれが超常現象への対策が遅れる原因になっている感も否めないが。
 だが、──と、話は戻る。変だ、とすばるは思っていた。
「人喰いの鬼」は、調査の途中で生徒から聞いた話だ。連続する動物傷害はすばるも気になるところである。しかし、いずれの事件も噂の範疇から出ていないのは、何かがあるからではないか。まずは事実のみの把握をしなければ。
 ふと前を通りかかった教室から声が聞こえてきた。
「というわけなんだけど」
「……ほんとに二人で調べるつもり?」
 教室の中には三人の少女がいた。どうやら事件のことを話しているらしい。
 すばると同じくらい小柄の少女が、思い詰めたような声で、
「二人が調べるのはあまり賛成できないけど、どうしてもっていうのなら、あたしも一緒にやらせて」
「そうこなくっちゃ」
 茶髪の少女が指を鳴らす。
「まず、情報収集から始めなくちゃね。実際になにが起きているか、噂の出所とか、あとは──」
 さきほどの少女がすばると同じ考えを口にして、つい三人に声をかけてしまった。
「その話、すばるも混ぜてほしいのだ」
 亜矢坂9すばるなのだ、よろしく。と自己紹介も忘れない。
「あ、月夢優名(つきゆめ・ゆうな)です。こちらは上原明日美さんと朝比奈麻衣さん。あたしだけが二年で、二人は一年です」
 よろしく、と二人も頭を下げた。
「すばるも、あなたたちが調査するのは賛成しない」
「……やっぱり」
「しかし、止めても無駄ならすばるも同行するのだ。一緒のほうがもしなにかあったとき保護しやすい」
「ありがとうございます。うちの麻衣のワガママで迷惑かけますけど、よろしくお願いします」と明日美。
「なにその、『うちの』って。いつからあたしゃ明日美のものになったのさ」
 明日美と麻衣のやりとりに優名はクスクスと声をたてて笑い、無表情なすばるは、少女たちの輪に入れず少しだけ浮いていた。
 

 どっちなんだろう、と優名は考えていた。
「人喰いの鬼」の正体が本当に鬼なのか。もしも本当に人を喰らうものならば、その前に止めたいし。「人喰いの鬼」を騙っているだけならば、人でないものに罪をなすりつける方法は許せない。
 四人がまず向かったのは新聞部の部室だった。被害に遭った動物がどのような状態だったのか、なにかしらの情報が得られるんじゃないのか──というのは優名のも意見だった。
 麻衣や明日美が用件を話すと、
「うーん」
 部長の男子生徒は複雑な表情をした。「人喰いの鬼」のことは新聞部でも取材はしているらしい。これまで被害が動物に限られていたので、校内新聞ではほとんど取り扱われなかったのだが。
「何枚か写真はあるよ。見て気持ちいいものじゃないし、女子にはあまり薦められないけど、それでも見る?」
「もちろん」即答したのは麻衣。
「さっさと見せるのだ」とすばる。
 一瞬遅れて、明日美と優名が躊躇いがちにうなずいた。
 やれやれ、と呆れたふうに肩をすくめた部長は、書棚に整理されているクリアフォルダを取りだし、数枚の写真をテーブルの上に並べた。「嫌っ」と声をあげて顔を背けたのは明日美。
 ──「ひと」の仕業とは思えなかった。
 大型犬の腹が大きく剔られ、身体から飛びだしている腸は何者かに食い千切られた跡があった。頭は半分欠け、胴体から切り離された二本の脚が無造作に転がっている。似たような写真が(犬や猫といった違いはあるものの)何種類もある。
「……これって人間の仕業?」
「このくらい、すばるには余裕で可能だ」
 声を震わせる優名に平然とすばるが言う。それを聞いて、優名は思い直した。そっか、人間かどうかというのは、意味がないのかも。特殊な力をもつ「ひと」も多いのだし。
「動物の加虐ってのは全国規模でも結構あって、今のところ、犯人が本当に鬼なのかどうかは断定できない状態なんだ。いろんな連中がいる神聖都だと特に」
 それが写真部や化学部などと共同取材した結論なのだという。
「でも、三年の有志のことは、俺らもまだ取材していないから、そっちから当たっていくといいかもしれないよ」
 
