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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


バーチャル・ボンボヤージュ

新企画・モニター募集中。
「一言で言ってしまえば海賊になれますってことですね」
発案者である碇女史ならもっとうまい言いかたをするのだろうが、アルバイトの桂が説明すると結論から先に片付けてしまうので面白味に欠けた。
「この冊子を開くと、中の物語が擬似体験できるようになってるんです」
今回は大航海時代がテーマなんですけど、と桂は表紙をこっちへ向ける。大海原に真っ黒い帆を掲げ、小島を目指す海賊船のイラストが描かれていた。どうやら地図を頼りに宝を探している海賊の船に乗り込めるらしい。
「月刊アトラス編集部が自信を持って送り出す商品ですから当然潮の匂いも嗅げますし、海に落ちれば溺れます」
つくづく、ものには言いかたがある。
「別冊で発刊するつもりなんですが、当たればシリーズ化したいと思ってるんです。で、その前にまず当たるかどうかモニターをお願いしようというわけで」
乗船準備はいいですかという桂の言葉にうなずいて、一つ瞬きをする。そして目を開けるとそこはもう、船の中だった。

■航海日誌 ザヒーラ・アスターヘル

 某月某日、天気快晴。航海は滞りなく進んでいる。現在の速度ならば、あと三日で目的地へ到達する計算になる。食料、水、全てにおいて不足はなし。
 こうした快適な航海を送れるのも、船に我のごとき有能な航海士が乗船しているからに他ならぬ。だが、船の愚かしき連中どもは我を疎んじておる。信じられぬ仕打ち。
 彼奴らは我の存在価値を気づいておらぬのだ。当然である、気づいておれば、今回の乗船に対する報酬があれしきの金貨で足りるなどと考えるはずがない。

「ふむ・・・・・・己、冗談が下手よのう」
「冗談なんか吐いた覚えはねえな。最初に約束したとおり、今回あんたへの報酬は金貨十枚だ。水夫連中には金貨二枚だから、上等な身分だろ」
「我がそれしきのはした金で満足すると思うておるのか?金貨十枚では、我の小指一本も動かせはせぬぞ」
「けどあんたは最初に構わねえって言っただろ」
「それは、我と契約する料金じゃ。契約の後我はどれだけ働いたか?地図を調べ、星を読み、船を導いてやったではないか。これは、今回の航海で得る宝の半分ほどの価値もあろうぞ」
「半分?馬鹿言うんじゃねえよ。あんたはただ、ああだこうだうるさく口を挟んでただけだろう。実際、なんの役に立ったってんだ」
「笑止!」
「大体なあ、航海士なんざいてもいなくても変わらねえんだ。それを金払って乗せてやってるんだから、ありがたく思ってもらいたいぜ」
「己の言葉は、地図なくして船に乗るということだぞ?その馬鹿げた言動、理解した上で口にしておるのか?」
「昔の連中は地図なしで船に乗って、航海へ出たんだ。嵐にあったって、方角さえわかりゃどこかへたどり着く。つまり地図ってのは、目的地まで寄り道しなくて済むようになった、ってくらいの紙っきれでしかねえんだよ」
「その紙切れなしで先の航海、二十日も漂流したと聞いたが?」
「・・・!・・・と、とにかく、宝はやれねえよ」

 全く、なんと無能な船長か。我という航海士がなくば、地図の島まで辿りつけたはずがない。それを、わかっておらぬ。船の手柄は丸々自分の手柄だと言わんばかりに、権利を主張する。なんとう厚顔無恥。
 船を所持していることが権力の象徴であるのならば、あの男自身が船になればよい。あの男の腕は櫓じゃ。頭は舵じゃ。目は舳にあり、尻は艫についておる。そうして、結局彼奴は他人に操縦される運命なのじゃ。

「宝を一人で得てどうする。船の浴槽にでもぶちまけて、金貨に溺れて死ぬか」
「口の減らねえ野郎だな。海賊の宝は豪遊するためにあるって決まってんだよ。暗い部屋の中で、こそこそ地図を読むだけが生き甲斐の航海士にゃわからねえだろうがな」
「なに?」
「航海士なんて偉そうな肩書きだが、あんたらなんざ結局俺たちが船に乗せてやらなきゃなんにもできないんだからな。一人じゃ恐くて海にも出られない」
「その言葉、そっくり己に返そうぞ」
「俺は裸一貫から自力でこの船を手に入れてやった。あんたみたいに借りられて船に乗るような身分じゃねえ」
「なるほど、さしずめフィギュアヘッドか。もっとも、己のような下賎な面が船首にぶら下がっていては守り神どころか船も沈むだろうがな」
「言わせておけば・・・・・・」
「おっと、手を出すか?確かに、口の立たぬものは拳で相手をやりこめる他ないものじゃ。だがな、そんな己に一つ忠告してやろう。そうやって、成し上がってきた者こそ実はもっとも卑しいのだぞ」
「・・・・・・お、お前みたいに金でひょいひょい動く奴に大きな口叩かれてたまるか!」
「言うがいい。我は自他ともに認める守銭奴じゃ」
「ああ、じゃあ言わせてもらうぜ。航海士って仕事は海が穏やかなときにゃ自分のおかげだってでかい面しやがって、そのくせ一旦荒れると自然には勝てないだのなんだのほざきやがる。その上敵に襲われると今度は震えて尻尾巻いて船倉の隅っこにこそこそ隠れるような弱虫だ。都合によってころころ意見を変えやがる、最低の乗組員だぜ」
「・・・・・・いつ我が、尻尾を巻いて隠れた?」
「航海士なんざ、誰だって変わらねえよ」

