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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


バーチャル・ボンボヤージュ

新企画・モニター募集中。
「一言で言ってしまえば海賊になれますってことですね」
発案者である碇女史ならもっとうまい言いかたをするのだろうが、アルバイトの桂が説明すると結論から先に片付けてしまうので面白味に欠けた。
「この冊子を開くと、中の物語が擬似体験できるようになってるんです」
今回は大航海時代がテーマなんですけど、と桂は表紙をこっちへ向ける。大海原に真っ黒い帆を掲げ、小島を目指す海賊船のイラストが描かれていた。どうやら地図を頼りに宝を探している海賊の船に乗り込めるらしい。
「月刊アトラス編集部が自信を持って送り出す商品ですから当然潮の匂いも嗅げますし、海に落ちれば溺れます」
つくづく、ものには言いかたがある。
「別冊で発刊するつもりなんですが、当たればシリーズ化したいと思ってるんです。で、その前にまず当たるかどうかモニターをお願いしようというわけで」
乗船準備はいいですかという桂の言葉にうなずいて、一つ瞬きをする。そして目を開けるとそこはもう、船の中だった。

 嵐というものは、海にのみ現れるとは限らない。陸の上にも、建物の中にもある。人の心にだって嵐は起こり、それに襲われると大抵の人は混乱し、わけがわからなくなる。しかし月宮奏は、そういった喧騒の中にあって己を冷静に見つめる術を知っていた。
「サラダの盛りつけは終了しました。スープの具合はどうですか?」
「あと十分、いえ五分で」
「十分かけて構いません。その代わり、弱火でじっくり煮込んでください」
「はい」
「肉の仕込み、終了しました!」
「人数分、ちゃんと確かめましたか?私が見たところ二枚足りないようですが」
「あ・・・・・・すいません!」
夕食の鐘はあと十分で鳴る。調理場の中は戦場も同じだった。特に今日は、船員たちから豪勢な夕食を期待されている。なぜなら今日は航海の目的だった宝島を発見し、宝箱を船に積み込んだ祝いの宴が開かれるからだ。
 それなのに、こういうときに限って下らないミスをやる。新入りが大皿を割ったり、ベテランのはずがふっと目をそらしたすきに包丁で指を切ったり、もしくは貯蔵庫をネズミに襲われていたり。
 慌しく走り回る男たちの中に混じって、頭一つ小さな奏はひたすらに冷静な声で指示を飛ばした。弦楽器を弾くような、凛とした声が、男たちをはっと我に返らせるのだった。
「落ち着いてください!落ち着いてやれば、必ず間に合うのです!」
警察官が渋滞の交通整理をするように、奏はオーケストラの指揮棒を振るように、料理人たちの混乱を鎮め導いていく。そして、彼女のおかげで無事、時間内に料理の下ごしらえは完了したのだった。
「これで、あとは肉だけですね」
肉は、焼きたてを振舞うために水夫たちが集まってから焼くことにしていた。みんなで互いの顔を見合わし、頷きあったそのとき食事の鐘が鳴った。
 ・・・・・・ところが、それから五分経っても、十分経っても、誰一人食堂に下りてはこなかった。大食らいの連中ばかり揃っているのに、おかしかった。
「なにか、あったのでしょうか?」

 料理人たちが走り回っていた食堂は大きな船の船室内一番奥、船長室のすぐ手前に作られている。甲板へと続く階段までは廊下を伝って遠く、上で起きている事態に気づくことは難しかった。
「命が惜しかったら、全員武器を捨ててそこに並べ」
奏の乗っている船は国家公認の正式な海賊船である。国王から指令を受け不法な海賊たちを淘汰したり、彼らが商船などから強奪し隠した宝を取り返したりするために働いている。
 もちろん、この活動を快く思わない海賊も大勢いる。そんな不届きな連中によって奏の船は襲撃、包囲されていた。一隻の周りに四隻、そこから下りてきた海賊の数は凡そ五十。皆手にナイフだの短銃だの武器を構えて、数を頼りに制圧しようとしている。
「お前らがあの島を狙ってるってことは、情報が入ってたんだよ」
「さては、罠だったんだな。考えてみれば宝箱が重すぎた」
銃口を後頭部につきつけられた船長が、不快を満面にうめいた。恐らく、宝箱の底半分に土を詰め、カモフラージュしていたのだろう。調べておかなかったのは不覚だった。
「あんたたちにはここで海に沈んでもら・・・・・・」
「そうはいきません」
海賊の言葉を遮る、奏の声が甲板に響いた。舳先のほうからである。敵も味方も、全員が一瞬声のほうへ気を奪われた。その隙をついて、さらに奏が叫ぶ。
「今です!」
奏の合図で、甲板の一段高いところに潜んでいた二人の料理人が、大鍋で煮込まれた大量のスープを敵の頭の上へぶちまけた。ぐつぐつに煮えた人参や玉葱、ベーコンを浴びて海賊たちが騒ぎ出す。熱さのあまり海へ飛び込む者もあったが、傷口に塩を塗りこまれるようなものですぐに浮かび上がって悲鳴を上げていた。
「誰だ!」
「この船の料理人です」
動揺する海賊に、奏はきっぱりと言い放つ。その声の主が幼い少女であることに侮りの表情を浮かべる者もいたが、その男には容赦なくぺティナイフが飛んだ。
「この船は今から夕食を取る予定です。あなたがたの分はありませんから、お引き取りください」
そうでなければ、と奏は続ける。
「あなたがたを、料理して差し上げますわ」

