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<東京怪談・PCゲームノベル>


招く手 〜七つの怪異〜

「ハァ、この辺りはねぇ、むかぁし、それは酷い空襲を受けましてねぇ」
 老女はそう言って小さな嘆息をもらした。
 尾神七重は老女の言葉に頷きながら、その視線を追うように空を仰ぐ。
傾きかけた太陽が、空の端をゆっくりと朱に染めている。――――もう、夕暮れなのだ。
「……そうですか。それでは、廃校になったというのも、空襲に関係しているのでしょうか?」
 訊ねると、老女はわずかに首を振って目を細ませた。
「いンやァ、それはちィと違うかなァ。学校が閉じたのは、子供の数が少なくなったからでさァ」
「……そう、ですか」
 想像していた答えとは異なるものであったので、七重はそっと肩を落とす。
そうしてゆっくりと立ちあがると、老女に向けて丁寧に頭をさげ、それまで座っていたバス停を後にする。
目指す先はバスを降りて歩くこと十分ほど。
一見すれば、それがかつて学校であった建物なのだとは、とてもではないが想像がつかない。
校庭であった場所は、今では雑草が伸び放題になっている。
校舎であった建物もまた、長年人の手を離れていたためか、朽ちた木片が音もなく残っているばかりだ。
 しかし、今七重が目指しているのは、校舎跡でも校庭でもない。
目指しているのは、校庭の隅にあるという沼地だ。

 その噂は、ネット上でまことしやかに語られていたものだった。
いわく、
『沼から白い腕が生えているらしい』
『そしてそれは、それを目撃した者を、あの世へと手招いているらしい』
『夕方に沼を覗いてみると、そこに子供の顔が映っているらしい』
 らしい、らしい、らしい。それらはひどく曖昧な情報であり、そしてだからこそ、都市伝説としての暗いベールをかぶっているのだ。
 七重は、初めこそその情報を聞き流そうとしたのだが、ふと、その真偽を確かめてみたくなったのだった。

 伸びた草の中、その沼は確かにあった。
 小学生ほどの子供であれば、十人ほど集まって手を繋げば、ぐるりと一周出来てしまうだろう。
思ったよりも大きくはない沼を見やって、七重はふと目を細ませる。
「腕はないみたいだ」
 呟き、膝を屈める。
 遠目に見れば蓮のように伸びている腕が、沼の中から手招くように動いているのだという。
そういった情報もよく目についたが、どうやらそれはないらしい。
 あるいは、本当に花が咲いていて、それを腕と見間違えてしまった人がいたのかもしれない。
そう考えながら沼の中を覗きこむ。
沼の中の水はひどく澱んでいて、当然のように、七重の顔もまともに映ってはいなかった。
「……噂は噂ということですね」
 呟き、屈んでいた足を伸ばし、ついと踵を返す。
真実でなかったのであれば、ここに長居をする必要もない。
短いため息を洩らしてバス停の方角へと視線を向ける。向けた、その時。
「――――?」
 何かにつまずいたような感覚を得て、七重は眉根を寄せて目を下へと向けた。
石かなにかにつまずいたのだろう。そう思って足元を確かめる。しかしその目は、束の間驚愕の色を浮かべた。
「……あなたは」
 七重の足首を、骨ばった小さな腕が掴んでいたのだ。
同時に、吹く風が、生暖かい湿度を伴って七重の首筋を撫でていく。
 泥ばかりの沼の上、かすかにさざ波が立っている。
そこには真白な蓮の花が伸びていて、ゆぅらゆぅらと揺れ動いているのだ。
否。目をこらして確かめると、それは蓮ではなく、いくつもの真白な腕なのだと、認識出来た。
その内で、七重の足を掴んでいるのは、特に幼く見える一人の子供。
全身に泥が付着していて、伸びた髪は藻のように子供の頬にはりついている。
その藻の隙間から、昏い眼が睨み据えるように七重を確かめている。
口が、何かを訴えているかのように、ごもごもと言葉を告げている。
「――――噂は真実であったようですね」
 暗紅色の目を細ませると、七重はゆっくりと膝を屈め、言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を告げた。
「……あなた達は、そんなところでなにをしているのですか?」
 