 ・・・・・・矮小で愚かな生き物の戯言、なにをほざこうとも寛大な我は大目にみてやるつもりだった。だが、あの一言だけは許せぬ。聞き捨てならぬ。
 誇り高き我が、尻尾を巻くなどと形容され黙っていられようか。百年も生きられぬちっぽけな、浅ましく短慮な、たかが人間ごときに侮られるとは。そのような言葉を吐かせた我に油断があったことも認めようが、しかし、なんという暴言か。
 彼奴は我の逆鱗に触れた。それは万死に値する。

「このザヒーラ・アスターヘルを臆病な犬扱いするとは。貴様、命が惜しくないと見えるな」
「な・・・・・・なんのつもりだ。いきなり刃物なんざ持ち出しやがって」
「今の言葉、即座に撤回せねば貴様の首が飛ぶぞ」
「撤回?」
「失言であったことを認め、床にひざまずいて我に謝罪を請うのじゃ」
「は?」
「光栄に思え。本来なら一言の弁解も許さず即刻息の根を止めるところじゃが、貴様は生憎高慢で物分りの悪い、己の非に全く気づかぬ愚なる生き物。自分の言葉のなにが、我の気を損ねたかも気づいておらぬのだろう。考える時間を与えてやる。そして、謝罪する機会も与えてやる」
「・・・・・・さっきから聞いてりゃ、一体あんた何様のつもりだ?不相応に金をよこせだとか俺に謝れだとか、神様にでもなったつもりかよ」
「だとしたら、どうする」
「俺は神様なんざ怖くねえよ。そんなもの信じてちゃ海賊稼業は務まりゃしねえ」
「・・・・・・では今すぐに、その恐ろしさを思い知らせてやろう」
「うわっ!あ、危ねえ!てめえ、いきなりなにしやがる。あと少し反応が遅れてたら、俺の首が飛んでたぞ!」
「そのつもりじゃ」
「わっ!ちょっと、おい、待て!おい!やめろっ、って!」
「ちょこまかと逃げるのだけは上手いの、虫けら」
「誰が虫け・・・・・・あー・・・・・・わかった!わかったから、航海士が弱虫ばかりじゃねえってことはわかったから、頼むからナイフはしまってくれ!」
「それだけか?」
「それだけ・・・・・・って、ああ、報酬か!もちろんだ!あんたへの報酬は金貨二十枚、倍にするから、な?」
「たかが金貨二十枚とは、貴様の首も安くできておるのう」
「・・・・・・三十枚!」
「それでは、首の皮一枚買ったことにしかならぬな」
「それじゃあ四十、いや五十・・・・・・いくらでも出すから、だから、命だけは助けてくれ!」

 全く、惜しいことをした。あのとき桂とかいう者の制止が入らねばあの首、我が貰い受けたというのに。だがしかし、あのような薄汚れた精神の首を手に入れても使い道など見当たらなかっただろう。ならば、よしとするべきか。
 さらにもう一点我の過失を上げるべきなら、彼奴の首は金貨二十枚でも高すぎる。銅貨一枚がせいぜいであろう。・・・・・・ああ、そうじゃ。あの金貨二十枚は我がナイフを懐へ収める賃料と考えればよいのじゃ。それなら、吊り合いも取れるというもの。
 ・・・・・・さて、今回の感想としては仮想の世界が現実的すぎるのはやや困りものといったところじゃろう。本来なら気にもとめぬ愚かな生き物とまともに口論したのは徒労であった。現実に戻ると、妙な喪失感に襲われる。
 人間は仮想現実を求めたがるものじゃが、あまりにも現実に忠実であると、嫌気もさすというもの。せめて世界の住民くらいは高潔であってほしいものじゃ。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

5105/ ザヒーラ・アスターヘル/女性/999歳/一応、始末屋。露天商を度々

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
船と海賊というのはいつも夢と野望の象徴という
感じがしています。
現代では味わえない経験を、月刊アトラスの不思議な
雑誌でお手軽に味わえればと思いながら書かせていただきました。
今回は、ザヒーラさまの航海日誌を中心に、心理描写を主体にした
文章で物語を進めてみました。
船長を長々と罵る文章を書くのがとても楽しかったです。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。