 
 次に訪れたのは高等部の保健室。
 傷ついた三年生が応急処置のため立ち寄ったのではないか、と考えてのことだった。聞くと、やはり保健室にきたらしい。
「さすがに、わたしも驚いたわ。血まみれで、切断された腕を抱きかかえて駆けこんできて、『先生助けて』って。保健室でどうにかなるレベルじゃないから、すぐに大学病院に連れていったけど──」
「そんなことより切断面はどうなっていたのだ?」
 興奮気味に話す養護教諭の言葉をさえぎって、すばるが冷静に質問する。
「切断面? 鮮やかだったわ、とても。そうね、まるで中華包丁で野菜をスパンと切ったような、そんな感じ」
「なるほど」
「あ、あの。それで、その先輩は、どうなったんですか?」
 おずおずと優名が聞く。命に別状はないといっても、片腕が切断する大怪我だ、どうなったのか気になってしまう。
「大丈夫よ。縫合手術でつながったって。さっき電話があったわ」
「そう、なんですか。よかったあ」
 ホッと胸を撫でおろした。優名だけではなく、明日美の表情にも微かに笑みが戻っていた。相変わらずすばるの表情は読めないけれど……。
「ここでの用は済んだ。あとは本人から聞いたほうが早い、と思うのだ」
「そうかもしれないわね。しばらく大学病院に入院するって聞いたわよ」
「じゃ、さっそく行ってみるね。先生ありがとー」
 ひらひらと手を振って麻衣たちは保健室をあとにした。
 
 
 学園都市と呼ばれても不思議ではないほど巨大な敷地面積と、充実した施設がそろっているのが、この神聖都学園。その気になれば衣食住を学園内でまかなうことも可能で、事実、寮住まいの大半の生徒はそうしている。
 もちろん神聖都学園の大学病院も同じ敷地内にある。
 受付で病室を聞き、部屋を訪ねると六人部屋にひとり、腕をギプスで固定した少年がベッドに横たわっていた。
「何の用?」
 事情を説明すると彼はつまらなそうに、ぽつりと一言、
「たぶん無駄だよ」
「なんで? あたしらじゃ役不足ってわけっ?」
「その日本語は間違ってる。……いや、すばるたちで軽々と問題解決すれば間違ってないことになるのか」
 難しいな日本語は、とぶつぶつ言っているすばるの横で、優名と明日美が声をたてて笑い、なにがおかしいのか分からないのか麻衣と少年が首を捻っている。
「とにかく、なんで無駄になっちゃうのさ。あたしらで事件解決しちゃうかもでしょ?」
「もう他の人に依頼してあるんだよ。きみたちみたいな頼りない女じゃなくて、ちゃんとした専門家に」
「……確かに頼りないかもしんないけどさ」
「うん、頼りないよね。あたしもそう思う」
 口を挟んだのは優名だった。
「でも、考えてみて。今この瞬間、あなたの大切なひとが『人喰いの鬼』に襲われているかもしれない。依頼したひとも間に合わないかもしれない。あたしたちは頼りないけど、ほんの少しは何かの役には立つかもしれなくて。でも、それはあなたの協力が絶対に必要なの。あなたが黙っているせいで、大切なひとが傷ついちゃう、そういう後悔をしても、いいの?」
「……分かったよ」
 観念したように少年はつぶやいた。
 
 
 病院を出てすぐのことだった。
「しばらくここで待っているのだ」
 そう告げたすばるは忽然と姿を消してしまった。
 実際には忽然と消えたわけではないのだが、三人の目にはそう見えた。どうなっているんだろう、と口々に話していると、
「お待たせ、なのだ」
 何事もなかったように背後からすばるが現れた。ますます状況がつかめなくて麻衣が、
「なにをしたの?」
「鬼退治用の装備を取りに行ってたのだ。ついでに警察から情報を取得してきたのだが、そちらの結果は芳しくなかった」
「?」
 やっぱり理解できなかった。
「ま、難しいことはいっか。とりあえず現場に行ってみよ?」
 少年から得た情報では、襲われたのはキャンパス内にある桜並木でのことだったという。その付近には植物園が設けられてあれば、農学部が利用している広大な農場がある。
 四人が桜並木に足を踏みいれると、
「──おい」
 木の上から声をかけられた。と同時に、細身の青年がそこから飛び降りてきた。
「こんなとこで何やってんだ。ここは危険だから──」
「なんだ、谷戸和真(やと・かずま)ではないか」
「あんたは──ってフルネームで呼ぶなよ。長ったらしいから」
 和真と呼ばれた青年は脱力したように溜息をこぼした。
「知り合いなんですか?」
「以前、一緒に仕事をしたことがあるのだ」
 ということは、和真が依頼を受けた専門家なのだろう。「仕事」という単語から事情を察したのか、和真は呆れ顔で、
「こういうことに素人が首を突っこむのは危険だぜ。ただでさえここには俺の仕掛けた──」
「ちょうどいい。谷戸和真も手伝うのだ」
 話を聞かずにすばるが奥へ進んでいく。あくまでマイペースに。
 