 最初の奇襲でスープを浴びせたのは正解だった。なぜなら、それによって短銃のほとんどが濡れて使えなくなってしまったからだ。これによって、敵の戦力は半減し戦いのほとんどは接近戦となった。
 敵味方、身近なところで相対する場合は小柄な者のほうが体の自由が効いて、絶対的に有利である。奏は素早い動きで人と人の間を走り抜け、すり抜けざま手の内に挟んでいた鋭いステーキナイフを敵の利き腕めがけ的確に投げつける。ナイフがなくなればフォークもあった。さらに奥の手として、使いたくはなかったが愛用のよく研いだ包丁セットもある。
 人を肩書きや見かけで判断してはいけない。料理人というのは常に刃物や火など、危険を相手に仕事しているため、その扱いにも慣れている。なまじ、慣れすぎているためにさらに危険なものに仕立て上げることもできた。
 若い料理人から充分に熱せられたフライパンでしたたかに殴られた海賊は、肉を焼くために火にかけておいたのである、痛いのと暑いので即座に失神した。秘蔵の香辛料を目潰しに使った料理人もあった、その被害者はその後片目を潰したらしい。そうしている間に、捉えられていた味方たちも海賊の落とした武器を拾って、反撃に転じた。
「皆さん、これが終わればご馳走が待ってますよ!」
「食事の前に運動、健康的な生活だ!」
誰だかわからないが、冗談を飛ばす余裕も出てきたらしい。奏はクスリと微笑むと麺棒で敵の振り下ろしてきた剣を受け止め、はね上げた。弓なりの形をした剣は海賊の手を離れ、頭上高く回転しながら飛んでいく。それを見た奏は、剣を失った海賊の膝、肩、頭を階段のように踏みつけて駆け上り、追いかけて飛び上がった。
 飛んだ瞬間、奏のポケットに入っていたハーブがこぼれ落ちた。これは、肉を焼いた後の付け合せに載せるつもりだったのである。しかしその緑色の葉は、再び海賊たちの視線を奪う。我に返ったときには、奏が敵側の船長の鼻先に、空中で捕まえた剣をつきつけて立っていた。
「・・・・・・」
襲撃した側の敗北は、決まっていた。
「おかわりは、いかがかしら?」

 無法者の海賊を捕えるのも、正規の海賊の使命である。船の中には監禁用の牢屋も作られているので、とりあえず敵の船長と副船長二人を投獄し、あとは武器を没収することで見逃すことにした。いくらなんでも、全員を入れる牢屋はなかった。
「奴ら、命拾いしたなあ」
水夫の一人が、逃げていく四隻の船を見送りながらそう言い放つと隣に立っていたもう一人が肩をすくめてこう答える。
「命拾いしたのは俺たちのほうさ、奏嬢がいなかったら、今ごろ海の藻屑だ」
「まさしく」
船乗りたちがそう言って、笑いあっている甲板の上に、奏はいなかった。なにをしていたかといえば、他の料理人たちと一緒に、ついさっき武器として使った調理器具を一生懸命に消毒していたのだった。
「どんな馬の骨とも知れない連中にフォークを投げつけるなんて、馬鹿なことをしてしまいました。急いで洗ってしまわなければ、夕食に使えません」
「奏さん、スープはどうしましょう」
「ああ・・・・・・」
そういえば、それも忘れていた。せっかく半日煮込んだのに台無しだ。他にもサラダは乾いてしまっていたし、肉もワインに漬け込みすぎて味が狂っている。
「全く」
奏は、泡立てたスポンジを握りしめてため息を吐いた。
「料理人にとって、不意の来客というのは一番厄介なものですね」

■体験レポート 月宮奏

 新鮮な体験ができたのは、とても楽しかったです。船の造りだけでなく潮の香り、風、なにもかもがリアルで本当に驚きました。ただ安全性もありますし、危険な部分でのリアルさは程々にしたほうが、商品として受け容れられるのではないでしょうか。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

4767/ 月宮奏/女性/17歳/中学生:癒しの退魔師:神格者

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
船と海賊というのはいつも夢と野望の象徴という
感じがしています。
現代では味わえない経験を、月刊アトラスの不思議な
雑誌でお手軽に味わえればと思いながら書かせていただきました。
今回は戦う料理人をイメージして書かせていただいたのですが、
奏さまの名前の印象からどうしてもところどころに
音楽めいた文章を挟んでしまいました。
奏さまは、戦いすらも日常にできてしまいそうですね。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。