ウ、ウウウ、ァアア、ウウウ 
 風が唸り声をあげだした。
それは高く低く、言葉にならないものを告げようとしているかのように、七重の耳にまとわりついている。
七重はその呻きに耳を傾けながらも、自分の足を掴んでいる子供から目を離そうとはしなかった。
子供の衣服に目を向ける。
それは泥にまみれ、あちこち破れてしまってはいるが、察するに――どうやら先の老女が言っていた”空襲”があった時代の子供であるようだ。
 七重は口の端を固く結び、毅然とした眼差しで子供の顔を見つめ直すと、再びゆっくりと口を開けた。
「あなた達がどういう思いをもってそうしているのか、僕にはわかりませんが……。あなた達の存在は、人の心に好奇心を植えつけます」
 子供は沼の中から、蛇のように這いずってあがってくる。
問いに対する答えはない。
「人は、知りたがるものなのです。――少なくとも、僕は。知らないものに対しては、未知なる恐怖しか沸かない。あなた達という未知なる恐怖は、僕以外の人にも、多少のさざ波を起こしているのです」
 続けてそう告げると、七重はゆっくりと、片手を動かした。

 老女は、こうも言っていた。
 空襲があったおり、この学校の生徒の何人かが犠牲になったのだと。
 皮膚が焼け、熱さに我をなくした子供達は、おそらく近場にある水の中へと身を投じたのだろう。
しかしその水場――沼は、案外底も深く、泥が沈殿していた。
そのため、子供達は見る間に沈んでいき――――

 七重はふと睫毛を伏せて、持ち上げた手の指で、ゆらりと沼を差した。
途端、沼は大きな水音をたて、その内で揺れていた数多の真白な腕の持ち主達が、ふわりと宙に浮きあがる。
見れば、それは数多の小さな骨の塊だった。
「――僕では、あなた達を成仏させてあげることは出来ません……。でも、こうして、あなた達を沼から助け出すことは出来ます」
 呟くと、宙に浮かびあがった骨はカタカタと揺れ動き、やがてはたりと草の上に落ちていった。
それを確かめた後、七重は自分の足首を掴んでいる子供に向けて視線を移す。
子供は、今や七重の腰ほどにまで這い上がり、呻き声をあげながら、虚ろな目で七重を見ている。
 風が、呻き声のように鳴り響く。
その中に、ふと呻き声とは異なる音を聴いて、七重は反射的に上空を見やった。
 夕方を過ぎて暗闇ばかりとなった空の中、その姿こそなかったが、七重は不意に思いついて沼の水面に視線を向ける。
「……戦闘機……」
 
 水面の上、飛び交っていく戦闘機が映っている。
それらはバラバラと何かを撒き散らすように落として周っている。
聞こえてくるのは、逃げ惑っているような子供達の悲鳴。
 七重は沼を見つめたまま、口を開けた。
「怖かったのですね」
 腰にしがみついていた子供の眼孔が、どろりと汚泥を垂れ流していた。

 七重は子供の骨を沼の中から引き上げて、その小さな骨の山に手を合わせた。
「……どうか、ゆっくりと休んでください。……沼の底は、きっと安穏と出来るような場所ではなかったでしょうから」
 風が、すすり泣きにも似た声音を響かせている。
七重はその声を聴きながら、合わせた手を見つめ、しばし黙祷をささげた。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2557 / 尾神・七重 / 男性 / 14歳 / 中学生】


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■         ライター通信          ■
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いつもご発注ありがとうございます!
ややホラーめいた内容になったでしょうか。
七重さまの能力などを考慮にいれまして、今回のノベル中では、このような終わり方とさせていただきました。子供達が成仏したかどうか、その辺のことはご想像にお任せします。

このノベルで、少しでもお楽しみいただけましたら、幸いです。
また機会がありましたら、お声などいただければと願いつつ。