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<白銀の姫・PCクエストノベル>


闘争への銃唄
 城塞都市全体を揺るがす振動に、誰もが動きを止める。
「南門付近にモンスターの襲撃です」
 付近にいたNPCの定められた台詞に一人勝手に礼を言いながら、そそくさと荷物をまとめて席を立つ。無銭飲食は流石にさせてくれないのだろうから適当な金額をカウンターの上に置き、都市に二つしかない門の内の一つ、南門へと駆け出していった。
 兵装都市ジャンゴに来てから日は浅い。装備品を買うよりも先に買った地図を手に、重い鎧を五月蝿くガシャガシャと音を立てながら南門へ向かう。予想外のことに命の危機を感じ逃げているのか、それともただの仕様なのかは定かではないが、逆走してくる一般人とすれ違いながら足を進めると、漸く巨大な外壁が姿を現した。
「プログラムミス……か?」
 通常はモンスター襲来と共に閉められる門は、その日確かに開いていた。
 既に門の周辺には“勇者”が何人もいて、緊迫した面持ちで事態を眺めていた。それもその筈で、この外壁が破壊された時点で全てがゲームオーバーなのだから。
 初心者は先輩方に倣ってみる、というよりもむしろ戦闘慣れしていないが故だが、ギコチナクも周囲に視線を走らせてデータを収集にかかる。
 敵はアサルトゴブリン。その数――数十、或いはそれ以上。群れを指導する上級モンスターの姿が見当たらないのは幸いだが、身を隠しているだけにすぎないかもしれない。いずれにせよ、気を抜けないということだ。
「……それでは、行きますか」
 これはイベントバトルでもない、本当のバトル。予測し得ないバグ。死んだら終わり、ということには“勇者”だからないにしろ、聞いた話によれば死に続けることは「恐ろしい感覚」だという。それでも戦闘に向かうとはどういう気持ちなのか、ただ単に知るためにそこに立っていた。
 モンスターは一歩一歩こちらへと近付く。その手にしている小銃が外壁へと発射され――。