 
 和真の話によると「人喰いの鬼」はこの近辺を根城にしているらしい。
 そして今、そこらじゅうに捕獲・束縛系の霊符を貼り巡らしてあるのだという。鬼の気に反応するものなのだが、無闇やたらに動きまわるのは危険が伴ってしまうとのことだ。
「なんでそんな面倒なことをするのだ」
「いろいろあるんだよ」
 ぶっきらぼうに和真は吐き捨てた。こっちにはこっちの事情があるんだ、と。
 と、そのとき。
 ぎゅるるるる……。
 くぐもった声が聞こえてきた。五人が桜並木を通り抜けると、そこに「鬼」がいた。見えないネットに引っかかったように、「鬼」は地面に張りついて動けそうにない。
 全身は赤く、小柄な優名やすばるよりも一回り小さいサイズの「人間」のようにも見える。額から生えている角と、口許からのぞく牙、そして異様な長さの爪がなければ。
 ぎゅるるるる……。這ったままで鬼がこちらを睨んでいる。
「あれ、言葉が通じる相手だと思う?」
 誰に聞くわけでもなく和真が言う。
「たぶん、無理だと思います」と答えたのは優名。
「だよなぁ」
 頭をかきながら鬼に近づく和真に、すばるが大声で(けれど淡々と)言う。
「不用意に近づくのは危ないのだ。そいつの爪は中華包丁で、人の腕が野菜なのだ」
「何いってんだか分かんねーよ」
 思わず苦笑する和真。
 和真を眼前にして、鬼の声はさらに低くなった。絡まったネットから抜けださんばかりに身体を捻り、爪を立てる。苛立つように咆哮し、地面を蹴る。しかし、鬼はそこから動けなかった。
 和真は手にしていた刀を抜き、
「わりぃな」
 それを一太刀──。
 
 
   ※   ※   ※
 
 
「すばるの出番が全然なかったのだ」
 魅せ場を和真にとられてしまったすばるが、ぽつりと言った。
 人の腕を鮮やかに斬り落とす爪がある鬼相手に、中・遠距離用の装備をいろいろ整えてきたのに、まったくの不完全燃で終わってしまった。
 そして、納得できないことがもう一つ。
「なぜ、あの鬼を始末しなかったのだ?」
 そう、和真は鬼を殺したわけではなかったのだ。
「いろいろ事情があんだよ」
「それで、その鬼はどうするのだ?」
「無人の山にでも還そうかと思ってる」
「そうか」
 ほかにも腑に落ちないことが幾つかあったが、すばるが抱えている使命に比べれば、それは些末なことなのかもしれない。深く考えないことにした。
「じゃ、俺はこの辺で」
「うむ。また会おう、なのだ」


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2803 / 月夢優名 / 女性 / 17 / 神聖都学園高等部2年生】
【2748 / 亜矢坂9すばる / 女性 / 1 / 日本国文武火学省特務機関特命生徒】
【4757 / 谷戸和真 / 男性 / 19 / 古書店・誘蛾灯店主兼祓い屋】

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■         ライター通信          ■
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はじめまして、すばるさん。ライターのひじりあやです。
今回は参加してくださってありがとうございます。すばるさんの設定は読んでてすごく楽しかったのですが、その楽しさが作品にだせたかなあと思うと、全然できなくて冷や汗ものだったりします。
正直すばるさんをもっと活躍させたいなぁ、と色々アイディアを膨らませていたのですが(装備にまつわるギャグとかも考えてたんですよ)、一緒に参加した二人のプレイングが綺麗で、微妙な扱いになってしまったような気がして心苦しく思ってます。ごめんなさい。
でも、すばるさんを書いていて楽しかったのは本当です。次の機会があれば、今度は存分にすばるさんの設定を活かしたいなぁ、と思ってます。
今回は本当にありがとうございました。また、いつかどこかでお会いしましょう。