 糸が切れたように戦闘が開始された。

 構えは下段。
 袈裟斬の一閃で、敵は血飛沫を上げて体を真っ二つにされる。
 切れ味は最高。
 ついでに言わせてもらえば、気分は最悪。
 手応えの全くないゴブリンを切り刻みながら、佐伯正は前進を繰り返していく。周囲には自分らと同じ“勇者”が、各々の武器を手に闘いに興じている。これじゃあPCもNPCも違いが分からないな、と上の空で考えながら、正はもう一度刀を振り下ろした。
 手応えは、あまりない。
「……弱っ」
 これでは相手をしているこちらの刀が、ただただ錆び付いていくだけに近い。懐紙で血を拭き取るという優雅な真似をしていくつもりも、こちらには甚だ存在しない。切り上げた刃先を振り下ろすその仕草で、血は粗方拭えていた。
 あまりにも単純明快な動作。
 アサルトゴブリンの行動こそ単純ではないのが救いだが、それもバグの一つだという話を耳にした。通常の場合において敵は一定のHPを持ち、受けるダメージは確率変動によってある程度左右される。クリティカルすれば、時には一撃で仕留めることも可能「だった」。だが、今回はそれも適わないのだ、と。つまりは完璧に「実力勝負」である面が強いのだということなのだろう。
 ふと、同時に門を出た仲間の面々を見やる。NPCとしてこの場に配置されている人間は、どうやら殆どいないようだ。バグで現れたゴブリンは、通常の戦法では歯の立たない相手だ。通常の戦法しか持ちえないNPCらが勝てる確率は、それこそ万に一つあるかないかだ。
「でも、問題なのはそういうことじゃないでしょうね」
 耳へと直接語りかけるような声に、正は足を止め振り返る。集団から外れぽつりと立ち尽くす中、彼は自身より幼い少女を見つけた。
「問題なのはバグの理由。発生すべくして発生したのがバグ。プログラムミスだとしたら、これは今までも繰り返し起こってきたことなのだろうけど、どうもそうではないみたいね」
 同じ声。どうやら先程の声も、彼女のもののようだ。
「……」
 どう思うか。視線がそう語る。正は周囲を見渡して、自分らが前衛陣から既に遠くに離れてしまったことに苦笑した。ゴブリンとの戦闘では集団対集団ならまだ何とか対処が可能なのだが、早く追いつかないと前衛らの逃したゴブリンに殺されてしまう可能性が高くなってしまう。
「反応なしってことは、あなたもNPC? その割に私の言葉に反応したなんて、これもバグの一種なのか?」
「……俺はNPCじゃない」
「そう」
 少女はササキビクミノと名乗った。話をしても良いか、との問いに、丁度戦闘に飽きていた正は快諾した。追いつくのも、面倒になってきたところだった。
「で、バグの話だよな」
 バグ、というものは、プログラムを記述し実際に起動してみる際には非常に厄介な問題となる。単純な計算であっても、例えば0.0という数字を記述してみても内部では0.0……1という僅かではあるが異なるものとしてインプットされる。そしてそれは、致命的なミスを引き起こす可能性が多々あるという。
 今までの例ではない。でも、今回はある。それが、奇妙。
「あくまで仮定だが、『起こりうることのありえない』事例が起こったんじゃないか? それに対処出来なくなって、予想外のバグが発生した、とか」
「『起こりうることのありえない』可能性。……ということは、外部からの介入があった、とか」
「或いは内部から」
「内部?」
 言ってしまった手前、どう意味であるかと例示を出そうとした正は、だが上手く言葉に出せないことに困惑した。だが意を得たように、クミノが頷いた。
「なるほど、女神、か」
 女神の外内部への介入が更なるバグを生み、影響を与えている。
「だとしたら、他にも予定外のバグはあるという訳だよな」
 正は刀を構えて、正面を見つめる。訝しげなクミノの視線に、正はアゴで指し示した。
「ただのプログラムだったら、予想外のことにはある程度対処は出来るだろう。が、自立した意思を持ったモノが動き始めたら、対処の方法は限られてくるだろうな」
「その最終手段しか残されていないガキが、どうにか正常に戻そうと足掻いているという始末か。……厄介だな。加えて稀に見る時空の歪みも、或いはそのような理由なのだろうな」
 クミノも剣を正眼に構える。切っ先は一歩ずつ迫り来るゴブリンへと、確かに向けられていた。顔付きは真剣味を然して帯びたものではなかったが、斬り付けることに全くの躊躇いは感じられなかった。彼女の口振りに、正はどういうことかと視線だけで問いかけた。
「鈍い、な」
 苦笑気味な声に、正は今度は言葉にして問い直した。
「ゴブリンの出現方法が奇妙だと思わなかったのか? ここいら一帯は彼らの生息地域ではないからな。どこかで発生した時空の歪み……これがバグというやつだ、によって、こちらへと流れてきたのだろう。そして、起こりえる筈のない強制イベントを引き起こすというバグを起こしている。さて、ここで問題だ。こここで、門が突破されればどうなる?」
 子供に易しい問いを投げ掛けるように、クミノは正に訊いた。剣先を玩びながら、正は答える。
「バグの連鎖。……そして最終手段、プログラム自体の破壊ってとこだろうな」
 ゴブリンまでの距離はもはや数十メートルにまでに縮まっている。
「さあ、無駄話は以上だ」
「そうだな。これからは明解な刃と刃のぶつけ合い、ってのがお似合いだな。難しいのはどうも、苦手だ」
 単純な答えを導き駆け出した男を視界の正面に納め、
「……確かに、時にはそういうのも、楽だな」
 少女も援護へと戦闘の準備を続けた。
 異能の力らが命を刈り取り、その血で場を生臭いものへと変える。その臭いに口端は知らず三日月を象り、異形のモノらの悲鳴が木霊した。





【END】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【5056/佐伯正/男性/25歳/ボディガード(裏家業で払い師)】
【1166/ササキビクミノ/女性/13歳/殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

数十匹のゴブリン対十数人の“勇者”。
戦闘主体の話の中、「バグの原因」をメインに書かせていただきました。
一体どこからがバグで、どこまでがバグか。
女神達が自我を持ち始めたことからか。
或いは、もっと他の何かなのか。
定義の区分は恐らく、もっと根本的な部位にあるのかもしれません。
そのカケラが、“これから”明らかになれればと思っています。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